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    もしも生まれ変われるとして 小さなころから、大人びた子供だと言われていた。
     それもたぶん当然で、僕にはおそらく『前世』と呼ばれる記憶があった。
     19世紀のパリ。シャンブルリー通り。舞い上がる粉塵、銃撃、血の匂い。歴史に残らなかった革命。それが僕の『前世』の最後の思い出。
     僕はほとんど物心つく前からこの記憶を有していて、そしてそれが普通でないことも知っていた。頑是ない子供は時に不可解なことを口にする。両親がそう思って受け流していなければ、僕はさぞかしおかしな子供だったことだろう。
     僕は自分が別の人生を歩み始めていることを理解すると、今の人生に合わせて調節をするようになった。両親の反応を見ながらこのくらいの年齢の子供ならどう振る舞うべきかを考えていったのだ。
     僕は多少大人びた、賢い、普通の子供として成長していった。しかし僕はずっとどこかで自分の『前世』に疑問を覚えていた。これは本当にあったことなのだろうか? 幼い子供の幻想と思うには明瞭で、本来僕が年齢のままの子供であれば疑うということもしないだろう。だが、この記憶を真実だという保証はどこにある?
     そんな煩悶も隠しながら、試験も面接も問題なくパスして迎えた小学校の入学式だった。僕は彼に出会った。
    ――コンブフェール!
     彼は出席番号が僕のちょうど後だった。顔を見てすぐにわかった。面影などない。なのになぜかわかる。彼だ。
     瞬間、僕の目の前にあの砦の記憶が蘇った。白々とした夜明け、覚悟の朝。戦って死のうと誓い合った。銃弾なんてとっくにつきて、礫を投げたり銃床で兵士を殴り倒したりして応戦していた。先に撃たれた俺を心配する彼の手を支えになんとか立ち上がり、戦い続けた。不意に、隣の気配がなくなったかと思うと彼は後ろ向きに倒れるところで、俺は彼に手を伸ばした。うつ伏せに横たわる彼の背中を揺さぶり、反応がないことを確認すると、俺は無意識に彼の背中を撫でた。ありがとう、お疲れさん、そんなことを思いながら砦の向こうを向き直ったとき、再びの衝撃。あとの記憶はない。
     僕があんまり彼の顔をまじまじと見ていたからだろう。彼は不思議そうな表情をしながらもにっこりと笑った。その仕草は、他のいとけない同級生たちとなんら変わらなかった。
     彼は、覚えていない。
     それは少なからぬショックだった。けれどこの記憶を、凄惨な思い出を、心優しい彼に持たせたいかと言われれば答えはノーだった。
     僕はまだ整理がつききらない頭で、どうにか微笑み返した。
     それから十年、僕達は高校に入学していた。高校まではエスカレーター式のため、僕は彼と進路が別れることなくここまで来た。僕と彼は親友になった。
     彼はごく普通の子供としてごく普通に成長していた。僕はそのそばで、二度目の生をそれなりに楽しんでいた。
     男女別学の高校のおよそ三分の二くらいが共学の附属中学から進学した生徒で、残りの三分の一は外部からの新入生だ。中学でも外部からの新入生はいたが、高校よりもずっと少ない。つまり、ほとんどの子供にとって高校で初めて「外部」の風に触れることになる。
     入学式後、振り分けられたクラスに行くと、浮き足立って旧知の友達と話している内部生と、所在なさげに席に座っている外部生とではっきりと分かれていた。
    「黒辺?」
     立ち止まった僕に後ろから声が掛けられる。僕は「悪い」と笑ってドアから離れる。彼は、いいよと笑った。
     そのまま中に入り、出席番号順に席に座る。黒辺、紺部、とやはり僕の後ろが彼だった。前の席にはまだ誰も座っていない。
    「このあと教科書受け取りかな」
    「かもな。重くないといいけど」
     彼と他愛ない話をしていると、不意に斜め前の背中が目に入る。細い、すっと伸びた背中。ずっと昔に見覚えがある気がして、まさかな、と思う。
     スーツ姿の担任教師が教室のドアを開けると、とたんに雰囲気がぴりっとしたものになる。三々五々立ち話をしていたものが、それぞれの席に慌てて帰っていった。
     教師が挨拶を始めても僕の前の席はまだ空席だった。どうしたのだろう、と思っていると教室の後ろのドアが小さく開く音がした。そのくせ特に悪びれる様子もなく、その男は僕の前の席に座った。その横顔を見て驚く。グランテール。
     この高校に受験して入ってきたのだろうか。もちろん前世と今は別の人生なのだから、別の人格でもおかしくはないが、僕の知っているグランテールの像と結びつかない。そんなことを思っていると、教室のずっと後ろのほうから囁き声が聞こえてくる。
    (倉手?)(何年ぶり?)
     名前だけは聞いたことがあった。中学から入ってきた外部生で、入学後すぐに不登校になっていたはずだった。
     それで今まで顔を合わせたことがなかったのか……。内部生は中学では全員が持ち上がり、ごく少数が外部から入ってくるため内部進学生は入学式にも出席しない。入学式後から倉手が学校に来ていなければ、僕が彼を見る機会はほとんどない。
    「静かに」
     教壇から声が上がって、生徒のひそひそ話は終わる。僕は倉手の丸い背中を見つめた。覚えているのだろうか。それともコンブフェールのように忘れているのだろうか。
    「初対面の人も珍しくないと思います。これから皆さんの自己紹介の時間に移ります。一年間を一緒に過ごす仲間です。しっかり挨拶を聞いていましょう」
     教師はそう言うと、教室を見まわしたあとに一番廊下側の生徒を見た。
    「それでは、いきなりだけど安城くんから出席番号順にお願いします」
     はい、という声とともに、細い、すっと伸びた背中が立ち上がる。後ろを振り返った。
     僕は目を見開く。アンジョルラスに間違いなかった。彼は記憶の通りのよく響く声で、外部からの進学であること、仲良くやっていきたいことなどを手短に述べた。彼が挨拶を終えると、どこからか溜息が漏れて拍手が起こる。それを受けてアンジョルラスはほっと笑う。すげえイケメン、とクラスのどこかで囁きが聞こえる。
     僕は、はっとして倉手を見た。倉手は食い入るようにアンジョルラスを凝視していた。変わらない。びっくりするほど変わらない。覚えているのか? いや、これで判断するのも危険か……。
     それから順番に一人ひとり挨拶をして、一周するころにはとっくに一時間が経っていた。
     結局ホームルームの時間の中で倉手が『前世』を覚えているのかどうかは判断できなかった。
     まあ、いくらでも確かめる機会はあるだろう。僕は倉手をそれとなく眺める。彼は嬉しそうにアンジョルラスを見つめていた。間違いなく彼は明日からも学校に来る。
     予想は当たり、翌日も、その翌日も倉手はきちんと登校した。内部生や、内心教師たちもどういう風の吹き回しかと訝しんでいたが、僕から見れば明白だった。彼がなぜ中学で不登校になったかは知らないが、高校に登校しているのはアンジョルラスがいるからだ。また、席の位置が絶妙なのだ。倉手の席からはアンジョルラスがとても見つめやすい。僕は倉手の後ろなので、彼の意識が授業にないことなんて明らかだった。
     だが逆に、倉手の意識がアンジョルラスにしか向いていないからこそ覚えているのかどうかを確認する手段がなかった。彼はアンジョルラスが目の前にいないときは大体机に突っ伏して寝ているのだ。わずかな振る舞いでも、彼の考え方が透ける瞬間があればよかったのだが。
     アンジョルラスは、――安城は、たぶん覚えていない。話してみても、ごく普通の聡明な少年、という印象があった。
     そんな日々を過ごしていたある日だった。僕は移動教室に向かう途中で忘れものに気が付いた。
    「悪い、先に行ってて」
    「いいけど間に合う?」
    「……走る」
     心配する紺部に言い置いて、僕は教室に駆け戻った。始業のベルが鳴る前で、教室にはもう誰もいなかった。
     はやく行かないと、と机の中を探る僕の後ろから、小さく声がかけられる。
    「……クールフェラック」
     僕は手の中の物を取り落した。
     途端に意識が過去へと引き戻される。1832年の、あのパリへと。血と砂埃、硝煙、銃声、失われた仔犬。
    「グランテール……」
     僕はゆっくりと振り返った。グランテールは、かつての、あの仔犬が失われたときの顔のままで立っていた。
    「……おまえは、覚えてたんだな」
     言うと、グランテールはぐしゃぐしゃに表情を歪める。俺の腕を強く掴んだ。
    「……やっと会えた……」
     そのまま、泣きじゃくる彼を座らせると少しずつ話を聞いた。
     グランテールにもまた、生まれたときから『前世』の記憶があった。だが彼は俺のようにうまくはやれなかった。大人たちに『前世』の話をしては気味悪がられ、子供同士でもいじめられた。
     彼は幸い勉強ができたので、息子への心配よりも体面を気にする両親の援助を受けながらここの附属中学に入学した。そのころにはもう彼は今の人生を諦めていたけれど、ここに入れば少なくとも持ち上がり式で大学までは行ける。
    「もうずっと、俺は気が狂ってるんだと思ってた。だってこんな、おかしいだろ、こんな記憶があるなんて。俺は俺がわからなくて、信じられなくて、もうずっとおかしいんだって、生まれるべきじゃなかったって思ってた……」
     俺はただ聞いてやることしかできなかった。二重の記憶、それもあんな悲しい記憶だ、彼はもう充分苦しんだ。
    「俺も覚えてるよ、グランテール。だから大丈夫だ」
     突っ伏して泣く彼の肩に手を置いた。グランテールはびくっと震えると小さな嗚咽を漏らす。
     どのくらいそうしていただろうか。突然、教室のドアが開けられる音がして、僕はそちらを向いた。紺部が何か言いさして、口を閉じた。涙でぐしゃぐしゃの倉手を認めたからだろう。
     顔を上げたグランテールが言葉を発する前に、僕は「紺部」と言った。コンブフェールには『前世』の記憶はない。グランテールも察したらしく、すぐに倉手としての顔を作る。
     紺部は後ろ手にそっとドアを閉めた。
    「話し中にごめん。……僕がいて平気?」
     僕が答えあぐねていると、倉手は慌てて手でごしごしと顔を拭った。
    「もう、大丈夫。……えっと、黒辺、くんに色々聞いてもらってた」
    「黒辺でいい」
     倉手は僕を見つめ、神妙な顔で頷く。紺部は優しく微笑んで倉手に言う。
    「そっか。……僕も何かあれば力になるよ」
     倉手はやはり頷いた。記憶はなくともコンブフェールはコンブフェールだという思いがあるのだろう。
     僕の、25年プラス16歳の春はこうして始まっていった。

    ユバ Link Message Mute
    2019/11/27 10:16:38

    もしも生まれ変われるとして

    19キャスト
    アンジョ、コンブ、クルフェ、グランが現代日本の高校生に転生している。クルフェ視点
    クルフェ=黒辺
    コンブ=紺部
    アンジョ=安城
    グラン=倉手 #レ・ミゼラブル #アンジョルラス #グランテール #コンブフェール #クールフェラック

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