同棲シリーズ「ただいま、ごちそうさま。」かずみす
「ただいま~」
玄関を開けると、お腹がすくいいにおいが迎えてくれる。疲れた体を引きずり、着ていたアウターも掛けずに部屋へ向かうと『おかえりなさい、かず』って、あたたかい料理と一緒に大好きな笑顔を見せてくれる。
「うわ~! おいしそー! オムライスじゃん!」
「しかも~、さんかくクンにしたんだよ~!」
「早く食べたいな~! じゃあ…手、洗ってくるねん!」
毎日やってるやり取りなのに、手を洗ってふと顔を上げた鏡の中の自分は…恥ずかしいほど緩んだ…だらしない表情だった。
「いただきまーす!」
「いただきます! めしあがれ~!」
テーブルの上に並ぶのは、普通に考えたら二人では多すぎる量の、彩りの綺麗な料理たち。どれも箸が止まらないほど美味しくて、一日ずっと頑張って疲れ果てた自分への最高のご褒美だと思ってる。そんなご飯が毎日食べられるんだから、本当にすみーには感謝してる…。
「ん~、…可愛くてもったいないから食べられない!」
「オレは~、食べられるよ~!」
「あはは、すみー意外と容赦ないよね~」
サンカクに形作られたチキンライスに卵の黄色い服を着せて、ケチャップで顔が描いてあるオムライス。もちろん、写真は撮ったけど…もったいなくて、なかなかスプーンを入れることができなかった。そんなオレとは対照的に、すみーは気にすることなく可愛いサンカクくんを抉り、大きなひとくちになって胃の中へ運ばれていった。
「だいじょーぶ! また作ってあげるから~」
「うん…いつも、ありがとね…!」
ふんわり柔らかく包み込むような笑顔を向けられて、卵の温もりに焦がれたスプーンは、ひとくち大の幸せをすくう。口の中に広がる優しい味は…目の前の最愛の人に、よく似ている。
「…それ、インステにあげるの~?」
「あげないよん!」
「かず、ご飯のお写真…いつも撮るけど、なんで…?」
「うーん…すみーを、独り占めしたいからかなー?」
真っ直ぐ目を見つめながら…ほんのちょっとだけ、かっこつけて言った言葉。もぐもぐと口を動かすすみーには…あんまり響いてないみたい。
「え~? …へんなの~、もうしてるのに」
当たり前のように素直に返された言葉。びっくりして、スプーンを落としそうになる手に、グッと力を入れ直す。それはちょっと…スパイスが効きすぎて心臓に悪い。
「すみーって…そういうとこあるよね~…」
「…どういうとこ~?」
「ううん、なんでもなーい!」
「え~、なになに~?」
「本当になんでもないよん! ただ、すみーのこと…好きだなぁ~って、思っただけ」
「…かず、そういうとこ~…ある~…」
「え、どういうとこー?」
「そういうとこ~!」
いつの間にか、かなり減っていた料理たち。幸せに幸せで下味をつけて、幸せで炒めたら、幸せのできあがり。お腹も心も満たされて、いっぱいいっぱいで胸が苦しいほど。
「ごちそうさまー!」
「ごちそうさまでした~!」
……今日も、幸せでした。
「せんたくのせんたく」ばんみす
「…えっ? ばんり、明日も…お休みなの~!?」
週末の午後。夕方のチャイムが鳴り終わってからそう告げると、部屋の真ん中に座って、取り込んだ洗濯物をたたみながら顔を上げた三角は…複雑な表情をしていた。
「悪ぃ…言ってなかったか?」
「聞いてないよ~…」
明日は三角も休みだ。正直、もう少し喜んでくれてもいいんじゃねーの?とは思った。…けど、三角には三角の考えや予定や段取りがあるんだろ。忙しくて家事はほとんど任せっきりになっちまってるし…明日はちゃんと俺がやろうと思ってる。
「あー…家事は俺がやっから。たまには、好きなことして…」
「…ばんり、お家にいてくれるの~?」
「べつに予定ねぇし…邪魔だっつーんなら出かけるけど?」
「そんなこと、言ってないよ~」
慣れた手つきで綺麗にたたまれていく衣服は、俺のも三角のも同じ香りを纏っている。手伝おうと腰を下ろして手を伸ばすと、マンガやドラマのワンシーンみてぇに、手と手が触れ合った。けど、それは…気が抜けるほど日常的で。
「…お休みなら、一緒に…おでかけしたかったなぁ~…」
「すりゃいいだろ」
「この前、ばんりが買ってくれた服、着て行きたかった~」
「…着りゃいいだろ」
「だって…まだ、洗濯してないから~…買って帰ってきて、疲れてすぐ寝ちゃったから~、そのままにしちゃった~…」
「お前…そんな潔癖だったか?」
「違うよ~?」
俺の手からすり抜けた服は、ふんわりと甘く香る。
「…同じにおいが、いいな~って…」
まだ、たたんでいる途中の服を奪う。あっ、と顔を上げた三角の視線と唇も。
「…んじゃ、今から洗えよ」
「もう夜だけど…乾くかな~?」
「乾く乾く」
「じゃあ、お洗濯してくる~!」
すぐに立ち上がってバタバタと走り出す。下の階に申し訳ないと思いつつ、緩みっぱなしのだらしねぇ顔を隠して注意できるほど、人間ができてはいなかった。
「明日、楽しみだね~!」
「ん…そうだな」
「ばんり~? …わぁ~っ!」
隣にちょこんと座って、洗濯物をたたむのを再開しようとする三角を、ふわふわしたバスタオルの中に閉じ込めた。
「…ばんり?」
もう馴染んでしまった甘い香りを、頭からかぶって見つめ合う。日々を過ごす二人だけの空間では物足りず、動く度に肌が触れるほど近い距離を求めて欲張りになる。
「んっ、ばんり…まって…」
慣れてしまった鼻のように、もう…元には戻れない。
「戻る気もねぇけどな…」
「…えっ? なに~?」
「なんでもねぇよ」
最後に、もう一度だけ軽く唇を重ねて、閉じ込めたバスタオルから解放する。途中になっていた洗濯物をたたみ終えて片付けてから、空気を読まねぇ洗濯機が音を鳴らすまで、明日の予定を立てるのだった。
「いたるれり、つくせり。」いたみす
「はぁ…」
仕事から帰って来れば、温かい笑顔と料理で迎えられて、お風呂もできていて…不満はマジで一つもない。それでも、自然と溜め息が漏れてしまうのは…もう、そういう歳だから…?
「…いたる、おつかれ~?」
「うーん、ちょっとね…」
できれば、溜め息は外で吐ききって帰りたかった。こんな気持ちをせっかくの二人の空間に持ち込みたくなかった。一番心配かけたくない相手に、心配そうな顔させて…申し訳ないし情けない。
「ごめん…早く、ご飯食べよっか」
「…ううん、いたるは…ソファに座ってくださーい!」
テーブルに着こうと引いた椅子は戻され、トントンと優しく肩を押されて、流れるようにソファに座らされた。疲れて回らなくなった頭はピックアップのように仕事をしない。
「ぎゅうって、してもいい…?」
「…ぜひ、お願いします…」
二人分の重さで沈む深さは…癒しを連れてきた。膝の上に跨がって座る三角。ちゃんと、俺には体重がかからないようにしてくれている。今日一日頑張ったシャツの上からでも分かる温もりに、油断すると涙が出そうになる。やっぱり歳だから説が再浮上。
「いつも、おつかれさま~…」
「三角も…家のことやってくれて、ありがとう。任せっきりで…本当にごめん」
「ううん…いたると、二人で一緒にいられるんだよ~? 毎日、すごーく…楽しいよ~!」
「っ、えぇ~…」
三角と暮らし始めて、言葉にならないことが増えた。悩ましいほどに愛おしい。俺の人生の最推しと言うにはあまりにも軽すぎる。語彙力もクソになるほど。…もう、なんでもいいけど幸せすぎて幸せ…。
「ごめん…ご飯、冷めたちゃったでしょ?」
「また、あっためればいいんだよ~」
「…そうだね」
「いたるの顔、見た時に分かったよ…? だから、まだ…お皿に取らなかったんだ~!」
「三角…」
…また、そういうこと言う~…。変な声を出さなかった自分を褒めたい。仕事で消費したスタミナは、いつも限界値を越えて回復する。だから、毎日頑張れる。そうじゃなきゃ頑張れなくなった。
「…先に、お風呂入る~?」
「三角は?」
「まだ~」
「一緒に…」
「いいよ~! 髪も~、体も、洗ってあげる~!」
…この笑顔に、依存してる。自覚はある。治す気は無い。
「…三角、ありがとね」
「いたるも、ありがとう~」
頬に一つだけキスをして、少し開いた物欲しそうな唇を舐める。柔らかく笑って頭を撫でると、その手を掴んで無自覚なおねだりをされる。俺より上にある目線を、首に引っかけた腕で下げてから奪う。三角のおねだりキスとは…SSR。でも、このSSR…恒常だからね。俺、限定の。
「お風呂入ろうか…」
「うん! 抱っこして行く~?」
純粋な瞳で告げられた申し出。さすがにお断りしてから、部屋着と一緒に二人で風呂場に向かった。
狭い浴槽に無理やり詰め込んだ幸せは…もったいないほど溢れて流れていく…。溜め息は笑い声に変わり、荒んだ心は勝手に毎ターン自然回復する。本当に髪も体も洗ってくれて、顔を洗ってくれている時に目を閉じたらキスされた。自分からしたのに照れてる姿を見て…正直、もう…元気になりすぎるところだった。
「ドライヤーしてあげる~! ここに、座ってくださ~い!」
昂る気持ちをなんとか年相応に落ち着かせて、速さを優先した乾かし方に有り難みを感じる。それと同時に、ヘアスタイルの重要さを鏡の中の自分が教えてくれた。
「いたる、もさもさしてるね~」
「陰キャくさいな。まぁ…陰キャだけど」
「えへへ~…」
「笑えるほどダサい?」
「ううん、違うよ~」
「えっ…あんまり酷いこと言われたら泣くから言わないで」
「…今のいたる、えっと…えすえすあーる~? だから、うれしい~!」
魔法のカード? 今月の給料? 休日? 睡眠? そんな些細なものじゃなくて。俺の今までもこれからも、全てをかけたいと思ったから。一緒に過ごす毎日に特別なエフェクトをかけて、心踊るような待ち望んだ演出を繰り広げて、キラキラした日々を、お互いに神引きできますように…。
「じゃあ…夜のSSRはどう?」
「もう、夜だよ~?」
「…ご飯食べよう」
「うん! 用意するね~!」
……物欲センサー働きすぎでしょ。
「おはよう、ひとりじめ」つむみす
自然の眩しさに起こされて…ゆっくりと目を開ける。ぐっすり眠れた日の朝は、肌に触れるシーツが気持ちいい。よく知らない鳥の声を聞きながら、隣に顔を向けると…誰もいなかった。
「…あっ、いたいた…」
顔を見合わせて寝たはずなのに、三角くんは俺の足元で丸くなっていた。こんなところで寝ているなんて知らなかったから、寝返りをうった時に蹴ってしまわなくてよかった。自由に動き回った髪たちを乗せた頭で考えていると、目の前の可愛い寝顔が、ん~…って声を上げてもぞもぞしながら目を開いた。
「ん~…? つむぎ、おはよ~…」
「おはよう。まだ寝ててもいいよ?」
「…もう、起きる~」
いきなりバッと布団から出てきた三角くん。俺と同じような髪型に微笑ましさを感じていると、一緒に顔を洗おうと手を繋ぎながら洗面所まで、ほっこりするエスコートをしてくれた。
「つむぎ、かっこよくしてあげる~!」
「ふふ…ありがとう」
顔を洗って髪をとく。鏡にうつる二人が見慣れた姿になった時、やっと…しっかり目が覚めた気がした。
「ごはん作るから、待ってて~」
「俺も手伝うよ」
「ううん、だいじょうぶ! つむぎは~、お花にごはん、あげてていいよ~!」
「そう?…じゃあ、終わったら手伝うね」
「はーい!」
優しい笑顔と提案に甘えてベランダに出ると…今日も暑くなりそうな予感。一日を乗りきれるようにお水をたっぷりあげて、また夕方にね…と、小さく声をかける。
「…お花、咲いた~?」
「まだ咲いてないけど、見て…! 蕾が膨らんできてる」
「ほんとだ~! もうすぐ、咲きそうだね~」
「早く咲くといいね」
寮の広い庭のお世話もさせてもらって…それだけで十分なのに。部屋の中でも育てられるものはたくさんあるのに。俺のために、狭いけどベランダがあるお部屋にしようって、言ってくれたよね。すごく嬉しかったのを…はっきり覚えてる。
「…咲いたら、一緒に見ようね」
「うん! えへへ…わくわくするね~!」
「もしかして、三角くんも…花が好きになってきた?」
「うーん…まだ、さんかくの方が好きだけど~…」
「…けど?」
「つむぎと、ふたりじめできるから…オレはね~、このお花…すごーく、すきだよ~!」
日々を一緒に過ごしていて、初めて知ったことがある。土の中に水が染み込んでいくように、じんわりと全身に広がる愛おしさで満たされて…思わず溢れそうになる感情。
「…俺も、好きだよ」
「よかった~!」
「水やり終わったから、手伝うよ」
「もうすぐできるから~、早く食べよう~!」
本当に…花が咲くみたいに笑うよね。手を洗ってから朝食の準備をして、二人揃って席に着く。いただきます、と手を合わせてから…できれば、独り占めしたいなんて…清々しい朝に似合わない欲張りな気持ちを…美味しい朝食と一緒に呑み込んだ。