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    みすかずまとめその髪に触れさせてYellowうそつきはトモダチのはじまりダイヤモンドリリーお布団の中で優しい手くすぐる幸福消せない猫その髪に触れさせて

    洗面所の明るいライトに照らされながら、まだ濡れたままの柔らかい髪に触れる。普段はあまり見ることのない頭のてっぺんが見えるだけでちょっと嬉しい。

    「熱かったら言ってねー」

    はーい!という元気な声の後、スイッチを入れると、すぐ後ろにいるのに声も聞こえないぐらいの大きな音。鏡越しに大きく動く口元は見えるけど、何を言ってるのか全然聞こえなくて…

    「なにー?」

    その度にスイッチを切って聞き返す。さっきからこの行為を何回も繰り返しているんだけれど…ほとんどサンカクの話で全然進まない。それでも、楽しそうに笑う姿を静かになったこの狭い空間で独り占めしている事実に自然と頬が緩んでしまう。

    「かず、ありがと~」

    そう言って、乾いたばかりのふわふわの髪を揺らしながら、ぎゅーって抱きしめる。こういうのは、いつものことで…誰に対してもスキンシップが多い。今のこの状況にドキドキしているのは残念ながら一人だけ…。

    「かず、乾かすのじょうず~」
    「ホント?ありがとー」
    「うんうん!かずに髪の毛さわられるの、気持ちよくて好き!」
    「…そっかー!」
    「毎日やってほしいかも~」
    「ヒマな時はやったげるよん!いつでも言ってねー」
    「わかったー!」

    ふわっと柔らかく笑いながら
    いつも、オレのほしい言葉をくれる。


    それからほぼ毎日、お風呂上がりにオレのところへ来るようになった。きっと、お互いの好きの意味は違うけど…想いを伝えられない中で友情でも仲間でもなんでもいいから、なんか特別って感じがしてあたたかい気持ちでいっぱいだった。ただ、髪を乾かしてあげてるだけなんだけどね。

    今も、これからも、それで満足だと思ってた。
    満足しなきゃって…思おうとしてたのかもしれないけど。

    「こんこん!かず、いるー?」
    「…っ、ハイハーイ!」

    夕食も済ませてお風呂にも入って、宿題を済ませにゆっきーの部屋に行くむっくんを見送り、一人寂しく部屋でのんびりしている時のことだった。突然の訪問に動揺した挙動とほんの少しの期待を含んだ顔を隠しきれないまま扉を開けると、すみーがいつもの優しい笑顔で立っていた。

    「みてみて~、スーパーさんかくクン描いたよ!」

    すみーは、期待したのが恥ずかしいほど無邪気にお絵かきしよ~?と紙と鉛筆を持って来た。断る理由もなにも無いし、テーブルに二人で向かい合って座りながら一枚の白い紙を埋めていった。すみーとは前にも一緒に絵を描いたことがあるけど、その時よりも少しだけ上手になってた。

    「すみー、上手いじゃーん」
    「えへへ~、かずに教えてもらったから!」

    そう言いながら、満開の花みたいに笑う。
    この笑顔がオレにだけ向けられてることが嬉しくて……少し、欲が出た。

    「さんかくクン…一人じゃ寂しいんじゃない?」

    隣に座って、すみーが描いたさんかくクンの隣に同じようにさんかくクンを描いた。そんな事しなくても向かい合って座ったまま紙を動かして描けばいい。けどオレは、すみーが純粋でオレの気持ちを知らないのをいいことに、わざと隣に座ってお互いの肩と腕が触れて体温を感じるぐらい近くで鉛筆を鳴らす。

    「ハイ、できたよん」
    「わーい!すごいすごーい!じょうず~」

    こっちが照れるぐらい喜んだ後、急に静かになって蕩けそうなほど優しい目でじーっとこっちを見てくる。気持ちを見透かされているみたいで耐えられなくなって、目を逸らしながら明日の稽古の話をしようとした時だった。

    「オレと、かずみたいだね」

    仲良く並んでるさんかくクンを指差しながら、オレの大好きな笑顔を向けられる。なんて応えていいかわからなくて、赤くなっているだろう顔と潤んだ瞳をごまかすように笑っておいた。

    「オレとかずは、なかよしさん~!」

    すみーは、ぎゅーっ!と言いながら両腕でオレを包み込んだ。びっくりして咄嗟に反応できなかった。でも…心地良いこの温度を振りほどくこともできなかった。すみーにとってはみんなにしてるいつものこと。それならいっそ、どさくさに紛れてキスでもしちゃおっかな。そんなことも考えながら戸惑いと躊躇いで行き場を無くした両腕をゆっくりと首にまわす。

    「わーい!かずもぎゅってしてくれた~!」

    何も知らない天使みたいな無邪気さを利用して、自覚できるほど加速する鼓動を感じながら肩に顔を埋めて、すみーの首筋の温度を…少しだけ唇で感じた。

    「かず」

    聞いたことのない声色で耳元を熱く擽られる。思わず体を離すと、さっきまでわーい!とか言ってたなんて信じられないぐらい扇情的で熱を帯びた目をしていた。

    「す、みっ…」

    そこじゃなくて…と呟きながらオレの言葉を遮る。あり得ないぐらい近くに感じて、それがキスされているんだとやっと理解できた。

    「えっ…と、す、すみー!そ、そーゆーこと…誰にでもやっちゃダメだよ~?オレだったからよかったけど…おっ、怒られちゃうよん?」

    唇が離れた後、自分でも何言ってるか分からないほど混乱していた。自分の気持ちを隠そうと必死で、いつもみたいに笑って済ませようとしていた。それに、同じ気持ちじゃなくてハグの延長でされたキスの可能性しか考えられなかったから。

    「も~、かずは、なにもわかってない!」
    「えっ…ちょっ、」

    オレの背中が床とぶつかった頃、すみーは天井を背景にしてちょっとムッとしたような顔で近づいてきた。起き上がろうとしても両手を押し付けられ腰の上に跨がられてどうしようもなかった。

    「…んっ、」

    さっきの優しいキスとは違って、今度は食べられそうなほど荒っぽくて激しいキス。オレが思ってた何も知らない純粋で天使みたいなすみーはそこにはいなくて…ついていかない頭と体で、されるがままだった。ただ、舌の先に触れる尖った歯を感じる度に…今までにない幸福感に震えた。

    「こんなの…かずにしかしないよ?」

    優しいいつもの声に安心しながら乱れた呼吸を戻すと、いきなりごめんね?と包み込むように抱き締めてくれた。首を横にふることしかできなくて…やっと追いついてきた感情が溢れて、服にたくさんの水玉を作った。

    「かず~、びっくりした?ごめんね?」

    喋れないオレの背中を優しく撫でながら、泣かないで~!と焦る姿がさっきと別人で、理由は分からないけどなんか笑えてきた。

    「あ~、笑った!よかった~」
    「だって、すみー…変わりすぎ」
    「かずが、かわいいからだよ!」
    「えー…男にカワイイって褒めてる?」
    「ほめてる!オレ、かわいいかずが、だーいすき!」
    「そっか…」
    「ちゃんと、さっきみたいなことする…すき!」
    「うん…」

    「かずだけの、だいすきだよ」

    やっぱり、すみーは、いつもオレのほしい言葉をくれる。

    「オレも…好きだよ、すみー」

    もう一度、抱き締めあった時に気づく。
    すみーの髪は濡れたままだった。

    Yellow

    二人で買い物に出かけた帰り道。荷物を片手でまとめて持って、よく晴れた清々しい空を背負って、右耳から聞こえてくる陽気な鼻歌に思わず笑みが溢れる…。

    「なんの歌?」
    「さんかくの歌だよ~!」
    「へぇー、初めて聴いたかも!」
    「オレが~、今、つくった歌だよ~!」

    じゃあ知らなくて当然じゃん!なんて思いながらも、オレはこうやってすみーに振り回されるのが嫌いじゃないみたい。とろんって垂れた優しい目元と、時々チラッと見えるさんかくの八重歯…ずっと聞いていたい、オレにとって一番心地いい声が、かず!ってすみーだけの呼び方で名前を呼ぶ。オレは…すみーのことが大好き。

    欲しいものも買えたし、ちょっと公園でも寄ってく?って聞くと嬉しそうに返事をする。すみーは公園が大好きで、さんかく探しのイチオシの場所。それ知ってたから聞いたんだよね…と、思いながら公園までの距離を縮め始めた時だった。

    「…えっ?あれ?ウソ…もしかして三好?」
    「マジかよ!ガリ勉三好くんじゃ~~ん!」

    聞き慣れない声の方に顔を向ける。目があった途端、嫌な汗が全身から吹き出して心臓が暴れる。コッチの反応もお構い無しに喋り続けるヤツらは…中学の時のクラスメイトだった。
    べつに、いじめを受けてたわけじゃない。当時は、からかわれようが何しようが勉強のジャマだとしか思わなかった。頭の悪いヤツとわざわざ友達になろうなんて思わなかったし、反応しなければつまらなくなって何もしてこなくなる。でも当然、いい気分ではなくて……それは、今も同じ…。

    「…っ」

    えー、なに?どした?高校デビューとか?いや、無理っしょ!いくら見た目変えても中身が暗かったら意味ねぇーって!つか似合ってなくね?髪染めてんの。やっぱ黒髪でメガネかけて制服着てクソ地味なのがお似合いだわ~。制服って!俺らもう着ねぇから!でも、こんなんじゃさぁ~同じ中学だったヤツみんな気づかねぇじゃん。俺らは気づいてやったけどさー。だからやっぱ日常的に黒髪でメガネかけて制服着て地味オーラ出してた方がいいって!うわ、こんなヤツにアドバイスとか優し~!

    身体が動かない。声が出ない。
    できるのは、ヘタクソな愛想笑いを浮かべるだけ。

    てかなに?三好くんもう勉強飽きた?毎日勉強しかすること無かったじゃん!飽きてこんなんなっちゃったの?アレじゃね?勉強しすぎて逆に頭おかしくなったんじゃね?ははっ!なにそれ意味わかんねーわ!つか、笑ってなかった?見てたけど。笑えんだね~。それな!笑ったとこ初めて見た~!中学ん時はいっつも無表情でさー、感情無かったもんな~。笑えたんだ~ウケる。

    …怖くて、隣にいるすみーの顔が見れない。

    隣にいるのってさ…もしかして友達?えっ…マジ?うわー…三好く~ん!物好きな人がいてよかったね~!じゃあ俺らジャマっぽい感じ?つか一緒にいたら俺らまで同類だと思われんじゃん!うわ、それ無理。…相変わらず話してもつまんねーし…もう帰ろーぜ!ばいばーい三好く~ん!ばいば~い!

    帰ったあとも、騒がしい耳障りな声が聞こえなくなってからも立ったまま動けなくて、心臓は暴れたまま、汗で服は張り付いてる。

    「…かず、だいじょーぶ…?」

    今、一番…聞きたくない声だった。さっきまであんなに心地よかったのに。

    全部、見られてた。こんな恥ずかしくてみっともない…言われっぱなしで…惨めで情けなくて…何もできずにただ突っ立ってヘラヘラ笑ってるだけの姿を、ずっと…見られてた。あの頃と何も変わってない。成長してない。

    こんなの…すみーに見られたくなかった。

    「…かず…?」

    どうしよう。何か言わなきゃ。何か言わなきゃ。何か言わなきゃ。何か…何か…

    「あっ、あのさ…すみーさ…普通は…普通は、気きかせて……話してたら…どっか、行ったりするじゃん……察してよ…」

    この状況を何とかしたくてごまかしたくて俯きながら絞り出した言葉の意味を…ちゃんと理解できた時にはもう…遅かった。

    「…ごめんね…かず…」

    帰ろ~…って言う横顔が公園の前を素通りする。今にも雨が振りだしそうな表情だった。
    空が曇っててほしかった。眩しくて真っ直ぐな太陽に…責められてるみたいだった。

    「ただいまー!」
    「ただいま…」

    寮につくといつものように団員達が迎えてくれた。今日、オレたちに起こったことを何も知らないから当然なんだけど…今のオレにとって、こんなにあったかい温もりは苦痛でしかなかった。優しくされる資格なんか無い。
    それなのに、すみーはいつもどおりだった。いつもどおり笑顔で楽しそうにしてて、何も変わらない。こんなオレにも普通に優しく接してくれる。…すみーにとって、なんでもなかったの?
    この期に及んでそんな自分勝手な考えが少しでも頭を過ったことに、自己嫌悪になりながら自室に戻る。机に向かいながら紙の上で宛のないペンを走らせる。これから、どうしよ…。どうやったら…また、すみーの隣を歩ける…? すみーは優しいから、きっと謝ったら許してくれる。でも…

    「あっ…」

    間違えたところを、こうやって消しゴムで消すことはできない。すみーを傷つけた事実は消せないし変わらない。上から塗り潰すだけ。
    好きな人には…よく見られたい。かっこいいって思ってほしいし、すごーい!って褒めてほしい。そう、思って…好きな色だけ、キレイな色だけを塗った。カラフルで楽しい色だった。すみーがくれる黄色が一番大好き…。でも、そこに黒が混ざると…全部、黒になった。誰かが加えたんじゃない。それは、すみーも知らない…オレ自身の中に隠してた色。
    こんなに汚くなったオレでも…許してくれるのかな…

    「…かず、いるー?」

    ノック音と一緒に聞こえる…聞きたくて、聞きたくない声。

    「…っ、はいはーい!」

    真っ黒な心の上から雑でぐちゃぐちゃのまま見せかけの黄色を塗りたくって扉を開けた。

    「かず、じかんある~?」
    「あー…うん…」
    「よかった!きて~!」
    「へっ?ちょっ…すみー?」

    腕を掴まれて半ば強引に連れてこられたのは、サンカクだらけのカラフルなすみーの部屋だった。ここに座ってくださ~い!って、元気よく言われて、何がなんだか分からないまま腰を下ろす。そのまま、すぐ側にすみーも座る。

    「かず、聞いて?」
    「うん…?」

    急に少しだけ真面目な顔になって、また柔らかい笑顔に戻った。

    「今日は…ごめんね」

    …こんな、悲しい顔をさせてるのが自分だって思ったら…また笑顔にできるなら、少しでもオレに笑ってくれるなら…もう、どう見られてもカッコ悪くてもいいって思えた。

    「違っ…すみーは悪くない…」
    「ううん、オレ…空気よむ~とか、さっする?とか…わかんなくて…」
    「すみーのせいじゃない…っ」
    「かず…」
    「ごめんっ…オレが悪くて…」
    「んーん…かずは、わるくないよ~」
    「オレっ…すみーに、カッコ悪いとこっ…」
    「うんうん…」
    「あんなのっ…見られたくなくてっ…」

    辛かったのか安心したのか、いろんな感情が溢れて止まらなくて…ごめん、ごめんねって何度も謝りながら、すみーの温もりを感じて、また滴が頬を伝う。カッコよさなんて全然なくなってた。それでもよかった。すみーが笑ってるから。

    「かず、これみて?」
    「うん…サンカク?」
    「そう~!このさんかくは、こっちから見ても、こっちから見ても…さんかく!」
    「うん…?」
    「でも~、下から見ると……しかく!」
    「…うん」

    「でもオレ、だいすきだよ~!」

    「…っ」
    「だって…さんかく、だから…」

    …かずも、かずでしょ…?っていう陽だまりみたいな言葉に、やっと落ち着いた涙がまた溢れ出す。すみーがこういう子だってこと知ってたはずなのに…なんで忘れてたんだろう?いつもこの優しさに助けられてきたのに…。抱き締められた腕の中で頭をよしよしされながら、子供みたいに大泣きする姿は…最高にカッコ悪くて…。よく考えたら、さっき起こったことよりも全然恥ずかしいことじゃん!ちょっと引かれたかも…なんて、不安になるほどだった。

    「かず、泣き虫さん~!」
    「すみーの前だけだから!」
    「ほんと?…えへへ~!」

    とろんって垂れた優しい目元、チラッと見える八重歯…オレにとって一番心地いい声…

    「かず」

    涙で薄まった黒の上、黄色くキレイに塗り変えられた瞬間だった。

    うそつきはトモダチのはじまり

    「かずは、オレの大切なトモダチだよ~!」

    大好きな笑顔で、聞きたくない言葉を言う。何度も、何度も…耳にこびりついて剥がれない。
    オレは、すみーのこと…トモダチなんて思ったことは、一度もなかった。

    いつから、なんて忘れてしまった。忘れたというより分かってないだけかも。気づいたら、が一番しっくりくる。同じ夏組で歳も同じで、同じようにテンションが高くて…気が合うんだと思いたい。一緒に買い物したりサンカク探しに行ったり…他の誰よりも、たぶん…長い時間一緒にいる。すみーにとってオレは…大事な、大切なトモダチ。特別な気がして嬉しい。けど…その先にそれ以上は無い。

    「あっ…」

    中庭に干してある洗濯物が風で揺れる。隣に干したすみーの服とオレの服、袖の部分が絡まって…少しの間だけど、手を繋いでるみたい……。部屋の中を見渡して、誰もいないのを確認してから中庭へ出る。

    「…これぐらい…」

    許してよ、と呟いたのと同時だった。
    強引に無理に繋がせた手は…強い風で、すぐに離れてしまった。

    「あー!かず、みっけ~!」

    後ろから聞こえる大好きな声。いつもなら笑顔で振り向くけど…咄嗟にぎこちない笑顔のまま振り返ってしまう。もし、今の一部始終を見られてたら……悪いことなんてしてない筈なのに、胸の奥に罪悪感が一気に広がる。

    「なに~?」
    「見てみて~!さんかくの、おかし~!」

    一緒に食べよ~って、無邪気な声に…さらに胸が苦しくなる。いつもみたいに笑顔で返事をすると、オレとは違う…嘘偽りのない笑顔を見せてくれる。オレとすみーはトモダチだから…同じソファに腰かけて、並んで座って…右膝に、オレしか知らない体温を感じて。

    「かず、お洗濯してたの~?」
    「へっ?あ、…そーだよん!」
    「えらい、えら~い!」

    どこから見られてたのか気になって、お菓子の味なんか分からなかった。もしかしたら…全部見られてて…オレのこと変だって思ってるかもしれない。だってオカシイじゃん…男が男の服の袖同士を繋げてるなんて…軽くホラーじゃん。

    「かず…元気ない?」
    「そんなことないよん!げん…」
    「熱あるのかも~…」
    「うわっ…!」

    額に触れたあったかいものが、すみーの手だと分かった時……もうすでに、その手を思いっきり振り払った後だった。

    「…ごめんね」
    「あっ…違っ…」
    「これ、お片付けするね~」

    傷ついた顔を隠して、お菓子とジュースとコップを片付ける。テーブルの上から、一つずつ楽しかった時間が無くなっていく。二人で過ごす特別な時間。もう関係なんてどうでもよくて、ただ繋ぎとめたかった。どんな形でもいいから、すみーの特別になりたかった。

    「すみー、ごめん!ちょっとびっくりしちゃった!」
    「…ほんとに?」
    「うんうん!心配してくれてありがと~!」
    「かず、元気?」
    「元気元気~!でもちょっと寝不足で~、体調悪く見えたのそのせいかも!」
    「そっか…えへへ…よかった~!」
    「そーそー!だから気にしないで!」
    「かずに、嫌われてなくて、よかった~」
    「嫌うわけないじゃん!だってオレら…」

    「だってオレ、かずのこと…だいすきだから…」

    …ほんの一瞬、勘違いをした。

    「…オレも…すみーのこと、大好きだよん!」

    すぐに返した言葉に、大好きな柔らかい笑顔を返される。

    …もう、限界だった。無理だった。

    やっぱり寝不足でダルいから部屋で寝る、なんて理由をつけて自室にこもる。扉を閉めた途端、浅い呼吸を繰り返しながら嗚咽を漏らして頬を濡らす。勘違いなのは分かってる。でも、なんで、どうして、あそこで普通はトモダチじゃない?オレとすみーはトモダチで仲良しで…最上級が親友で。きっと、大好きっていうのはトモダチとしてってことで…それ以上でも以下でもなくて…それでも嬉しくて…もしかしたらって…期待するだけ無駄なのに傷つくだけなのに。でも、それでも…勘違いするぐらい…優しくて柔らかい声と表情だった。そのまま胸に飛び込んで、抱き締めて、キスしてほしかった…。そう願うだけなら…いいよね…?

    「あっ…!」

    泣き疲れてそのまま寝てたみたい。起きるともうすぐ夕暮れで、干した洗濯物はもうとっくに乾いていた。さすがに今、すみーには会いたくなくて…慎重にいつもより長く感じる中庭までの道のりを歩く。どうやら、すみーは出かけてるみたいだった。運がよかったのか、今日は寮にいる団員達も少なく、ちょっとだけ腫れた目を誰かに見られることも無かった。

    「…っしょ…さむ~っ…」

    春先とは言っても、夕方になればまだまだ寒い。早く部屋の中に戻りたくて他の団員の残ってた洗濯物もまとめて取り込んで自室まで持っていく。あとで仕分けて渡そうと思って畳み始めた時……さっき、繋いだ…すみーの服を見つけた。…少しだけ潤む瞳に、気づかないフリを貫く。畳んで後で持って行ってあげようと、他の洗濯物で埋もれた中から引っ張り出す。

    「えっ…これ…」

    ほどけない程に固くしっかりとした結び目の先には…オレの服が結ばれていた。

    何が起きてるのか上手く飲み込めなくて、こんなにキツく結んだらシワになっちゃうって…なんて呑気なことを考えていた。ほどくにも固すぎて…笑っちゃうほど、ほどけなかった。まだ、何も分からない。確信は無い。

    今、わかってることは、触れられたおでこが今になって、またあったかく感じること。跡をつくった乾いたはずの頬が濡れていること。袖の部分だけ乾いてない服が二着あること、だけだった。

    ダイヤモンドリリー

    「かず、さむいの?」

    あんなに暑かった夏が嘘みたいにめっきり寒くなった今日この頃。中庭で野良猫と会話しながら遊んでいたすみーが、オレのくしゃみ一つで駆け寄ってきてくれる。その行動に少し照れくさいような嬉しさを感じながら大丈夫だと返すと、ほんとに?という顔をしながら、ちっちゃい子供みたいに体温の高い腕に包まれた。

    「オレが、あっためてあげる~!」

    抱き締められた時のほっとする温もりも、見つめあうと自然に触れあう唇も、お互いの温度が混ざり合うのがよく分かる…季節は、もうすっかり秋だ。
    オレとすみーは、二週間ほど前にやっと恋仲になった。どちらかが告白したとかじゃなくて、自然に距離が近くなって気づいたらキスしてて…付き合おっかってなって…そんな曖昧な感じだから、すみーの好きとオレの好きが同じなのか確信はないけど、今はこのぬるま湯みたいな関係でも、きっとオレよりさんかくの方が大事でも、一緒にいれて優しく触れられるだけで幸せ…。

    「んー、オレはやっぱり芸術かな?…って言っても、特別インスピ沸いちゃうとか全然ないんだけどねー…すみーは?」
    「さんかくの秋!」
    「それ、いつもじゃーん!」

    遊んでた猫にバイバイした後、隣に座って秋と言えば…なんてありきたりな会話を弾ませながら見上げる空は少しずつ茜色に変わっていく。

    「あー、あと遠足とか!すみー、なんか思い出ある?」
    「んーと…お山が、さんかくだった」

    聞いてから、ヤバいと思った。自分だってあんまりいい思い出なんて無いのに、なんでこんなこと聞いたんだろう…でも謝るのはなんか違うし…嫌なことを思い出させちゃったかも…と心の中は澄んだ空を羨ましがる。恐る恐る見上げたすみーの顔は、遠くを見つめた夕陽と同じような色をした瞳が、少し揺れていた。

    「…じゃあさ、行こうよ!」
    「どこ、行くのー?」
    「遠足!」

    あれから話はトントンと進み、日帰りだけど二人きりで旅行することになった。どこに行こうか何がしたいか一緒に考えるだけでわくわくした。すみーとならどこだって楽しいだろうな…なんて思っちゃうぐらい好きなんだと実感しながら、パソコンを覗くころころ変わる表情を誰よりも近くで見つめていた。

    「いってきまーす!」
    「お土産買ってくんねー!」

    寮に残っている団員に見送られながら部屋を出る。遠足あるあるだと思うけど前日は楽しみすぎて眠れなかった。でもオレにとっては初めてのことで…新しく買ったスニーカーの履き慣れなさも巻き込んで、いつにも増してハイテンションだった。

    「あ!かず、新しい服と靴だね~」
    「そ、そ!すみーと旅行すんの楽しみでさー!嬉しくて買っちゃった~」
    「さんかくもいっぱい!」
    「すみー好みになっちゃいました~みたいな?」
    「ほんとー!?オレ、すごくうれしい!」
    「テンアゲ?」
    「てんあげ!!」

    最寄駅までの道ですら、いつもと同じに見えなくて…真夏の太陽みたいに眩しいすみーの笑顔が、はやく!って急かすから電車なんていくらでもあるのに、バカみたいに走って追いつけなくて手を引かれて…。上がった息も心拍数も電車が来る頃には落ち着いてるはずなのに、発車してからもまだドキドキしたままだった。
    電車を何本か乗り継いで、話に夢中になったり窓からさんかく探ししたりして、乗り過ごしそうになったけど、なんとか目的地に着いた。電車を降りると思っていたより自然に囲まれていた。

    「んーっ、気持ちいいねー!」
    「あっ!あの山、さんかく~!」
    「すみー天才じゃん!見つけんの速すぎ!」
    「写真撮ろ~!かずも、一緒に!」
    「おけおけ!」

    さんかくの山を背景にして二人で並んで撮った写真は、すみーが動くから顔半分切れてたけど…それもまた思い出かなーってことでそのまま残しておいた。ふと、見上げた秋の空は思っていたより高く遠くて…空のさんかく探しは難航しているようだった。

    「んー…秋の空は、探すのむずかしいかも…」
    「そんなことないよん!二人で探せばすぐ見つかるって!」
    「…うんっ!でも、もうだいじょーぶ!」
    「えっ?」
    「かず、これあげる」
    「…キャンディ?オレが好きなやつじゃん」
    「うん!これはね、さんかくの形してるでしょ~?」
    「すみーもよく食べてるよねー」
    「オレの好きなものと、かずの好きなものが、一緒になってる!」

    だから、オレのだ~いすきな、さんかくだよ!なんて…笑顔で言うからドキドキしたまま何も返事ができなくて…あーん、して!と口に放り込まれたキャンディがいつもより甘いと感じることしかできなかった。
    そんなにきっちりちゃんとした計画を立てたわけじゃなくて、ぶらぶら歩いてて行きたいところがあったら行こうみたいな気楽な感じでの旅行。屋根がさんかくの神社に寄ってお揃いのお守りを買ったり、オレの行きたかった美術館に行ったりした。お昼は自然がいっぱいの広い公園で、早起きして二人で作ったお弁当を食べた。おにぎりを頬張りながら、いつもより、おいしいね~!って言う言葉に返すように空いてる指先と指先を合わせ、絡められる体温が同じになるほどに触れ合っていた。

    「あ!すみー、この道の端っこの模様!さんかくじゃない?」
    「ほんとー!かず、すごいね~!」
    「持って帰れないしパシャっとく?」
    「うん!」

    帰り道に偶然見つけたさんかく。うまく撮れてるか確認しようとフォルダを開いて気づく。以前は人を写したものばかりだったけど…風景やオブジェ、その辺の石ころ、すみーに見せたくて撮ったさんかくの物で溢れていた。誰かと一緒に撮った写真もいいけど…これはこれで、いい思い出だし…何より、知らないうちに大好きな人の大好きなもので埋め尽くされている事実が可笑しくて幸せで…。

    「…日が沈むの、早くなったねー」
    「そうだねー」
    「もうすぐ帰らなきゃね…」
    「うん…みんなに、お土産も買えたしね~!」
    「……帰ろっか…」

    夕陽はすごくキレイだったけど…この時だけは、夏に戻ってほしかった…。

    帰りの電車に乗ると楽しかった場所が、ガタンゴトンの音が加速していくにつれて遠ざかっていく……。疲れちゃったのか隣に座って俯くすみーも口数が少ない。もしかしたら眠いのかもしれないから、話しかけずに黙っていた。黙っているうちに二人きりの時間はどんどん終わりに近づく。行きの車内ではもっと速くならないかなーなんて思ってたのに、今は…止まるぐらいゆっくり走ってほしかった。忘れていた足の痛みも思い出した。

    「かず」

    急に聞こえた優しい声に顔を上げると、これあげる。の言葉と一緒にさんかく柄の可愛い絆創膏を渡された。

    「かず、足痛いでしょー?」
    「あー…でも、もう帰るだけだしダイジョーブ!」
    「だめ!かずが貼らないならオレがやる!」
    「えっ…ちょっ、すみー!?」

    強引に脱がされたスニーカーは朝見た時と比べて親しみやすさが出ていた。ぺたり、と貼られた絆創膏は今のテンションに合わないほど賑やかだった。帰るまでの短い間だけでも楽しい気分になれそうで、さっきまでの少しセンチメンタルな雰囲気は消えていた。…っていうのは照れ隠しで、まず、すみーが気づいてくれたってだけで、すでに痛みなんて忘れるぐらい嬉しかった。オレのことちゃんと見てくれてるんだなーって。

    「…ありがと」
    「どーいたしまして!」

    えへへ~、って笑いながらオレより少し大きな手で包み込むように指を絡められる。止まって、走り出して、また止まって。この前いたるんに借りたゲームのHPみたいに、無情にも少しずつ二人きりの時間に終わりが近づいている…。次に来られるのはいつかな?稽古も公演もあるしイベントに出たりもする…大学も忙しくなるし友達との付き合いもある…卒業して社会人になってからなんて気軽に行けないだろうし…次に来られるのは…こうやって二人きりの時間を過ごせるのは…そもそも、この先もずっとお互い同じ気持ちでいる保証なんて無いし……。
    今日は一日楽しかった。すごく楽しかった。だからこそ、まだ終わってほしくなかったしもっと一緒にいたかった。この手を、離したくなかった…。

    「えっ…」

    手を掴まれて、立ち上がって、つられて走り出す。
    聞き慣れないアナウンスと発車のベル。
    背中の後ろを通り過ぎて行く……まだ乗っているはずの電車。

    「…すみー?降りる駅…間違っちゃった?」
    「ううん…来て!」

    訳がわからないまま手を引かれて歩き出す。色とりどりに照らされた薄暗くなった街は、すごくキレイで…大袈裟かもしれないけど、まだまだ終わらない夢の続きを見せてくれてるみたいだった。ここで降りても寮までは歩いて帰れる距離だけど、疲れてるだろうから一番近くの駅で降りようって計画を立てる時も乗る前も確認したはずなんだけどな……。

    少し歩いた後、かずは、ここに座ってて!って近くにあったベンチに座らされて、理由を聞く前にすみーは何処かへ走って行ってしまった。何が起こってるのかどうなるのか全然分かんないけど…もしかして、まだ一緒にいれるのかな?なんて期待が押し寄せて……離れているのに、右手はまだ温かかった。

    「おまたせ~!はい、かずの分!」

    戻ってきたすみーの両手は、キレイなさんかくの形をしたクレープで塞がっていた…少し不安そうな笑顔を添えながら。

    「すみー…クレープ食べたかったんなら言ってくれればよかったのに!急に降りるからびっくりしたじゃん!」
    「ごめんなさーい!」
    「降りる時にお土産のお菓子、めっちゃ思いっきりドアにぶつけちゃった~」
    「…かず、嫌だった?」

    楽しそうな笑顔よりも、不安さの方が勝った顔で見つめられて…

    「ごめんね…もっと、かずと一緒にいたかった…」

    早く不安を拭ってあげたくて、でも返す言葉が見つからない。だって、まさか、同じこと考えてたなんて思わないじゃん……震える手で握ったクレープは早く食べないと生クリームがヘタってきてる。せっかく、すみーが買ってきてくれたのに。前に来た時に、次はこれがいいかなーって言ってたやつ。いつも周りの誰かのことを考えて変なことを言わないように傷つけないように気を使って生きてきたから…誰かに思われることには慣れてなくて、それが一番好きな人なんて…嬉しいことが一気に起こりすぎても頭の中はぐちゃぐちゃになるってことを初めて知った。

    「あっ…かず、ごめんね…泣かないで…」
    「…っ、ううん…」
    「わがまま言ってごめんね!かず、足痛いのに…ごめん、オレ…」
    「ありがと…すみー」
    「えっ?んー…どういたしましてー?」

    いろんな感情が入り交じったすみーの顔が可笑しくて…つられたすみーも同じ顔。せっかくオシャレで可愛くて美味しいクレープも、鼻をすする音と一緒だとカッコ悪い。それでも、空いてる手はお互いの定位置で、少しずつシェアしながら食べると、美味しいものを食べただけとはまた違った満腹感で満たされた。……最後に口の中で感じたのは、すみーが食べたクレープの味だった。

    食べ終わった後、すみーは電車に乗って帰ろう!って言ってくれたけど…このまま夜風にあたりながら二人でいたかったから、歩いて帰ることにした。足のことを気にして、痛かったらオレが抱っこしてあげるから言ってね!って言われたのが男としてちょっと悲しかったけど…まぁ、すみーになら抱っこされてみたいかも!なんて思えるぐらいには大好きで。

    夜道を歩きながら、空を見上げて星を繋げてさんかくにして、秋の大三角形を作った。二人だけが知ってる星座なんてロマンチックなはずなのに、しばらくすると、どの星を繋いだのか分からなくなってた。すみーにとっては大問題らしく、うーん…って唸りながら悩んでたけど、オレは右手が繋がっていればいいかな。ありがとう…すみー。

    「ただいま~」
    「ただいまー!!」

    寮に着くと、あたたかく迎えられた。ただいまの声と、遅くて心配した声と、お土産を催促する声…。みんなには悪いけど…お土産のクッキーは粉々だった。



    「…っくしゅん!」

    この間まで夏だったのに、知らないうちに秋になって、寒くなってきた。中庭で猫さんと遊んでたら、かずのくしゃみが聞こえて、心配ですぐそばに駆け寄った。大丈夫?って聞いたけど、かずは大丈夫じゃなくても絶対に大丈夫って言うから、ぎゅーってして、あっためてあげる!

    「…すみー、あったかいね」

    オレも、かずとぎゅーってするとあったかい!ずっと、していたいぐらいほわほわして、きもちいいー!かずが可愛くて、じーって見てたら、かずもじーって見るから…ちゅってしちゃった…!!夏よりも寒くなったから、オレとかずの体温がすーってとけていくみたいで、季節が変わるのをかずと一緒に感じられて、うれしい…。
    オレとかずは、二週間ぐらい前から付き合ってて、今みたいに見つめ合ってたら、ちゅってしたくなって…。かず、嫌だったかな?って不安でいっぱいだったけど、付き合おっかって言ってくれたから可愛くて嬉しくていっぱいぎゅーってちゅーってしちゃった…。
    でも、かずには、オレの好きがちゃんと伝わってない気がする…。夏組とか他のみんなの好きとは、違う好きだって…うまく言えないけど、かずは特別って…どうしたら伝わるかなー…?

    「んー、オレはやっぱり芸術かな?…って言っても、特別インスピ沸いちゃうとか全然ないんだけどねー…すみーは?」
    「さんかくの秋!」
    「それ、いつもじゃーん!」

    遊んでた猫にバイバイしてから、かずの隣に座って、秋と言えば…っていう話をする。話してるうちに、オレンジ色に変わっていく空が、すごく綺麗だった。かずと見てるから、だったらいいなぁ…。

    「あー、あと遠足とか!すみー、なんか思い出ある?」
    「んーと…お山が、さんかくだった」

    かずの顔が、どうしよう…って顔になった。オレはぜーんぜん気にしてないし、傷ついたりしてない。みんながいるから、もう、なにもこわくないから。でも、オレと話す時にこうやって、気をつけて話さなきゃいけないって、優しいかずは思うから…そういうので、自分を責めちゃって、オレと話さなくなっちゃったらどうしよう…そんなの…やだ…。想像しただけなのに、すごく悲しくて泣きそうになったから、零れないように顔を上にあげた。オレンジ色が滲んでる。

    「…じゃあさ、行こうよ!」
    「どこ、行くのー?」
    「遠足!」

    かずは、オレが考えつかないようなことを、言ってくれる。こういうところが、すごく、だいすき。もう滲んでないよ。

    日にちを決めて、どこに行こうか決めて、日帰りの旅行をすることになった。しかも、かずと二人きり!すごーく、わくわくする!一緒にパソコンをのぞいて、ここがいいねー、ここ行きたい!って話してたけど…かずと一緒なら、どこでも特別だからどこでもいいよ!って言おうかと思った。でも、いろいろ検索して見るの、すごく楽しそうな顔してて…オレの大好きな顔だったから、言わなかった。

    「いってきまーす!」
    「お土産買ってくんねー!」

    寮に残ってるみんなに、いってきますをして、駅まで歩く。前の日は、わくわくどきどきして、あんまり眠れなかった…!!でも、ちゃんと早起きして一緒にお弁当作って、時間通りにしゅっぱーつ!!かずのおかげ!!

    「あ!かず、新しい服と靴だね~」
    「そ、そ!すみーと旅行すんの楽しみでさー!嬉しくて買っちゃった~」
    「さんかくもいっぱい!」
    「すみー好みになっちゃいました~みたいな?」
    「ほんとー!?オレ、すごくうれしい!」
    「テンアゲ?」
    「てんあげ!!」

    かずの服が、さんかくでいっぱいで…オレのこと考えながら、どれがいいかな~?って選んでくれたんだと思うと…胸がほんわかして、すきーって気持ちでいっぱいになった。嬉しくて走り出したくて、自分でも分かるぐらいの笑顔のまま、はやく!ってかずの手を引いた。駅について、深呼吸しながら落ち着こうとしたのに、かずも笑ってて…きゅんってして、どきどきが落ち着かなかった。
    電車をいくつか乗り継がないとだめなのに、かずと話してると楽しくて、乗り過ごしそうになった…。無事に目的地に着いて、電車を降りると、自然がいっぱいで空気もおいし~い場所だった。

    「んーっ、気持ちいいねー!」
    「あっ!あの山、さんかく~!」
    「すみー天才じゃん!見つけんの速すぎ!」
    「写真撮ろ~!かずも、一緒に!」
    「おけおけ!」

    かずみたいに、上手に撮れなかったけど、オレもかずもさんかくの山も写ってるから、おけおけ!だよ~!でも、秋の空はなんか遠くて高くて、雲がしゃーってなってて、さんかく探しは難航中でーす…

    「んー…秋の空は、探すのむずかしいかも…」
    「そんなことないよん!二人で探せばすぐ見つかるって!」

    かずは、いつも、心がきゅーってなるような…嬉しいことを言ってくれる。オレの好きなものもやりたいことも、変なのって言わないで付き合ってくれる。それって、オレのこと好きだからって…思っててもいいかなぁ?

    「…でも、もうだいじょーぶ!」
    「えっ?」
    「かず、これあげる」
    「…キャンディ?オレが好きなやつじゃん」
    「うん!これはね、さんかくの形してるでしょ~?」
    「すみーもよく食べてるよねー」
    「オレの好きなものと、かずの好きなものが、一緒になってる!」

    だから、オレのだ~いすきな、さんかくだよ!って言ったら、かずは目をぱちぱちさせながら、黙ってるから…あーん、して!って口の中にキャンディを放り込んだ。舐めながら、ちょっと俯いてるかずは、顔が真っ赤だった!キャンディが、いつもよりおいしくなった気がしたのも、かずのおかげかも~!
    ぶらぶら歩きながら、屋根がさんかくの神社に行ったり、かずの行きたい美術館に行った。お揃いのお守りを買えて嬉しかった!美術館で見るかずは、いつもと違うすごく真剣な顔がかっこよかった…!!オレのことは気にしなくていーよって言ったのに、飾られた絵の中にさんかくを見つけると、すぐに教えてくれて…やっぱり、かずは優しい……ここまで優しいのは、オレにだけ、だといいな…。
    お昼は自然がいっぱいの公園で、早く起きて二人で作ったお弁当を食べた。きれいなさんかくのおにぎりは、いつもよりおいしくて…そう、かずに伝えたら、にこって笑って頷いて、空いてる手を握ってくるから…好きって気持ちが伝わるように、ぎゅーって握り返した。手って、こんなにあったかいんだね~…。

    「あ!すみー、この道の端っこの模様!さんかくじゃない?」
    「ほんとー!かず、すごいね~!」
    「持って帰れないしパシャっとく?」
    「うん!」

    帰りに見つけたさんかく。地面の模様みたいになってて、持って帰れないから写真に撮ることにした。オレは撮るのがへたくそだから、ちゃんと撮れてるかなーってフォルダを開いてみる。そしたら、嬉しいことも見つかった。今までは、見つけたさんかくの写真ばっかりだったけど……笑顔のかずが、いーっぱいいた。隣には笑顔のオレもいて…こういうのが、思い出なんだなぁ…って。思い出は、なんか、泣きそうになるけど…悲しくてめそめそじゃなくて、すごく、しあわせって、感じるんだね。

    「…日が沈むの、早くなったねー」
    「そうだねー」
    「もうすぐ帰らなきゃね…」
    「うん…みんなに、お土産も買えたしね~!」
    「……帰ろっか…」

    夕陽はすごくキレイだったけど…この時だけは、夏に戻ってほしかった…。

    帰りの電車に乗ったら、楽しかった場所は、ガタンゴトンって…どんどん遠くなっていった…。かずも、なにも喋らない…疲れちゃったのかな?眠いのかな?起こさない方がいいよね…。でも、黙ってたら…降りる駅に着いちゃうよ~…。行く時は、早く着かないかな?もっと速くならないかなー?って思ってたのに…今は、もっとゆっくり、ゆっく~り…止まるぐらいで、走ってほしかった。

    「かず」

    窓をの外を見てると寂しくなるから、かずの方を見てた。そしたら…足、怪我してた。少しでも楽にしてあげたくて…どうにかしてあげたくて…さんかくのばんそーこーをあげた。

    「かず、足痛いでしょー?」
    「あー…でも、もう帰るだけだしダイジョーブ!」
    「だめ!かずが貼らないならオレがやる!」
    「えっ…ちょっ、すみー!?」

    かずは、自分が辛いときに、いつもだいじょーぶって言うから…きっと、ちょっと強引でも、だいじょーぶじゃないかずを、見つけてあげなきゃ…。優しく、ぺたって貼ったばんそーこーは、カラフルなさんかく柄で楽しそう!かずが、少しでも楽しい気分になってくれたらいいな…。

    「…ありがと」
    「どーいたしまして!」

    えへへ~って笑いながら、かずの手を優しく包み込む…。こんなにふわふわした穏やかな雰囲気なのに、止まって、走ってを繰り返す電車は、いじわるに見えた。次に、こうやって一緒に出掛けられる日はいつかな?お稽古も公演も、イベントだってあるし…かずは、もっともーっと忙しいし…それに…かずは、ずっと…オレのこと、好きでいてくれるかな…?
    今日は、すごーく楽しくて…。まだ…終わってほしくない……もっと、ううん…もう少しだけでいいから、一緒にいたい…。

    …この手を、離したくない…

    「えっ…」

    かずの手を掴んで、立ち上がって、走り出す。
    アナウンスと発車のベルなんて、聞こえない。
    背中の後ろを通りすぎる……まだ乗ってるはずだった電車。

    「…すみー?降りる駅…間違っちゃった?」
    「ううん…来て!」

    かずの手を引いて歩き出す。ワケわかんないって顔してるけど…気のせいかもしれないけど…少しだけ、何かに期待してる気がした。かずを近くのベンチに座らせて、一人で走り出す。

    「おまたせ~!はい、かずの分!」

    両手にきれいなさんかくのクレープを持って、できるだけ笑顔で…でも、こういう時の笑顔は…へたくそなの、忘れてた…。

    「すみー…クレープ食べたかったんなら言ってくれればよかったのに!急に降りるからびっくりしたじゃん!」
    「ごめんなさーい!」
    「降りる時にお土産のお菓子、めっちゃ思いっきりドアにぶつけちゃった~」
    「…かず、嫌だった?」

    ごめんね、勝手なことして。びっくりしたよね…自分勝手なやつだと思われちゃったかな…子供みたいって、呆れちゃったかな…。やっぱり、変なやつって…思ったかな…?

    「ごめんね…もっと、かずと一緒にいたかった…」

    なんで、こんなこと…しちゃったんだろう…クレープ食べてくれないし…かずが前に食べたいって言ってたやつ…間違っちゃった?オレが買ったハロウィン限定のやつがよかった?カボチャのクッキーの、目がさんかくだったから…。でも、かずと、ちょっとちょーだい!がしたくて、違うのにしたよ?けど、オレ…また、間違っちゃった…?だって、自分でもびっくりしてて…こんなに、欲張りになるなんて、思ってなかったし、知らなかった……頭の中ぐちゃぐちゃで…わかんないよ…かずのことが、特別で、だいすきってことしか、わかんない…。

    「あっ…かず、ごめんね…泣かないで…」
    「…っ、ううん…」
    「わがまま言ってごめんね!かず、足痛いのに…ごめん、オレ…」
    「ありがと…すみー」
    「えっ?んー…どういたしましてー?」

    かずが、泣き出すから…どうしたらいいか分からなくて…オレも泣きそうだったけど、かずが笑うから…つられて、オレも笑っちゃった。同じ顔…してるね。
    その後、ちゃんとクレープ食べてくれて、ちょっとちょーだい!ってしながら、空いてる手を、いつもの場所において食べた。少しずつ、あーんってしながら食べると…お腹も心も、いっぱいになれた。……最後に口の中で感じたのは、かずが食べたクレープの味だった。

    食べ終わったら、電車で帰ろう!って言ったのに、かずは歩いて帰りたいって…今度はだいじょーぶな顔で言うから、夜の少し寒い風の中で、歩いて帰ることになった。足、痛かったら抱っこしてあげる!って言ったら少し、しょぼーんってしたから、言っちゃダメだったなーって反省したけど…そんなかずも、可愛かった。

    空を見上げて、星を繋げてさんかくにして、二人だけの秋の大三角形を作った!作ったんだけど…しばらくしたら、どの星を繋いだのか分からなくなって…うーん…って考えたけど、分からなかった…でも、左手が繋がってることは、ちゃんと分かってるよー…ありがとう…かず。

    「ただいま~」
    「ただいまー!!」

    寮に着くと、あったかいみんなが、待っていた。ただいまっていう声と、遅いから心配したよーっていう声と、お土産ほしいっていう声。お土産のクッキーは、粉々だったけど…おいしかった!

    お布団の中で

    時間が経つにつれ、静かになっていく寮の中で、遅くまで起きてるってだけなのに…同じ部屋、同じベッドに二人きりだと、それだけで…ないしょ話みたい。普段、話している声よりも落ち着いたトーンで……少しだけ囁くように。

    「……それでね~、てんまがね…」

    楽しそうに今日あったことを話す姿に思わず頬が緩む。うんうん、と相槌を打ちながら聞いてるだけなのに…目をキラキラさせたり、ふにゃりと笑う顔を見せてくれたり。いろんなすみーをひとりじめしてる、この時間が大好き…。

    「そしたらね~!」
    「すみー…もうちょっと、しーっ…」

    自分の口に指をあてながら言う。楽しい話をしてる時のすみーは、楽しくなっちゃって声もだんだん大きくなる。べつに、そんなに静かにする必要は無いんだけど、はっ…!って口を押さえながら黙っちゃうのが可愛くて……。

    「ちっちゃい声でも聞こえるように…もうちょい、くっつこっか?」

    口を押さえたまま大きく目を開けて何度も頷くと、少し持ち上げた布団の中で擦れる音を合図に、さっきよりも体が密着する。

    「かず、聞こえますか~…?」
    「んー…聞こえないかもー」
    「じゃあ…耳かしてください!」

    触れあったまま耳を傾けると、こそこそと囁く声が聞こえる…。

    「……かずが、だいすきです…」

    えへへ…と笑いながら恥ずかしそうにする、すみーと目が合う。

    「……オレも、すみーが、大好き…」

    よく聞こえるように、普通の声の大きさで。

    「…聞こえた?」
    「聞こえた……かず、ずるい…」

    胸に顔を埋めるように抱きつかれて顔のすぐ下にある頭を撫でながら包み込むように抱きしめる。ずるくないよん、と言いつつも髪を伝って耳に触れながらくすぐったそうな反応をするのを楽しんでいる。…こっち、向いてほしくて。

    「かず、だめっ…!」

    オレの手を掴みながら見上げる姿が、可愛くて愛おしくて……。思わず額にキスをすると、掴んでいた力がふっと緩む。とっくに赤く染まっている頬に両手で優しく触れながら、唇にも……。

    「…うぅ~…っ…」
    「なになにー?」
    「オレも、かずのこと…どきどき、させたい~!」
    「してるよん!」
    「してないよん~!」

    ちょっとだけ不満気なすみーが面白くて思わず笑っちゃう。でも、それも余裕なんだと思われて、子供が拗ねたみたいに布団の中に潜ってしまった。先に、ドキドキさせたのは…すみーなのに。

    「じゃあ…もう、寝ちゃおっかなー」
    「もっと…いっぱい喋って、くっつきたかったなー…」
    「おやすみー…」

    目を閉じて、こういうのむっくんの漫画で読んだなー…なんて呑気なことを考えながら、にやけてしまいそうな口元を固くして、次のページをめくる…。

    「まだ…今日の、さんかくの話……してないよ…?」

    漫画だったら予想外……でも、オレには予想通りの展開で、思わず吹き出す。

    「あー! かず、寝たフリした~!」
    「ごめん、ごめん!」
    「んー…でも、いいや~!」
    「いいの?」
    「うん…かずと、こうやって…一緒にいるだけで、しあわせだから~!」

    予想外の展開に、驚いたまま黙ってしまう。

    「あっ!かず、どきってしたでしょ~!」

    あんまり見せてくれない、いたずらっ子みたいな笑顔。

    「やっぱり、すみーには敵わないなー…」
    「えー? なんの話?」
    「むっくんが読んでた漫画の話!」
    「……んー…?」

    一生懸命に悩んで考えているすみーの隣で、また…新しいページをめくる。ページが増える度、オレとすみーは……何度だって、恋をする…。

    優しい手

    「かず、オレの部屋に来て~?」

    夕食もお風呂も済ませて、なんとなく談話室でまったりしていると、いつもよりちょっとだけ嬉しそうな様子のすみーに呼ばれた。また、さんかくクン描いて~かな?って予想しながら、ぴょんぴょん跳ねる後ろ姿を見て歩く部屋までの道のりには、思わずふっと花が咲く。

    「ここに、座ってくださーい!」
    「…なになに~?」

    一人用の黄色いソファに座るすみーの開いた足の間に座る。優しく腰に回された腕に身を委ねると、上に向けられた手のひらがオレの手を上にして指を絡ませてくる。いつもは、少しだけ弾む鼓動を合図に体温が上がるようなこの行為も、今日は…ちょっと、背筋がひんやりする…。

    「…すみー、ちょっと…」
    「そうだ~! かず、これ見て~」

    何も言い出せないまま、いつもの調子で応える。すみーが見せてくれたのは限定パッケージのさんかく柄のハンドクリーム。バイト帰りに寄ったお店で見つけたらしい。ホント…さんかくなら、何でも欲しくなっちゃうんだもんね…。身ぶり手振りを交えながら、見つけた時の様子を再現してくれる姿が微笑ましくて……笑顔を向けて、さり気なくするりと手を離した…。

    「だから…これ、かずにぬってあげるね!」
    「えっ? 大事なサンカクでしょ? …ちょっと、エンリョしとく!」
    「遠慮しなくていいよ~!」
    「ちょっ…いいって!」

    咄嗟に、掴まれた手を拒んだ。ハッと気づいた時にはもう遅くて…。すみーの顔を見れなかった。触れられるのが嫌とかそんなんじゃなくて…ただ、今日はちょっと…あんまり……。

    「かず、ごめんね…?」
    「ううん! オレの方こそ…」
    「じゃあ…もうひとつ、違うお話しよっか~!」
    「すみー、あのさ…っ」

    自分から離したはずの手を、また強引に繋いで指を絡ませる。少しだけ驚いた瞳は、すぐに目尻が下がって柔らかい表情に変わる。手を繋いだまま、背中を包み込むように抱き締められる。

    「…最近さ、ちょっと…課題やってて、めっちゃ荒れちゃってて…」
    「うん…」
    「固くてガサガサでさー、恥ずかしいし…触ると痛いし…」
    「…そっかぁ…」
    「すみーには、あんまり…触ってほしくないっていうか……そういうさ、なんて言うのかなー…少しでも、良く見られたいし……嫌われたくないし…」

    大袈裟なのは分かってる。こんな些細なことで、すみーに嫌われるわけない。…でも、よく聞くじゃん?すっげー小さいことで気持ちが冷めるとか…。そういう…不安要素は少しでも些細なことでも無くしたい。ずっと好きでいたいし好きでいてほしい。欠点も含めて大好きなんてよく言うけど……それは、良いところが欠点よりも多い人が言えることで…オレは……

    「…わっ、すみー…?」
    「これねー、最後の一個だったんだよ~、ラッキーさんかくだった~!」
    「そう…なんだ、よかったじゃん…」
    「うん、よかった~…」

    何事もなかったかのように、左手に広げられるハンドクリーム。両手で優しくマッサージしながら、画材で荒れた指に一本ずつ丁寧にぬり込まれる…。

    「すみー…これ、何の香り?」
    「んー…、なんだろう~?」
    「なんか…お花の香りかな…」
    「じゃあ~、オレとかずの、ひみつの香りにしよ~?」
    「うん…そだね…」

    下から上がってきた香りはふんわり鼻腔をくすぐる。お花畑にいるみたいな心地よさは、包まれた体温を思い出させてくれて…寒かった背中に春が来る。

    「次は、こっちの手ね~!」
    「うん…ありがとね…」
    「かずの手は…がんばり屋さんの手だね…」
    「…そんなことないよん!オレは好きなことやってるだけだし…」
    「でも、ちゃんと…がんばってる…」
    「あはは…ホント、すみーは…っ」

    優しいね。って言おうとしたけど、言えなかった。
    耳元で響く声が…本当に柔らかくてあったかい…。両手を握られたまま、拭うこともできずに…堪えられなかったものが、ぽたぽたと落ちていく…。

    オレは確かに好きなことをやってる。いろんなことに挑戦して好きになって、そのどれも諦めることなくやるなんて…周りから見たら、楽しそうで、羨ましくて、恵まれてて…。いいよな~お前は好きなことやってて、いいよな~楽そうで。……確かに好きなことをやらせてもらってる。…けど、それは……頑張ってないわけじゃなくて……。

    「かずは、かっこいいね…」
    「…っ」
    「すごい、すごーい……よしよし…」
    「すみっ…」
    「でもオレ、頑張ってないかずも、好きだから…」
    「えっ…?」
    「そういうところも…この香りがする時は、見せてほしいなぁ~…」

    固めのテクスチャーのクリームが二人の体温で溶けて馴染む…。すみーの指がオレの指の間をゆっくり撫でて、細かいところまで丁寧に隅々まで行き届く。

    「…はい、おわったよ~」
    「ありがと…なんか、ごめん…急に…」
    「あっ!忘れてた~!」
    「…なに?」
    「かずのおてて、早くよくなりますように…」

    そっと、持ち上げられた右手の甲に、おまじないのキスが降る。

    「えへへ…あのね、ホントは…もっと早く終わってたけど…かずの手、ずっと触ってたくて…」

    ごめんね、って照れながら笑うすみーが…好きで、好きで、たまらない…。

    「…すみー、まだちょっと…ぬり残しがあるみたいなんだけど…」

    もう一度…今度はちゃんと向き合って、見つめ合いながら、ひみつの花畑で。

    くすぐる幸福

    「かず、みてみて~!」
    「なになに~?」

    すみーが持ってきたのはカラフルで可愛いサンカク柄のマステ。六色のサンカクが散りばめられてて夏組のみんなみたい!って、すごく気に入ったらしい。他にも見つけたサンカクを持ってレジへ向かう楽しそうな後ろ姿が子供みたいで好きだなーって。よく晴れた今日、オレとすみーは、お買い物デート中。

    「あ、シャンプー買わなきゃ!」
    「かず、もうない~!って、言ってたもんね~」
    「そ、そ。どれがいいかなー…」

    テスターの香りを確かめながら吟味していると、すみーも真似して手当たり次第に香りを嗅いでいる。ちゃんと好みがあるみたいで、目を丸くして嬉しそうにしたり、眉間にシワを寄せた難しい顔になったり、こんな些細なことで表情がころころ変わって…一緒にいて本当に楽しい。

    「あっ!これ、すごくいいにおい~!」
    「どれどれー?」

    すみーの好きな香りは、草花のすごくナチュラルなちょっとだけ甘い香りだった。気持ちよくて、お日様と相性が良さそうで、すみーにぴったり。値段もそんなに高くない。でも、正直…オレにはちょっと合わないかなーって思った。

    「かずのシャンプーは、これに決まり~!」
    「えっ?」

    有無を言わさずカゴの中に入れられたシャンプーとコンディショナーは、戸惑いと強引さも加わってすごく重く感じる。いつもは、こんなことしないのに…っていう不安もプラスされる。

    「ごめんね、かず…嫌だった?」
    「いや…えっと、ちょっとびっくりしただけ…!」
    「…ごめんなさい」
    「いいって!気にしてないよん!でも…理由聞いてもいい?」

    さっき買ったサンカクが詰め込まれた袋をぎゅっと握りしめる。

    「あのね……」

    優しくてあったかい…オレにしか聞こえない小さな声で……。


    「カズナリミヨシ、ただいま帰りました~!」
    「いかるがみすみ~、ただいまでーす!」

    寮に帰る頃にはもう暗くなってて、おみみの作るご飯のいいにおいが出迎えてくれた。食事を済ませた後、さっき買ったシャンプーとコンディショナーを持ってお風呂場へ向かった。結局、すみーが気に入った物を買った。髪を洗ってる時も、乾かしている時もその後も、ずっと香りが続いてて……。

    「あのね…、オレは、今のままのかずも大好き…だけど……もっと、オレの好きにしたいっていうの…やっぱり、わがままかなぁ…?」

    「だからね…オレのシャンプーが無くなったら…また、一緒に買いに来よう? …今度は、かずが選んでね~!」

    これって、むっくんの少女漫画に出てくる…俺色に染めてやるみたいな?そういうやつかな…。ちょっと、びっくりしたけど…すみーもオレに対してそういう感情がちゃんとあるってことが普通に嬉しかった。

    「あっ!かず、お風呂おわった~?」
    「あ、うんっ!」
    「……かず、いいにおいだね…」

    後ろから抱き締められて、うなじに優しくキスをされる…。鏡にうつる顔は、確かに染まっていた。

    消せない猫

    「こんこん、こんばんは~!かずー?」

    ハイハーイ、と返事をしながら部屋の扉を開けると、サンカク柄の部屋着で枕を持ったすみーが立っていた。

    「いっしょに、寝よー?」
    「あー…っと、今日はちょっと課題で忙しいから無理かなー、ゴメンねー」

    こんな感情を抱いたまま一緒に寝るのはちょっとズルいし罪悪感みたいなモヤモヤしたものが拭えなくて断った。そっか~…って落ち込んでいる姿がそんなこと思っちゃいけないんだろうけど…少し嬉しく感じた。
    けど、すみーは廊下を歩いているアズーを見つけてすぐに声をかけ一緒に寝ようと誘っていた。すみーにとってオレと一緒に寝ることは特別じゃなくて、きっと誰でもよかったんだと思う。それは、べつに普通のこと。分かっているのに、机に戻ったオレは何を期待していたのか胸が締めつけられるようだった。
    気を紛らわせる為に何かしようと思ったけど……課題なんて、最初から無かった。

    「あっ…」

    何も考えたくなくて、意味もなくペラペラとめくっていたノートにオレのじゃない字と絵を見つけた。少しバランスの悪いそれは以前すみーが部屋に遊びに来た時に描いたネコだった。

    「…ちょっと似てるかも」

    そんなことを思いながら優しく撫でると自然と笑みがこぼれてくる。何も考えたくなかったのに考えようとしなくても頭の中はすみーのことばっかりで…やっぱり好きなんだと実感する。

    「カズくん」

    「うわっ!…あ、むっくん…おかえりー。宿題終わった?」
    「うん!…カズくん、何かあったの?」
    「えっ?何もないよー、なんで?」
    「さっき、何回か呼んだんだけど気づかなかったみたいで…近くまで来てみたら、カズくん…すごく優しそうに笑ってたから」

    なんでもないよー!と言ってはみたけど、自分でも顔が熱くなるのが分かったし隠そうとすればするほど裏目に出てどうしたらいいか本当に分からなくなった。

    消せたら、いいのに。

    ────────────────

    「かず、おはよー!」
    「うわっ!あ…すみー、おはよ…」

    スキンシップは仲良くなるにつれて増え、今朝はおはようの挨拶と同時にいきなり背後から抱きつかれた。

    「あのさ、すみー…」
    「なにー?」
    「こういうの…やめない?」
    「ぎゅーってするの?なんで?」
    「あんま、よくないかなーって…思って…」
    「かず…いやだった?」

    違う、って言おうとしたけど言えなかった。じゃあなんで?って聞かれた時に返してもいい言葉が見つからなかったから。

    「…ごめんね」


    その日から、以前のようにオレに触れることは無くなった。これで良かったと思うし、この判断は間違ってないと思う。だって、すみーはいつもと何も変わらなくて…オレじゃない他の誰かと楽しそうにしてる。このまま時間が忘れさせてくれる。
    そう考えながら毎日を過ごしていた。伝えちゃいけない想いを胸に隠したまま、他の団員達と同じように普通に仲良く周りに合わせながら。そういうの…得意だし。そうしたらこの気持ちなんて自然に無くなるものだと願って…。

    いつも風呂上がりは、談話室でみんなと喋りながら過ごすことが多かったけど、最近は部屋にこもってばかりいた。特にすることも無くて何か絵でも描こうと広げたノートに、あのネコがいた。消したら……気持ちも一緒に消えるかな…。
    冷たくなった指先で消しゴムを握りしめる。

    「カズくん…大丈夫?」

    「えっ?…な、なにが?」
    「違ってたらごめんね…なんか、泣きそうな顔してたから…」
    「そんなことないよー…」
    「そ、そう?えっと…えーっと、あっ!今日は幸くんと一緒に寝る約束してるんだった!じゃあ…お、おやすみなさい!」
    「おやすみー」

    やっぱり、消せなかった。
    あーあ…年下のむっくんにまで気ぃ遣わせちゃって…情けないなー…

    「かず、いるー?」

    普通のノートがドット柄になった頃、一番会いたくて一番会いたくない人が訪ねてきた。ハイハーイ、と震えた声を隠すようにいつもの調子で応え、何度か袖で目を押さえてから部屋のドアを開けた。

    「すみーじゃん。どしたの?」
    「……かず、泣いてる」
    「え~?泣いてないよん!」

    いきなり体があたたかさと安心するにおいに包まれる。それが抱きしめられてるってことに気づいたのは、しばらく経ってからだった。

    「……さんかく、いる?」
    「それ…どんな、さんかく?」
    「かずだけの、さんかくだよ~!」

    …ほしい?

    いつもとは違う声のトーンで。いつもとは違う色気があって。いつもとは違う強引さが出て。でも、いつもみたいな優しさもあって…。

    …ほしい…。

    聞き取れないほど小さな声で囁いた瞬間、抵抗できないほど強い力で、壁とすみーに挟まれ、下から突き上げるような熱い熱いキスをされる…。
    何も考えられなくて、何も考えたくなくて。ただ、この熱が伝わるのを全身で感じながら……頭の中までとろけてしまいたかった。

    ……消さなくても、いいの?

    はさと Link Message Mute
    2022/09/26 3:09:43

    みすかずまとめ

    #みすかず
    過去に書いたものなので、今の公式設定と違うところが多々あります。

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