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    おあずけシリーズかずみすの場合ばんみすの場合おみすみの場合いたみすの場合ちかみすの場合かずみすの場合
    変わらないような毎日を過ごす中で、知らず知らずのうちに当たり前になっていたことがいくつもある。朝はお互いに起こしに行くこととか、お見送りとお出迎えをすることとか、夜はできるだけ一緒に過ごすこととか、少なくとも一日に一回はキスをすることとか。
    ゆるゆると流れるように過ぎ行く日々。いつもと違うことが一つ。唇に甘く重なった熱が、離れ離れになって……今日で三日目になる。

    「一緒に行ってもいーい?」

    通り過ぎた夕暮れがこっそり秋を連れてきた頃、コンビニに行ってくるとかけた声に返された言葉。柔らかく笑いかけながら快諾して引いた腕の先、絡めた指からは悩ましく戸惑う切なさが注がれる。

    「行こっか」
    「うん……!」

    こんなはずじゃなかったのに。ほんのちょっとからかっただけで、あわよくばすみーからおねだりしてくれたら……なんて、いろんな意味で甘い考えを膨らませていたのだけれど。やっぱり駆け引きとかそういうのは向いていないみたい。

    「すみー、このお菓子サンカクだよん!」
    「ほんとだ〜!」
    「帰ったら一緒に食べよ?」

    うん、って声はいつもと違って聞こえた。ごめんねの気持ちはカゴの中のサンカクを自ら増やしていく。レジで袋にかえてもらった複雑な気持ちは、すみーじゃなくてオレが持つべきだと思ったから。優しい申し出を断って、代わりに手を繋いだ。

    「かず、アイス買った?」
    「……買ってないけど、ほしかった?」
    「ううん、違うよー」
    「ちょっとだけ……公園寄ってから帰る?」

    質問の意図が薄暗い夜にとけてしまう前に。

    「誰もいないね〜」
    「まあ、こんな時間だしね」

    広めのベンチの真ん中で、腕がくっつくほど近くに寄り添う。持っていた袋をそっと置いて……指を絡めながら掬い上げた手の甲にキスをした。

    「……っ、かず」

    日中の暑さで煮詰められた感情が、瞳の中の夕陽にとけて混ざり合う。とろりと溢れ出す涙あめ。雨と呼ぶには濃く深く複雑すぎて、飴と呼ぶには柔く脆く儚すぎる。

    「ごめんね……」

    目を閉じて夕陽にさよならを告げれば、夜風が囁く二人だけの夜になった。

    「かず、いじわるしてたの?」
    「うん……すみーがおねだりしてくれるかなーって」
    「……ふーん」
    「ごめんね?」

    んん〜っと唸りながら胸元にぐりぐりと額を押し付けられる。何度目か分からないほどごめんねを繰り返しながら、ぽんぽんと優しく頭を撫でると『いいよ〜』というお許しの言葉を貰った。

    「帰ったら〜、いっぱい……ちゅうしてね?」

    恥ずかしそうな表情のまま、一足先に公園から出て行ったはしゃぐ背中を追いかけようと慌てて立ち上がる。忘れかけていたコンビニの袋を勢いよく掴むと、踏み出した足にぶつかってしまい、ハッとするような冷たさが走った。

    「うわっ……!」

    オレの声に振り向いた愛おしさに惚気た瞬間……もう一度、袋の中で棒とジュースになったアイスが悪態をついた。

    ばんみすの場合
    「ばんり、へんだよー!」

    風呂上がりに冷蔵庫を漁っている時だった。背後から腰に腕を回して揺さぶられる。かまってほしい犬みてぇだと思いながら振り返って髪を撫でると、幾分か落ち着いておとなしくなった。

    「……談話室ね〜、誰もいないよ?」
    「見りゃ分かんだろ。もう遅い時間だしな」

    くっついたまま顔だけ上げた三角。ムッという声が聞こえてきそうなほど不機嫌な顔をしていた。珍しくシワの寄った眉間に親指をあてて引き上げ間抜けな顔にしてやると、真面目に話してるでしょー! と、小さいガキみてぇに怒られた。

    「何か用?」
    「ばんりとオレって、付き合ってるんじゃないの?」
    「当然。恋人同士だっつーの」
    「じゃあ、なんで……」

    そこまで言ってからめちゃくちゃ失速した。くっついていた腕も元気を無くして離れていく。さっきの勢いはどこへ行ったんだよ?

    「……なんだよ」

    続きを話さずはっきりしない様子を横目に、冷蔵庫から取り出したジュースで喉を潤す。その瞬間、何かを思いついた様子の三角が大きく声を上げた。

    「全部、飲んじゃだめー! オレも飲みたいな〜!」

    爛々といつもの元気を取り戻した瞳の前に、飲みかけのペットボトルを差し出しながら、堪らず上がった口角を見せる。

    「……ちがう〜!」
    「ん?」
    「ばんり、わかっててやってるでしょ」
    「はぁ? 何がだよ」

    恍けたフリをしてもう一口含む。事の発端は俺の気まぐれ。毎回キスをするのはいつも自分からだった。俺がしなかったらどんな反応をしてくれるのか気になっただけ。

    「なんで、してくれないの……?」

    珍しく怒った顔も見ることができたし、期待していた雰囲気とは違ったけど満足だ。そう思っていた矢先、じわじわと体温が上がっていくような感覚に陥った。

    「してほしいよぉ……」

    どこで覚えたのか無意識なのか、懇願する瞳は俺を捕らえて離さない。向かい合って抱き寄せられた腰はガキの真似事にしては質が悪すぎて。今にも降ってきそうなご褒美をねだる視線はゆすりにも似ていた。

    「……あっ! ちゅーしたくなった〜?」

    情けなくも堕ちる寸前、嬉しそうに微笑む天使と正面衝突した。

    「ふっ、ははっ……いや、そこはお前っ」
    「違う〜?」
    「黙ってたら、してたのにな……?」

    今更もう遅いのに噤む姿は安心感を纏う。しょんぼりと落ち込む眉間にキスをして、納得がいかない表情と緩む口元のちぐはぐさに、もう一度小さく吹き出した。

    「しょうがねぇな……」
    「えっ? わっ、まっ……ばんり?」

    抱き上げて座らせたダイニングテーブルの上。座っちゃダメなんだよ? という言葉を無視して、逃げようとする両手を押さえつけた。バタバタと音を立てる足の間に入り込んで顔を近づければ、求めていたはずの距離感から目を逸らしてしまう。

    「……こ、ここでするの?」
    「誰もいねぇんだろ? 談話室」
    「でも、誰か来たら……」

    「興奮すんな……?」

    何か言い返されるよりも先にお望みどおりキスをした。逃げ場が後ろしかない状態で執拗に攻め、隅々まで味わうように絡み合えば、当然のように酸素を求めてテーブルの上に倒れることしか残されていない。

    「うわー、大胆」
    「違っ……待って! やだ、やだやだ!」

    テーブルと背中がぶつかった瞬間、両手を解放して起き上がった三角に見せつけるように服の裾を捲って、程よく引き締まった腹に舌を擦り付けた。上の方から聞こえる息遣いと我慢しても出てしまう声が重なり、俺はどうしても欲が出てしまう。

    「シてほしいって言ったの、三角だもんな?」
    「ちゅうしてって、んっ……キスの、ぁ……話だもんっ、」
    「してんじゃん。キス」

    下着ごと指を引っ掛ければ、よく見えるようになった腰が跳ねる。優しく唇を這わすと、面白いぐらいにいい反応を見せてくれた。

    「口に、してって……ことぉ、っ……」
    「口でシてって? 随分おねだり上手になったな」
    「……っ、ばんりのバカ!」
    「じゃあどうすりゃいいの?」

    「口にっ、唇に……いっぱいいっぱい、キスしてほしいって……言ってるの!」

    肩を上下させながら涙目で唸る姿が愛おしくて堪らない。体を起こしてテーブルから下ろした三角を連れ、キッチンのカウンターの陰に隠れて二人で床に座り込む。足を大きく開いて膝を立てた間に、同じように向かい合わせで座って抱き締めれば、より密着してキスができる。

    「ばんり……いっぱい、キスして?」

    可愛いおねだりを合図に、重なった唇は熱を生む。温められて芽生えた欲は引き寄せた腰が嫌というほど教えてくれる。いっぱい、いっぱい……蕩けてしまうほど熱くなった口内にほんのりと香るジュースのフレーバーは、不釣り合いな幼稚さで脳内を混乱させた。

    「……どーするよ? コレ」
    「どうしよう……」

    後先考えられなくなった頭は釣り合ってきたらしく、解決策を生み出せないくせに、バカみてぇに熱を生むのをやめられない。ヘラヘラと笑い合って懲りずに重ねた唇。深い依存性を孕みながら、それは愛だと言い聞かせるように囁く。

    忘れられた出しっぱなしのペットボトル。温度差に耐え兼ねた液体が、透明な純粋さを溢れさせた。

    おみすみの場合
    「……おみ、ちゅーしてもいいよ〜?」

    日中のキッチンで生まれた、ほんの僅かな二人きりの時間。恥ずかしそうにはにかみながらこそこそと声をひそめて、夕飯の仕込みをする無防備な男の心を振り回す。

    「えへへ……ちゅーする?」

    濡れた手をタオルで拭き終えると、服の裾を引っ張る期待した眼差しがしっかり向けられていることに気がついた。食事を済ませた団員たちが部屋を出て行ってからキッチンには俺たち以外誰もおらず、会話をしながらまったり後片付けと仕込みをしていた空気が、ほんの少しだけ時計の針を夜に近づけた。

    「あー……急に誰か来るかもしれないだろ?」
    「じゃあ、ちょっとだけ隠れよ〜!」

    服の裾を離さずに優しく引っ張る右手が、しゃがんだキッチンの隙間を秘密基地のように取り繕ってくれた。

    「ちゅーするのきらい?」
    「いや、そうじゃなくてな……」
    「じゃあ〜、すき〜?」
    「……そうだな」

    しゃがみながら飛び跳ねるように体を揺らす三角。絵本の続きを読みたい子供のような目で見つめられれば、自分が何をしているのか分からなくなってしまった。
    元はと言えば、椋が貸してくれた漫画に影響を受けたのが始まりだった。漫画の中の出来事だと理解していても、甘く穏やかな日常を過ごして浮かれている頭は……まるで、思いつきや勢いで行動してしまう十代前半の子供のようだった。

    「でも、今はしたくない……?」

    俺がしなかったら三角の方からしてくれるんじゃないか。見た目に似合わず高鳴らせた胸は、己の不器用さが浮き彫りになるほんの先の未来すら見えていなかった。

    「うーん……」
    「……おみ、なんかあった?」

    変に心配をかけただけの結果に呆れつつも、いつもの何倍も愛くるしい三角を新しく知ることができた。その事実だけで満足だ。もっと強請って求めてほしいなんて虫がよすぎる。困ったように笑い返してネタばらしを覚悟した瞬間、カラメル色をした瞳の奥深くに眠る熱っぽい大人が顔を見せた。

    「もしかして……ちゅーしてほしいの?」

    掴んでいた服の裾からは手が離れ、気づけば指を絡められていた。

    「目、つむって……?」

    言われるがままそっと目を閉じる。待たされる側も同じように鼓動がうるさく鳴るのを感じて、いつも三角はどんな顔をしていたかを考えながら、間が開けば開くほど大きくなる不安を体感する。

    「……?」

    どれぐらい待っただろうか。とてつもなく長く感じる沈黙の時間に耐えきれず、そっと目を開けてみると……見たことがないほど真っ赤に頬を染めた愛おしさと視線が重なった。

    「あっ……開けちゃだめだよ〜……」
    「悪い。少し、待ちくたびれてな?」
    「……ったんだもん」
    「ん?」

    「こんなに、どきどきするなんて……知らなかったんだもん!」

    漫画のような展開に思わずクスッと吹き出してしまう。笑われたと思った三角が、笑わないで〜……と恥ずかしそうに困った顔をした。俺だけが知っていればいい。まさか、同じようなことを考えていたなんて。

    「おみは、いつも……こんな風に、どきどきしてたんだね〜……?」

    ほっとして力が抜けてしまった指と曖昧になってしまった視線をしっかり絡めて、温かさと期待に満ちた笑みを返した。

    そっと額を合わせれば、どちらからともなくゆっくりと目を閉じる。唇に触れるだけの熱と流れ込む愛情を受け入れて、離れたりくっついたりを繰り返しながら満たされていくのを感じ、少しずつ少しずつ……キッチンを二人の秘密基地に見立てて、色鮮やかに彩っていくのだ。

    「……おみ、デザートがほしいです……」
    「奇遇だな。俺も……食べたいと思っていたところだ」

    いたみすの場合
    視線を感じてスマホから顔を上げると、目の前にいた三角と目が合った。いたるの部屋に行きたい、という要望に応えて二人っきりになるために先輩には出ていってもらった。

    「いたる、ゲーム楽しい?」
    「……まあ、それなりに」

    会話はすぐに終わってしまい、何か言いたそうな三角が言葉を繋げられずに何度もまばたきをするだけだった。そっけないフリをして目線をスマホの画面に戻す。ちょっとだけ落ち込んだ気配が漂う中、いつもの動きがウソみたいにゆっくりと静かに立ち上がって、ソファに座る俺の隣に腰かけた。

    「ゲーム……おわった?」
    「全然」
    「……そっか。おわったら〜、おしえてね?」

    俺の短い返事を聞いてから背もたれに体を委ねた後、驚くことに俺の肩へ頭を預けてきた。ぎこちない仕草は頭を抱えるほど可愛すぎて……。けど、三角からキスをしてもらうという今回のミッションを達成する為にも、こんな程度で動揺するわけには……。

    「ねぇ、いたる……何か企んでるでしょ?」

    そう思った矢先、いとも簡単に見破られてしまった。

    「……え? いや、何も」

    一番出てほしくない時に出てしまう自分の陰な部分を憎みつつ、預けられた頭を優しく撫でる。気持ちよさそうに目を細めた三角は、その手をぎゅっと掴んで自分の頬にあてながら上目遣いでかまってほしそうに見つめてきた。

    「はぁ……っ!」

    いや、もう……可愛すぎて、可愛すぎて。愛おしさで叫ばなかった自分をめちゃくちゃ褒めてあげたい。もういい、もう……いいから。破壊力が凄まじすぎる。思いつきでやってみたけど無理。キスおねだりとかされたらもう……俺、消滅しちゃうかも。よかった……早い段階で気づくことができて。 思いつきで消し飛ぶところだった。

    「……三角、ちょっと意地悪してごめんね?」
    「いじわるしてたの〜!?」
    「うんうん。説明はあとでするから……ちょっと、もう……キスさせて?」
    「わっ……!」

    スマホを置いて三角の肩をぐっと押し倒した。小さく声を上げてソファに仰向けになった体に覆い被さるよう顔を近づける。突然のことに驚いて頬を染めながら逃げようとする三角の鎖骨にそっとキスを落とすと、少しだけ落ち着いた様子だった。

    「いたる、いじわるしたから悪い〜」
    「ごめんって」

    「……キス、したい?」

    ん? あれ? なんか立場逆になってない? という疑問は生まれたと同時に消え、間髪入れずに頷いて返事をした。首を傾げながら聞く姿も最高すぎて……早く、させてほしくて堪らない。

    「えへへ……だめ〜っ!」

    俺の肩を押し返して軽やかにソファから立ち上がった三角。急な展開に頭が回らず、ソファに取り残される。

    「三角も、いたるに……いじわるします!」

    そう告げて部屋のドアを開けながら『ばいば〜い!』と、手を振る姿が見えた。死ぬほどかっこ悪い自分に呆れながら何か言おうと口を開いた瞬間、扉が閉まる前に現れた悪戯な天使が微笑んだ。

    「……早く、つかまえてね……?」

    立ち上がって追いかけようにも、クリティカルヒットを喰らった俺の機動はゴミだった。

    ちかみすの場合
    触れ合う頻度は元々そんなに高くない。部屋に二人きりで過ごすことも珍しいぐらいだ。俺が歩み寄らなかったら……三角はどう動いてくれるのかな? バルコニーから見下ろした中庭、どこか遠くに見えたから。人任せで不器用な愛情確認の方法に、ただキスをしてほしいだけという理由をつけて数日間を過ごすことにした。

    「おかえりなさーい!」
    「……ただいま」

    しっかりと残業をしてから帰宅した寮。迎えてくれた三角の顔を少し見つめた後、横を素通りして洗面所へ向かった。俺が歩く数歩うしろをそろそろと着いてくる気配がして、手を洗いながら鏡に映る表情を盗み見る。見られていることに気づいていない三角は、かまってもらえない犬みたいなしょんぼり顔をしていた。

    「……何?」
    「ううん、ちかげと二人でお話するの……久しぶりだな〜って、思っただけだよ〜」
    「話したいことでもあるの?」
    「えっと……」
    「無いならご飯食べてきていい?」
    「じゃあ、準備するね〜!」
    「大丈夫。自分でできるから」

    「ちかげ……明日、お休みだよね?」

    うん、と声に出して小さく頷いた俺を見て、それ以上何も言えなくなった三角は、隠しきれずに震えた声で『おやすみなさい』と返し、笑顔のまま洗面所を出て行ってしまう。

    自業自得な一人の食卓は静かすぎて、美味しいはずの臣の料理に申し訳なかった。


    「おはよう」

    清々しい晴れ間を見せた翌朝、三角の様子が気になって探していると中庭の真ん中にしゃがんでいた。俺の声に気づいて振り向いた足元、寝転ぶ一匹の黒猫が見えた。

    「ちかげ……おはよう」
    「また猫と遊んでるの?」
    「うん。でもね、嫌われてるみたいなんだ〜……」

    撫でようとそっと伸ばした三角の手を避けて、どこか遠くへ走って行ってしまう。目的を無くした左手をぎゅっと握りしめた三角は、朝日に似合わないほど切ない表情を隠せずにいた。

    「大好きなのになぁ……」
    「猫は気まぐれだからね」

    「……オレが大好きってだけじゃ、ダメなんだね……」

    猫が出て行った方を見つめて話す背中を撫でながら、朝食ができあがるまでの時間を二人で過ごした。膝を抱え込んだ心情なんてお構いなしに、日差しは徐々に強く明るくなっていく。

    「朝ご飯、食べようか」
    「一緒に食べてもいいの……?」

    臆病な聞き方をする三角の顔をしっかり見て、ゆっくり微笑んで頷いた。冷たい態度で接しても、弄ぶような意地悪をしても、俺に対して怒ることも泣くことも求めることも突き放すこともできない三角。それを利用して歪な愛情確認しかできないような……『昨日はごめんね』の一言すら口に出せない俺に、その不器用さを笑う資格なんてなかった。

    「これ、あげる〜」
    「さんかく招待券……?」
    「……来てくれると、嬉しいです」

    どこか元気のない様子の三角を視界に入れて過ごした一日。そんなに落ち込むほど俺のことが好きなんだろうという……危うくて悪趣味な考えを生み出した自分に吐き気がする。手にしたサンカクの紙切れをきっかけに、何か変われるといいのだけれど。

    「こんばんは。お招きありがとうございます」
    「……来てくれたの!?」
    「コレ貰ったからね」
    「そっかぁ……ありがとう」

    招かれたのは三角の部屋。いつもより片付いていることに気づいて、笑ってしまいそうな口元をぐっと引き締めた。今日は九門がいないらしい。十座の部屋で寝るそうだ。

    「ちょっと、お話したいことがあって……」

    寮で暮らす恋人たちにとって、願ってもない二人きりで過ごす貴重な時間。似つかわしくないテンションと表情と語気が賑やかな部屋を引き立てる。テーブルの横に腰を下ろす三角の側に座って、悪いことをしたなと今更ながら感じていた。

    「ちかげ……オレのこと、きらいになった?」

    浮かべた涙のように、もう……いっぱいいっぱいだった。

    「いやなところ、言ってくれたら……っ、頑張って直すから……」

    嫌なところなんて一つもないよ。たった一言が言えなくて。

    「……ごめんね? 言ってくれなきゃ、わかんなくて……ごめんなさい」

    謝るのは俺の方だよ、ごめんね。そう言ってすぐに抱き締めてあげればいいのに。服の袖でゴシゴシと目を擦る三角を止めることもできない。泣かせたかったわけじゃない……ただ、想われていることを実感したかった。そうしないと触れることすらできないくせに、不器用で臆病な恋をこれはゲームだと言い張る自身は笑えないほど滑稽すぎて反吐が出る。

    「直してほしいところなんて無いよ……嫌いになったこともない。違うんだ……違うんだよ」
    「ちかげ……?」
    「……ただ、キスしてほしかっただけ」

    そんなことで引いたり馬鹿にしたりする子じゃない。だから好きになって、だからこんなに苦しいんだって理解している。けれど、もう手遅れでも……最後までかっこつけていたい。

    「ごめんね。……大好きで」

    こんなに情けない顔を見られたくなくて、そっと抱き締めながら言った言葉は、ちゃんと……聞こえただろうか。

    「……オレも、ちかげも、かっこ悪くてバカなんだね……」

    ふわふわと笑いながら発せられた言葉。何も間違っていないから否定もできずに噤んでしまった。

    「素直になれる……おまじないがあります」

    ようやく言い返す言葉を見つけた頃、重なる愛情を感じながら……本当に何も言えなくなっていた。

    はさと Link Message Mute
    2022/10/02 17:31:00

    おあずけシリーズ

    #かずみす #ばんみす #おみすみ #いたみす #ちかみす

    過去に書いたものなので今の公式設定と違うところが多々あります。

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