青い春丘の上に大きくて見事な桜の樹がある。
風が吹けば辺りは薄桃色に染まり、その舞い踊る桜の渦の真ん中で親友が笑う。
赤い鉢巻が桃色の中で花弁と一緒にひらりひらりとはためいている。
「成歩堂、知っているか」
桜の樹の下には死体が埋まっているらしい。だから桜はこんなにも美しいのだ。
満開の桜の樹の下で親友はそう教えてくれた。
「オレが死んだら桜の樹の下に埋めてくれ」
オレの肢体が土に埋まる。じくりじくりと身体がばらばらに分解されて、長い時間をかけて消えてしまってもこの樹が養分として吸い上げ、美しい桜の花を咲かせるのだ。
「それはいい」
地面の至るところへ伸びている大きな樹の根は、親友の肢体を見つけ出してその根を伸ばすのか。ぶよぶよになって、ぱちんと腹のあたりが弾けて。ぐちゃぐちゃになった親友。
伸びる根は地面の中で親友の身体を絡めとり、その血や肉を養分として吸い上げていくのか。
毎年鮮やかにこの花びらのひとつひとつがお前の血肉で咲き誇るのか。
あぁ、それはなんていいことだろう。見事な美しい桜の花が咲くはずだ。咲くに決まっている。
「春になったらお前にいつでも会えるんだな」
*
指先でがりりと地面をひっかく。茶色い小さな小さな石と土は爪の合間に入り込んでなかなか取れない。爪はもっと短く切っておくべきだった。
指の腹のずるりと向けた皮から、ずきずきと少し沁みてくる。昨夜の雨と風は強く、桜の花びらを容赦なく散らせる。
地面に桜色の絨毯が広がってはいたが、それは踏みつけられてどこもかしこも茶色く薄汚れていた。それはちっとも綺麗ではなかった。花は咲けばただ散るだけのようだ。
ただ、雨の後は地面がぬかるんでいて幾分か掘りやすかったのはありがたい。
指先にがこつんと、固いものにあたる。
がり、がり、がり。
掘り進めてみたがそれは白い大きなつるりとした石だった。頭にしては小さな大きさだ。
「もうここにはいないのか」
山の向こうへと太陽が落ちていく。空を仰いで、まぶしくて目を細める。
黄昏時が近づいてくる。胸に静寂が訪れる。
桜は落ちて燃えていく。
夜は寂しい。夜になるとぼくは親友を想うのだろう。いなくなった親友の影を、相棒を。桜へと追い求める。風が吹くたびに散って消えていく。あぁ、悲しい。
春が終わる。
思い出すのは満開の桜の下で、こちらに笑いかける親友の姿。舞う薄桃色の中に。
それだけしか浮かばない。青く白い姿で地面に突っ伏して物言わぬお前なんてぼくは知らない。
亜双義。
お前はどうしても、まぶしくて、あざやかで。いつまでもいつまでも。
おしまい