瞼執務室の部屋の中。座り込んだ亜双義は目を閉じていた。
いや、眠っているのだろう。
クッションを敷いて(バンジークス検事が用意したものだそうでずいぶんと高級そうだし柔らかそうだ)その上に座ったまま。
見慣れないけど、こちらでは既に馴染んだであろう白い服。
腕を組んで、傍らにサーベルを置いて彼は動かない。
そっと近づいてみる。手を伸ばそうとしてやめた。
息をしているのか確認したい、だなんて。馬鹿げている。
閉じられたまぶたを縁取る長いまつげ。
小さく開かれた唇からは微かに息が漏れている。
その息に合わせてほんの少しだけど、肩が動いている。
大丈夫。大丈夫だ。
彼は疲れて眠っているのだから。
それだというのにぼくは動けなくて、眠る彼を傍で眺めていた。声をかけることもなく、ただ傍にいた。
どのくらいの時間が経った頃だろうか。
ゆっくりと、瞼が開いた。瞼は二、三度緩やかに上下したあとに完全に開いた。眩しそうに細められた目は徐々に光に慣れて完全に色をつける。揺らめく鳶色の瞳にぼんやりとした黒い輪郭の姿が映し出され、眼差しがぼくの姿をとらえる。
「おはよう」
ぼくは笑ってそう挨拶した。
声は震えなかったろうか。
掠れていなかったろうか。
動揺を隠せていただろうか。
泣きそうになってはいなかったろうか。
頭の中を一瞬で駆け巡って行く思考をよそに亜双義はぼくをじっと見つめたあと、手を伸ばしてきた。
腕を掴まれる。
それほど強くない力だったがぼくは抗えずにされるがままになる。
ぼくを包む温い手。
引っ張って、ひたりと。ぼくの手は亜双義自身の首筋に当てさせられた。手は亜双義に包まれたまんま。
首筋の、血が流れているところ。
どくんどくん。
力強い亜双義の鼓動を感じる。肌は熱いくらいだ。脈打つそれが彼が生きているのだと主張していた。
まっすぐにぼくを見据えて彼が口を開いた。
「ひんやりしているな」
キサマの手は冷えて心地がよい、と。緩く弧を描いて目が細められる。
「……うん」
よかった。
亜双義が生きてて。
ぼくの不安なんてぜんぶ、全部お見通しだろうに。なんでもないようにそう言うんだ、お前は。
首筋なんてぼくが爪や刃物でも立ててしまえば死んでしまう場所をなんでもないように曝け出してしまえるんだ、お前は。
そういうお前にぼくが救われているんだってことも知っているのだろうか、お前は。
「よかった」
体温も脈も、声も、息遣いも、ぜんぶ、ぜんぶ感じながらぼくはそうつぶやいた。