アンジョルラス、縮む。「グランテール、酒を置け!」
そう言って叱りつける声は甲高いボーイソプラノ、小さな体をいっぱいに反らしてグランテールを見上げる。透き通るような青の目がきっと睨み付けてくる。
「……何がおかしい」
精一杯冷たい声を出しているつもりなのだろう、いかんせん子供の声では迫力に欠ける。薔薇色の頬を覆う金糸は日の光を集めて輝く。丸い額から滑らかに続く鼻梁は大理石の白、黒曜石の睫毛が瞳の青を際立たせ、慎ましい鼻先の下には小さく突き出た唇があった。いかにも可憐な少年だった。
「……面白がってるわけじゃないんだ」
グランテールは口が緩むのを必死で抑える。
「君の災難を面白がってるわけじゃない。信じてくれ、アンジョルラス」
アンジョルラスは剣呑な目付きを変えなかった。
その日、コンブフェールにつれられてミュザンにやってきた少年をグランテールは不思議な気分で眺めた。アンジョルラスの親戚の子供だろうか、そう考えてしまうくらい子供はアンジョルラスに似ていた。
数日前、アンジョルラスは急用があって実家に帰っている、すぐにパリに戻る。そのようにコンブフェールに説明された。
急用とはこの子供のことだろうか、しかし、アンジョルラス本人が来ないのはどういう訳だろう。そんな疑問が頭をもたげたとき、コンブフェールが沈痛な表情で口を開いた。
「皆に謝らなければならないことがある」
学生を見回すコンブフェールの腕を、少年は抑えた。
「コンブフェール、いい」
「でも、」
「僕の口から言う」
囁くやりとりのあと少年がすっとミュザンの中を睥睨した。
「僕はアンジョルラスだ」
意味が分からない。思わず少年の顔とコンブフェールを見比べる。コンブフェールは変わらず眉を顰めたままだ。
えっと、何だって? 僕はアンジョルラス?
固まった学生たちの表情に戸惑いと恐慌がよぎる。少年はそれを見て取ったかのように再び声をあげた。
「説明の前に、コンブフェールに嘘をつかせ、皆を騙していたことを謝りたい。済まなかった。……皆も信じられないと思うが、僕にも信じがたい。だが、僕は僕であることを知っている。僕は、アンジョルラスだ」