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    第二章:IN THE HERO全選手入場ッッッッ!!!!!!!!高木 瀾(らん) (1)関口 陽(ひなた) (1)高木 瀾(らん) (2)関口 陽(ひなた) (2)高木 瀾(らん) (3)関口 陽(ひなた) (3)高木 瀾(らん) (4)関口 陽(ひなた) (4)関口 陽(ひなた) (5)高木 瀾(らん) (5)高木 瀾(らん) (6)関口 陽(ひなた) (6)関口 陽(ひなた) (7)高木 瀾(らん) (7)関口 陽(ひなた) (8)高木 瀾(らん) (8)関口 陽(ひなた) (9)関口 陽(ひなた) (10)全選手入場ッッッッ!!!!!!!!『では、本日の「寛永寺僧伽」と「入谷七福神」の「決闘」のルールを説明します』
     どうやら、司会の男性は島内のCATVのローカル・ニュース・チャンネルのアナウンサーらしい。
    『皆様も御存知の通り、この「台東区」に一番近い「東京」である「千代田区」において警察および自警団全てが事実上壊滅すると云う事件が起きました』
     ……お……おい、まさか、この「決闘」の理由は……。
    『残る3つの「東京」の計十個の自警団が協議を重ねました結果、「千代田区」の治安は我が「台東区」の「上野」地区の自警団である「寛永寺僧伽」と「入谷」地区の自警団である「入谷七福神」が担当する事に決りました』
     ……そう云う事か……。「千代田区」との船便が本格的に回復したら、まずは、警察や「本土」の「御当地ヒーロー」ではなく、他の「東京」の自警団が、「千代田区」を自分達のモノにするもりな訳か……。
    『そして、どちらの自警団が、どの地区を担当するかは本日の決闘で決める事となります。ルールについては、少々複雑になりますが……まず、各「自警団」より代表選士を5人出し、1対1の戦いを5戦行ないます。副将戦までの4戦の勝ち数が各自警団が担当する地区の数となり、大将戦で勝利した自警団が、先にどの地区を担当するかを決める権利を得ます』
     その説明と共に、広場に設置された大型モニタ、そして、島内のCATVの番組とネット配信で、シミュレーション映像が流される。
     例えば、副将戦までで一勝しか出来なかった方が大将戦で勝てば……その「自警団」は1つの地区しか取れないが……その1つの地区をどれにするかは好きに選ぶ事が出来る。また、副将戦までで、二勝二敗の場合は……どちらも2つの地区を得る事が出来るが、好きな地区を選べるのは大将戦で勝った方と……。
     いや……ちょっと待て、と思った次の瞬間、私が思い浮かべた疑問の答を司会が説明した。
    『なお、副将戦までで、片方が4勝した場合は……それまでゼロ勝だったチームの大将が5分以内に相手チームの大将に勝利した場合に限り、逆転……つまり、それまでゼロ勝だったチームが4つの地区全てを手にする事が出来ます』
     なるほど……「祭」としてのエンタメ要素を入れて一般公開されている……利権争いと云う訳か……。
    『各試合の勝敗条件は、審判が一方の選手を戦闘不能と判断した時、一方の選手が降参をした時、セコンドによるタオル投入、そして反則負けとなります。なお、今回の決闘での「審判の判断」は「主審の判断」または「副審2名の判断が一致する」の少なくとも一方の条件を満たす場合と云う意味となります』
     そう言えば……審判って何者だ?
    『なお、武器・魔法の使用を含め、一切の攻撃または防御を認めますが……観客に危険が及ぶ可能性が一定以上の攻撃または防御を行なったと審判が判断した場合は反則負けとなります』
     なるほど、つまり、銃器はNG、弓矢もNG、爆弾もNG、毒ガスもNG……観客が居る理由の1つは「攻撃手段の制限」の為か。
    『では……代表選士及び審判の紹介です』
    「ドローン1から6、ウチの選士と相手の選士のバストショットの撮影準備お願いします」
     私達、撮影スタッフの居るテント内ではリーダーの久留間さんが支持を出していた。
    『先鋒は、各「自警団」より二〇歳未満の「期待の新人ルーキー」を選んでいただきました。「寛永寺僧伽・元光院」所属、守護尊「摩利支天」、篠原ささのはら千晶ちあき。そして、「入谷七福神・大黒天班」所属、修験道当山派、守護尊「金剛蔵王権現」、関口ひなた
     関口はオレンジ色と赤紫色に塗り分けられたスカジャンにニット帽、相手は金に染めた五分刈りの髪に白いTシャツ、やや細身で背は高めの女だった。
     ドローンが撮影した2人の映像は、瞬時に切り取られて横に並び、名前や肩書の説明が合成され、ネットで生配信される。
    『次鋒。「入谷七福神・福禄寿班」所属、イザナミ流、大西アカネ。「寛永寺僧伽・眞如院」所属、守護尊「文殊菩薩」、落合晴香。中堅。「寛永寺僧伽・護國院」所属、守護尊「烏枢沙摩明王」、後藤昭二郎。「入谷七福神・毘沙門天班」所属、降魔拳法天雷流、土屋大河』
     次鋒は女性VS女性、中堅は大柄な男性同士……だが……。
    「う……うそ……」
     何故か、撮影スタッフの中から、私の気持ちを代弁したような声がする。
    「中堅戦で、もう『院主』が出て来るのかよ……」
    「あの……『院主』って?」
    「あ……君、『本土』から来たバイトさんだっけ……。要は幹部クラス……。ヤクザで言うなら……二次団体組長とか本部直参って所かな」
    「その喩え、判りにくいよ」
     別のスタッフからツッコミ。
     しかし、私は別の事に驚いていた……。あの「寛永寺僧伽」の大男知ってる……。「千代田区」で8月と先月に起きた事件で思いっ切り関わった。向こうは……こっちの顔は知らないだろうが……声は覚えられてる可能性が有る。
     まぁ、流石に見付かる事は無いだろうが……。
     続いて、副将と大将、そして、引き分け試合が有った場合の予備選手各2名が紹介された。
    「ヴィジュアル的には、ウチの勝ちだな」
    「ああ、結構な数同士の団体戦だったら『寛永寺』の方の、同じような格好のヤツがズラっと並ぶ方がインパクト有るけど……1対1が5戦だと……向こうは、誰が誰か判んなくなる」
     確かに、「寛永寺僧伽」の方は、男女問わず全員が短髪にゴツい数珠で、それ以外の服装の規定は無いようだが、何故か似たような格好。一方、「入谷七福神」の方は、背中に七福神が乗った宝船が描かれたスカジャンが「制服」のようだが、そのスカジャンの色や細かいデザインは、人によって違う。
     二〇対二〇ぐらいなら、似たような格好のがゾロゾロ居る「寛永寺僧伽」の方が威圧感が出るだろうが、今回のような5対5では……「入谷七福神」の方が華やかで、言わば各人の「キャラが立ってる」ような印象を与える。
    『続きまして、主審と副審をご紹介します』
    「ドローン7番、紹介に合わせて、主審の周囲をグルッと回って」
     おっと、私だ。
    『主審。「浅草」地区自警団「二十八部衆」摩睺羅』
     中肉中背だが、筋肉質の体の浅黒い肌の目の鋭い三十代半ばの男。白いツナギに地下足袋、上着代りの黒い法被はっぴの背中には……ニシキヘビの頭に人間の体、手には何故かエレキギターを持っている怪物がインドの宗教画風のタッチで描かれている。
    『副審。「新宿」区自警団「四谷百人組・甲賀組」副組頭、藤井詩織』
     袴姿で、腰に大小二刀を差している……多分、三十前のポニーテールの女性。
    『同じく副審。「渋谷」区自警団「原宿Heads」チーム「Victory&Jewel」リーダー、MC富三郎』
     一見、太り気味で身長やや高め、ダブタブのジャージも、帽子も、スニーカーも全て白で統一した、サングラスに口髭の気怠そうな三十過ぎの男。
     ……だが……。
     何か……違和感が有る……。妙に姿勢がいい……。
    「あの……ひょっとして、この副審、バリバリ体動かせたりします?」
    「あれ? 知ってんの?『本土』のブレイク・ダンスのコンテストでも、何度も優勝してるみたいだよ」
    高木 瀾(らん) (1)『何が起きたのか不明ですが……「魔法」同士の激突で、関口選士が優勢になったようです』
     何故か、2人が、ほぼ同時に同じ呪文を唱える。
     対戦相手は錫杖を振り降す。
     関口は、印を結んだまま、突っ立ってる。
     そして、何も起きない。
     対戦相手は、一瞬の驚愕の後に怒りの表情。
     関口は相手を挑発。
     司会だけじゃなく、私にも何が起きたか判らない。
    「あの……魔法勝負をネットやCATVで中継するってコンセプトそのものに無理が有りません?」
    「か……かもね……」
     霊的・魔法的な存在や「気」は、基本的にカメラに写らない。
     当然だ。物理的な実体も無ければ、光も出さないのだから。
     その手のモノを認識出来る人間からすれば……凄い事が起きてるのかも知れないが……ドローンに搭載されてるカメラ越しに見てる私達からすれば……はっきり言って、どう反応していいか判らない。
    「あの〜、関口さんの中指おっ立てた手、モザイクかけます……?」
     その時、撮影スタッフの1人が、そう聞いた。
    「いいよ。今時、ディズニー映画で、1分に1回『FUCK』を連発したって、PG−13にすらならない御時世なんだから」
     久留間さんは、そう答える。
     だが、その時。
    「あ……マズい」
     対戦相手が錫杖を振るが……その先端の速度が異常だ……。棒を振ると言うより、鞭か鎖分銅でも振った速度に近い。
     更にマズい事に、関口は、その攻撃を避ける為に……。
     馬鹿野郎、最初の内は躱せるが、その内、ジリ貧になるぞ……。
    関口 陽(ひなた) (1)「試合ッ‼ 開始ッ‼」
     主審がそう告げる前から、私と対戦相手は「気」を溜めていた。
     相手の武器は錫杖。リーチは私のハンマーより少し長いが……威力は、こちらが上だろう。
     だが、今はどちらの武器も届かない……。
     相手は錫杖を両手で持ち、剣道の「八双」に似た構え。
     そして、私は……。
     ハンマーを横に置き、印を組む。
     その印を見た瞬間、相手の表情が険しくなる。
    「オン・アニチ・マリリエイ・ソワカ」
     私と相手は、ほぼ同時に、同じ真言を唱えた。
     相手は裂帛の気合を込めて。私は自分の心を落ち着けるように。
     そうだ……私が組んだ印は……相手の「守護尊」である「摩利支天」の印。
     目的の半分は……相手を挑発する為。もう半分は……。
     相手が振り降した錫杖の先端から、モノ凄い「気」が放たれる。
     しかし……。
     その「気」弾は目標を見失い明後日の方向に飛んでいくと、やがて消えた。
    「お……お前……ふざけた真似を……」
     私は、更に挑発する為に、中指を立てた右手を見せて、舌を出す。
     摩利支天は「戦いの女神」であると同時に「隠形」の呪法の本尊。
     まぁ、もっとも、この手の神や仏が存在している証拠は、有るとしても、ごく少数の例外的な傍証のみで、私達、密教系の術者の間では「○○が守護尊」「この呪法の本尊は××」と云うのは、どう云う系統の術が得意か、とか、その術は、どんな系統のモノかを示す「記号」に過ぎない。
     相手は、自分の「守護尊」である摩利支天と合一したかのように……言ってみりゃ自己暗示をかける事で、「気」弾の威力を上げた。
     しかし、「気」弾は、昔のマンガに出て来る「かめはめ波」とやらとは違って、一種の呪詛。相手の気配を見失えば、明後日の方向に飛んでいく。
     そして、私は摩利支天の呪法で、ほんの一瞬だけだが……自分の気配を隠した。
     相手は冷静じゃいられないだろう。自分の「守護尊」の呪法で……つまり自分の得意分野の呪法で、自分の攻撃を無効化されたのだから。
     とりあえずは、試合の主導権は、私が握れたようだ。ランみたいな空気読まない上に、何をするか予想出来ないヤツには通じない手だが……。
     けど、その時……耳に入れてる小型イヤフォンから声が聞こえてきた。
    『こちら、「祭」の運営本部。あのさ、「気」はカメラに写らないんで、2人とも、もっとカメラ映えする戦い方してくれる?』
    高木 瀾(らん) (2)「おい、何で、ウチのアカウントで対戦相手の方が格好良く見える動画を流してんだッ?」
     いきなり撮影チーム用のテントに、『入谷七福神』の関係者らしい中年男が怒鳴り込んで来た。
    「えっと……それは……その……」
    「誰がやったッ⁉」
    「私のアイデアです」
     そう言って私は手を上げた。
    「……誰……?」
    「撮影のバイトです」
    「バイトが、何、勝手な事やって……」
     ところが続いて……。
    「あの……ウチのエラいさんが……試合の様子をコマ落しして動画サイトで流すのは卑怯じゃないか? ってうるさいんで、やめてもらえますか?」
     そう言って来たのは「報道」の2文字の間に菊と仏教の法具の輪宝を組合せたマークが描かれた腕章を付けた、三十過ぎの太り気味の気の弱そうな男性。
     多分……「寛永寺僧伽」側の撮影スタッフなのだろう。
    「へっ?」
    「いや、だって、ウチの選士の武器の正体が丸判りでしょ」
    「あの……この試合って、セコンドとかチームメイトが助言するのも反則ですか?」
    「いや、そりゃ、反則じゃないけど、撮影スタッフはセコンドでもチームメイトでも無いでしょ。……ってか、誰?」
    「バイトです」
    「バイト?」
    「おい、だから、何でバイトが話をややこしくするような真似を……」
     ところが、ところが、更に続いて……撮影スタッフ用のテントに慌てて駆け込んで来た人が……。
    「すいません、関口選士から無線連絡です。関口選士が連れて来た撮影のバイトに代ってくれって……」
    「何で?」
    「何で?」
    「何で?」
    (以下略)
     …………。
     撮影スタッフほぼ全員と、怒鳴り込んで来た中年男と、クレームを入れに来た相手チームの撮影スタッフが、ほぼ同時に、同じセリフを口にした。
    「はい」
    『おい、お前なら判るだろ、あの錫杖の正体は何だ? お前なら、どう戦う?』
    「時間が無いんで、敬語抜きで手短に言うぞ……」
     わざとコマ落しをしたカクカクした中継動画の中で、関口の対戦相手が振っているのは……錫杖に見せ掛けた、中国武術のある武器に良く似たモノだった。
    関口 陽(ひなた) (2) まぁ、確かに、今までの戦い方じゃ、「観」えないヤツには何が起きてるか判んないよな。
     私は武器であるハンマーを手にし……うわっ⁉
     次の瞬間、相手は間合を詰め、片手持ちした錫杖を横に振る。素人のような動き……だが、物凄い風切り音。
     目にも止まらぬとは、この事だ。何とか後に飛び去って避けたが……追撃。
     動きは単純……。相手の足の速さも、腕を振る速度も……こちらが目で追えないほどじゃない。なのに、錫杖の攻撃だけが見えない。
     風切り音だけを頼りに攻撃を回避し続けるが……。マズい……相手の攻撃の動作より、私が回避する動作の方が大きい。
     攻撃を避け続けても、先にスタミナ切れになるのは私だ……。
     更に謎の攻撃の合間に「気弾」を撃たれる。……これも何とか防ぎ続けているが……。
     気・魔力・霊力の類を感じられるのは……相手の「気弾」と……どうやら、私を「観」ている客席などに居るらしい同業者だけ。
     つまり、この目にも止まらぬ攻撃は、魔法・呪術に依るモノじゃない。物理的な技だ。
     クソ、ついさっきまで、試合の主導権を握ったと思ってたのに、早くも立場が逆転。
    「ごめん、私が連れて来た撮影のバイトを、すぐに無線に出して」
     私は、そう無線連絡。
    『えっ?』
    「早くッ‼」
     まだ謎の攻撃は当たってないが……こっちはどんどんジリ貧になっていく。
    『はい』
    「おい、お前なら判るだろ、あの錫杖の正体は何だ? お前なら、どう戦う?」
    『時間が無いんで、敬語抜きで手短に言うぞ……私なら、1〜2発被弾するのを覚悟の上で、相手の懐に飛び込む』
     聞くんじゃなかった……何故、その手が有効なのかは判んないが……あいつみたいな命知らずじゃなきゃ無理な戦法……くそ、もうヤケだ。
     私は、守護尊である金剛蔵王権現の「種子」を頭の中で思い浮かべる。
     そして……「火事場の馬鹿力」を引き出す呪法が発動。
    「おりゃあああああッッッッッ‼」
     相手との距離を詰めるが、もちろん、相手の攻撃を被弾……って、あれ?
     思ったより痛くない。
     ほんの一瞬だが、相手の動きが止まる。
     そうか……「速度」と「重さ」の違いは有っても……私のハンマーと同じく、「先端ほど威力が有る」武器だったのか……。
     判ってみれば単純だ……。
     相手は杖術や棒術の使い手じゃなくて、鞭か鎖分銅の使い手だと思って戦えば良かっただけか……。
     もっとも、その「だけ」が結構難しいが、でも、カラクリが判ってるのと判ってないのとでは大違いだ。
     私は、相手の武器である……錫杖に見せ掛けた多節鞭を掴んだ。
    高木 瀾(らん) (3)「おい、セコンドだかコーチだかを撮影チームのバイトのフリさせて雇うって、いくら何でも反則だろッ‼ セコンドやコーチならセコンドやコーチとして登録しとけッ‼」
     今度は、向こうの撮影チームの人間から連絡を受けたらしい、「寛永寺僧伽」のエラいさんらしき初老の男が怒鳴り込んで来た。
    「うるさい、そんなルールどこに有る?」
    「今まで誰も思い付かなかったズルだからって、ズルして良い訳無いだろッ‼」
    「あの……じゃあ、私、撮影スタッフとしてのバイト代以外に、セコンドとしての報酬ももらえるんですか?」
     周囲は睨むヤツに頭を抱えるヤツ。
    「だ……大体、君、一体全体、何者なの?」
     久留間さんが、私にそう聞いた。
    「おい……お前……何言ってる?」
     今度は「入谷七福神」のエラいさん。
    「い……いや……関口さんの知り合いって以外は、本当にボクも、この子が何者か知らないんですよ。……あの……『正社員』の方達も、何も知らないんですか?」
     ……。
     …………。
     …………………。
    「そもそも、お前、誰だ?」
    ひなたちゃんの友達の『本土』の女子高生ですぅ♥」
     ……。
     …………。
     …………………。
    「あ……案外、受けませんでしたね」
    「チベットスナギツネみたいな顔と大真面目な口調で『ですぅ♥』とか言われても……」
    関口 陽(ひなた) (3) 私が掴んだ多節鞭を引っ張ると、相手も引っ張り返す。
     良く有るチキンゲームだ。
     手を放すのが遅れた方がバランスを崩して負け。
     だが、よりポイントの多い「勝ち」にするには……すぐに手を放すのは駄目。
     そして、多節鞭が千切れたら引き分……あれ?
     相手は、錫杖に見せ掛けた多節鞭の石突をひねる。
     次の瞬間、多節鞭は錫杖に逆戻りし……。
    「えっ?」
     私の両足が地面から離れる。
    「うおおおおッ‼」
     相手は雄叫びと共に、私の体ごと錫杖を振り回し……。
     向こうも、私と同じく「火事場の馬鹿力」を引き出す呪法が自己暗示を使っているらしい。
     私は錫杖に戻った多節鞭から手を放し着地。
     相手の突き。
     何とか避ける。
     続いて薙ぎ払い。
     ギリギリ避ける。
     こっちの攻撃。
     受け流される。
     間合を詰められローキック。
     思わず膝をつく。
     頭を狙って錫杖が振り降される。
     ハンマーの柄で何とか防ぐ。
     錫杖が多節鞭だった時の素人みたいな動きじゃない。
     達人とまでは行かないが……ちゃんと訓練をしたヤツの動き。
     この卑怯者が。
     奇策と仕込み武器は……実は普通に戦っても強い事を隠す為だった、って事か。
     並のヤツは多節鞭でやられ……多節鞭の攻撃に対処出来たヤツも……「こいつは奇策頼りだ」って事による油断を突かれる訳か……。
    高木 瀾(らん) (4)「あのさ……どう見ても、相手の方が近接戦闘の技量は上だぞ。何で魔法使わない?」
    『祭の運営から「カメラ映えする戦い方しろ」って言われてんの』
     ややこしいな……。
    「相手が、まだ、お前を舐めてるから助かってるだけで……棒術と多節鞭を切り替える戦い方をされたら、絶対にお前の腕じゃかなわないぞ。相手が油断してる内に何とか……」
    「待て、そんな塩試合したら客がブーイングの嵐だぞ」
     私のアドバイスに対して、何故か関口の味方から苦情……。
    「これ、勝つのが目的ですよね?」
    「強さをアピールした上で勝つのが目的なの。勝てりゃいいってものじゃない」
     ここまで意味不明な「勝てりゃいいってものじゃない」を聞いたの、生まれて初めてだ。
    「この『祭』のそもそもの目的は、相手チームに勝つのと、見世物として面白くするのの、どっちですか?」
    「両方」
    「あの……まさか、わざと両チームが事前に打合せて、大体、同じぐらいの力量で、似たような戦い方のヤツ同士が当たるように調整してます?」
    「当り前だろ」
    「何で? 何が『当り前』?」
    「両方の『自警団』の宣伝と、『祭』による観光収入も、この決闘の目的なんだよ」
     ……駄目だ、こりゃ。見世物かガチンコか、コンセプトを明確にしてくれ。
     ……いや待てよ、なら……。
    関口 陽(ひなた) (4) ランの言う通り、相手が私を舐めてくれてるから、まだ、無事で済んでる。
     冗談抜きで、魔法無しだと、私の全力が3〜4に対して、油断してる状態の相手が6〜7ぐらいの感じだ。
     相手の油断を突くにしても、一撃で倒せないと……多分、その後は更に苦しくなる。
    『ええっと、もし、負けたとしても、そっちの「自警団」の宣伝になればいいんなら……』
    「何だ?」
    『見た目だけは派手な奇策って、何か無いか?』
     とうとう、ランまで適当極まりないアドバイスを……いや、待てよ……。
     一端、何とか、相手と距離を取る。
    「セコンドから、いいアドバイスでももらったか?」
    「まあな……」
     私は武器であるハンマーを大きく振り上げ……ハンマーの先端を背中に隠す。
     相手は鼻で笑い、錫杖を再び多節鞭に変え、高速で振り回し始め……。
    「おりゃああ……」
     私は全力で……ハンマーを叩き込む。
     相手ではなく、地面に。
    「なっ?」
     コンクリにヒビが入り……私の体は反動で浮き……。
     片手でハンマーの柄を持ったまま、相手の顔を狙って飛び蹴り。
     相手は、思わず多節鞭を捨てて、両手をクロスさせ顔を守る。
     顔にこそ当らなかったが、相手の体は蹴りの衝撃で後退。
     私もハンマーから手を離し、相手との距離を詰め……体を掴み……。
    「うおおおお……ッ」
    「なっ?」
     私は、相撲のすくい投げみたいな感じで、相手の体を地面に叩き付ける……。
     地面と言ってもコンクリだ。
     相手がダメージで立ち上がれない内に、再び、ハンマーを手にして……。
    「はい、『参りました』は?」
    「ふ……ふざけるな……」
     だが、その時、相手のセコンドが、タオルを投入した。
    関口 陽(ひなた) (5)「どうよ、ランちゃん、少しは私に惚れてくれたか?」
     試合が終った後に、撮影チームのテントに顔を出して、そう言うと、ランは面白くもなさそうな顔をして立ち上がり……。
     私の胸倉を掴むと……。
    「あ……やっぱり、こう云ういじり方はムカツいたりする?」
    「相手を投げた時の掴み方がなっちゃいない」
    「へっ?」
    「あの掴み方だと指を脱臼する危険性が有る。少々、握力を鍛える必要が有るけど、こっちの方が安全だ」
     そう言って、私の服を掴んでいる自分の右手を、左手の指で指差した。
    「あ……ああ、そう……。気を付けるわ……」
    「おい……関口」
     えっと……まさか……。
     声がした方向を見ると、不機嫌そうな中年のオッサン……早い話が、ウチの自警団「入谷七福神」の中でも私が所属してる「大黒天班」の……まぁ、№4ぐらいである石井さんが、すげ〜不機嫌そうな顔に……って、何で、撮影チームのテントに、この人が居るんだよッ⁉
    「お前の連れて来た、その『バイト』が、一体全体、どこの何者なのか、後で、ゆっくり説明してもらうからな」
    「え……ええっと……その……」
    「あの……ところで次の試合、どうするんですか?」
     その時、撮影チームの1人が、撮影チームのリーダーである久留間さんに、そう聞いた。
    「えっ?」
    「だって、聞いてませんよ。第2試合が……ここまでカメラ映えしない人達同士だなんて」
    「あの……聞いてないって、どう云う事?」
    「ホントに、ボク達、撮影チームは、聞いてなかったんですよ。今日になるまで、試合に出場するメンバーが誰か……」
     ランは……駄目だこりゃ、と言いたげな表情で、天を仰いでいた。
     おい、私の試合中に、一体全体、撮影チームで、何が起きたんだ?
    高木 瀾(らん) (5)「で、今、試合やってるウチの自警団の次鋒は『イザナミ流』って民間信仰系の流派で……使ってる用語や呪文からして陰陽道系ぽいんだけど、江戸時代には陰陽道の宗家だった土御門家から陰陽師の免許をもらってなくて、それどころか、二〇世紀末に陰陽師が出て来る小説や映画やマンガがメジャーになるまで『陰陽師』『陰陽道』って単語そのものを良く知らなかったらしい」
    「へぇ……」
    「で、陰陽道で云う『式神』の事を『式姫』って呼んでるそうだ。今、飛び交ってるヤツがそれ」
    「ふうん……」
    「そして、相手は『護法童子』を使役する術が得意なヤツ。今、目の前で起きてんのは、合わせて二〇か三〇の『式姫』と『護法童子』の戦いな訳よ」
     関口は、そう解説してくれるが……。
    「悪い。気配っぽいモノは感じられるが……見えない」
    「……」
    「『見える』ヤツにとっては、凄い光景なんだろうけど……私は見えないし、カメラにも映らない」
    「……えっと……」
    「ネット配信だと……ブーイングの嵐だよ……。どうしよう、これ……」
     そう言ったのは、撮影チームのリーダーの久留間さん。
     ネット配信とCATVで「魔法使い」同士の5番勝負を生中継する事は決っていたのに……肝心の撮影チームに「第2試合は、どう考えてもカメラ映えしない戦い方をする者同士」と云うのは、今日になるまで伝えられてなかったらしい。
     撮影用のドローンに搭載されてるカメラに映っている……ついでにネット配信されている映像の中では……2人の女性が距離を取って、印を結んで、何か呪文を唱えている光景が、映し出されていた。
     試合が始まってから、今まで、ずっと……。
     だが……その時、両方の選手の表情が変り……。
    「え……おい……?」
     何故か、関口が試合場に向けて飛び出して行った。
    高木 瀾(らん) (6) 両方の「自警団」の者達が次々と試合場に乱入し、呪文を唱え始めた。
     しかし……私には魔法的・霊的なモノは……気配ぐらいは感じられるが見えないので、何が起きてるか判らない。
    「あの……変なモノが……」
     撮影スタッフの1人が手を上げる。
    「何?」
    「勝手に試合の様子を撮影して、ネットで生配信してるヤツが……」
    「今、そんな事言ってる場合じゃ……」
    「それが……その……」
     私は、そのスタッフの席まで行くと……。
    「これ……合成ですか?」
    「いや……判んない……」
     何者かがネットで生中継している動画には……目の前の広場の様子が映されていた。……私には見えない「式姫」と「護法童子」らしい「何か」と……その暴走を止めようとして放たれているらしい「霊力」「気」と思われるモノも含めて……。
    「カメラの有る場所は判ります?」
    「多分……あの辺り……」
     そのスタッフは客席の一点を指差す。
     だが……私は、ある事に気付いた。
    「何ですか、この変な光……?」
     映像の中に、時折、「式姫」や「護法童子」とは関係ないらしい妙な「光」が映る。
     どうやら、その「光」の発生源は……試合場とカメラの間。
    「わかんない……。レンズフレアともハレーションとも違う……」
    「あと……この光の光源……どこですか?」
    「えっ?」
    「だって……『式姫』だが『護法童子』だからしいモノは……この光の光源の手前に居るように見えるんですけど……それ以外の、例えば選手なんかは、この光の向こう側に居るように見えるんですが……」
    「あっ……確かに」
     それに……。
    「久留間さん……ちょっと、これ見てもらっていいですか?」
    「な……何?」
    「この映像……何か……素人っぽく思えるんですか……何故、素人っぽく見えるかは……巧く説明出来なくて……」
    「ちょっと待って……」
     久留間さんは、映像を眺めながら、しばらく考え……。
    「無い……ほとんど無い……」
    「無いって、何がですか?」
    「カメラワークだよ」
    「えっ?」
    「カメラの向きは多少は変る事が有るけど……カメラそのものは……多分、位置が固定されてる」
    「じゃあデカいカメラとか?」
    「いや……多分だけど……映り方からして小型カメラの望遠モード。携帯電話ブンコPhoneのカメラだとしてもおかしくない」
    「なら……客席ですか?」
    「違う……撮影場所は……結構高い……あ……っ」
     謎は、次の瞬間、簡単に解けた。
     画面に映ったのは……。
    関口 陽(ひなた) (6)「何が起きてんですか、これ?」
     私は、試合場内に飛び込み、ウチの選士である大西さんに、そう聞いた。
    「判んない。多分、だけど……」
     突然、試合中の2人が使っている「式姫」と「護法童子」が暴走。客席目掛けて一直線に……。
     いや、待て、全部同じ方向って事は、ある特定の目標に向かっているのか?
    「誰かが、あたし達を『観』てた。そいつの『視線』を攻撃だと判断したんだと思う」
     なるほど、向かってる先に居るのは、そいつか……。
    「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカっ‼」
     先月末の「千代田区Site01」の事件の時に、とっさに編み出した呪法。
     それで客席より少し内側に「結界」を張る。
    「つくづくムカツくヤツだな……」
     その時、聞き覚えの有る声。
     いや、ついさっき聞いた声だ。
    「私が得意な呪法を、私が今まで思い付かなかった使い方をするとはな……」
     さっきの試合の私の対戦相手だ。
    「ああ、もっと誉めろ」
     私が使ったのは、言うなれば「逆隠形結界」。結界内に居る霊的存在から、結界の外のの「気配」を隠す呪法だ。
    「やっと鎮まって……えっ?」
     私が張った「逆隠形結界」に干渉している者が居る。
    「何者だ、一体……?」
     マズい……。あと1分、結界が破られなければ……御の字だ。
    「判る事は……この騒ぎを引き起したヤツは、とんでもない霊力を持ってる。しかし、その霊力を使えるがコントロールは出来てない。そして、力は凄いが……魔法のイロハも知らない」
    「待て、そんなヤツ……居たとしても……」
    「ああ……そんなヤツが居たとしても、普通は、霊力を使えるようになったが最後、早い内に、自分の力で自滅する……。でも……そんなヤツだと仮定しないと説明が付かない」
    「2人とも、『式』や『護法』との『縁』を切れっ‼ そして……他のヤツも、何が起きても『式』や『護法』のたぐいは使うなッ‼」
     その時、試合場に主審の声が轟いた。
    関口 陽(ひなた) (7)「おい、本部。すぐに、客を逃がせ。これから、何が起きるか判んねえぞ……ああっ?」
     主審である「二十八部衆」の1人・摩睺羅は、無線で連絡している。
     が……すぐに苦い顔になって舌打ち。多分……「祭」の本部からの返答は……「観客を逃す手順など考えてない」だったのだろう。
    「おい、そこの2人、何で、まだ、手前てめぇらの『手下』との『縁』を切ってねぇ?」
    「いや……でもっ……」
    「そ……そうですよ……」
     無茶な要求だ……。あれだけの『式』や『護法』を支配下に置くまでに、どれだけの手間がかかった事か……。
     「縁」を切れば……多分、年単位の時間と、とんでもない労力が全て無駄になる。
    「もう、この結界は持たねえぞ。手前てめぇらの『手下』が、また、暴走したら……」
     言い終る前に、結界が破れた。
    手前てめぇらが『呪詛返し』で死ぬ事になっても……」
     「摩睺羅」の気が高まる……。
    「容赦なく、手前てめぇらの『手下』をブッ殺すぞ」
     『式姫』と『護法童子』達は、何者かの『視線』を感じたようで……。
    「しゃっ‼」
     「摩睺羅」の口から、蛇が獲物を威嚇するような声。
     その口から……とんでもない量の「気」。それが蛇のように蛇行しながら……次々と「式姫」と「護法童子」を撃墜していく。
    「てめぇ……‼」
    「何しやがるっ?」
     「式姫」や「護法童子」の暴走を鎮めようと試合場に入ってきた、ウチと「寛永寺僧伽」のメンバーが次々と「摩睺羅」を攻撃。
     多分、「摩睺羅」のやった事は「正しい」のだろう。だが、人情としては……「縁」を結んでいた「式姫」や「護法童子」を皆殺しにされた、大西さんと対戦相手は「呪詛返し」と呼ばれる「反動」のせいで、口や鼻や目から血を吹き出しながらもがき苦しんでいたのだから……。
     けど……。
    「あ〜っ、マズい……っ‼」
    「あ〜あ……お互いに阿呆な先輩パイセンどもを持ってしまったようだな……」
     「摩睺羅」を攻撃する為に呼び出された「式」や「護法」は次々と……謎の「視線」を「攻撃」と認識して暴走を始め……。
    「えっ? あれ、どうなってんだ?」
    「あのさ……お前らんとこの撮影用のドローンには……霊が映るカメラでも搭載されてんのか?」
    「馬鹿言え、そんなカメラなんて聞いた事も無い」
     その時、何故か、その手のモノを映す事が出来ない筈の撮影用ドローンが、次々と、暴走した「式」や「護法」の跡を追い始めた。
    高木 瀾(らん) (7)「おい、どうなってる? 何で、ドローンが『式』や『護法』が向かってるのと同じ方向に向かってるんだ?」
     撮影チームのテントに、関口が慌ててやって来た。
    「そっちこそ、どうなってる? さっきまでドツキ合ってたのに、もう仲良くなったのか?」
    「誰だ? この生意気なチビは?」
     関口と一緒にやって来たのは……さっきまで関口と試合していた相手。
    「頼む……これ以上、話をややこしくしないでくれ……」
    「そう言われても……私はいつも通りなのに、何故か、周囲が勝手にややこしい事になっていってるだけだ」
    「ああ、判った、話を戻そう……」
    「そもそも、見えないんで良く判んないんだが……誰かが呼び出した式神か何かが、あのドローンと同じ方向に向かってるのか?」
    「えっ?」
    「おい、それらしいトラックが動き出したぞ」
    「中継画面も……」
     その時、撮影スタッフから次々と声がした。
    「何だ……おい……?」
     当然ながら、関口は状況を把握出来ていない。
    「まずは、この生中継動画を見ろ」
     動画は、車の中……おそらくはトラックの助手席……から撮影されていた。
     時折、車の窓ガラスにより屈折・反射した光と……そして、車の窓のフレームが映る。
     そして……。
    「何だ、これは……? 霊的なモノを映せるカメラなんて……聞いた事も……」
    「いや、待て、これ……変だぞ」
     関口の試合相手は気付いたようだ。
    「これ……車の中か? でも、んだが……」
    「えっ?」
    「見ろ……式神らしきモノは……
    「ヒントは……この動画を生配信してるアカウントだ」
    「どこだ?……へっ?」
    「仮に……『霊を映せるカメラ』なんてモノを作る事が可能だとしても……何で、こんな所が?」
    「多分だが……まだ試作品レベルのモノだと思うけど……」
    「何だ? もったいぶるな」
    「これは『霊を映せるカメラ』と云うより……『霊が見える人間』が見た『霊』の姿を、カメラで撮影した映像と合成する為のシステムだ」
     カメラには式神だか何だかが映っている動画を生配信しているアカウントは……Q大理学部生物学科神経科学研究室……早い話が「脳科学」を専門にしているQ大の研究室だった。
    関口 陽(ひなた) (8)「ところで、疑問なんだが……『式神』なんかの姿は、この動画の通りなのか?」
     ランはそう聞いてきたが……。
    「実体が無いモノだから『姿』なんて無い。どう見えるかは人によって違うけど……」
    「まぁ、こう見えるヤツが居ても不思議じゃない、って所かな?」
     試合相手が補足。
    「あれ……これ……おい?」
     何故か突然「式」らしきモノが、何体か、苦しみ出し……いや、本当に苦しんでるのかは不明だけど、とりあえずは苦しんでるように見える映像。
     それに加えて、車の窓の外の様子は……。
    「この車……かなりのスピード出してないか……?」
    「運転も無茶苦茶乱暴そうだな……」
    「あ……信号無視しやがっ……おい……今……他の車を……」
    「待て……これ……」
     何故かカメラの向きが大きく変った。
     車の進行方向を軸に約九〇度回転。
     いや……窓の外の光景が約九〇度回転したと言うべきか……。
     そして、次の瞬間……中継が切れる。
    「上空からドローンで追ってる映像があれだ……」
     ランがそう言って別のPCのモニタを指差す。
     無茶苦茶だ……。
     横転して歩道のガードレールをブチ破り、近くの建物の外壁と激突したトラック。
     そのトラックに交差点で横から激突され、跳ね飛ばされたらしい軽自動車。
     更に、そのせいで周囲で次々と起きてる多重衝突。
     その時、ランの表情が変る。……どうやら、何か、妙な事に気付いたようだ。
    「すいません、あのトラックのタイヤを映してもらえます?」
    「えっ? ああ、いいけど……」
    「どうした……?」
    「イン・ホイール・モータだ……これ……」
    「イン・ホ……何?」
    「だから……タイヤ自体に電動モータが内蔵されてんの……。このトラック……EV電動車だ」
    「いや、最近、そんなの珍しくないだろ」
    「ところが、EVだと、ガソリン車やディーゼル車でエンジンが入ってる所にバッテリーを入れとくんだけど……一〇〇㎞や二〇〇㎞走行出来る容量のバッテリーでも、内燃機関式のエンジンほどのスペースは取らない」
    「なるほど、何となく判った……。ただ、ちょっと疑問が有るんだが……」
    「何だ?」
    「『ないねんきかん』って……どう云う意味?」
    「……」
    「……」
     ランと試合相手は……「やれやれ」と言った顔になった。
    「早い話が、EVだと、ガソリン車やディーゼル車でエンジンが入ってる箇所が、バッテリー格納部と荷物入れを兼ねてる。そして、その部分は大概は前面」
    「……ごめん、もっと手っ取り早く説明して……。ん?……前面?」
    「そう。EVだと……前面にデカい荷物入れ兼用のスペースが有って、正面衝突した時は、そこが変形して衝撃を弱めるような仕組みになってるの」
    「えっ? でも、このトラック、他の車にブツかった筈なのに……前の方が変形してないじゃん」
    「……だから、そこが、おかしいと言いたい……えっ?」
     その時、ドローンのカメラが閃光を映した。
    「待て……何で……
     だが、私がそう言った途端……。
    「い……いや……それどころじゃないぞ……どうなってんだ、これ?」
     突如としてトラックの中から放出された泡が炎を消し止めた。
    「スペースが有る筈の所が建物に激突しても変形してない。そして、が組込まれてる。なら、考えらえるのは1つだ……」
    「何?」
    「このトラック……とんでもない量のバッテリーが積まれてる。……つまり……かなりの電力を喰うモノが積まれてて、それを起動したまま走ってた」
    高木 瀾(らん) (8) その時、携帯電話ブンコPhoneの着信音。それも2つ。
    「あ……はい……」
    「了解しました。すぐ向います」
     関口と試合相手だった。
    「どうした?」
    「あの事故の現場で、とんでもない事が起きてる」
    「ドローンのカメラに映ってないって事は……まさか、この後に及んで『式』とやらを使ったヤツが居たのか?」
    「いや……それが……事故現場を中心に原因不明の心霊現象が次々と起きてるらしい……」
    「どう云う事だ?」
    「どう云う事かも調べに行くの……。あ……お前もすまんが、来てもらえるか?」
    「何で?」
    「『何で』って何で?」
    「だって、私が行って何の役に立つ? 暴漢が暴れてるなら、私でも対処出来るが……今起きてる事に関しては、気配は感じられても、見えないし、その手のモノへの攻撃や鎮圧の手段も無い」
    「あっ……」
    「巻き込まれた人達の避難誘導さえ出来ないぞ。どっちの方向から、どれ位の距離まで、どれ位ヤバいモノが近付いて来てるかさえ『大体』しか判らないんだぞ」
    「あの……先月末の事件で使った、あのチート鎧は……」
    「ああ、問題が3つ有る」
    「何?」
    「1つ。あれを着装すると生身の時には感じられてた『気配』さえ感じられなくなる。2つ。あれを着装してると私だけは生き残れるが……他の誰かを助けられる訳じゃない。あれには心霊現象を押えたり、霊的なモノを攻撃・鎮圧出来る装備は無い。3つ。ここに届けるまで、最低でも2時間はかかる」
    「何の話だ?」
     横から、関口の試合相手。
    「いや……まぁ……その……」
    「とりあえず、連絡は、こっちにしてくれ」
     そう言って私は自分の携帯電話を見せる。
    「お……おい……ずいぶん古い……つか、それ、通話オンリーの機能しか無いヤツじゃ?」
    「ああ、そりゃそうだ。万が一、今日、この島で、何か有った時の為に借りた使い捨てのレンタル品だからな」
    「何で、お前の本物の携帯電話の番号を教えてくれない?」
    「『何で』って何でだ?」
    関口 陽(ひなた) (9) 私達は、徒歩で事故現場まで向かう事になった。
     その途中で携帯電話ブンコPhoneの着信音。
     さっき教えてもらったランの携帯電話(ただし、使い捨て携帯)の番号からだった。
    「どうした」
    『今時、無いとは思うけど、磁気式のキャッシュカードやクレジットカードや、どこかの会員カードとか持ってないよな?』
    「え? 何で?」
    『事故起こしたトラックの中から……人が出て来たが……頭に、かなり強力な永久磁石を使った機器を着装してる』
    「どう云う事? って、ちょっと電話切る」
     周囲では、一体一体は弱いが……とんでもない数の悪霊・魑魅魍魎のたぐいが湧き出ていた。
    「オン・バサラ・クシャ・アランジャ・ウン・ソワカ」
    「オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ」
     私と試合相手は、それぞれの「守護尊」の咒を唱える。
     そして、私のハンマーから出た炎と、試合相手の錫杖から出たオレンジ色の光が、周囲の悪霊や魑魅魍魎を消滅させていく。
     もっとも「炎」も「光」も、その正体は「気」「霊力」「魔力」で、私の脳が無意識の内に、そのように「変換」しているらしく……例えば、私の炎であれば、生物や霊的存在が浴びれば「熱さ」を感じるだろうが、無生物相手だと紙1枚燃やす力は無し、試合相手の「光」だって、暗闇で放っても「観えない」人間にとっては携帯電話ブンコPhoneに付いてるLEDライトの代りにさえならないだろう。
    「とんだ数……うわっ⁈」
     その時、すぐそばに停車していた軽自動車の窓ガラスにヒビが入る。
     どうやら……あのトラックが起こした事故が更に起こした渋滞のせいで立ち往生している車のようだったが……。
    「ぐりゅぅ〜っ……」
     顔中血だらけになった子供が、車の窓ガラスに何度も何度も頭をブツけ続けている。
    「悪霊に取り憑かれたようだな……」
    「あのさ……まさか……この台数の車の中に居るヤツ……全部?」
    「全部じゃないにせよ……とんでもない数の人間が……似たような事になってるだろうな……」
    関口 陽(ひなた) (10)「なぁ……ファンタジーもののラノベとかマンガとかアニメで、よく『魔界への扉を開こうとする悪の魔法使い』とか『ラスボスの目的は世界を滅ぼす魔王を呼び出す事』なんてパターンが有るじゃん……」
    「知らん。私は、そんなモノ、見ないし読まない」
    「ああ、そう……。でも……ここまで簡単に……」
    「おい……判ってると思うが……長時間『観』るな……。あっちの『大物』も、こちら側を覗き返している」
     謎のトラックが事故を起こした現場に辿り着いた……この「東京」の3つの「自警団」のメンバーは……呆然と「それら」を……あ……「眺めてた」と言いたいとこだが、呑気に眺め続ける訳にはいかない。
     あの手のモノを「観」る場合、こちらの「気」が相手にも多少は影響を与える。
     相手の詳細を知ろうとすれば……相手も、こちらの存在に気付く。
     しかも……。
    「確認されただけでも……半径二〇〇m以内に5つ。畏らくは……全部、違う『異界』への『門』だ」
     指揮官は4人。
     「浅草」の自警団「二十八部衆」の1人、摩睺羅。
     背中に「宝船」が描かれた黒いスカジャンを着た、太った白髪・白髭の六〇前後の温和そうなオッサン……。「入谷」の自警団「入谷七福神」の7つのチームの1つ「恵比寿班」のリーダー「恵比寿」。
     同じようなスカジャンを着た……「恵比寿」に良く似た顔だが、少し背は高くスマートで……髪や髭も「白」と言うよりも「明い灰色」のオッサン……。私の上司の上司の……上司ぐらいである「大黒天」。
     首にゴッツい数珠をかけた僧服にスキンヘッドの五〇過ぎの……背はそれほどじゃないがガッチリした体付きの女。「上野」の自警団「寛永寺僧伽」の子院直参2次団体の1つ「圓珠院」の「院主組長」。
     そこに「寛永寺僧伽」と「入谷七福神」のメンバーが、各およそ三〇名ほど。
    「4チームに分かれて『門』を閉じる呪法を行なう。リーダーが他の『自警団』のヤツでも、命令には従え。判ったな?」
     摩睺羅が、全員にそう告げた。
    「とりあえず、一番デカいのは最後だ」
     大きさは……バラバラ……。
     あるモノは、上空数十mの所に有り……あるモノは、「地面」の近くに有る。一番デカいのは……「地面」の下に有るようだ……。
     「それら」から吹き出す「気」の「質」は微妙に違うが……でも、少なくとも私には「似た」モノに「観」える。
     「大きな目を持つ黒い球体」……私には、「それら」はそのように「観」えた。
     「目」が有るように「観」えるのは……多分、向こう側に居る「大物」が「こっち」を覗いてるからだろう……。
     原因は判らない……だが……。
     謎のトラックが事故を起こした現場に駆け付けてみれば……その周囲には……判っている限りで5つの「異界への門」が開いていた……。もちろん、1つ残らず……魔界・冥界・地獄・奈落……何と呼んでもいいが剣呑ヤバい世界だ。
     そして、その「門」から次々と悪霊・魑魅魍魎・魔物が吹き出し続けている。
     今の所……同じ化物とは言っても、違う「異界」から来た奴同士は仲が良くないみたいで……化物同士で潰し合いをしてくれてるんで、人間への被害は最小限で済んでいる状況だ。
     何故、そんな事が起きたのかは……現時点では不明。
     トラックの中には、運転席に二〇代半ばらしい男が気絶していて……積んであったコンテナの中には……。
    「何だ……こりゃ……一体?」
    「SF映画の撮影でもやってたのか?」
     コンテナの中は部屋になっていて……中には……何に使うモノか良く判らないコンピューターが大量に有った。幅・高さともに2m弱のスチール棚に基盤が剥き出しのコンピューターが満載。
     これを動かしながら走ってた……って、待て、まさか、このコンピュータの山、電動トラックにバッテリーを増設しないといけない程の電力を喰う代物なのか?
    「あのチビの言ってた『霊を映すカメラ』は与太かも知れないが……でも、動画サイトに上がってたあれ……単純なCG使ったトリックじゃなさそうだな……」
    「えっ?」
    「撮影した映像にリアルタイムでCGで作った『霊体』を合成するだけなら……高性能なPCが1台有れば済む。……多分だけどな。こんなにも大量のコンピュータは要らない」
     その時……。
     ドローンがコンテナの中を撮影していた。
    「一息付いたら……これが何か、お前の科学技術顧問テクニカル・アドバイザーに聞いた方がいいな……」
    「ああ……」
    「そうだ……。どうやら、お前と同じチームらしい。……知ってるだろうが、名乗っておこう。『寛永寺僧伽・元光院』の篠原ささのはら千晶ちあきだ」
    「『入谷七福神・大黒天班』の関口ひなただ……。よろしくな」
    「ところで……あの男は何者だ? 有名人か?」
    「さ……さあ?」
     ドローンの内の一台は……気を失なった状態で引きずり出された、トラックのコンテナの中に居た三〇代後半ぐらいの男を撮影していた。
    便所のドア Link Message Mute
    2022/04/05 14:46:35

    第二章:IN THE HERO

    十年前の富士山の噴火で大量発生した通称「関東難民」が暮す人工島「NEO TOKYO」の1つSite04こと通称「台東区」。
    警察に代ってNEO TOKYOの治安を担う「自警団」同士の縄張り争いを決闘で解決する事になり、「自警団」の宣伝も兼ねて、その様子をネットとCATVで中継する事になったは良いが……のっけからある問題が……?

    #伝奇 #異能力バトル #ヒーロー #ディストピア

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