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    nから始まれ!「うわーっバカが出た!」
    「チクショーついに頭ポンチ吸血鬼をバカ呼ばわりするようになりやがった!」
    「シンヨコ住民は色々慣れすぎではないかね」
     一人離れたところで見物を決め込んでいたドラ公の首根っこを引っ掴んで悲鳴が聞こえた方へ走った。スーツを着たサラリーマン風の男が震えながら指差したのは、なんかこう、どこかで見たようなでけえ四角だ。嫌な予感しかしねえ。
    「……ロナルド君、これってアレじゃない?」
    「アレな気もするけど、ただのでけえ豆腐かもしんねえだろ」
    「は、退治人さん! 早く助けてください!」
    「助けてって、ええと、どこかお怪我でも……」
    「違います! さっきあのでけえ豆腐みたいな部屋の中に、新横浜イチかわいいアルマジロが吸い込まれて……!」
    「なにっマジロ!?」
    「あっおい! ロナルド君!」
     新横浜イチかわいいアルマジロといえばジョンしかいねえと拳を振りかぶり、真っ白な壁をぶん殴らんとしたその瞬間、目の前に大きな穴ができた。フクマさんがよく通ってくる亜空間を思わせる虚空を視認したはいいものの、一度勢いのついた体は急に止まれない。
    「コラ馬鹿待、へぶっ」
    「うおっ!?」
     しかも運の悪いことに、どうにか踏みとどまった俺の背中にクソ雑魚が突っ込んで来やがった。ドラ公がぶつかる衝撃くらい、構えてさえいればなんて事ないが、俺自身の態勢が半ば前のめりになっていたせいもあって踏ん張りが効かない。向こう側の様子もよく見えない空間に向かって、俺とドラ公は仲良く転がっていった。

     気を失っていたのか、一瞬目を瞑っていただけなのか、気がつくと辺りは真っ暗だ。自分がどこに投げ出されたのかも分からず手探りで周囲を探ると、嗅ぎ慣れた線香のような匂いと触り慣れた砂の触感がしてほっとする。
    「ったく、どこだここ……おいクソ砂、どうすんだ、お前のせいだぞ」
    「どうもうこうも、できる退治人ならばまずはクールに現状把握だろう? しっかりしたまえ吸血鬼退治人」
    「ほんとにムカつく千兆回殺す」
     手探りのままこの辺りかなと拳を振り下ろし、叩けボンゴ響けサンバとばかりに砂山をリズミカルに殴っていると、真っ暗だった周囲が急に明るくなった。眩しくて目を開けていられない俺と無限死のループから抜け出せていなかったドラ公の頭上から、『ワーッハッハッハ!』という高笑いが聞こえてきた。
    『引っかかったな間抜けな退治人め! ようこそ吸血鬼の体内結界へ!』
    「何ィーッ!?」
    「何ィーッじゃないだろこのお馬鹿、んなもんシルエット見た時点で分かってただろうが! 何で考えなしに突撃しちゃうかな!」
    「だ、だってジョンが……」
    「ジョンをダシにされてる時点で我々を狙った罠だと気付きたまえ! そもそも今日は山根さん家で夜通しアニマルDJ大会だっつってたろうが!」
    「あっ」
     やっべ、そういやそんなこと言われた気がする。ロナルド君、ドラルク様のことお願いヌって言い付けられてたわ。うっかり血が上ったことには反省しつつ、明るくなった辺りを見回す。体内結界だって言ったけれども、こいつはあれだろ、アレックスの類だ。だとしたらこの空間、吸血鬼の体内のどこかに、脱出条件が掲示されているはずだ。
    『そうとも、外のサラリーマンは私の術で見せていた幻覚だ! ぐふふ、戸惑っているな退治人ロナルド……!』
    「え、あ、俺のこと知ってんの?」
    『天敵である退治人の情報などとっくにサーチ済みだわ! あとでサインください!』
    「ぁえ、へへ、あ、ども……」
    「ヘラヘラすんなヘラルド、あれを見ブヘェーッ」
    「ん? nックスしないと出られない部屋……?」
     ドラ公を殴りざまに振り返ると、先程まで見当たらなかった壁が出現していた。というか、何もなかったはずの空間がいつの間にか床や天井、壁に囲まれた小さな部屋になっている。そこに目立つように掲げられていた看板を見て、俺は首を傾げた。nってなんだ、自然数?
    『目の付け所がシャープじゃないか! いかにも、我が名は吸血鬼nックスしないと出られない部屋! 貴様らは私を満足させるまでnックスしない限り、この結界からは出られない!』
    「待て待て、nックスて何? アレ……ックスじゃなくて……?」
    『うむ、それなんだが……』
     吸血鬼は急に口籠った。姿形は見えやしないのに、もじもじと両手で手遊びしている雰囲気が伝わってくる。
    『……お察しの通り、私はアレックスに連なる一族なんだが』
    「アレックスに連なる一族ってなんだよ」
    「ロクな吸血鬼がいないなこの街は」
    『私も幼い頃よりアレな結界術を仕込まれてきたものの、独り立ちしたときに気付いてしまったのだ。……他人が渋々見せてくる痴態、別に見たくないなって』
    「じゃあこっから出せよ! 迷惑なことしてんじゃねえ!」
    『人間が閉じ込められてあわあわしてるところは見てみたいんだもん!!』
    「清々しいほど傍迷惑。だからnックスてことか」
    『その通り……nには様々な言葉が入る』
    「いやもうそれ◯ックスでいいだろ、紛らわしいわ」
    『伏字みたいでえっちだろうが!』
     伏字をえっちだと思うお前がすけべなんだと言い返したところでドラ公と目を合わせる。とにかく、こいつの言う通りに何かしらのnックスをこなさなければ外へ出られないらしい。
     ここで一つ困ったことがある。nックスといえば、そりゃもうアレだ、セックスしかない。他人の痴態には興味ないなんてぼかしてるけれども、実際にやらなきゃならねえ事としてはほとんど選択肢がないはずだ。困った。なぜなら俺はドラ公を一方的に好いていて、性的な目で見ることもできてしまうからだ。本当に困る、下手なAVの企画みたいなシチュエーションでも、俺のちんちんは場の空気に流されて反応しそうになっている。エーンこんな節操なしのちんちんじゃなかったのに!
    「まったく……仕方がないな、では我々に何をしろと?」
    「ウワーッッッ!!」
    「ギャーッうるさ! なに!? 死んだが!?」
    「おおおおま、お前、するっとマントを脱いでんじゃねえよ……!」
    「いや脱ぐだろ、何させられるか知らんけど汚れたら嫌だし……」
     いつの間にか出現していたクロークにマントをかけたドラ公は、「君の上着も貸せ」と言ってごく自然に手を差し出してきた。貸せるかクソ、こんなところで上着を脱ぐなんてあからさまにえっちな真似できるわけねえだろうが!! ドラ公は解せぬという顔をしている。……そりゃそうか、家でならこういうやり取りは普通のことだ。
    「お、俺はこのままでいい……」
    「そう? 熱湯スライムとか被ることになっても知らんぞ私は」
    『そんな致死性の高いことはさせんわ。さて……まずはお題からだ! 壁面のルーレットを見よ!』
     ガコンと大きな音がした方を向くと、壁に埋め込まれた形で出現したパネルに「nックスしないと出られない部屋」の文字が現れた。吸血鬼の掛け声と共に始まった軽快なドラムロールに合わせてn部分に様々な文字が浮かんでは消えていく。え、なんだこれ、そんなクイズバラエティ番組みたいな感じで進行しちゃうの?
    「……スタァーップ!!」
    『デン! はいまず初めにお二人に挑んでいただくのはこちら! サックスしないと出られない部屋』
    「サックスしないと出られない部屋!?」
    「おっ出てきたぞ出てきたぞ〜」
     さっきからワクワクを隠そうともしないドラ公が、いそいそとパネルの下から吐き出された箱を手に取った。バカっと開けると、そこにはピカピカのサックスが鎮座している。うっそだろnックスってそういうのなの!?
    「うーんこれは……あの……ロナルド君パス」
    「は? あ? 俺? 無理だってサックスとか吹いたことねえよ!」
    「リコーダーとかハーモニカ吹いたことはあるだろ、同じだ同じ」
    「どっこがだよ最早ボタン多すぎてどこ押せばいいか分かんねえじゃん!」
    「無理無理言うな! 忘れたのか、私たちはこのnックスをこなさないとここから出られないんだぞ!? つまり今君がサックスを吹くのは吸血鬼退治の一環! いいのかね、プロの退治人がここで退いても!?」
    「んっ……ぐう……!」
     腹立たしいがそれを言われると弱い。渋々手に取りかけて、はっと思い直して距離を取る。
    「いやいや、お前が拾ったんだからお前がやれよ」
    「は? ロナルド君知らないのかね、サックスはリコーダーと違って吹けば誰でも音が鳴るというわけではないんだよ」
     これをご覧、と向けられた黒い吹き口にはペラッペラの板みたいなのがくっついている。ここから息を吹き込んで、この板みたいなのを振動させて音を出すらしい。うーん、体育会系だから理屈が分からん。
    「つまりこの板……リードという名前らしいが、これを振動させる程度の肺活量が必要というわけだ」
    「なるほど完璧に理解したぜ。悪かったな、肺活量もゴミクソに雑魚いお前に押し付けようとして……」
    「ファーッムカつくが事実! 言っておくが私は知識として」
    「ふんっ」
    「イヤーッ!?」
     思い切り吹いたら馬鹿でかい音が鳴った。お世辞にも美しいとは言えない音色だったがとにかく鳴った。ドヤ顔をしてドラ公を見ると、大きな音に驚いたのか死んでいる。ついでにパネルにも「うるさいからヨシ」と出ていた。失礼だな、音が出るなら頑張って練習して一曲くらい披露してやるのに。
    「なあおい、ハンターマンの曲の楽譜とかねえのかよ、ドレミ書いたやつ」
    「やめろ五歳児、新しいおもちゃをもらってはしゃぐのは分かるが害悪をまき散らすな」
    『やっぱり歌や楽器はプロか我が子の演奏でないと聴いていられんな』
    「うるせーっ! 初めてでも音が出りゃ十分だろ!?」
    『では次のnックスいってみよう! ルーレットスタート!』
    「えっまだあんの」
     再びルーレットがギュンギュン回り始めた。ドラ公はサックスで飽きたのか投げやりに「ロナルド君が止めていいよ」と言って自分の爪を弄っている。てめえマジで興味ない時の反応してんじゃねえぞ殺す。殺した。
    「突然の死」
    「えーっと……す、ストップ!」
    『デン! 次に挑んでいただくのはこちら! デトックスしないと出られない部屋』
    「デトックスしないと出られない部屋!?」
    「なんだ簡単じゃないか。見ていろよ同胞、究極のデトックスを!」
     いきなり張り切り始めたドラ公は勢いよくマント(エアー)を翻すと、さっきのサックスの箱に足をぶつけて死んだ。なるほどデスリセットは大抵の不調がリセットされる便利な……便利か? 死を軽んじるのも大概にした方がいいんじゃね?
    「はいリセット! 見事なデトックスだろう!」
    『デトックスはあくまで体内の老廃物を体外へ排出することを指しているので、死によるリセットはノーカンです』
    「ウエーン!」
    「そりゃそう」
     バサァと死んだドラ公は放っておくとして、デトックスってなんなんだ。ヌーヌルに聞こうとしたらスマホは圏外で使えなかった。あれか、ヨガとかやればいいのか? それなら俺でもできそうだけど……。
    「ったく……仕方ない、若造、そこにうつ伏せで寝転べ」
    「は? 指図すんな」
    「あ? マッサージしてやるって言ってんだ。デトックスといえばリンパマッサージだろ」
    「そうなの?」
    『確かに、リンパ液の流れを良くして老廃物を溜め込まない体を作るリンパマッサージはデトックス効果が大きいと、ホットヌッパービューティーでも紹介されている』
     パネルの下からポイと転がってきたマットを床に敷いて、ドラ公が俺をちょいちょいと手招きした。言いなりになるのは業腹だが、美容とか健康とかの話になるとなぜかドラ公の方が詳しいから、ここは大人しく従っておくことにする。
     ブーツと靴下を脱いでジャケットも預け、マットの上に寝そべったところでハッとした。ドラ公にマッサージされるって、これ、ものすごくえっちな状況では?
    「本当は下も脱いだ方がいいんだっけ……まあいいか、老廃物の流れなんて見えないだろう」
    『そうだな、そこの退治人がデトックス〜! となれば良いだろう』
    「ガバガバじゃないか! じゃあ適当にマッサージっぽいことしちゃお。ロナルド君、暴れて私を蹴り殺さないように」
    「ひえ、あ、ちょっと待って……!」
    「じゃ足の裏からね〜」
     敏感な足の裏がドラ公のひんやりとした指先に包まれて、体がびくりと強張る。そのままぐいぐいと押されてるようだけれども、非力ゆえにまったく刺激がない。痛みも気持ちよさもなく、ただただ足先が優しく包み込まれてくすぐられているだけで、なんか、駄目だろうこれは! 精神的な刺激が強すぎる!
    「っふ、ん……っ! ロナルド、君、どう? 痛い?」
    「…………全然……」
    「ぁ、なんで……っ激痛足ツボマッサージ、してるのにぃっ……!」
    「……」
    「ん、ん、んっく、ふぅ……っ!」
    「…………おい吸血鬼、ここってトイレある?」
    『トイレ? 作れるが、今必要か?』
    「必要だろうが……人間がどうやって老廃物を体外に排出すると思ってんだ……!」
    『あー、なるほど』
     ではどうぞ、と吸血鬼が言い終わると同時に、さっきまで何もなかった空間にトイレの看板が見え……遠いわ! キュービックプラザか!?
    「ぁふ、ぅ、あれ、ロナルド君……?」
    「クソ雑魚マッサージサンキュー!! デトックスしてくるから!!」
    「え、全然効いてないのに何をブェーッ!」
     ビーチフラッグの要領でドラ公を蹴飛ばして走る。雑魚が死んでるうちにとトイレに駆け込み、個室に飛び込んで鍵を閉めた。

    「……」
    「おかえりロナルド君、早かったじゃない」
    「うるせえ! 早漏じゃない!」
    「ぎゃーっ今はそんな話しとらんかったろうが!」
    「体に! 溜まってたものを出したので! デトックス完了! 文句ねえだろ!?」
    『そ、そうなのか? まあいいか……ていうかなんか飽きてきたな……』
    「飽きてきたァ!?」
    「今更気付いたのか同胞、ルーレットによるランダムのワクワク感、次は何をさせられるんだという恐怖、これらは閉じ込められた対象者が回数をこなすごとにすり減っていくものだ」
    『な、何ィーッ!? 貴様ら妙に慣れているとは思ったが、まさかこれまでもこういった体験をしてきたのか……!』
    「まあ新横浜で退治人やってたらそれなりに……」
    「ロナ戦だけでは真実は伝わらないからな」
     勝手に打ちひしがれる吸血鬼は憐れを誘わないでもないが、やっぱり人を別空間に閉じ込めるなんて迷惑すぎる。さっさととっ捕まえてVRCにぶち込まなくては。
    『うっうっ……しかし二回はキリが悪いので、もう一つお題をクリアしてもらうぞ……』
    「それで気が済むならいいけどよ」
    『では最後のルーレット、スタート!』
     パネルの中の文字が目まぐるしい速度で変わっていく。これで三回目ともあって俺の目もだいぶ慣れてきた。慣れてきてしまったから気付いた、ルーレットの中に「セ」の字があることに。「ストップ!!」と叫んでしまったのはほぼ反射的なものだった。
    「あ……!」
    『デン! 随分気合の入った静止だったが……最後に挑んでいただくのはこち、ら……』
    「あ、あ、違、ドラ公俺そういうつもりじゃ」
    『……サセックスしないと出られない部屋!』
    「せせせセッ……とかほんと俺初めては大事にしたい男で…………あ?」
    「いや地名じゃないかそれ」
     困惑するドラ公は、幸いにも俺の発言を聞いていなかったらしい。「実行可能なnックスだけにしろ」だの『ックスってつくなら何でもいいやと思って』だのやり取りをしているうちに、こっそりと距離を取る。
     ……危ねえ! 俺が隙あらばドラ公とそういうことをしたいと思ってる性欲魔人だと勘違いされるところだった……! そりゃ恋愛経験マイナスの俺が初めてそういう事に及ぼうとすれば、都合の良い部屋に閉じ込められでもしないと手を出せそうにもないが、順序があべこべになっちゃいけない。もう同居してんだからいいだろうとか、その場の勢いでじゃなくて、俺はドラ公ときちんとした恋愛がしたいんだ。
    「……いやそういう状況になったら仕方ないとは思うけど、同意の上なら……でもやっぱり……」
    「おい考えるゴリラ、何を一人でブツブツ言ってるんだね」
    「ロッポンギ!!」
    「反射で殺すな!」
     ずるずると復活したドラ公は無言のまま俺を上から下まで眺めると、「まあいけるな」と呟いて振り返った。
    「おい同胞、サセックスをやるぞ」
    「えっ」
    『サセックスを? ふん、面白い……見せてもらおうか、貴様らのサセックスを!』
    「いいだろう、まずはハリウッド俳優と見紛うほどのプロポーションと完璧な美の私!」
    「謝れ、ハリウッドに」
    「そしてこの体力自慢の退治人! 退治の腕は折り紙付きで実績も文句なし! さらにはこの顔面! 黙ってさえいればなんとなく……そこはかとなく……貴族のような気品があったりなかったりする美貌!」
    「褒めるか貶すかどっちかにしろ!」
    「この二人が、はい、結婚!」
    「え、あ、オッ!?」
     ドラ公がいきなり俺の腕に絡みついてぴっとりと密着してくる。突然のことに殴りそうになったが、ドラ公が至極真面目な顔で前を見据えているので必死で我慢した。やばい近い、いい匂いがする、ってか結婚? 結婚っつったか? もしかしてドラ公も俺のこと……?
    「こうして賜った爵位はサセックス公爵! どうだ!?」
    「え?」
    『うーむ……配役から何から無理矢理すぎる。でもヨシ! 見事なり、退治人ロナルドに吸血鬼ドラルク!』
     どういうことだそりゃと突っ込んだところで、パンパカパーンと軽快なファンファーレが頭上から降ってきた。ピカッと辺りが光ったかと思うと、俺たちはいつの間にか元いた場所に立っていた。部屋から出られたのだ、と思うと同時に左腕に寄り添っていた体温が離れていく。
    「ロナルド君、吸血鬼は」
    「え、あ……あれ、逃しちまったか」
    「……近くに気配もないな。やれやれ、とんだ徒労だった。早く城に帰るぞ下男」
    「誰が下男じゃ」
     結局、吸血鬼は取り逃してしまったし、ドラ公の言う通り徒労しかなかった。なんだかなあ、あれが本当にアレックスな……えっちなことをしないと出られない部屋だったら、ちょっとは違っていたのかもしれないが。いや、本当に閉じ込められたら脱出不可能で詰んでたんだろうけれど。
    「今何時? ……うわ、思ったより出るのに時間かかったな」
    「君が素直にサックスでもソックスでもしていればもっと早くに出られンアー死!」
    「あーあ、まあセ……アレックスしないと出られない部屋だったら無限に出られなかったから、ラッキーなのか?」
    「……さて、案外そっちの方が早く出られたかもしれないぞ。わちゃわちゃはしただろうが揉めはしなかっただろうし」
    「は?」
     ナスナスと形を取り戻したドラ公が俺を放置して歩き出す。「早く帰らないと夜が明けてしまう」って、それはそうなんだけど、今の発言は聞き捨てならねえ。
    「おいドラ公」
    「中華丼、仕込んできて正解だったな」
    「ドラ公ってば」
    「……あ、ロナルド君、買い物してから帰ろう。野菜室に空きができたから」
    「なあ、揉めはしなかっただろうって何!?」
     ようやくドラ公の足が止まる。今晩は月も雲に隠れ気味で、吸血鬼でもない俺にはドラ公の表情はよく見えない。けれども俺の気のせいでなければ、マントの襟から覗く長い耳は、普段より随分と血色が良いように見える。立ち止まりはしたが、頑なに振り返ろうとしないままドラ公は言った。
    「それを知りたいならば、君にはやるべきことがある。山ほどある。手をつけられないほど多くある、が」
    「え」
    「……まずは自信を持つことだな。机の中の告白シチュエーション案、どれもダサくて最高だから胸を張るといい!」
    「!? おま、見…………ダサくはねえだろ!」
    「ヒョホホ、ぜーんぶダサいわ! 楽しみだなあ!」
    「たっ……」
     楽しみってなんだ、どんな顔してそんなこと言いやがる。そんな言い方されると告白待ちなんかと勘違いするだろうが。どうなんだ本当のところは、一刻も早くそれを確かめなきゃいけない。
     クソ雑魚に追いつくのはすぐだ。背けようとする顔をこちらに向かせるのも簡単だ。そこで見たことがないくらい真っ赤になっている吸血鬼の顔を見て、やっちまったと後悔するのも予想できていたことだ。でも、かわいいとか、好きだとかいう言葉より先に「何それえっちじゃん!!」と叫んでしまったのは想定外なんだ。エーン信じてほしい。
    うめみや Link Message Mute
    2023/01/10 20:59:47

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    0108の無配でした
    #ロナドラ

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