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    第一部「安易なる選択−The Villain's Journey−」/第一章:Escape Planプロローグ:組織壊滅(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)(14)(15)(16)『悲劇は、法律は人間のために作られているのであって、天使や悪魔のために作られたのではないという点にあった。法律とすべての「永続的な制度」は根源悪の猛攻撃だけでなく、絶対的潔白の影響力によっても破壊されるのである。法律は罪と徳のあいだを揺れ動くのであって、それを超越するものを認めることはできない。そして、法律は根源悪にむけられるべき罰則をもっていない』
    ハンナ・アレント「革命について」より

    『これは言い換えれば、善と悪には、人間の社会で通用しうる、そして通用している規範には閉じ込められないがあるということに他ならない』
    國分功一郎「中動態の世界:意志と責任の考古学」よりプロローグ:組織壊滅 爆炎も爆煙も見えない。
     次々と爆音だけが聞こえる。
     それでも、周囲のビルと云うビルの屋上で起きている事は……多分、「爆発」なのだろう。
     いくつかのビルからは炎に包まれた人間が落下しているのが見える。
    「気にするな……。狙撃手が潜んでいそうな場所を掃討しているだけだ。念の為、確認するが、君が連絡をくれた山田一郎氏だな?」
     どう考えても、十代の女の子にしか思えない声で、俺にそう訊いたのは……。
     いや……待て……何で、こいつがやって来たんだ?
    「ご……護国軍鬼4号鬼?」
    「御名答だ。あと、私をおちょくるつもりか、私に喧嘩を売りたいのでなければ、例のダサい渾名は口にしないでもらうと有り難い」
     銀色の装甲強化服に身を包んだそいつは……別名「悪鬼の名を騙る苛烈なる正義の女神」。
     そして……俺の所属組織だった「英霊顕彰会」が「2位以下に大差を付けたNEO TOKYO最大最強の自警団」から「単なる中の下ぐらいのテロ組織・犯罪組織」にまで堕ちぶれる原因となった化物バケモノの中の化物バケモノだ。
     次の瞬間、凄まじい轟音。
     あの「NEO TOKYOの最も長い夜」事件で一気に数を減らした「英霊顕彰会」の虎の子である4m級軍用パワーローダー「国防戦機」は……現在、整備中・修理中のモノを除いて一瞬にして全滅した。
    「終ったよ」
     そう言ったのは、「機械仕掛けの天使」「機械仕掛けの聖騎士パラディン」といった外見のオレンジ色のプロテクターを着けた……声からすると若い女だった。
     だが……何が起きた?
     魔力や霊力の類は何も感じないし……そして銃もミサイルも爆弾も使っていないのに……俺達を追い掛けていた「国防戦機」は1つ残らず手足が千切れた粗大ゴミと化していた。
     そして……判らない事は更に有った。
     千切れた「国防戦機」の手足の断面は……熱によるモノらしい焼け焦げや損傷はように見える……。まるで……かのように……。
     何が、どうなってるんだ? この「正義の味方」どもは……通常の「魔法」「超能力」とも違う未知の「特異能力」を使えるのか?
    「じゃあ、社会復帰訓練の受講場所と、その後の居住地の希望は後で聞くね」
     そう言ったのは……青いもう一体の「護国軍鬼」。日本語だが……若干の「外人訛り」が有るような気がする。
     そして……アメコミの「キャプテン・アメリカ」のファンなのか、胸には銀色の星のエンブレムが有った。
    「おい……やり過ぎんなよ」
     続いて、そう言ったのは……民生用の強化服を改造したらしいモノを身に付けたスレッジ・ハンマーを持ったヤツ。
    了解Affirm。拡声器ON。そちらから攻撃をしなければ……何もする気は無い。しかし……そちらが攻撃するなら反撃はさせてもらう。君達には撤退を勧告する」
     護国軍鬼4号鬼は、追手にそう呼び掛けながら……ま……待て……何だ、あれは……。
     馬鹿過ぎる……ヤツがATV四輪バギーのトランクから取り出したモノは……。
     
    「レールガン使うんで、ロック解除して」
     続いて、青い護国軍鬼は折り畳み式の馬鹿デカい……しかし、オモチャか何かに見えない事も無い銃を展開しつつ、誰かと無線で話していた。
     ひゅん……。ひゅん……。ひゅん……。
     ぶ〜ん……。
     続いて銃撃の音。
    「やれやれ……いつものパターンか……」
     護国軍鬼4号鬼が放った矢は……何だ、あのやじり根本ねもとに有る筒みたいなモノは?
     その矢は装甲車に突き刺さり……えっ?
     装甲車の乗員達が涙と鼻水と涎を流しながら装甲車から飛び出した。
     どうやら、あの矢は、刺さると先端から催涙ガスか何かを出す仕掛け……うわあああ……。
     護国軍鬼4号鬼の放つ矢が装甲車の乗員に命中した途端……。
    「今の映像を後で『工房』に送ってくれ。何が『対人用の矢』だ? まだ威力がデカ過ぎる。ロクにテストしてないだろ」
     その矢が命中したヤツらの体には、直径1㎝以上の穴が空いて、そこから噴水のように血が吹き出ていた。
     続いて、別の装甲車からも乗員が飛び出て……いや、何だ、ありゃ? 何で、全くダメージを受けてない装甲車の乗員が、茹で蛸みたいに真っ赤になって汗をダラダラ垂らし……ぎゃあああ……。
     茹で蛸になった装甲車の乗員は、別の装甲車の銃弾を浴びて、あっと云う間に肉片と化し……味方を誤射した装甲車の機銃手は混乱し過ぎて顔の筋肉が固まり、気味の悪い薄笑いでも浮かべてるような表情かおになり……次の瞬間、その機銃手は、青い護国軍鬼の機銃らしき代物から放たれた「何か」によって装甲車ごと唐竹割りにされた。
    「レールガンの威力を落とせ。ここは人工島だぞ。島の底を撃ち抜いて、島ごと沈める気か?」
    「工房への不具合報告その2。レールガン起動時の威力を状況によって変えられる仕様にしといて」
     一体全体、何が起きてんだ……。
     物理攻撃どころか……魔法攻撃も、こいつらにはロクに通じてない……。
     火薬も無い場所で爆発が起こり……俺を追って来た兵器や兵士は、針鼠になり……穴だらけになり……。
     魔法系の攻撃は……そ……そんな……どうなってんだ? あの装甲強化服「護国軍鬼」は……「英霊顕彰会」の「魔法使い」達が呼び出した「死霊」どもを次々と「食って」いった。
     そ……そして……ば……馬鹿な……まさか……。「護国軍鬼」の背中には……。どうなってんだ? あと、本日何回目の「馬鹿な」「まさか」「どうなってる」だ? 他の「組織」に入る時の手土産にするつもりだったモノは……「正義の味方」どもにとっては、山程有る「量産品」に過ぎなかったのか?
     俺が「英霊顕彰会」の「お宝」だと思って、ようやく1個だけ持ち逃げした……富士山の噴火による関東壊滅より前に、旧政府が開発した「魔法と科学を融合させた未知の画期的エネルギー源」である「幽明核」は、2体の護国軍鬼の背中に合わせてざっと五つ以上は装着されていた。いや、下手したら一〇近くかも知れない。
     使って、一体全体、何がどうなってんだよ?

     俺は……自分の組織から足抜けしたい、と「本土」の「正義の味方」どもに連絡しただけだった。
     ヤツらが始めた新しい「商売」である「悪の組織からの足抜けと社会復帰の支援」を利用して、今の組織の「お宝」を、この「東京都千代田区」の名を騙る「関東難民」が暮す人工島から持ち出し……他のもっと景気のいい組織に入る為の手土産にするつもりだった……。
     しかし、のっけから、全ての目論見は狂った。
     俺の元の所属組織は……その日、壊滅した。「正義の味方」とは言え、たった4人のメスガキが……俺を「足抜け」させるついでに、俺の所属組織を徹底的にボコボコにしてしまったのだ。
     そして……日本のテロ組織・犯罪組織の勢力地図や組織間の関係は、たった1日で大きく変ってしまい……そのせいで、俺の計画の練り直しの必要が有る事だけは判ってはいたが……その後の数日間、俺の頭は真っ白になったままだった。

     俺がこれから辿る人生についての物語は……中二病っぽい言い方をするなら「『自己進化セルフ・アップデートを繰り返しながら限りなく絶対正義に近付き続ける正義が人間社会に顕現する』と云う『天災』に巻き込まれた小悪党の悲喜劇」だ。
    (1)『社会復帰訓練は沖縄・北海道・韓国・台湾の4箇所で受講が可能です。どこでの受講を希望されますか?』
     アドバザーを名乗るその男 (声からして。声を変えてる可能性が有るが) は、端末ごしにそう聞いてきた。
     俺が会話に使っている端末は俺を「足抜け」させた「正義の味方」から渡された連絡用の小型のブック型PCだ。
     ここ十何年かで携帯電話の主流になった「ブンコPhone」を大きくしたような「開くと2画面型の端末になる本型のデバイス」だが、当然ながら、俺にはアプリのインスイトールすら出来ないように制限がかかってる。
     入ってるアプリはメーラーとWEBブラウザ、総合メッセージアプリのMeaveぐらい。
     Meaveは、複数のSNSやインターネット・メッセージをシームレスに扱えるアプリだが、新規のアカウント作成が出来ない機能制限版だし、多分、WEBの閲覧・投稿やメールの送受信の履歴も監視されてるだろう。
     つまり、このブック型PCでは、変な真似をやるのは困難だ……「やりにくい環境」「やったらバレる」の二重の意味で。
     今もMeaveの音声通話機能で「アドバイザー」と会話をしている。
    「あ……あの……ところで、俺の居た組織は……どうなりました?」
    『壊滅しました』
    「えっと……それじゃ、俺を足抜けさせる意味は……」
    『貴方が我々に依頼したのは、テロ組織・犯罪組織から抜けて、社会復帰訓練を受け、新しい生活を始める事ですよね? その為の一番コスパが良い方法が、テロ組織や犯罪組織を壊滅させる事なら、そのような手段を取る事も有ります……。まぁ……たまたま、喩えるなら「陽動任務の筈が、気付いたら敵の主力部隊を壊滅させてた」ような真似をよくやるチームしか手が空いてなかったのも有りますが……』
    「は……はぁ……」
     かすかな違和感を感じた……。いや、この違和感で気付いておくべきだった。
     正義と悪が共存困難なのは、裏と表、同じ軸上のプラスマイナスだからなどではなく、少なくとも今の時代における正義と悪は「全く違うシステム」だからで、俗に「正義の味方」と呼ばれてるこいつらと、テロ組織・犯罪組織扱いされてる俺達が戦っているのは、昔の中学生が想像するような「光と闇の戦い」なんかじゃないと。
    「それで……やっぱ社会復帰訓練は受けなきゃいけませんか?」
    『テロ組織・犯罪組織の多くには……早い話が「体育会系的」「軍隊的」な文化が有ります。特に貴方が所属していた「英霊顕彰会」は「富士山の噴火で旧政府と旧首都圏が壊滅する以前の日本社会を取り戻す」事をスローガンにしていたので、その傾向が顕著です。しかし……今の一般社会はそうでなくなりつつ有ります』
     ああ……そうだ。
     世界で最初に存在が表沙汰になった「特異能力者」は「精神支配能力者」だった。
     そう、二〇〇一年九月一一日、まだ「北アメリカ連邦」と「アメリカ連合国」に分裂する前のアメリカで起きた、あのテロ事件の実行犯どもだ。
     だから、特異能力者の中でも最も研究が進み対抗策が確立されているのは「精神支配能力者」だ。
     多分、一〇年後か遅くても二〇年後には、催眠モノのエロ・コンテンツは過去を舞台にするモノが多数派になるだろう。何故なら「本土」では、義務教育で「精神支配系の能力に対する抵抗方法」の訓練が導入されつつ有るのだから。
     そして……「精神支配能力者」についての研究の結果、明らかになった事が有った。
     「精神支配能力者」と言っても複数の種類が有るが……その大半が「通常の暗示や洗脳に似た事を魔法や超能力などを用いて行なうモノ」だった。
     つまり、暗示や洗脳にかかりやすい者は「精神支配」系の特異能力への抵抗力が低く、逆に暗示や洗脳にかかりにくい者は「精神支配」系の特異能力への抵抗力が高い。
     では、「暗示や洗脳にかかりやすい者」とは、どう云う連中か?
     上に諂い、下に厳しい者。
     強者と見做した相手に立向う勇気の無さを、弱者と見做した相手に対して高圧的に振る舞う事で隠そうとする者。
     自分なりの正義や信念を欠いているのに、自分が属する組織・集団の規則・慣習だけは守る者。
     過剰に「空気が読め」てしまう者。
     権威を疑わぬ者。そして、権威に疑いを持つ他の誰かに対して嫌悪感を抱く者。
     付和雷同性が高い者。
     同調圧力に弱い者。
     何かの組織・集団に所属する場合は、縦割りで上下関係に厳しい組織・集団をこそ「居心地良く」感じる傾向が有る者。
     自分が多数派マジョリティである事に安心感を覚える者。そして、自分が少数派マイノリティと化す事に恐怖を感じる者。
     つまる所……「精神支配」系の特異能力への抵抗力が低い者を一言で言い表すなら……「体育会系」。
     そして……どうやら、この世界からは……どんどん「体育会系」の文化が失なわれつつ有るらしい。
     ざっと4つのモノを除いて。
     1つは……警察・軍隊などの「暴力装置」的な性格を持つ公的機関。
     1つは……社員が上からの命令に唯唯諾諾と従うロボットじゃないと組織が回らなくなるような時代遅れの理不尽企業。
     1つは……刑務所やそれに類する場所。
     そして、最後の1つは……言うまでもない。「悪の組織」の大半だ。
    「じゃあ……その……俺みたいな『体育会系』の文化にドップリだったヤツは……その……」
    『ええ、今の社会の常識を学んでもらわないと……今後、選べる職業の幅は、かなり狭くなります』
    (2)「あの……船酔いするタチなんですが……社会復帰講座への移動は……その……」
    『あ、じゃあ、受講場所は韓国で良いですか?』
    「はっ?」
    『博多港から高速船で約3時間です。今まで住んでおられたNeo Tokyo Site01から博多港まで通常のフェリーで移動した場合の3倍程度ですね。船による移動時間は4つの受講場所の中で最も短かくなります』
    「ええっと……飛行機なんかは……」
    『飛行機より船の方が適している理由が2つほど。1つは船の方が貸切が簡単』
     くそ、やっぱり、「社会復帰訓練」の受講中だけじゃなくて移動中も「正義の味方」組織の監視付きか。
    『もう1つは……何か有った時、船の方が若干ですが生存率が上がります』
    「な……何かって……何ですか?」
    『例えば、受講メンバーの誰かを殺したがってる人が居た場合とか……』
    「そいつだけ殺せば……」
    形振なりふり構わず、無関係な人まで巻き込んで殺す方がコストが低くて、足が付きにくいケースなどいくらでも……いえ、そうならないように機密保持には細心の注意を払っていますが……他人様ひとさまの命をお預りしている以上は……全てのセキュリティが破られた場合でも可能な限りの安全を確保する必要が有ります』
     しまった……。何で、俺は「正義の味方」どもを「御花畑の甘ちゃん」だと思い込んでいたんだ?
     よくよく考えれば、「悪の組織」とされる者達……旧日本政府支持者にテロ集団にヤクザに半グレに危険な新興宗教・魔法結社に腐敗した警察機構けいさつに在日アメリカ軍……軒並、面白いように奴らに潰されている。
     どう考えても……「正義の味方」の方が「悪の組織」より遥かに修羅場を潜り抜けてきている。
     ひょっとしたら、「正義の味方」と云う普通に考えたらマヌケな通称さえも奴らが「悪の組織」に誤った先入観を抱かせる為に広めたモノなのか?
    『もう1つの理由はですね……』
    「えっ?」
    『我々がやっている「悪の組織からの足抜け」事業を利用して「自分の組織を抜けて、他の組織へ再就職」を試みられる方が居まして……』
     あ……。これも先に気付いとくべきだった……。
    『そう云う方に限って、やり口がマヌケかつ傍迷惑なんですよ……。飛行機ごと墜落させて、その隙に逃げようとしたり……』
     俺と似たような事を考えた奴は過去に居た……いや、待て……。
    「あの……船を貸し切るって事は、複数の受講者を韓国まで運ぶって事ですよね?」
    『ええ』
    「他の受講者で、何か剣呑ヤバい真似をやらかしそうな人は……ええっと……その……?」
    『御安心下さい。、ウチの人間で鎮圧が可能な人達ばかりです』
    (3) 嘘だろ……この手が有ったのか……。
     社会復帰訓練の場所である韓国の釜山行きの船に乗って、すぐに、この船から逃げる事は、事前に思ってたより遥かに困難だと気付いた。
     船の乗員が誰かは判る。船会社のモノらしい制服や作業着を着ているからだ。
     しかし……俺達は囚人服を着せられてる訳じゃない。
     そこまではいい。
     俺を監視……もしくは保護している「正義の味方」達も……そうだ、今時、制服や揃いのコスチュームに拘るのは「悪の組織」の流儀と化しつつ有る。
     船員以外は、ほぼ全員、私服。
     何故、今まで、誰もこの手を思い付かなかった? そして、何故、「正義の味方」どもは……こんなエグい手を思い付いた?
     
     これが……「体育会系」的な「文化」が消え去った社会……そして、「正義の味方」どもが目指してる社会なのか?
     思えば……俺を「足抜け」させに来た「正義の味方」どもも、同じチームらしいのに、装備やコスチュームは1人1人が全く違っていた。
     マズい……。かなりマズい……。
     一気に使える手が減った。
     誰が、俺と同じ元「悪の組織」の人間で、誰が、それを監視・保護している「正義の味方」か判らない。
     この船に居る「正義の味方」どもは、多分、他の誰が同じ「正義の味方」なのか知っている。
     だが、俺を含めた悪党どもには……誰が同じ悪党か判らない。
     「正義の味方」ども同士は連携出来るが……悪党どもは分断されている。
    「やっぱやだ〜ッ‼ 俺、帰るぅぅぅぅ〜‼」
     その時、若い男の声。
    「若ッ……‼ 駄目ですッ‼ やめて下さいっ‼」
     今度は、別の男の声。声の感じは……中年と言うには老けてるが、高齢者と言うにはちと若い中途半端なモノ。
    「うるせ〜っ‼ 俺は戻る。戻れば……」
    「やめて下さい、若‼ もうウチの『組』は無いんですよ……」
     声のする方を見ると……海に飛び込もうとしてる若造と、その若造を抱き付いて止めようとしてる五〇代から六〇代ぐらいのおっさん。
    「源田ッ‼ 離しやがれッ‼」
    「待て。いい加減にしろ‼ これ以上、他人に迷惑をかける気なら、このクリムゾン・サンシャインが相手だッ‼」
     今度は……三〇代の……半端な長さの無精髭、齢の割に禿げかけてる髪、そして……明らかに筋肉より脂肪が多い体型の男だった。
    「はぁ? 今、何て言った?」
    「何って何がだ?」
    「お前が名乗った名前だ‼ 今、何て名乗ったッ?」
    「クリムゾン・サンシャインだ」
    「ふざけるなッ‼」
     何故か、怒り狂い始めたのは、五〇代か六〇代らしきおっさん。
    「うわ〜、やめろ……暴力反対……」
    「お前がッ‼ あのッ‼ クリムゾン・サンシャインのッ‼ 筈がッ‼ 無いッ‼」
    「痛い‼ 痛い‼ 痛い‼ 痛い‼ 痛い‼ やめて‼ やめて‼ やめて‼ やめて‼」
    「ふざけるなッ‼ 俺は、クリムゾン・サンシャインのファンだったんだぞッ‼ お前のような醜いデブがッ‼ ヒーローの名を騙るなッ‼ つか、お前、見た事有るぞ。ッ‼」
     何故か、海に飛び込もうとしてた若造を離して、デブの三〇男を殴る蹴るし始めたおっさん。
     ……いや、どうなってんだ?
    「やめたまえ、君ッ」
     そう叫んだのは……急に暴れ出したおっさんより少し若そうな別のおっさん。
     齢の割には女にモてそうな顔立ちで、中々、洒落た背広に……いや……元は高級品っぽいが、よく見ると、袖口がほつれてたり、結構、長い間、クリーニングに出してないっぽい……。あ、眼鏡も元は高級品らしいが……良く見るとつるをセロテープで雑に補修……。
     ああ……何つ〜か「昔は羽振りが良かったが、今は零落おちぶれてる」感がビンビンと……。
     次の瞬間、暴れ出したおっさんは急に倒れ……。そして……若造は……おい……何だ? どうなってる?
     若造の顔は海に飛び込む最中に……
    (4) 一方、急に暴れ出した、おっさんの方は……もう1人のおっさんの一喝で……あれ?
     さっきは急に暴れ出したと思ったら、今度は急に倒れ……。
    「ええええ? あれ? どうなって……えっと……? ち……ちがうッ‼ 私じゃないッ‼」
     確かに変だ。
     「昔は羽振りが良かったが、今は零落おちぶれてる」系のおっさんが使ったのは……でも……。
    「待ちなさい」
     また、誰か出て来……おい……何だ、この「気」は……。
     同業だから判る……。こいつは……「魔法使い」……それも……「気」の量だけなら、俺の元の組織の首領さえ上回る……おい、危険なヤツは居ない筈じゃ……いや、こいつはヒーロー側なのか?
    「いくら人を助ける為とは言え……『精神操作』を使うのは感心しませんね……」
     おい……何だよ?……俺より一〇以上若そうなのに……この……とんでもない「気」の量は……?
     とんでもない才能の持ち主だったか……とんでもない努力をしてきたか……さもなくば……。
    「な……何だと? ほう……君にも判るのかね?」
     そうだ……このおっさんは、確かにさっき「精神操作」を使った。
     おそらくは、いわゆる「超能力者」。特定の「魔法」を修行なしに使える連中の1人だろう……。
     生まれ付きか修行かは別にして原理は同じ「力」「能力」なので、「魔法使い」は「超能力」を検知する事が出来る。例え、自分の専門とは違う系統のモノでも、「超能力」の発動に伴なう「気」「霊力」は感知可能だ。
     でも、おかしい。
     こいつが、今、使った「精神操作」は、微弱なモノ。せいぜい「相手の気分や感情を少し変える」程度で……気を失なわせるのは無理だ。
    「その通りだ。君の能力なら……他に手段も有った筈だ」
     急に口を出してきた同業者魔法使いの「気」が、どんどん高まる。
     まるで凍り付いたかのように張り詰めた空気……。
    「違う……予想外の事だ。私は……悪くない」
     再びおっさんが「精神操作」を発動。しかし……「魔法使い」と「超能力者」では、「力」「能力」の原理は似たようなモノでも、技術に関しては一般的に「魔法使い」の方が上。
     つまり、「精神操作」系の「超能力者」では「魔法使い」を「精神操作」するのは困難だ。まして、この、とんでもない「気」の量の……。
    「そ……そうですね……。貴方の言う通りだって気がしてきました。ともかく、この人の手当を……」
     はぁ?
     どうなってる?
     俺には、あのおっさんの「精神操作」は効いてない……事前に気配を察知して自分の心を防御したからだ……のに、俺より遥かに力が上の、こいつには「精神操作」が効いてる?
    「あ……ちょっと待って下さい」
     その時、別の男がやって来て……倒れたおっさんの上着からピルケースと正体不明の注射器を取り出し……。
    「あ……あれ……」
    「はい、甘いモノでも食べて、しばらく安静にしてて下さい」
    「は……はい……」
     男が薬と水を飲ませ、注射を打って十数秒で、おっさんは意識を取り戻した。
    「あ……あの……何をやったんですか?」
     俺は、念の為、その男に聞いた。
    「ああ、即効性の血圧降下剤とブドウ糖の錠剤です」
    「はぁ?」
    「あの人、時々ああなるんで、もし、その場に居合わせたら、誰かを呼ぶか処置をして下さい」
     いや……待て……どうなって……。そう言や、海に飛び込んだ若造はどうなっ……。
     おい、本当にどうなってる?
     潜水服を着たヤツ2人が……あの若造を……
     ベタ過ぎるにも程が有る……。
     なんて。
    (5)「えっと……手伝いましょうか?」
     俺は、さっき倒れて、あっと云う間に回復したおっさんに殴られたデブを救護しようとしている「正義の味方」(多分)に、そう声をかけた。
    「あ……すいません。あっと、こっちの人も、しばらく安静なんで2人とも医務室まで運びます……。あ……」
    「運ぶのが2人だと、手が足りませんね。おい、そこのお二人さん、手を貸してもらえるか?」
     俺は、「昔は羽振りが良かったが、今は零落おちぶれてる」風の精神操作能力者のおっさんと……何故か「パワー」はモノ凄いのに他は駄目っぽい同業者魔法使いに声をかけた。
    「は……はい……」
     同業者魔法使いなのに、あっさり「精神操作」にかかった三〇前後の男は……まだ、目が微妙に虚ろだ。
    「では、私で良ければ……あれ」
     ピ〜、ピ〜、ピ〜。
     何の音だ?
    『充電切れまで約一〇分です。充電をお願いします』
    「えっ?」
    「あの……吐前はんざきさん……」
     「正義の味方」の1人らしき奴が、精神操作能力者のおっさんに声をかけた。
    「あ……すいません。出港前に充電を忘れてて……」
    「何やってんですか。バッテリーが切れたら、ロクに動けなくなるの、判ってるでしょ」
    「す……すいません……」
     な……何だ? 何がどうなってる?
     充電? 動けなくなる?
     このおっさん……サイボーグか何かなのか? いや……でも……そんな技術、実用化されてたっけ?
    (6) 船の医務室のベッドには3人の男が横たわっていた。
     突然暴れ出して、突然倒れたおっさん。まぁ、おっさんと言っても、あと十年ちょっとぐらいで「爺さん」になりそうな齢だが。
     そのおっさんにタコ殴りにされたデブ。自称「クリムゾン・サンシャイン」。どっかで聞いた名前なので……「ヒーロー」か「悪党」としての自称コードネームなんだろうが……こいつをタコ殴りにしたおっさんが喚き散らしてた事とタコ殴りにされた時の様子からして、本物の「クリムゾン・サンシャイン」とやらは別に居て、こいつは贋物の「クリムゾン・サンシャイン」か自分をその「クリムゾン・サンシャイン」とやらだと思い込んでる痛い阿呆の可能性大。
     そして、船から逃げようとして、海で溺れた若造。
    「あんた……河童に変身出来るのに、泳げないのか?」
     俺は正直な感想を口にする。
    「普通の人間よりは泳げるよ……。あの姿になれば……」
    「スポーツなんかを何もやってない普通の人間の基準では『凄い』ですが、本職の水泳選手に比べれば……イマイチ程度です」
     この若造を「若」と呼んでたおっさんが解説。
    「あと……素潜り出来る時間もそこそこですが……素潜り漁をやってる漁師さんなんかに比べると……」
    「黙れ源田……」
    「何だよ、そのイマイチな能力は?」
     俺は正直な感想を述べた。
    「うるせえぞ、源田。お前の能力だってイマイチ極まりないだろ」
    「おっさん……あんたの能力って?」
    「恐しい能力です……使うと寿命を削ってしまうような……。でも……使わずにはいられないんです」
    「はぁ?」
     いや……待て……このおっさんがデブをタコ殴りにした時の様子は……「普通の人間よりチョイ強い」ぐらいだった気がするんだが……?
    「この源田は……一時的に身体能力を上げられる。力は普段の倍ぐらい。走る速さは一・五倍って、所かな」
    「へ? 結構凄くないか?」
    「あのな……力が倍って言っても……普段、全く鍛えてない五〇男の『普段の倍』だ」
     …………。
     ……た……たしかに、ビミョ〜過ぎる……。
    「そして……その状態は、一分から一分半しか持たない」
     つ……使えねぇ……。
    「あの……寿命を削るとか言ってたけど……どう云う事だ?」
    「ああ、時間切れになると、急激に血圧が上がり、逆に血糖値は大暴落だ。気を失なうレベルでな。そりゃ健康に悪いに決ってる」
     ……。
     …………。
     ……………………。
     俺も「男の子」の成れの果てだ。
     中学ぐらいの頃は……その手の「大人が『中学生ぐらいが好き』だと思っているようなモノ」が好きだった……。いや、その手のモノが好きだとバレると、もう「大人っぽいモノ」に憧れ始めてた大半の同級生から馬鹿にされるんで、ひた隠しにしてたが……。
     もちろん、その手のマンガやアニメに出て来る「使うと寿命が減る能力」なんてのは……大好物だった……。
     だが……。
     まぁ、その何だ……。
     現実に「使うと寿命が減る能力」なんてのが有った場合、どう云う理屈で「寿命が減る」のかは……今後、絶対に訊かないようにしよう……。
     思春期の頃に憧れてたモノが完膚無きまでにブチ壊される。
    「だから、こいつ、俺の護衛だったのに、何か有る度に、俺がその『護衛』の介抱をしなきゃいけなかったんだぜ。何かおかしいだろ」
    (7)「ところで、あんた、何で、そんな体になったんだ?」
     医務室に居るのは、怪我人・病人・溺れかけた河童だけじゃなかった。
     精神操作能力者のおっさんは、上着もYワイシャツもズボンも脱いで椅子に座り……いや、ガチで「昔は羽振りが良かったが、今は零落おちぶれてる」ようだ。
     上着やYシャツは「良く見ると何か変」程度だったが……肌着は……。
     パンツのゴムは明らかに緩んでる。シャツには、所々、穴が空いてる。
     そして……体のあちこちには傷跡。ついでに、手足の関節には、パワーアシスト装置らしきモノを装着。
     今は、そのパワーアシスト装置に充電をしてる最中だ。
     なるほど……「バッテリーが切れると、ロクに動けない」のは、過去に何か大怪我をしたせいらしい。
    「いや……誰でも言いたくない事の1つや2つ有るでしょ。訊かないで下さい」
     「魔法」と「超能力」は原理は似たようなモノだが、大きな違いが有る。
     「超能力」は基本的に、生まれ付きか、ある日突然使えるようになったモノ。
     超能力者の家系の出身でもない限り、訓練をやったにしても我流だ。
     一方、「魔法」は基本的に師匠が居るし、どっかの「流派」に属しているので「魔法使い」同士の横の繋りが有る。
     つまり、技術・知識・ノウハウは「魔法使い」の方が「超能力者」より圧倒的に上だ。
     早い話が……。

    「は……はい……」
     余っ程、嫌な過去だったらしく、おっさんは俺に「何も訊くな」って「精神操作」をやった。だが……。
     「精神操作」が専門じゃない「魔法使い」は……「精神操作」が専門の「魔法使い」の「精神操作」を「防ぐ」事は出来ても「呪詛返し」までやるのは困難だ。
     ある柔道家とある空手家が戦った場合、普通の喧嘩では柔道家の方が勝てるとしても、柔道家の方が空手家の方にで勝つのは難しいようなモノだ。
     しかし……「精神操作」系の「超能力者」が、「精神操作」が専門じゃない「魔法使い」に「精神操作」を行なおうとした場合、超能力者の方が化物チート級で、魔法使いの方が超ヘボでも無い限りは……。
    「まず、あんた、精神操作能力者だろ? それも、師匠に付いて修行したんじゃなくて、生まれ付きか、ある日、突然、使えるようになったタイプの」
    「そ……その通り……です……」
    「お……おい……とんだ危険人物じゃないか……」
     河童の若造がそう言ったが……。
    「落ち着け……何で、正直に、このおっさんが自白ゲロったと思う?」
    「何でだよ?」
    「だから、ちゃんとした修行をした訳じゃないんで、『精神操作』は出来るけど、技術はヘボだ」
    「ヘボって?」
    「『魔法』の心得が有るヤツなら……『精神操作』系が専門じゃなくても、このおっさんの『精神操作』を『返す』事は簡単に出来る。で、おっさん、こんな体になった訳を正直に教えてもらえるかな?」
    「あの……少し前に……その、ある犯罪組織の女ボスに『精神操作』をしようとして……」
    「ひょっとしてエロ目的?」
     横から自称「クリムゾン・サンシャイン」が口を出す。
    「は……はい」
     駄目だ……このおっさん……。人間として完全に駄目だ。
    「犯罪組織の女ボスって誰だ?」
    「は……はい……『旭日皇国エンパイア・オブ・ザ・サン』の首領の通称『姫巫女』です」
     ……。
     …………。
     ……………………。
     マヌケが……。
     「旭日皇国エンパイア・オブ・ザ・サン」の「姫巫女」ってのは、流派までは不明だが……かなりの腕前の「魔法使い」系らしい。
     悪党デビューしてから、ほんの1〜2年で、あいつが作った高品質な防御魔法の「護符」は、他の犯罪組織・テロ組織の間で高値が付くようになり、「魔法使い」が少ない組織の大物が何者かに「呪詛」された場合に、並のサラリーマンの年収の何倍もの金で雇われるようになったり……。それ位の、俺程度の奴じゃ十人や二十人居ても、絶対に太刀打ち出来ねぇレベルの「化物チート」だ。
    「それで、どうなった?」
    「は……はい……寝室に案内されたら……」
    「どうせ、実は、『姫巫女』には、あんたの『精神操作』は効いてなかった。効いてたように思えたのは、全部、相手の芝居だった。あんたは、何で、自分の『能力』が効かなかったのかさえ判らない。そして、いざ事をいたそうとしたら『姫巫女』の手下がやって来て、あんたは袋叩き。そんな所だろ」
    「な……なんで判ったんですか……?」
     ……。
     …………。
     ……………………。
     この船に乗ってる「悪党」は、ビミョ〜な能力しか無い奴らばっかりのようだ。俺も他人ひとの事をとやかく言える程じゃないが。
    「よく手足だけで済んだな……」
    「あ……ホントはチ○コを切り落されかけたんですが……それだけは勘弁してくれって頼んだら、代りに大型ハンマーで」
    「やめろ、それ以上は聞きたくない」
    「私の手足の骨を砕いたヤツも、かなり嫌そうな顔で、何回かためらって……」
    「やめろって言ってるだろ」
    「すいません」
    「あんた、あと、昔っから、自分の事を『そこそこのイケメンなのに何故か女にモてない』とか思ってなかったか?」
    「え……何で、判ったんですか……?」
     そうだ……このおっさん……齢の割には役者にしてもいいような顔だ……。
     でも……。
    「だから、女とヤるのに精神操作を使ってただろ」
    「は……はい……だから何で……?」
     何でって……そりゃ決ってるだろ。
    「何で、判ったか教えてやろうか? 頼むから、その酷い口臭と、しゃべる度に口から唾を飛ばす癖だけは、何とかしてくれ」
    「えっ?」
     自分で気付いてなかったのかよ……。
     クソ。全世界にロクデモない伝染病でも流行はやって、四六時中、マスクをするのが当り前の世の中にでもならない限り、この屋内で、おっさんの近くに居たくねえ。
    (8) そして、船は「社会復帰訓練」の場所である韓国の釜山に着き……俺達は、バスに乗り換え、一見、どっかの企業の宿泊設備・食堂付きの研修施設らしき場所に案内された。
     今日は簡単なオリエンテーションと、あとは風呂に夕食だけで、本格的な「研修」は明日からのようだ。
     だが「オリエンテーション」の場に集った連中は……何かおかしいが、ある意味、船の中で予想した通りだ。
     身にまとってる「雰囲気」みたいなモノが違う連中が一箇所に集められてる。その「雰囲気」は……大きく2種類有った。
    「各自で受けてもらう研修は既に渡した書類に記載されています。ここは刑務所ではないので、時間を守れとか、サボるなとかの固い事は言いません」
     講師らしき女……どうやら、結構な力・腕前の同業者魔法使いらしいが……だからこそ、具体的に「どの位の力・腕前か?」を「魔法」的な方法で探ろうとするなんて「無礼」な真似はする訳にはいかない。そんな真似をすれば、相手に気付かれ……。
    「そして、ここは高校や大学でもないので……『留年』は気にせずに、気長にやって下さい」
     つまり、講義や実習をサボるのは勝手だが、「単位を全部取る」まで、ここから出られると思うなよ、と。
    「一部の方は御存知だと思いますが……ここでは、『正義の味方』『御当地ヒーロー』向けの訓練と、元犯罪者・元テロリスト・元『悪の組織』構成員の方々の社会復帰訓練が同時に行なわれています」
     出た。やっぱりそうか……。ここも「誰が看守で誰が囚人か、看守の側しか知らない刑務所」だ。
     だが……その時、ある気配が……。
    「それと、精神操作能力者の方。うかつに能力を使わないように。講師は基本的に精神操作能力への抵抗訓練を受けていますし、受講者は毎日、カウンセリングを受けるので、誰かに『精神操作』を行なったら、すぐにバレますよ」
     あのおっさん……またやったのか……。
    「ついつい『精神操作』を使ってしまう場合はカウンセラーに相談して下さい。能力行使依存症の可能性が有ります」
     ああ……たしかに、あのおっさん……その可能性が有るな……。安易に「精神操作」を使い過ぎてる。
    「では、これから全員にGPSと発信機機能が有るマイクロ・マシン・タトゥーを印刷しますので、呼ばれた順番に隣の部屋に行って下さい」
     クソ……認識を改める必要が有るらしい。
     「悪」は自分達こそ「狡猾」で「現実的」だと思っている……いや、思い込んでいる。「思い上がり」も「悪」の本質の一部だからだ。
     だが、「正義」は……その逆だ……。理想にこそ忠誠を誓い、現実が間違っているなら、その間違った現実と妥協する事を拒んでいるからこそ……真に狡猾で現実的になる。
    「それと、他の方が現在どこに居るかは……皆さんに渡した端末で確認出来ます」
     お……おい……くそ……。
     例えば、ここから逃げようとした場合……他の奴の居場所は端末で確認出来る。……しかし、その情報は本当に信用出来るのか?
     マズい……ここは……本当にマズい……。思ってたより遥かにマズい……。
     「正義の味方」どもは……ここに来た「悪党」どもを、本気で「善人」に改造するつもりだ。
     そして……俺達「悪党」どもに「」と徹底的に教え込む気だ……。
    (9)「あんた……やっぱり、つい、あの能力を使っちまうのか?」
    「は……はい……。ところで、私に話が有るなら……」
     俺は食堂でに座ってる精神操作能力者のおっさんと話していた。
    「だから、あんた、しゃべる度に唾を飛ばす癖が有るだろ」
    「え……えっと……」
    「で、どうなの?」
    「ええっと……昔は……私も『特異能力者』だと気付いてなかったんですよ……。九・一一までは……」
     確かに、昔はそうだったらしい……。
     自分が「精神操作能力者」だと気付いていない「精神操作能力者」が山程居た。
     酷いのになると……「落としの名人」と言われ、最初は頑なに否認していた容疑者を何人も自白させた刑事が……謎の自殺を遂げた後に、精神操作能力者だった可能性が浮上した事も有った。その「落としの名人」が自白を引き出した奴の中には、後に死刑になったのも複数人居たが……当時は、今の俺から見ても世の中全体が狂っていたので「その程度の事に何の問題が有る?」と云う世論が大勢を占め……いや、気付いた時には、そんな国に変ってて、そんな「有権者」どもに支持されるような政府だったせいで、富士山の噴火を待たずに旧政府はエラい事になった訳だが……。
    「で……あの事件以降、自分が『精神操作能力者』だと自覚するようになったんですが……もう、その時には……何か有るたびに『精神操作』をやるようになってて……」
    「でも……これから、大変だぞ、あんた……。精神操作への抵抗力を持つヤツは、どんどん、増えてる」
     精神操作への抵抗訓練に「特異能力」も「魔法」も「超能力」も必要ない……。「暗示にかかりにくい性格」の奴が増えただけで、「精神操作能力者」にとっては暮しにくい世界になる。
    「だから……自分から、この『社会復帰訓練』を受ける気になったんですよ……。せめて……『精神操作能力』が無意味になる世界でも、マトモに生きていきたんで……」
    「で、『クリムゾン・サンシャイン』って何なんだ?」
     続いて俺は、向いに座っている自称「クリムゾン・サンシャイン」に訊いた。
    (10)「クリムゾン・サンシャインは……数少ない真の『ヒーロー』、本当の『正義の味方』だった……。けど……もう居ない」
    「えっ? じゃあ、お前は何だ? 何で、その『クリムゾン・サンシャイン』を名乗ってる?」
    「最初に『クリムゾン・サンシャイン』を名乗った人は……『正義の味方』『御当地ヒーロー』を名乗るテロリストどもに殺された。俺は……あの人の遺志を継いで2代目の『クリムゾン・サンシャイン』になったんだ」
    「は……はぁ……」
     要は、「独立系」の「正義の味方」……普通の「正義の味方」達が所属しているらしい何かの「組織」に所属せずに「正義の味方」活動をやってた奴が居て……このデブは、その「独立系『正義の味方』」に憧れてたコスプレ野郎って事なのか?
    「で、お前の本名は?」
    「……緒方一郎」
     ややこしい……。下の名前が俺と一緒だ。
    「なるほど……。でも、これからは『クリムゾン・サンシャイン』と呼ばせてもらっていいかな?」
     奴の目が輝いた。
    「ああ……」
    「で、何で、ここに来たんだ?」
    親父おやじの後援会に……」
     え? ああ、そう言や、あの暴れ出したおっさんが……「市長のドラ息子」とか言ってたな……。
    「じゃなかった……親類が手を回して、俺をここにブチ込んだんだ……」
    「親類? 家族は……?」
    「話は長くなる……。まず、俺が尊敬していた……初代のクリムゾン・サンシャインは……『正義の味方』『御当地ヒーロー』を名乗るテロリストどもが裏でやってる悪事の証拠を集めようとしていたんだ」
    「悪事って何だ?」
    「悪事は悪事だ」
    「具体的にどう云う悪事だ?」
    「恐しい悪事だ」
     マズい……関わっちゃいけねえタイプの……ゴニョゴニョ野郎に話し掛けちまった……。おい、精神操作能力者のおっさん……得意の力で、このホニャララを何とかしてくれ……。精神操作能力者のクセに空気読めねえのか? だから、あんたの能力は中途半端なんだよ。
    「ああ……判った……。ひょっとして、具体的な事を知ると、俺の身にも危険が及ぶんで心配してくれてるのか?」
     デブは……一瞬、キョトンとして……。
    「ああ……そうだ。知ったら、あんたも危険な目に遭うだろう」
     なるほど……。
     「正義の味方」どもが、裏で悪事をやってる、ってのが本当だとしても……こいつは何も具体的な情報を掴んでいない訳か……。
     らしい……。
     やれやれ……。
    「そして……俺の家族に危険が及び……そして、俺が、2代目の『クリムゾン・サンシャイン』になった後には、俺も『正義の味方』どもが雇った殺し屋に狙われるようになった」
     ん?
     何か、今、このデブ……微妙に辻褄が合って無い事を口走ったような……?
    「思い出したくもない……。親父おやじと妹の亭主は廃人になり……妹は監禁されてた時に受けた虐待のせいで腹の中に居た子供を流産して……うわああああ……助けて……嫌だ嫌だ嫌だ……あ……もう夜か?……来る……奴が来る……来る来る来る……」
    「わ……わかった……。もう、お前の過去については何も訊かん。だから、落ち着け……はい、深呼吸……おい……誰か……医者呼んでくれ……鎮静剤と抗不安薬をダンボール箱ごと持って来てぇぇぇぇッ‼」
    「来るな……来るな……ああ……そこに……そこに居る……窓に……ああ窓に……あの殺し屋が……『永遠の夜エーリッヒ・ナハト』が……」
     大騒ぎの中……俺の心の一部は……何故か……妙に覚めていた。
     そして、こう言っていた。
     ああ、確かに……「『正義』を名乗る者こそクソ野郎だった」って話は、中学生の頃の俺の大好物だった……。
     でもよぅ……ほんの数時間前に、世にもトホホな「使うと寿命を縮める能力」の話を聞いたばかりだろ?
     このデブの言ってる話にも、どんなトホホな裏が有るか知れたもんじゃ無いぞ。
    (11)「なぁ……あの『若』ってのは、久留米の安徳グループの関係者か?」
     寝室は2段ベッドが1つに机が2つの2人部屋だった。
     そして、同じ部屋になったのは……世にもトホホな「使うと寿命が縮む」能力の持ち主のおっさん。
    「ノーコメントです」
     上の段で寝てるおっさんが、つれない答を返す。
    「へぇ……けどさ……『河童』に変身出来る奴が多い組織は……九州だと、北九州の『青龍敬神会』、久留米の『安徳ホールディングス』、そして熊本の『龍虎興業』って所だろ? で、『若』って事は、組長クラスが世襲の可能性が大。しかも、あんたは……あの『クリムゾン・サンシャイン』を『久留米の元・市長のドラ息子』って呼んだ。そして、『安徳ホールディングス』は組長は世襲だ。なら……」
    「貴方の言った事には、2つも間違いが有りますよ」
    「へっ?」
    「『河童に変身出来る奴が多い組織』は不正確です。過去形です。3つとも潰れました」
     ……そうだった。ここ数年で、日本の犯罪組織・テロ組織は次々と面白いように潰れている。特に酷いのが福岡・佐賀・長崎・熊本。
    「次の間違いは?」
    「許し難い間違いです。次にやったら……私の命に代えても……」
    「何だ?」
    「あいつは、絶対に『クリムゾン・サンシャイン』なんかじゃない」
    「えっと……そもそも『クリムゾン・サンシャイン』って何だ?」
     あの自称「クリムゾン・サンシャイン」の言ってる事には……多分、妄想が混ってる。為に、あいつを利用するにしても……どの程度の阿呆かは確認しておいた方がいい。
    「クリムゾン・サンシャインは久留米とその近辺で活動してた『独立系』のヒーローですよ。他の『正義の味方』と敵対してた訳じゃないですが……」
     ん? あのデブが言ってた話と、ビミョ〜に食い違ってるが……。
    「他の『正義の味方』のやり方を『悪党に手厳し過ぎる』と言ってて、余程の事が無い限りは協力する事も無かったみたいです」
    「なるほどね……で……」
    「しかし……別の独立系のヒーロー……と云うよりヒーローを騙る悪党にられてしまったみたいです……。『クリムゾン・サンシャイン』を殺したらしい奴の名は……『永遠の夜エーリッヒ・ナハト』」
    「『日の光サンシャイン』に『ナハト』か? まるで……どっちかが、わざと、もう片方の逆の名前を名乗ったみてえだな……」
    「多分ね……。『永遠の夜エーリッヒ・ナハト』は……『クリムゾン・サンシャイン』とは逆に、他の『正義の味方』のやり方を『手ぬるい』と批判してたみたいで……あの……こっから先、嫌な話になりますよ」
    「続けてくれ」
    「あの、元市長の息子には私もムカついてますけど……私が話した事のせいで、あの野郎の身に何か起きたら、流石に良心が……」
    「あんた、あいつをブチのめしてたじゃね〜か」
    「じゃあ、先を聞いても、あいつに危害を加えないって、約束してもらえますか?」
    「何で、俺が、あのデブに危害を加える必要が有るんだよ?」
    「あの……つかぬ事を聞きますが……貴方のしゃべり方……微妙に『東京弁』っぽいんですが……その……」
    「ああ、『関東難民』で、ここに来るまでは『Neo Tokyo』に住んでた」
    「じゃあ……覚悟して聞いて下さい」
    「くどいよ。さっさと話せよ」
    「元・久留米市長の息子ってのは……要は『ネット右翼』『行動する阿呆守あほしゅ』ってヤツで……」
    「今時、そんなの、どこにでも居るだろ」
    「で、『永遠の夜エーリッヒ・ナハト』は……元・久留米市長の息子の遊び仲間を次々と血祭りに上げたんです」
    「……おい……『遊び仲間』って何だ?『正義の味方』を気取った狂人に殺されても仕方ない『遊び』か?」
    「遠回しな言い方をすれば……『狩り』です」
    「は? 久留米って結構都会じゃなかったか? この前、福岡で3番目の政令指定都市になったとか……。そんな所に猪でも……」
    「だから、『正義の味方』を気取った狂人に殺されても仕方ない『狩り』です」
    「あ……?」
    「だから……」
    「あの……まさか……その『狩り』の『獲物』は二本足か?」
    「そうですね……ホームレスとか……あとは……」
    「言うな、言うな、言うな……大体、想像付いた……」
    』ですよ」
     き……聞くんじゃなかった……。
    「あくまで噂ですが……『永遠の夜エーリッヒ・ナハト』は、面白半分に『人間狩り』を繰り返しながら、親のコネで刑事罰を免れてた元・市長の息子を殺そうとして……それを止めようとした『クリムゾン・サンシャイン』は……返り討ちに遭ったらしんですよ……」
    (12)「貴方は小規模な会社または店舗の社長または管理職です。同じ職場の若いアルバイトに性的魅力を感じました。では、このアルバイトを採用して数日後、仕事が終ってから……夕方以降を想定して下さい……2人っきりの食事に誘うのはOKですかNGですか?」
     最初に受けさせられた講義は「職場におけるハラスメント」だった。
     机は円形に配置されて、講師の背後には、プロジェクター用のスクリーンや、講義用のホワイトボードが有るだけで……講師と受講者の間に、なるべく「上下関係」を無くそうと言うのだろう。
     だからと言って、講師に対して下手に反抗的な態度を取ったり……何なら自分の「能力」を使って襲いかかろうものなら……そうだ、ここは「誰が看守で誰が囚人か、看守の側しか知らない刑務所」だ。
     しかも、「正体を隠してる看守」は、おそらく「正義の味方」候補生。
     迂闊な真似をしたら、何が起きるか考えたくも無い。
    「OK」
     まず俺。
    「問題ないような気がしますが……」
     精神操作能力者のおっさん。
    「OKだろ?」
     河童に変身する能力が有る潰れた大手暴力団の元跡継ぎらしき若造。
    「OKな気がします……」
     化物チート級の同業者魔法使いらしいのに……何か色々と様子がおかしい奴。
    「えっと……あまり経験が有りませんが……昔の職場では、似たような事は良く有った気がします」
     世にもトホホな「使うと寿命が縮む」能力のおっさん。
    「わかった、引っ掛け問題だ。嫁や本命の恋人にバレなければOKだ」
     今度は「クリムゾン・サンシャイン」。
    「完全にNG。その状況だと、『若いアルバイト』は自分に好意を抱いてない可能性が高い」
     続いて答えたのは、ここに来た時に乗ってた船には居なかった十代後半ぐらいのメスガキ。
    「おい……ちょっと待てよ。でも、相手がOKしたなら、それは……」
     俺がメスガキにそう言った途端。
    「はい、今、補講が必要な方に通信アプリMeaveで通知を送りました」
     ふと、ここでの講習その他の為に渡された端末の画面を見ると……補講の通知が来ていた。
     そして、午前中の2限目の「今後の社会常識の変化の傾向」の「講義」も終り……。
     次は昼食の時間だ。
     食事は悪くない。
     メニューは豊富。
     味も良く、栄養のバランスも考えられてるようだ。
     ベジタリアン向けや、食事タブーが有るメジャー所の宗教の信者向けのメニューも有る。
     逆に、娑婆に戻った時に、ここの食事が懐しくなりそうだ。
     ふと、食堂の外のベランダを見ると……。
    (13) ベランダに出て気付いた。
     河童の若造と、様子のおかしい同業者魔法使いが吸ってるモノからする匂いは……。
    「お……おい……それ、煙草じゃなくて……」
    「1日に規定の本数までは支給してもらえる。これから、吸う本数を段々減らしていくように『調教』されるらしいけどな」
    「まぁ、一番、効き目が弱い銘柄ですが……僕の場合、抗不安薬の代わりみたいなモノですよ」
    「俺の場合は……多分だけど、完全に依存症らしくてな……。これが日に3本しか支給されないんで、ここから逃げ出そうとしたんだよ……」
    「僕は5本ですね……」
    「なんで、お前の方が……本数が多いんだ?」
    「何となく予想は付くんで確認したいんだが……」
     そう言って、俺は右手を上に向けると、そこに「使い魔」である「死霊」を顕現させる。
    「あんた、俺と『同業』だろ」
    「ええ、『旧支配者』系の魔法結社『S∵Q∵U∵I∵D』の元7=4被免達人アデプタス・イグセンプタスですよ……」
    「それ……凄いの……?」
     河童の若造が、そう聞いてきた……。
    「あ……同業者として言わせてもらえば『かなり厄介な相手』って所かな?」
     マズい……「旧支配者」系に……あと、その名乗り……。
     あの「クリムゾン・サンシャイン」と同じく下手に関わらない方が良い奴だ……。
     でも……こいつの潜在能力は惜しい……。
    「へえ……で、その組織名の『S∵Q∵U∵I∵D』って、何の略?」
    「……えっと……」
    「『えっと』って?」
    「……あの……その……」
    「だから、何が『あの』『その』?」
    「後付で何の略かを決めようと思ってたんですが……その前に組織が潰れました」
    「おい、おっさん……どこが凄えんだよ? こいつ、ただの阿呆だろ?」
    「厄介なんだよ……。『魔法オタク』崩れの『魔法使い』は……」
    「えっ? どう言う意味だ?」
    「あんた……ヤクザの組長の元後継あととりだろ……。おそらくは、久留米の『安徳グループ』の」
    「何で知ってる?」
    「何で、そう推測したかは、後で話す……。で、あんたにも判る喩えだ……。ヤクザ映画マニアが……それもヤクザ映画を現実だと勘違いしてる阿呆が……ヤクザの組長になったりしたら、何が起きると思う?」
    「そりゃ、お前……んな組長の下に付く組員はたまったモノじゃ……おい、』かよッ⁈」
    「おっしゃる通りかも知れません……」
     元7=4被免達人アデプタス・イグセンプタス氏は力無く、そう呟いた。
    「で、もう1つ問題が有る。強い『力』を持つ『魔法使い』ってのは、どんなヤツだと思う? 実は3種類有るんだ」
    「え? 魔法だろうが何だろうが、どんな事でも、才能か努力じゃないのか? でも、あと1種類は何だ?」
    (14)「はぁ? じゃあ、俺も何かを思い込めば、スーパー魔法使い様か?」
    「ただし……並の思い込みじゃ無理だ」
    「例えば……?」
    「おい……今、お前の『神様』はどうしてる?」
     俺は、元7=4被免達人アデプタス・イグセンプタス氏に、そう聞いた。
    「たまにしか見えません……。お察しの通り……かつては……常に御姿みすがたが見えて、御声みこえが聞こえたのですが……」
    「はっ?……こいつ……ひょっとして……何か……マズい人? 今、吸ってる葉っぱに、そんな効果無いよな……?」
    「ああ、忠誠を誓ってる神様だか魔王だかが……。いや、信じるなんて生易しいモノじゃなくて……。そのレベルの『思い込み』が可能になれば……『魔力』の『量』は体感で2〜3倍ぐらいに底上げ出来る。まぁ、信じるのは、別に、神様だの悪魔だのじゃなくて『魔法使い』から見ても完全にインチキな『魔法の理屈』でも良いんだけどな」
    「おい……そこまでの『思い込み』をやって……大丈夫なのか?」
    「で……『思い込み』で『魔力』の底上げをやってる奴は……俺達『魔法使い』の間で『教祖系』なんて呼ばれてる」
    「はぁっ?」
    「あんた、今、『大丈夫なのか?』って聞いたよな?『思い込み』で『魔力』の底上げをやっちまったら……。そんな真似をしたら、まず、それ以降は、マトモな社会生活は無理だ。例えば……そうだな……自分の妄想が生み出した神様だか何だかの声が常に聞こえて、その『神様の声』に逆らえなくなる。こうなっちまった奴に、マトモに出来る仕事が有るとするなら……『ぐらいだ……」
    「あ……つまり、は……超弩級の魔力を持った……頭のおかしい……いや、違う……何て言ったら良いか……あ……あの気を悪くしないで下さい、大魔術師サマ……」
    「けど、この『教祖サマ』は……多分、今は何も出来ない」
    「なんで?」
    「ひょっとして……あんた、今、自分の『神様』を信じられなくなってんじゃないのか?」
     俺は「教祖サマ」に聞いた。
     ……多分、こいつは……一度「思い込みによる魔力の底上げ」をやってしまった後に……何かが起きた……。
    「……と言うより……自信を無くしたんです……。自分より……力も技術も経験も明らかに下の筈の『魔法使い』系の『正義の味方』にボコボコにされてしまって……。ああ……偉大なるクトゥルフ様が、僕に授けてくれた『力』は本物だったんだろうか? なんて事を思うようになって……。ああ……」
    「具体的に、どうやられたんだ?」
    「僕が……クトゥルフ様の御使いを呼び出したら……その『魔法使い』系の『正義の味方』が『隠形結界』を使って……」
     「隠形結界」とは魔法的・霊的なモノから、何かの「気配」「魔力」を隠す為の呪法だ。
    「でもさ……それなら、その『魔法使い』系『正義の味方』は……『隠形結界』を解かないと、あんたも『神様の御使い』も攻撃出来ないだろ? どう云う状況だったんだ?」
    「逆です……。『結界』の向きが逆なんです」
    「はぁ?」
    「だから……その『魔法使い』系『正義の味方』は『隠形結界』で僕が呼び出したクトゥルフ様の御使いを囲って……使
     あ……そう言えば……最近、「魔法」が使える「正義の味方」どもが、そう云う手をよく使ってる、って話を聞いた事が……。
    「で……その後、テイザーガンを撃たれて……」
    「おい、『魔法使い』系『正義の味方』とか言ってなかったか? 何だ、そのテイザーガンって?」
    「ええっと……相手は……使でした」
    (15) 夕食の後に「職場におけるハラスメント」の補講を受けたのは……俺と、そして、俺と同じ船に居た5人。
    「おい、みんな、話が有る」
     補講が終り、講師が居なくなった後、俺は他の5人に声をかけた。
    「何をやる気なんだ?」
     そう聞いたのは「若」。
    「やっぱり、気付いてたのか?」
    「ああ、俺達に何かを手伝わせるつもりだろ? その為に、俺達が何者で、どんな能力が有るかを探っていた」
    「大当りだ。ここから逃げ出す」
    「逃げ出せるのか?」
    「細かいプランを詰めたい。時間は有るか?」
    「逃げ出して……どうなるんですか?」
     そう訊いたのは……世にもトホホな「使うと寿命が縮む」能力の持ち主のおっさん。
    「なあ……このまま、ここに居て……今の自分でいられる自信は有るか?」
    「ない……奴らは……俺を思想改造しようとしている。駄目だ……このままでは……俺がやってきた事は間違いだと信じ込まされて……ああああ……」
     そう言い出したのは……自称「クリムゾン・サンシャイン」。
    「や……やめろ……来るな……」
    「どうしたんですか?」
     自称「クリムゾン・サンシャイン」のおかしな様子に気付いた「教祖サマ」だったが……。
    「い……居る……あそこに……俺を狙ってる奴が……」
    「あああ……見えます……僕にも見える……。ああ……やっと我が神の御姿みすがたが……」
    「あのさ、何やる気が知らねえけど……この2人……外した方が良くないか?」
     「若」が当然のコメント。
    「来るな……違う……お前の子供が死んだのは……俺のせいじゃないッ‼ 恨むなら……『関東難民』なんかと結婚しやがったお前自身を……来るなぁッ‼ ッ‼」
    「誰だ? そりゃ……?」
     自称「クリムゾン・サンシャイン」の謎の絶叫に対して、俺は、一番事情を知ってそうな世にもトホホな「使うと寿命が縮む」能力の持ち主のおっさんに訊いた。
    「さ……さあ?」
    「ひょっとして、初代の『クリムゾン・サンシャイン』か『永遠の夜エーリッヒ・ナハト』のどっちかが女で、深雪みゆきってのは、その本名なのか?」
    「……い……いや……どっちも男だった筈ですが……」
    「お……お許し下さい……。か……必ずや貴方様への信仰を取り戻し……ああ……しばし御猶予を……偉大なるクトゥルフ様ああああッッッ‼」
    「おっさん……あんたの能力で、この2人なんとかしてくれ……。この騷ぎを『正義の味方』どもに嗅ぎ付けられる前にな」
     俺は、精神操作能力者のおっさんに、そう言った。
    「は……はい……」
    「あ……それと、ヤクザの若旦那。ちょっと、ライター貸してくれ」
    「はあ?」
    (16) 俺達は、急にトチ狂い出した「教祖サマ」と自称「クリムゾン・サンシャイン」をベランダに連れ出し……そして、「教祖サマ」が持っていた「一見、煙草に見えるが煙草じゃないモノ」を精神安定剤代りに2人に吸わせ……。
    「いいライターだな。これの換えのオイルは持って来てるか?」
    「はあ? 何の為にだ?」
    「それと……ここに酒を持ち込んでる奴は居るか? なるべく蒸留酒」
    「えっと……ここに……」
     そう言って、精神操作能力者のおっさんはスキットルを取り出した。
     俺は、そのスキットルの蓋を開け……。
    「安い酒だな……アルコール以外の匂いがしねえ」
    「す……すいません……」
    「謝る事はねえよ……。そっちの方が都合がいい。度数は?」
    「ええっと……三五度ほどですが……」
    「ギリギリだが……消毒に使える……のか?」
    「おい……消毒って……まさか……?」
     そう訊いたのは、ヤクザの若旦那。
    「まずは……俺達の体に印刷された……マイクロマシン・タトゥーを焼く」
    「い……いやだ……やりたくない……」
    「私もです」
    「私も……」
    「おい、お前ら……ここから逃げたくないのか? このまま善人に改造されたいのか?」
    「で……ですけど……」
    「『正義の味方』どもは……俺達を『正義』が支配する世界でしか生きていけねえ奴に改造しちまうつもりだ。けどよお……いつまでも『正義』が支配する世界が続くと思うか?」
     多分……続くだろう。だが……俺と同じ根が「悪」の奴なら……。
    「あ……多分……いつか、昔に戻る気が……」
    「言われてみれば……」
    「そうですね……」
     そうだ……根が「悪」の奴は「悪」こそが「現実的」だと傾向が有る。
    「いつか……世の中が元に戻った時に……俺達は、その世の中に適応出来なくなる。逃げるぞ……ここから……。そうしないと俺達に未来は無い」
    「でもさ……ここには、『正義の味方』と『悪党』が入り混じってる。あんたが、俺達を引っ掛けようとしている『正義の味方』じゃない証拠は有るのか? そして、このメンバーの中に『正義の味方』が入ってる保証も……」
    「有る」
    「どう云う事だ?」
    「ここに居る『正義の味方』と『悪党』を見分ける方法は有る」
    「どんな方法だ?」
    「いいか……それを教えてやるには……お前たちの『悪』としての誇りを捨てる必要が有るぞ」
    「何で?」
     まだ判ってないらしいヤクザの若旦那。
    「いや……私には『悪』の誇りなんて大して……」
    「私もです」
     おっさん2人も判ってないらしい……。
    「でも……本音では、ここから逃げたいだろ」
    「はあ……」
    「どっちかと言えば……私も……」
    「僕は……正義も悪も大して関心は無いですが……言われてみれば、ここから逃げた方がいい気がします……」
     まだ、デレ〜っとしてるが、何とか正気を取り戻した「教祖サマ」……。いや……こいつの場合、何が「正気」か良く判んないが。
    「俺は逃げるぞ……。ここに有るのは『偽りの正義』だ……。真の『正義の味方』であるクリムゾン・サンシャインは奴らに殺された……。だが……俺が、その遺志を継ぎ……」
    「う……うるさいッ‼ お前が……あの『クリムゾン・サンシャイン』の名前を口にす……」
    「はいはい、落ち着いて……。あのさ……このオッサン、ひょっとして、『正義の味方』オタク?」
    「ああ……。四十も後半になって、それまで働いてた会社辞めて……『正義の味方』になろうとしたけど……どうやって他の『正義の味方』とコンタクトを取っていいか判んないまま……結局、下っ端ヤクザになった」
     ……な……なんだそりゃ?
    「つまりは……そう言う事だ……。ここに居る『正義の味方』と『悪党』の見分け方は……早い話がそれだ」
    「だから、どう云う事だよ? 何が言いたいんだ?」
    「『正義の味方』は小利口で、『悪党』は阿呆か間抜けかだ」
     一同は、それを聞いて……しばし何かを考え……。
    「同志……」
     ヤクザの若旦那は、そのセリフと共に、俺に右手を差し出した。
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    2021/10/15 15:52:32

    第一部「安易なる選択−The Villain's Journey−」/第一章:Escape Plan

    現実と似ているが「御当地ヒーロー」「正義の味方」によって治安が維持されている世界。
    その「正義の味方」が始めた新しい「商売」である「悪の組織からの足抜けと社会復帰の支援」を利用して、落ち目になった自分の組織の「お宝」を他の組織に売り渡し、輝かしい第二の人生を始めようとしたある悪の組織の幹部(ただし、幹部の中でも下の方)。
    しかし、のっけから事態は予想外の方向に……。

    「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。

    #ヒーロー #ディストピア

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