黄昏時黄昏時の窓の外を見ると、かすかに紅がかった空色が見える。窓から差し込む橙色の淡い光に照らされているシャツ一枚の亜双義は疲れているのか椅子の背もたれに体重をかけて、目を閉じていた。
「変。だね」
「開口一番それとは失礼な奴だな」
だって、ひらひらなんだもの。そうぼくが言えば亜双義は胸元を見下ろしながらそのフリルを指で摘んだ。
「このシャツのフリルのことか」
ふりる? あの亜双義がフリルだなんて。ぼくはなんだか可笑しかった。
「支給されたものだからこれを着るしかあるまい」
新しいものを買うにしてもまだ使えるのだからもったいないだろう、とむすりとした表情で続ける。検事のお給金というものはぼくが思ったよりも少ないものなのか、それともた
だ亜双義がけちなだけなのか。
「せめて倹約家と言え」
じとり、と亜双義がぼくを睨むとすぐにため息を吐いた。
「パンジークス検事も同じものを着ているのだ。文句は言えぬ」
しかし俺のものよりずっと上等なものだろうと。
パンジークス検事もフリルを着るのか。あの人、貴族だもんな。
「検事はフリル、似合うだろうね」
「あぁ、そうたな。たまにシャツ一枚で神の聖杯とやらを嗜んでいる」
普段の法廷で身につけているかっちりとした、あのいかにも貴族らしい仰々しい服を脱ぎ、シャツ一枚になった検事を想像してみる。あのグラスを手にして、香りを楽しみ、味わうのだろうか。ボトルを傍聴席に放り投げたり、グラスを握りつぶしたりすることもなく、穏やかな表情で。
「絵になるだろうね」
「確かに。なりすぎて困るくらいだ」
亜双義もきっと絵になるのだろう。実際、先ほど見た橙色のタ焼けに照らされる、ぽんやりとしたお前を見たとき、ぼくはそう思った。
同時に、別人かと思ってしまったのだ。
いまの姿が物足りなく感じてしまうのはなぜだろうか。部屋に入って亜双義を見たとき、お前が変わってしまったように感じたのだ。だから思わず「変なの」と言ってしまったのかもしれない。
お前も、ぼくも。変わらないはずなんてないのに。でも、口を開くお前はなにも変わっていないことにぼくは安場するのだ。
あの赤い鉢巻が、お前の額にないことがぼくは思った以上に寂しいのかもしれない。
亜双義、ぼくはあの故郷の狭い寮の部屋で。陽の光できらきらとした埃が舞う中、身支度の途中のシャツの姿の亜双義が。朝日に照らされた眩しい学生服姿のお前を布団の中から見るのが一等好きだったのかもしれない。
まぁ、どちらにしてもお前が絵になることも、かっこいいことも変わらないけど。
「なんだそれは」
そう言って笑う、亜双義の笑顔は昔からのものとちっとも変わらなかった。