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    ちかみすまとめたまには甘口をワンルームの固定観念焦がれの夜明け吐き出せない嘔吐たまには甘口を
    「ちかげ、明日ドライブ行く~?」

    おかえりの声に続く言葉は、残業から帰って来た体に少しの休息もくれない。待っていたのか偶然なのか、食事が済んだ後も談話室のソファに座って過ごしていたらしい。

    「約束した覚えはないけど……行きたいの?」
    「行きたい~!」

    有り難いことに食事の準備をしてくれている臣に甘えながら、夜向きじゃないテンションの三角を落ち着かせて話を聞く。もう、相棒として舞台に立つことはそうそう無いだろうに。あの役を演じて以来、こうしてドライブに誘われる。もちろん、運転するのは俺なんだけど。

    「どこか行きたいところは?」
    「う~ん……ちかげの、行きたいところ!」
    「激辛カレーでも食べに行く?」
    「それは~……うーん、いいけど~……」
    「いいんだ? まあ、冗談だけど」

    明らかによくない顔のいいけど、に笑ってしまった直後、温かい夕食がテーブルに並べられた。臣に礼を言って、手を合わせて一言……食事を口に運ぶ。一人で静かなはずの夕食は、談話室でテレビを観ている団員達と、風呂上がりのスキンケアがどうこう言い争っている団員達と、隣でずっと喋っている三角のおかけで、随分……賑やかなものになった。


    「ちかげ、いますか~?」

    食事も風呂も済ませて部屋で寛いでいると、扉を叩く音と共に声が聞こえた。俺が返事をするよりも先に、いますよ~……という気だるい声がして、おじゃまします! と元気よく言いながら三角が入ってきた。この二人に俺の意思は関係ないらしい。

    「明日の相談をしに来ました~」
    「LIMEでいいのに」
    「ちゃんとちかげの顔を見て、お話ししたかったから!」
    「……わざわざ、どうも」

    正直、相談することなんてない。好きな時間に起きてから準備ができ次第出発、俺はそう考えていた。どうやら、三角は違うらしい。俺が考えているよりもずっと張り切っているみたいだ。たかがドライブ、何をそんなに期待している?

    「ちかげ、明日は寝坊しちゃだめだよ~!」
    「はいはい」

    結局、行き先も決まらず何の相談に来たのか分からないまま、早起きをすることだけが決まった。おやすみを告げて三角を部屋に帰した後、何やら茅ヶ崎にからかわれてバカにされたような気がしたけど、面倒なのでほとんど無視をした。

    「優しいんですね。三角には」
    「そうかな?」
    「いや、あれで自覚ナシはやばい」
    「みんなと同じだと思うけど」
    「俺にも優しくしてくださいよ先輩」
    「……茅ヶ崎は甘やかすと駄目になるタイプだから無理だな」
    「まあ、否定はできないですけど」

    くだらない会話は早々に切り上げて、明日に備えて寝ることにした。


    「あ! ちかげ発見~!」
    「あぁ、おはよう」
    「おはようございます!」

    朝日が眩しく清々しい週末の朝。他の団員達はまだ寝ているようで、珍しく洗面所に二人きりだった。何にも囚われず自由にのびのびとつくり上げられた頭の上の芸術を弾ませながら、いつもよりさらに落ち着かない様子の三角。

    「……朝ごはん、どうする~?」
    「キッチンにあったおにぎりじゃなくて?」
    「おにぎりでもいい?」
    「もちろん。三角が作ってくれたんだろ? 寝癖、直し終わったら二人で食べようか」
    「……っ! うん!」

    ほぼ毎日つくり上げているわりに、直すのが下手な寝癖職人。不器用な両手からドライヤーとクシを受け取り、鏡越しに会話をした。最初はにこにこと笑っていたが、髪を触られることに慣れているのか、段々と瞼が重くなっていくのが分かった。

    「終わったよ」
    「……うん、ありがとう~!」
    「髪、触られるの好きなんだね」
    「そうかなー? ……ちかげが上手だからだと思う!」

    見慣れた髪型をふわふわと揺らす姿に無言で微笑み、早速二人でキッチンへ向かうことに。三角の作ってくれたおにぎりは、相変わらず綺麗なサンカクだった。いつもより静かでゆっくりと時間が流れているような錯覚が、どこか温かく感じるのも……そうなのかな? 三角に聞いてもサンカクと似てるねと返されそうだなという、我ながらくだらない考えを……美味しいおにぎりと一緒に呑み込んだ。

    「行ってきまーす!」
    「行ってきます」

    朝食作りのために起きてきた臣に声をかける。行ってらっしゃい、運転気をつけてくださいね。気遣ってくれた言葉に、三角が元気よく返事をした。それはそれは気をつけて安全運転してくれるのだろう……助手席で。

    「しゅっぱーつ!」

    行き先も決めず、見切り発車のまま、二人を乗せて走り出した。

    「……それで? 行きたいところは決まった?」
    「うーん……ちかげの行きたいところって、どこ~?」
    「激辛カレーでも食べに行く?」
    「それは~……うーん、いいけど~……」
    「冗談だよ」

    昨日から全く進まない会話と行く宛もなく進む車。窓の外を指差してサンカク探しをする声。微かに聴こえる劇団の誰かにオススメしてもらった曲。何もかもがバラバラで纏まりがない。自由でちぐはぐな車内に、フッ…と吹き出すような笑みが加わった。

    「ちかげ、どこ行くの~?」

    街から離れて躊躇うことなく山奥へ走り続ける中で、さすがに不安になってきたのか、少しだけ落ち着いたトーンで声をかけられた。タイミングよく停止させられた信号から目を逸らすと、胸騒ぎを溶かしたような揺れる瞳と重なり合う。

    「……いいサンカクは見つかった?」

    黙って首を横に振る三角。続けて、ドライブ楽しい? という意地悪な質問をした。大した会話もできずに車内で過ごした時間は、お世辞にも楽しいとは言い難い。寝てしまってもおかしくない。いつものように、一人でサンカク探しに出かけた方が有意義だっただろうに。

    「楽しい~!」
    「へぇ……変わってるね」

    丁度、会話に一区切りついた時、サンカクの屋根が見えた。

    「ちょっと早いけど、お昼にしようか」
    「わーい! お腹すいた~」

    車を降りて大きく伸びをしながら、カレーのにおいがするね! と、まるで自分のことのように嬉しそうにする。思わずこぼれた後、愛想笑いを思い出した。

    人通りの少ない山奥で経営している、ほとんど趣味のような小さな店。そのわりにはカレーに拘っていて、スパイスも良いものをたくさん使用している。俺好みの辛さにもできるし気に入っている。遠すぎて無理な話だけど、本当なら何度も通いたいぐらい良い店だ。

    「ここのカレー、スパイスが効いてて美味しいんだ」
    「オレはちかげと同じやつにする~」
    「もう、相棒になろう大作戦は終わっただろう?」
    「……だめ?」
    「ダメじゃないけど、無理しなくていいよ」
    「ううん! 大丈夫だと思う~」

    この前は大丈夫じゃなかったから言ってるのに。意外と頑固なところがあるよなと思いつつ、店員さんを呼んで同じカレーを注文した。

    見切り発車が聞いて呆れるほど複雑な立地の悪さもあってか、他の客は少ない。けれど、気を使うほど静かすぎることはなく、落ち着いた雰囲気が心地よかった。メニューも見ずに俺と同じカレーを注文した三角。付き合わせて悪かったかな、なんて……らしくもない考えは、美味しそうなカレーが運ばれてきた瞬間、忘れてしまった。

    「……あ~っ!」

    カレーを見て声を上げた三角。分かりやすくジェスチャーで静かにするよう伝えると、両手で口を押さえて目を丸くしながらキラキラと輝かせていた。

    「おにぎりカレーだ~!」

    控えめサイズのおにぎりが二つ、寄り添うように。

    「このお店、ご飯をおにぎりにしてくれるんだ」
    「すごーい! ちかげ、連れてきてくれてありがとう!」
    「こちらこそ。付き合ってくれて、どうも」

    重なるいただきますの後、スプーンで掬った一口を運ぶ。やっぱり、俺には少し物足りないけど……これはこれで。

    目の前の三角は、まだ口をつけていなかった。ちょっとだけ写真を撮って嬉しそうにスマホをぎゅっと抱き締めたり、ゆらゆらと体を揺らしながらいろんな角度からサンカクを見ていた。……冷めるよ? の一言をかけると、いただきますをもう一度言ってから、やっと一口を運んだ。

    「……美味しい~!」
    「それはよかった」
    「これって、本当にちかげと同じ?」
    「食べてみる?」

    自分のお皿を差し出して促す。三角は恐る恐るスプーンで掬った少量を口にすると、予想外の味に驚きながら……辛くない、っていう本音がこぼれてしまっていた。

    「この前はみんなで食べたけど、これは……三角と俺だけのサンカクってところかな」
    「……ありがとう、ちかげ。このカレー、すっごく美味しいね……!」
    「俺のオススメだからね」
    「そうだね~!」

    「……いいサンカクは見つかった?」

    スパイスのように様々で複雑に混ざりあった、じんわりと広がる温かい感情。バカみたいに時間をかけて車を走らせ、甘やかしたカレーを食べただけの一日。大袈裟なほど首を縦に振る三角は、やっぱり辛いね~! と、ちぐはぐに笑った。

    ワンルームの固定観念
    遠くて落ち着かない天井と慣れない鼻。引かれたカーテンは窓からの情報と時刻を消す。壁に掛けられた時計はサンカクの柄がうるさすぎて、朦朧とした頭では針の指す意味が分からないほど賑やかだった。

    「……大丈夫?」

    柔らかくかけられた言葉に頷くだけの返事をして、パタパタと風呂場へ走る姿は……千景にとって、もう何度も見慣れた光景になってしまった。

    「はぁ……」

    溜息が響く一人のワンルーム。カーテンの奥は嫌味なほど晴れており、吐き出した曇は構造が複雑すぎて、天気を変えてはくれない。

    「ちかげ、もういいよー」

    呼ばれた声に目線を上げる。その先に見えるのは、先程までの時間を綺麗に洗い流した三角。名残惜しさや余韻を味わうこともなく、当たり前のようにすれ違った背中。振り返った千景の目にうつる三角はテキパキと洗い流した時間の後片付けを済ませる。眼鏡を通して見てもはっきりと見えてこない関係を虚しく感じ、静かに嘲笑った声が届くことはない。

    「ごめん。任せてばっかりで」
    「んーん……気にしなくていいよ〜」

    シャワーを済ませた千景の前に広がる景色は来た時と同じだった。まるで、時間を戻したかのような空間。それでも、否定するように余熱を主張する体の疼きは無視できない。

    「三角、本当に大丈夫?」
    「うん! オレ、男の子だから……」

    性別なんて関係なく好きな人を大事にしたいという千景の思いは伝わっておらず、繰り返されるすれ違いは望まない発展を遂げる。

    「まだ、お昼なんだね〜」
    「一緒にどこか出かける?」
    「ううん……」

    お互いに正解が分からない会話を続けながら噛み合わなさを痛感すれば、先程までの相性の良さが皮肉のように際立つ。とっくに余熱は冷めてしまったはずなのに、どこか未練がましさが残る部屋の雰囲気。我慢できずに声を上げたのは三角だった。

    「……オレ、もう帰るね〜」

    帰る場所は同じはずなのに。一緒に帰る理由と繋ぎとめる言葉を見つけるのが下手だから。胸の奥底に閉じ込めた切なさを忘れられるなら。

    「また、寮で」
    「うん」

    閉ざされた扉の先で、同じ表情をしているなんて……知る由もなかった。


    「どうぞ?」
    「……おじゃまします」

    今日も訪れる用途不明のワンルーム。二人きりで過ごす為とは考えにくい生活感の無さ。部屋を見渡す度に、逸らすことは許されないほど主張するベッドが目に入る。いつものように先にシャワーを浴びようと、服の裾を握る三角の手を掴んだのは千景だった。

    「今日は、デートなんて……どう?」

    そのまま手を引いて、ベッドに並んで座らせられる。後ろに倒される気配が全くない雰囲気に戸惑う三角。そんな三角の背中に手を添えて、もう片方の手でそっと指を絡める千景。優しく微笑んだ後で、ゆっくり時を刻むように話し始める。

    「まず、カレーを食べに行こうか」
    「かれー……?」
    「その後、雑貨屋にでも行く? 何か、お気に入りのサンカクが見つかるんじゃないかな?」

    落ち着いたトーンでデートプランを話し始める姿に驚いた三角は、嬉しいような申し訳ないような……隠しきれない切なさが滲む瞳を潤ませていた。

    「いいよ〜……オレ、大丈夫だから。ちかげの〜、好きなようにしてくれれば……」
    「やっぱり、デートなんてしたくない?」
    「そんなこと、ないけど〜……」

    「俺は、ずっと……したかった」

    困ったような顔で穏やかに笑う千景。置いてあっただけの手にぎゅっと入った二人分の力。初めて繋がれた気がした瞬間、……いいの? と、頬を濡らす三角が包み込むように抱き締められる。

    「ごめんね……もっと、早く言えていたら……こんなに傷つけずに済んだのに」

    会話が成り立たないほど泣きじゃくっている三角は必死で首を横に振る。見兼ねた千景が手を広げると、子供のように膝の上に乗って背中に回された手のひらが作る一定のリズムを感じ、徐々に落ち着きを取り戻していった。

    「この顔じゃ……デートは、おあずけかな?」
    「えっ……やだっ、行きたいよ〜……」
    「また今度にしよう。もう少し落ち着いたら、今日は帰ろうか」
    「……ちかげ」

    「この部屋、解約しようと思って」

    何でもないことのように涼しげに言う千景。求めていた形ではないにせよ、ここには確かに繋がっていた記憶がある。溢れてしまう寂しさが、落ち着いたはずの心を揺らす。

    「あの、時計……どうするの?」
    「俺の部屋に置こうと思ってる」
    「よかった〜……」
    「安心した? 捨てたりなんかしないよ」
    「……大事にしてね?」
    「うん。約束する」

    小指を絡めて交わしたキスは、終わりとも始まりとも呼ぶことができる。今は……針の指す意味がはっきりと分かる。何度も重なったベッドの上、今日は並んで腰掛けて、あたたかい視線を重ねながら、初めて来週の予定を交わし始めた。

    焦がれの夜明け
    控えめに叩く扉を開けた先、両手で枕を持ってそわそわと辺りを見回す姿とご対面。小さな声でこんばんはの挨拶をして、早く入れて欲しそうに小刻み跳ねて揺れている。

    「どうぞ」

    おじゃましまーすの囁き声を招き入れた部屋。今日と明日は帰省中の茅ヶ崎がいない日。落ち着かない様子で枕をぎゅっと抱き締めて、俺からの言葉を待っていた。

    「何かやりたいことはある?」
    「えっ? うーん……」

    せっかく、二人きりだから。三角の話を聞いてあげたり、なんならゲームをしたっていい。今できることを二人で。でも、それを俺から提案するのは強要しているみたいで……なんとなく、言いづらいような気がして。

    「……でも〜、もうねむいかも〜」

    一瞬、切なく締め付けられた胸は再び踊り出す。

    「じゃあ……ベッド行こうか」

    三角の目は、とてもじゃないけど……眠いようには見えなかった。

    「狭くない?」
    「うん! 大丈夫だよ〜」

    成人男性が二人で同じベッドに入って狭くないわけがないのに。風呂上がりのほわっとした雰囲気と香りを身に纏う三角は、柔らかい微笑みがよく似合っていた。そっと頬を撫でる手を愛おしそうに見つめ、外れた視線は重なり合う。まだ熱が下がっていないのか、もう一度上がってしまったのか。真相はどうであれ、求められていることに応えるだけだ。

    「三角……?」

    いつもと違う様子が気になって声をかける。ただ、唇を重ねただけなのに。高潮した体は潤んだ瞳と染まった頬、明らかに上がってしまった熱で仕上がっていた。

    「なんか……はじめて、するみたい……」

    おかしいね、なんて笑いながら向けられた視線に平常心で返せるほどの余裕を、今日は持ち合わせていない。包み込むように抱き締めて、何度も何度も絡み合う舌と触れ合う唇。背中に回した腕の先、着ていたシャツを捲った隙間から侵入させた指は流れるように素肌を堪能する。

    「あっ、ちかげ……待って、えっと……」

    ぴたりと止められた指先は、今か今かと出番を待つ。

    「きょう、は……一緒に、寝るだけがいい……」

    出番が無くなった指先は名残惜しそうに抜かれ、ごめんねと俯きながら謝る三角の脇腹を擽って無理に笑わせることしかできない。

    「ふふっ……くすぐったいよ〜!」
    「キスは? してもいい?」
    「……うん、してほしい〜」

    自覚するほど撫で下ろした胸は、心地よい体温で包まれる。まるで、二人で丁寧にお菓子を作るように。ゆっくりと時間をかけて愛情を注いであげると、複雑な心境を甘さで誤魔化した逸品のできあがり。今夜は辛さがいらないらしい。

    「ちかげ……ありがとう」

    髪や額に触れて楽しんでいた頃、本当に眠そうな声が聴こえた。

    「こちらこそ」

    俺の声はもう聞こえていないのかもしれない。ずっしりと重くなった腕の上、刻む寝息の邪魔をしないように……そっと、スマホを構えた。

    満足そうなシャッター音の後、余韻と雰囲気をぶち壊すように震えるスマホ。ドット絵のアイコンから届いたメッセージには『明日、帰ることになりました』と、書かれていた。

    「……はぁ」

    小さく溜息を吐き出して、穏やかな夜を終えられるほど器用にはなれず、守りたい安眠を妨害するほど子供にもなれない。とりあえず、今ぶつけられない思いは元凶の電源を切って落ち着かせた。……それでも、諦めの悪い大人が顔を出す。早く夜が明けてくれないだろうか、早く眠くならないだろうか、願いは募るが星は見えない。

    「三角、ごめんね……」

    それは、つい最近まで愛し方を知らなかった男の精一杯の譲歩。嫌というほどしっかりと耳に届く寝息に幸せを感じて。

    ……始まることのない、始まりのキスをした。

    吐き出せない嘔吐
    残業を終えて寮に帰ると、すでに談話室はいつもの賑やかさを忘れてしまっていた。二人が残っているだけで、それは…まだまだ元気な三角と瞼が重くなっている咲也だった。

    「咲也、もう寝ていいよ」
    「えっ…でも」
    「オレがいるから~、だいじょうぶ~!」
    「待っていてくれて、ありがとう」
    「どういたしまして! えへへ…」

    咲也の頭を撫でる三角の手につられて同じように撫でた後、お互いにおやすみを言って部屋に向かわせた。この時間だと、茅ヶ崎は動画の配信をしているだろう。そう予想して、用意された食事を温めてから食べることにした。

    「…ちかげ、おいしい~?」
    「あぁ、美味しいよ」
    「ね~! オレも、おいしかった~!」
    「食べる?」
    「ううん、はみがきしたから~」
    「そう」

    じっと見つめられながら食事を済ませると、食器を洗っておくから早く風呂に入るよう言われ、それに甘えることにした。待っててくれただけにしては、ずっと起きてるし…何が目的だ? 頭からかけたお湯と一緒にくだらない考えを流す。そこまで回る頭じゃないだろ。きっと、理由は…この時間さえ馬鹿らしくなるほど単純で分かりやすいはずだ。

    「お風呂、あがった~?」
    「あぁ。待っててくれたんだね」
    「うん! まだ、お仕事する…?」
    「しないよ」
    「…お部屋、行っちゃう?」
    「行かないけど?」

    「じゃあね~、…ぎゅってしてもいい?」

    あまりの素直さに少し吹き出してから、どうぞ…? と、手を広げる。談話室のソファに腰かけた体が、二人分の重さでさらに沈む。

    「ちかげ、いいにおい…」
    「風呂上がりだからね」
    「そうじゃないよ~」
    「…まぁ、なんでもいいけど」

    膝の上に乗せた三角は、俺を見下ろしながら物欲しそうな目で見つめてくる。最近、忙しくて話もろくにできていなかった。……特に、話すことなんか無いけど。

    「ん…」

    頬を撫でながら時折ふにふにと親指で唇に触れる。もう片方の手で耳を擽ると、小さく声をあげてびくびくと体を震わせていた。キスしてくれないのを覚ったのか、目を細めながら俺の親指にキスをし始めた。

    「キスしてほしい…?」
    「うん…っ、してほしい…」
    「…じゃあ、上手に舐められたらいいよ?」

    散々キスされた親指を見せつけるように舐め上げた後、人差し指で唇をなぞる。どうすれば上手ってことになるのか理解していない表情をこちらに向けて、戸惑いながら控えめに舌先で触れてきた。

    「…っ、うぁ…ん~…ひは、へぇ…」

    尖った歯に指を掠めながら奥まで入れて舌の柔らかさを確かめる。開きっぱなしになってる口の端から唾液が溢れそうになる度に、恥ずかしい音と声が出てしまう。早く終わらせたくて舐めたり吸ったりする姿は、必死すぎて滑稽で…少し興奮する。

    「ふぁっ…ふぁ、ぅ…」

    そっと上顎を指でなぞる。ずっと俺の服を掴んでいた手は、その力すらも入らなくなった。勝手に動く指に支配され、もう舐めることを忘れてしまった頃…緩く主張するズボンの上から膝を押しつけた。

    「…ヘタクソ」
    「う゛っ、ぇ…」

    優しかった人差し指をぐっと奥まで入れて、ごほごほと苦しそうに顔を歪ませて咳き込む三角を残し、洗面所へ向かった。

    「ちかげ…」
    「…ん? どうかした?」

    手を洗う水の音が…三角の小さい声を消した。

    「…っ、やだ…」

    背中に体温を感じて振り向く。薄手の部屋着がじわりと濡れていく嫌な感覚も広がっていく。……全く…いつになったら、俺に怒りという感情をぶつけてくれるんだろうね? キミは。

    「…怒っていいと思うけど?」
    「えっ…? だって、オレがっ…へたくそだったから~…」

    …この思考の危うさに、知らず知らずのうちに夢中になっていた。そのうち、後戻りできなくなりそうだけど……俺と三角ならいいよね? 三角なら、いいって言うと思うな。…っていうより……ね?

    「でも…そう言うわりには、反省していないみたいだね…?」

    腕を引いた勢いで鏡に手をつく三角を後ろから抱き締める。首筋にキスをすると、咄嗟に両手で自分の口を塞いだ。瞳にゆらゆらと膜をつくりながら、懇願するように首を左右に振る。擦り付ける腰と洗面台に挟まれて身動きが取れないのをいいことに、服の裾から滑り込ませた指をズボンと下着に引っかけてゆっくりと下ろした…。

    「だめ…ちかっ、だめぇ…っ、やぁ…」
    「…本当に? 実はこういうの…好きなんじゃない…?」
    「ちがっ、違うぅ…っ…だめ、っ…!」
    「……じゃあ、やめておくよ」

    戸惑う声が小さく聞こえた。こんなことをされても、まだ離れようとは思わないんだな…。常日頃から愛を囁いているわけでも、優しく接しているわけでもない。それなのに…。

    「自分勝手だな…」

    ……ポツリと呟いた言葉は、鏡で跳ね返った。

    「ちかげ、だいじょうぶ…?」

    本当に変わったやつ。俺は変わったやつに好かれやすいのかもしれない。俺自身も、そうだから…。この、よく分からない曖昧な関係にハマってしまった。

    「…そっちこそ。まだ元気そうだけど?」
    「あとで、っ…トイレ行くもん…」
    「しょうがないな。…手伝おうか?」
    「でもっ…」

    再度、背後から抱き締めると…体温が上がるのを感じた。

    「…ここで出したい? みんなが朝、顔洗ったりするのに…?」
    「ちがうよ~…」
    「風呂は? 声が響くし…呑み込んでいく瞬間、鏡で見えるけど?」
    「…も~~っ! 黙ってくださ~い!」

    怒った三角が、俺の口を塞ぐようにキスをした。そのまま、離れようとする体を逃げられないよう密着させ、洗面台の上に座らせた。流れるように下着ごとズボンを下げて、これで見えないだろ? と、笑顔で返す。震えた声で、そういう問題じゃない…という正論を返された。

    「すぐ終わるよ」
    「えっ…出すだけ…っ?」
    「…どうしてほしい?」
    「ほしい…」
    「指…?」
    「ちがう~…」

    三角が望むならそうしたい。…けど、今は準備ができていない。いつも、嫌な思いも恥ずかしい思いもさせている。さすがに、痛い思いは…させたくないかな…。落ち着くように髪を撫でると、ぽわんと緩んだ顔を見せてくれた。

    「うーん…また、今度」
    「じゃあ…いいよっ、ごめんね…」

    洗面台から下りて、ズボンとパンツをはいて、俺を残してトイレに走って行った。何か勘違いをしていると思い、止めようとした手は…重すぎて上がらなかった。

    「三角…大丈夫?」
    「…あれ? ちかげ、どうしたの~?」
    「心配だったから。大丈夫ならいいんだ」
    「うん! 大丈夫だよ~!」
    「…本当に?」

    トイレから出てきた三角を談話室に連れてきて、二人で座って話をしている。顔を合わせてくれなくなった三角。誰がどう見ても自業自得すぎて…自分自身を嘲笑った。

    「ごめんね…いつも。もっと早く、嫌って言えば…よかったのに…」
    「…俺の方こそ、悪かったよ。ごめん…」
    「オレね、言ってくれなきゃ…わからないから…」
    「三角、」

    「猫さんも、うさぎさんも…分かるのにね…」

    ……ヘタクソな笑顔だな。…今までで一番。

    「じゃあ、言うけど…いい?」
    「うん…。おねがい、します…」

    「今日は待っててくれて嬉しかったな…。食事をしながら三角の笑顔を見てると…いつもより美味しい気がしたよ。あと…聞かなくても、ぎゅってしていいし、キスしてほしかったら…自分からしたらどうかな? まぁ、可愛いからいいけど。それと、結構…弱いんだね…口の中。だから、いつも…キスぐらいであんな…」

    「まっ、ちょっと…待って…?」
    「…え? 乗ってきたところなのに」
    「これって、えっと…何のお話…?」
    「言ってくれなきゃ分からないって言うから、三角の好きなところを言ってみたんだけど…?」

    予想外の言葉たちに、隠せていない驚きが溢れて、それが嬉しさに変わって頬が緩んでいくのが分かる。……これも、口に出そうか?

    「そっか…ちかげ、オレのこと…好きなんだ~!」
    「酷いな。伝わってなかった?」
    「だって…、じゃあ…なんで?」
    「…あれは、準備も何もできてなかったから。痛い思いは、させたくなくてね」
    「なんだ…なんだ~! それなら、言ってくれれば…」
    「言う前に走り出したのは…誰かな?」
    「……三角です…」

    恥ずかしそうに俯く頬を指でつついて、見上げた可愛い顔にキスをした。自分のことは棚に上げて、何も言わずに俺の手を持って、親指に何度も唇で触れていた。その姿に、失いたくない不安定な危うさを感じてしまうのを誤魔化したくて、つい…口に出してしまう。

    「やっぱり、三角は…Mっぽいよね。ものすごく」

    余計なことばかり言ってしまう俺に、…もう少し付き合ってほしい。

    はさと Link Message Mute
    2022/10/02 7:51:32

    ちかみすまとめ

    #ちかみす

    過去に書いたものなので今の公式設定と違うところが多々あります。

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