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    ある人斬りの話 まともな死に方なんて、できないだろうなと思っていた。
     まともに死ねるような生き方をしたつもりもなかったが。
     運が良ければ、撃たれて一発か首を一瞬で落とされるか。悪ければ、顔の判別なぞつかないくらいに──少なくとも人の原形は止めないだろう。その程度には思っていた。
     悲観をしているのでもなければ、厭世的でもないし、自嘲したり斜に構える気もない。今さら、何を感じるでもない。
     ただ、そう遠くもない未来に起きる事実として淡々と受け止めていた。
     昔はこんなことは考えなかった。いつのまにか、切り刻まれる自分を容易に想像できるようになり、そのうちに、それが現実になるところまで来てしまった。ああ、そうか、そうだろうなと思った。
     どうせ人斬りに、先などない。

     刑場は乾いているのに、胎動しているような気がして薄気味悪かった。
     太陽は中天に照って暑いほどだった。ぎらつく光が全てをひどく毒々しく原色に染め上げていた。
     湿った地面にはさほど深くもない穴が口を開けている。その前に背中ごと、力任せに押さえ込まれて膝をついた。顔に地面から上がった蒸気が触れ、気持ちが悪い。
     どこか歪んでいる。このまま地面の穴に飲み込まれていく予感がした。
     飲み込まれる?馬鹿な、そう思って俺は笑った。
     飲まれるのじゃない、自分の首が落ちていく穴というだけだ。
     首を落とすにはこつがいる。上手い奴だったらいい。下手な奴だといつまでものたうちまわって、うっとおしい。そんなことを考えて、自分の首を自分で落とせないものかと思った。
     俺ならば確実に一振りで済ませる。
     目はいつまで見えているのだろうか。少なくとも、首が落ちた瞬間は見えているはずだ。
     そうでなければ、あれ程に怨念のこもった目をするものか。もはや殺したどの目も覚えていないが。
     後悔などとっくの昔にしている。だからもう何も思わない。
     思考が飛んでいる──。怖いのか、馬鹿な。
     あおい、海が見たい。
     ふと思い、こんな時にこんなことを思う自分に呆れた。
     帰りたいのだろうか。村に?
     あの場所に何があった?何も、与えてはくれなかった故郷だろう。
    ──故郷!そんな言葉が出てくる辺り、終わってるな。
     そもそも、誰が何を与えたというのか。人など奪うばかりの生き物だ。
     あの男が望んだのは、凶器だった。

     一般に、恵まれているとは言いがたい暮らしをしていた。
     思えば、あの男は最初からそのつもりだった。名簿から俺の名前を削ったと微笑みながら、告げた。
     それが俺に何の関わりがある?
     唐突に、殴りたい、と感じたが、その意志を無視して体が勝手に頭を下げ、愛想笑いを浮かべた。あの男は、当然のことのように笑った。
     踏み外していく、自覚があった。斬るたびに、ああ、また踏み込んだ、と思った。
     もう、人ごみに紛れることも、できない。
     それでも、自分はこの世界を選んだだろう。理由を悟ってはいても、分かりたくはない。
     気付けば、こんなところまで来ちまった。
     いつまでも、そうしているつもりか。そう言った人間がいた。見るからに食うに詰めたことのない人間だと分かった。
     いつまで凶器として生きるのかと、彼は聞いたのだ。そうして、自分の弟子にならないかと。
     人斬りなど、用が終われば使い捨てられるだけだ。人のために斬るよりは、己の志のために死んだ方がいい、と。
     何だって、使い捨ての駒に過ぎない。どこまで昇りつめようと、何をしようと、変わらない。そう答えたら、彼は困ったように笑っていた。
     お前は、賢いな。そんなことを呟いた。
     賢い、などと。馬鹿にしている。俺は思って、口を歪めて笑った。俺もあんたもあの男も、いずれ使い捨てられるんだよ。利用されるだけされて、後は何にも残らない。そういう、世界だろ、ここは。
     持てる者は、醜い、豚のような、おぞましい、汚らしい者でさえ、湯水のように使うのに、持たざる者は湯水さえも得られない。
    ───憎い、と思った。その人間が、その事実が、それを許すすべてを、憎悪した。
     もし誰かが───誰か大切な人が、自分を止めたら人斬りを止めただろうか。
     止めたかもしれない。無論、それが許されることなどないだろうが。
     それでも、二人で逃げたらいいと。死んでもいいと思える程、人を愛したことなどない。
    ──そんな覚悟なんて、できなかった。
     いつ死ぬか分からないのに、人を愛するなんて出来るはずがなかった。これは、悔い、なんだろうか。
     それとも、報いか?
     人を斬り続けたことへの罰なのだろうか。
    ───本当に、頭がいかれているようだ。罰、だと?
     愛、なんて、望めた人間じゃない
    ──それでも、もし、そんな人がいたなら。そんな女がいてくれたら。
     俺はきっと、こんなところにはいなかった。

     なあ。
     あんたと行ったら、なにか変わっただろうか。
     気まぐれに剣を抜いて守ってやった時、俺の手を取って泣き出さんばかりに感謝した、あんたなら。
     あんたといたら───人斬りじゃない自分が、見えたんだろうか。
     ぱたぱた、と耳元で水の滴る音がした。脂肪が絡まりにくいよう、刃を濡らしているのだろう。
     赤茶けた地面を見つめた。何人の血を、この土は吸ったのだろう。俺も、何人の血を、大地に撒いたのだろう。
     草履が視界の隅に現れた。黒い足袋───血が散っても目立たないからだろう。土を踏みしめる音。ちょうど良い足場を探している。
     ふと、眠気を覚えた。どうしようもなく、今、眠りたい。ついに耐え切れず、目蓋を落とした。
     足音が止んだ。奇妙な静寂が訪れる。
     頬に、初夏の風が触れた。ああ、風が光るという季節だったな、とわけもなく思う。
     南の海は、今もあおいだろうか。

     俺は凶器だった。もう使い捨てられたけどな。
     あんたの志が遂げられたら、それでいい。
     衝撃の後、ぐらりと視界が反転した。
     ちくしょう、上手いじゃねえか──土を間近に見たところで、思考は途切れた。
    ユバ Link Message Mute
    2019/11/20 1:32:48

    ある人斬りの話

    人斬りが斬首される話 #オリジナル

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