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    第一章:In My End Is My Beginning序章:A Bittersweet Life(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)序章:A Bittersweet Life『しっかし……ヤクザ映画かよ……。相手の「組」の親分の愛人のマンションの近くで待ち続けなんてよぉ……』
     携帯電話ブンコPhoneの向うで、そうボヤいたのは、相棒の「幕下」だった。万が一の盗聴を避ける為に、通常の通話機能ではなく、通信は暗号化されて、ユーザー側でも中継サーバーを設置する事が出来るタイプのコミュニケーション・アプリを使っているが。
     しっかし、身長一八〇㎝以上で、そろそろ糖尿病の心配をしなきゃいけねえような体格の俺のコードネームが「チビすけ」、一七〇㎝未満でガリガリの体格の相棒のコードネームが相撲用語から取った「幕下」ってのも、逆にベタ過ぎる。
    「知らねえのか? 八〇年代に山口組が2つに割れた切っ掛けが何だったかを?」
    『へっ?』
    「俺達がやってんのと同じだよ。組長が愛人の家の前で殺された」
    『マジかよ……』
    「それも、山口組を一代で日本一の暴力団にした伝説レジェント中の伝説レジェントの死に方が『自分の愛人の家の前で殺し屋ヒットマンられる』だぞ。ガチでヤクザ映画そのまんまだ」
    『二〇〇一年のアレより前から……現実の方が作り話より無茶苦茶だったのかよ……』
     そうだ……あの年の秋のある日、アメリカはニューヨークの「2つの塔」にジャンボ旅客機が特攻Kamikazeした。
     その後に見付かったフライトレコーダーの内容から判ったのは……「人の心を操作できる未知の能力を持つ者が存在し、そいつらが乗員を操ってビルに突っ込ませた」と云う信じ難い内容。
     だが……更にとんでもない事が次々と判明した。
     俺や、あのテロの犯人みたいな「異能力者」は、実は世界中にゴロゴロ居た事だった。
     そして……北関東a・k・a・というかほぼ東北地方南部のシケた田舎のシケた「死霊使い」の家系の1人だった俺も……世界を変えたテロリスト以上の化物だったのだ。
     あのテロリスト達の能力は「おそらくは先天的な精神操作能力」。ところが、世界各地の「伝統的」な魔法使い・呪術師達の多くは、修行・訓練の過程で、その手の精神操作能力への強い耐性を獲得していたのだ。
     それから二〇年近くが経った今、1つの世界に2つの時代が「併存」していた。
     合理主義とヒューマニズムと科学技術の時代である「現代」と、魔法使いや超能力者や古代種族a・k・a・別名妖怪系なんかがゾロゾロと居る「中世」とが……。
     そう言や、よりにもよって、実写映画版の「指輪物語」の最終章が公開される頃になって、北欧の少数民族にやらたと「異能力者」が多く居る事が判明し、こいつらこそ北欧神話のエルフの原型だ、って話がニュースになった事も有った。
     ところが、その「昔のヨーロッパ人が『エルフ』と見做してたらしい少数民族」、中世初期にアジアからヨーロッパに入ったモンゴル・トルコ系の遊牧民族の子孫らしく、日本人からすりゃ、何か近所のおっちゃん・おばちゃんみたいな風貌の奴がチラホラ居るような「エルフ」だったが……。ついでに、もちろんだが、オタク向けのアニメに出て来るような「エルフ耳」なんかじゃなかった。
    『しかし、よく、山能組の組長の愛人のマンションなんて見付けたな……』
    「ウチの『調査部』も、案外、優秀なのかもな」
     口では、そう言ってるが、俺は連中が優秀な理由を知っている。
     素行不良だったり、シャブ中だったり、よりにもよって警察署内で女性警官メスデカをレ○プするような性暴力依存症だったり、チンピラから金をタカり取ったりと問題点ばかりのクズ野郎どもだが……本業は、だからだ。
     そうだ……俺と同じだ。
     もっとも、一番トチ狂ってるクソ野郎は「潜入捜査官が『悪堕ち』するのが恐けりゃ、元から、これ以上、悪堕ちしようが無いのを送り込めばいいじゃん」なんて事を考えた雲の上のお偉いさんかも知れないが……。
    『来たぞ……』
     ヤクザの組長が愛人を住まわせてるマンションと言われりゃ、カタギの奴らはセキュリティ万全の高級マンションを思い浮かべるかも知れねえ。
     だが……現実は……築四〇年Overのボロ団地。
     住人の半分位は、今よりも日本の景気が良かった頃に出稼ぎに来て、帰れなくなった外国人だ。と、言っても、日系ブラジル人や、東南アジアの奴らなんで「日本人にしちゃ、濃い顔だな」ぐらいの連中がほとんどだが……。
     ここくれでも最後の「抵抗勢力」である山能組の組長の車と……もう1台の護衛らしき車がマンションの近くの月極駐車場に入る。
     いわゆる「黒塗りの高級車」ではなく、頑丈そうなSUVだが。
     駐車場は、山能組のフロント企業の名義で借りてるらしい。
    「プランBに変更だ」
     俺は……車を「探って」から、相棒に連絡。
    『おい、待て、どう云う事だ』
    「訳は後だ。早く行け。場合によってはプランCに切り替える」
     「探る」とは……俺の流派では「魔法・呪術などによるアクティブ・センシング」の事だ。
     別の流派ではパッシブ・センシングを「見る」、アクティブ・センシングを「観る」と漢字で区別してるとこも有るようだが……「似てるけど違う事を、漢字は違っても読みが同じ単語で呼んでる」なんて不合理な真似をしてんのか、さっぱり判らねえ。
     ともかく、プランAである「呪殺」の前段階として、相手の車を「探って」みたら……案の定、車に防護術がかけられていた。
     しかも……誰がか「探った」なら、術者も探られた事に気付くタイプの防護術だ。
     今頃、標的マルタイには……携帯電話ケータイか何かで「近くに魔法使い・呪術師系の殺し屋ヒットマンが居る」って連絡が入ってる頃だろう。
     2台の車の片方から3人の背広の男達が出て来る。
     双眼鏡ごしに見た限りでは……全員が二〇代から三〇代。
     着ているのは全員が鼠色の背広に地味めのネクタイに白いワイシャツ……クリーニングから戻ってきたばかりのようにパリっとしてるが……多分、安物の既製品。髪型もチンピラじゃなくてサラリーマン風のモノ。
     そこに目出し帽に、素人でも「防弾じゃねえのか、これ?」と思うようなベストを着けた「相棒」が現われ……。
     敵3人は拳銃を構え……しかし、相棒の姿は消える。
     次の瞬間、地面に伏した相棒の腕が延びる。いわゆる「河童」の一種である「エンコウ」と呼ばれる妖怪古代種族系の能力だ。
     人間相手の戦闘術では想定してない攻撃で……3人の敵は、相棒の両手のナイフで、次々と足をザックリとやられる。
     双眼鏡ごしなんで確実とは言えないが……全員、アキレス腱をやられたようだし、足の甲からも血を吹き出してる。近頃、勢力を拡大してる「正義の味方」「御当地ヒーロー」みてえに、ちゃんと物理的な防御力が有る靴を履いとくべきだったな。
     標的マルタイである組長が乗っているらしい、もう1台が発進。
     俺は「使い魔」である「死霊」の1匹に、その車を追わせる。
    「『幕下』、撤退しろ。プランCに切り替えだ」
    『わかった』
    「全員、良く聞け。いいか、しばらく『使い魔』に意識を同調させる。連絡が出来なくなる」
    『それも、わかった』
     俺の意識は、『使い魔』の方に移る。
     『使い魔』の『感覚』を使って現実の世界を認識するのにはコツが有るが……俺は、その才能が有ったようで、「使い魔」の「運用の幅」だけなら一族の中でもピカ一だった。単純な「力」なら、俺が一生修行しても追い付けねえようなヤツはゾロゾロ居たが……。
     標的マルタイの逃走ルートは……予想してたヤツの内の1つ。
     そこに……車の「防護術」の時点で予想していたが……おいでなすったか……。
     それは「天使」に見えた……が……装飾品や衣装は……キリスト教っぽくもイスラム教っぽくもない。俺の「目」には「スターウォーズのライトセイバーみたいなモノを手にしたサイバーパンクっぽい天使」みたいな感じに見える。
     と言っても……俺が無意識の内に「気」「霊力」なんかを「姿」に「翻訳」してるだけだが……。
     早い話が、俺の感覚では「天使」に見える「近代西洋オカルティズム」系の「魔法使い」の「使い魔」だろう。おそらく物理的実体は無しで、一般人には見えない筈。多分、標的マルタイが護衛として雇った「魔法使い」が放ったモノだ。
     単純な「力」は……勝てない訳じゃないが、真っ向勝負だと時間も手間もとるし、こっちも無傷じゃ済まない。
     その「天使」が手にしている「剣」に「光」を込め……。
     次の瞬間、俺は、今乗り移っている「使い魔」を退避させ、あらかじめ待機させてた別の「使い魔」に意識を移す。
     その「使い魔」は……近くに停車しているトラックの運転手に取り憑いていて……。
     間に合った。
     「使い魔」→運転手経由でトラックを急発進させる。
     標的マルタイの車が交差点を通過するタイミングで横から突っ込み……。
     続いて、衝突の直前に意識を自分の体に戻す。
    「おい、ポイント2−3。トラックが追突したのは標的の車で間違いないか?」
    『はいッ‼ ナンバー確認しました。表向きは山能組のフロント企業が所有してる車です』
    「ターゲットの様子は?」
    『車から出て来る様子は有りません。気絶してるか、死んでるみたいです』
    (1)『おい、クソ野郎ども、何が『韓国系マフィアと九州の暴力団の銃の取引の摘発に手を貸せ』だッ⁉』
     こっちの指揮官が無線で怒鳴り散らす声が耳に響く。
     クレームを入れてる相手は広域組対マル暴と地元県警のエラいさんだ。
    「あのさ……『死霊使い』さんよ……。何とかなるのか、あいつら?」
     同僚の築山がそう言った。
     こいつの「異能力」は「変身能力」。
     ライトブラウンの毛を持つ獣人の姿に変身出来る。
     もっとも……「獣」と言っても肉食獣系なのは確かだが……猫・犬・狸・狐と色んな要素が混っていて……そして、上の階で暴れてるあの2人より人間に近い姿だ。
    「……無理だ……」
    「何で?」
    「ここからでも判る。『気』の量がケタ違いだ。『魔法結社』系の犯罪組織のリーダー格でも、あそこまでの化物は居ない」
    「どう云う事だ?」
    「軽量級のボクサーが、格闘技系じゃないけど筋肉量が自分の倍以上のアスリートに殴りかかるようなモノだ」
    「なるほど……」
    「お前は、どうなんだ?」
    「おい、俺程度じゃ……」
    「ぐええええ……」
    「ぎゃあああ……」
     窓の外で悲鳴。
     また、「レンジャー隊」の連中が血を流しながら落ちていった。
    「同じ獣人系の変身能力者でも格が違うってか」
    『レンジャー隊、更に2個小隊がロスト。まだ生存が確かなレンジャー隊員は……残り3名です』
     後方支援要員の声は淡々とした……そして、どこか感情が麻痺したかのような口調だった……。
    『おい、特務要員ゾンダー・コマンド、まだ生きてるなら……』
    「撤退していいっすか?」
    『あのなぁ……』
    「俺達に、ちゃんと情報を流さなかったヨソ警察機構カイシャのせいで、何人死んでんですか? 俺達まで死ぬは嫌ですよ」
    汚れ仕事要員ゾンダー・コマンドらしく、仲間の死体の始末をしときゃいいですか?」
     俺達は、対異能力犯罪広域警察機構「レコンキスタ」の中でも「異能力者」のみからなる殴り込み部隊「ゾンダー・コマンド」の一員だ。
     通称「レンジャー隊」と並んで、他の警察機構カイシャで言うなら機動隊や特殊急襲部隊SATに相当する。
     だが……「ゾンダー・コマンド」というドイツ語の単語は……直訳したら「特務要員」だが、裏には悪趣味な、もう1つの意味が有る。
     それは……ナチスの時代の強制収容で「他の囚人の死体の始末」などの「汚れ仕事」をやらされていた囚人だ。
     ゾンダー・コマンドは異能力者に加えて人並の常識と知能さえあれば……例えば親兄弟がヤクザだろうと「警察官」として採用してもらえるが……その代り、やらされるのは、汚れ仕事や裏の仕事ばかりだ。
     今回も、何故か、九州と韓国のヤクザが大阪府内で取引をするらしい……と云う、その時点で何か裏が有りそうな暴力団マルB案件の手伝いをする事になっていた。
     そして、詳しい情報が、地元警察と広域組対マル暴から入ったのは、今日になってから。
     よりにもよって、問題の「九州のヤクザ」と「韓国のヤクザ」の正体は「単純な戦闘能力なら東アジアでトップ3の獣化能力者」の内の2人、九州は久留米の白銀の狼こと久米銀河と、韓国有数の犯罪組織の大ボス……通称「コム社長」だったのだ。
     奴らには、並の銃は通じない。
     傷を負わせる事が可能でも……高速治癒能力が有る。
     そして……奴らの爪や牙を防げる防具は、ウチにも同業他社他の警察機構にも無い。
     どうやら、警察機構おれたちの「商売敵」として勢力をのばしつつある「正義の味方」「御当地ヒーロー」どもは……あいつらの牙や爪でも防げる素材を開発したらしいが……。
    「おい、外、見ろ、あれ……」
    「ああ、助かった……。さぁ、とっとと帰るか……」
     一〇年ほど前から活動を始めた「正義の味方」「御当地ヒーロー」どもが、何故、警察の商売敵なのか?
     話は簡単だ。
     奴らは、はっきり言って、レンジャー隊やゾンダー・コマンドや機動隊やSATより単純に強いし手際もいい。
    「ああ、ごくろうさまです」
    「毎度、すいませんね」
     俺達は、特殊ケーブルを使って上の階に向かっている窓の外の「正義の味方」達に声をかけて……化物チート級の獣化能力者が居る廃ビルから、とぼとぼと出て行った。
    「あ……しまった」
    「どうした?」
    「レンジャー隊と一緒に行動してりゃ、まだ、やりようが有ったかも……」
     そう言って、俺は、使い魔である「死霊」を、そのあたりに転がってるレンジャー隊の死体に取り憑かせ……。
    「♪かんかんの〜 ♪きゅ〜んれす……」
    「やめろ、ボケ。こんな真似をやってんのを、まだ生き残ってるレンジャー隊に見られたら、俺達と連中の仲が、更に険悪になるぞ」
    「でもさ……死体ぐらいは持って帰ってやった方が良くねえか?」
    「だから、警察官サツカンのくせに、仲間の死体で遊ぶんじゃねえ、ボケッ‼」
    「はいはい」
     俺が術を解いた途端……ゾンビ化して俺達について来ていたレンジャー隊の死体は、バタリと倒れた。
    (2)「おい、横須賀、ちょっと講習がてら骨を休めに行け」
     レンジャー隊が1個中隊半ほど皆殺しにされたのに、俺と相棒の築山だけ、おめおめと生きて帰って来た例の事件の報告書を上司である斎藤課長に出すと、そう言われた。
     この人の能力は……先天的な「赤外線視力」。色覚異常(信号の色の区別がちゃんと付かないらしい)のせいで車を運転させるのは御法度だが、視界内の人間の体温の変化を検知出来るし、暗闇でも他の人間の居場所を視認する事が出来る。
     ショボい能力だと思うだろうが……子供の頃に、自分の能力に気付いてから、その能力の使い方を工夫し続けたらしい。
     早い話が課長の前では、余程、セルフ・コントロールにけた奴じゃなければ、嘘や動揺を見抜かれるし、体調が悪いのに平気なフリをしてたり、仮病を使ったりしても、やっぱり簡単にバレる。
     しかも、現場でも相手が攻撃するタイミングなんかを、結構、正確に見抜く事が出来る。
     あくまで噂だが「他人の心や体調をある程度読める」事を利用して、他の警察機構カイシャ警察官サツカンになってた「精神操作能力者」を摘発した事も有ったそうだが……何とそいつが死刑判決が下された事件を複数手掛けた「落としの名人」と呼ばれた奴で……「無かった」事にしないと警察だけじゃなくて検察や裁判所まで延焼するような事態になったようだ。
    「研修ですか? 何の?」
    「訛を直して来い」
    「へっ?」
     俺の名字、故郷の北関東では、そこそこ程度には多い名字で、たしかに訛も多少は有るが……。
    「事情が有ってな。お前の名前は、これから小泉良一だ。出身は神奈川の横須賀」
    「ちょ……ちょっと、どう云う事ですか?」
    「だから『横須賀』と呼ばれて、うっかり返事しても、出身地が横須賀なんで『横須賀』って渾名だった、って言い訳が出来る」
    「はぁ?」
    「ところが問題が1つ。お前のしゃべり方には、若干だが、東北弁が混ってる」
    「あの……これ、茨城弁ですけど……」
    「へっ? 俺の昔の部下に東北出身のヤツが居たけど、似たしゃべり方だったぞ?」
    「どこの出身の人ですか?」
    「ええっと……ん〜、群馬だったか栃木だったか……」
    「そこ、関東です」
    「そうだっけか?」
    「もういいです」
    「で、横須賀出身を装ってるのに、東北弁だか茨城弁だかだと、怪しまれるんで、研修受けて直して来い」
    「何の研修なんですか?」
    「動画配信者向けのアナウンス講座だそうだ。馘になったどっかのTV局の新人アナウンサーの教育担当だか何だかがやってるらしい」
    「あのですねえ……あと……」
    「何だ?」
    「いくら、俺達が『汚れ仕事部隊』だからって、まさか『投入』じゃないですよね?」
     投入とは……早い話が潜入操作の事だ。
    「ビンゴだ。心強い仲間も居るぞ」
    「どんな奴ですか?」
    「チンピラから金巻き上げてた組対マル暴の阿呆に、女の部下を職場でレ○プした公安のクズに……」
    「やめて下さい」
    「素行に問題が有るが、結構、優秀な奴らだぞ」
    「能力が優秀な悪党だったら、余計、マズいでしょ」
    「あ……ちょっと待てよ……すまん、公安のクズに関しては、俺の言った事が不正確だった」
    「へっ?」
    「『女の部下を職場でレ○プした』は、ちょっと違うかも知れないな。英語に翻訳する場合は『女の部下』を複数形にしなきゃいけねえな。何でも狙ってた女の部下が、他の女性警官メスデカと出来てたんで、2人とも『わからせ』ようとしたらしい」
    「……冗談じゃねえっすよ……」
    「安心しろ。確かにヤツは公安のクソどもの中でさえ最低レベルの人間のクズだが、もう、性犯罪はしでかせねえ。被害者をレ○プした後にチ○コを食い千切られたそうだ」
    (3)「アメリカは、今、極秘にしているが……」
     異能力者の実在が確認された事や、組織犯罪が巧妙化・広域化した事により、00ゼロゼロ年代に、都道府県の垣根を超えて動ける「広域警察」が設立された。
     この会議室には……広域警察の上級幹部クラスの階級章を付けたおっさん達が複数人居た。
     俺が「投入」される予定の潜入捜査の説明を主にやっているおっさんの階級章は「広域公安」のモノだ。
    「山口県に有る軍の岩国基地が壊滅し、そこに有った武器・弾薬が外部に持ち出された」
    「壊滅? どう云う事ですか?」
    「一夜にして、基地内の全人員が死亡した」
    「えっ? 今……何て……?」
    「基地内に居た者が全員殺されたんだよ。軍人・軍属・出入り業者・人・日本人関係なく、全員な」
    「え……えっと……殺害手段は……?」
    「米軍から入手した情報によれば……全員、急性心不全だ」
    「へっ?」
    「はっきり言おう。ここで言う『急性心不全』とは『死体には目立った外傷も既知の有害物質・有害細菌・ウイルスその他の痕跡は見付かりませんでしたが、とにかく死んでました。何で死んだか、さっぱり見当が付きません』の意味だ」
    「いわゆる『魔法』の可能性は……?」
    「無い。レコンキスタにおける『ゾンダー・コマンド』に相当する部隊が念入りに調べたが……これまた既知の『気』『魔力』『霊力』の残留は……測定誤差レベルだった。つまり、ほぼゼロだ」
    「で……えっと……」
     公安のおっさんの言った事を、最初からもう1度思い出し……何か……何かが……引っ掛かり……。
    「あ……武器が持ち出されたと言われてましたが……」
    「広島県の暴力団『神政会』のフロント企業が所有している車が、事件の前後に岩国近辺の街頭監視カメラに写っている。それも……盗まれた武器の運搬に十分な台数な」
    「あ……あの……何の為に一体……?」
    「他県進出だ」
    「へっ?」
    「さっきから気になっていたが、君は『へっ?』とか『えっ?』とかしか言えんのかね?」
     今度はウチの「カイシャ」のエラいさん。
    「いや……言っても理解し難いだろう。我々にとってさえ、信じ難いのだから……」
     そう続けたのは「広域組対マル暴」のエラいさん。
    「ど……どう云う事でしょうか?」
    「他の暴力団との抗争の為の武器を調達する為に……岩国基地の人間を皆殺しにしたんだよ……。既に他県の暴力団との抗争の準備を進めているらしい。そして、他県の暴力団も、それに対抗すべく、武器や人員の調達を開始しているらしい」
     ちょ……ちょっと待て……たしか……この前の……あの大阪の事件。
     あれは……十年以上前の「第二次朝鮮戦争」で韓国が北朝鮮に併合されたせいで「裏」に流れた旧・北朝鮮軍の武器の密輸で……武器の買い手は……九州は福岡の暴力団……。お……おい……まさか……あれも……この件の「余波」の1つなのか?
    「わかるかね? 警察でも軍隊でもヤクザでも……ある事をされて黙っていれば……いずれ『力』を失なう……」
     お……おい……まさか……。
    「神政会とやら云う田舎ヤクザは……に対して『舐めた真似』をやったんだよ。『同業者との喧嘩の為なら、お前らなど何の躊躇もなく踏み躙る』『お前らが俺達とその同業者の喧嘩に巻き込まれて死んだとしても、さっさと尻尾を巻いて逃げなかったお前らが悪い』とね」
    「『舐めた真似』をやられた『暴力集団』は報復を行ない、その報復を成功させなければならない。そうしないと、その『暴力集団』は武器である『暴力』を有効に使えなくなる。暴力は、その暴力を恐怖する相手にこそ最も効率良く効果を発揮する。。どんなにもっともらしい言葉で言い換えようと、軍も警察も……そして奴らヤクザどもも、自分の『稼業』を続けたいなら、。つまり、は広島への2度目の核攻撃を検討していると云う事だ」
    「む……無茶苦茶です……」
    「そうだ……無茶苦茶だ。
    「その通りだ。全く未知の異能力で、岩国基地を全滅させた『何者か』を核でも仕留める事が出来なければ……どうなる? もし、その『何者か』が生き延びて、正体不明のまま宗主国の国内に入る事に成功すれば……? 下手したら九・一一が些事に思える大虐殺が宗主国内で発生する」
    「君達は神政会に潜入して探り出してくれ……岩国基地を全滅させた『何者か』の正体・能力・弱点をな……」
     そして、公安のエラいさんは……右拳を前に出し……そして人差し指を立てた。
    「今から1年……それが、我々が宗主国を押えておける限界だ」
    (4) ここ何年か……職場の健康診断で高血圧だの糖尿病一歩手前だの……挙句の果てに「酒と甘いモノの両方を減らさないと四〇前に勃たなくなりますよ」とまで言われるわ……。
     それなのに……半月ほどで、体重を一〇㎏増やす羽目になった。
     クソ、潜入捜査の報酬には、縮んだ寿命の分も含まれるんだろうな?
     顔は変えた筈だが……イケメンではないが、人が良さそうな顔に見える、ってのも考えモノだ。
     整形して、髪を染め、髭を生やしても……悪ぶってるボンクラにしか見えねえ。
     しかも、髭がある程度以上延びにくいせいで……髭をずっと剃ってないのに、中途半端な流さの無精髭にしか見えない。
     あげくの果てに、無理矢理太った副作用なのか、年甲斐もなく顔にニキビまで出き始めた。
    「おい、もう1人居るって、聞いてたんだけどさ……」
     広島に向かうフェリーの中で、目付きが悪い公安崩れにそう訊いた。
    「は?」
    「あの……もう1人は……えっと……その……」
     こいつは、俺とは逆にガリガリに痩せてるが……。
     公安関係だったら、普通のサラリーマンに見えるような奴が多い筈なのに……。
    「あ……もう1人か……。広域組対マル暴に所属したまま……神政会に取り込まれてる……腐れ刑事デカのフリをしてるらしい……」
     嫌な予感がした。
     もう1人に関してだけじゃない。
     俺も「魔法使い」「呪術師」の端クレで……しかも、専門分野は「死霊使い」。
     こいつが「死」に近付いてるのだけは判る……。
     しかし……。
     何か、おかしい。
     病人・怪我人・老人・呪詛を受けた奴……これまで見てきた「死」に近付いてる奴の、どれともビミョ〜に……「気」の様子やパターンが違う。
    「ちょっと話が有るが……甲板で話したい」
    「おい、何で……甲板なんだ? 夜中だぞ……」
    「来い……」
    「へっ?」
     俺は……使い魔である死霊どもを呼び出す。
     もちろん……この公安崩れが死霊の存在を認識出来るとは限らない。
     しかし……気配は感じられるだろう。
     多分、こいつは、俺に対して……自分でも理由が判らない恐怖感を感じてる筈だ。
    「来い……話しが有る」
     一〇分後……公安崩れは、甲板で、俺の使い魔達に拘束されていた。
     もっとも、こいつにとっては、理由が判らないまま体が動かなくなってるようにしか思えないだろう。
     俺は、公安崩れの上着を剥ぎ取り、袖口をまくり……無い……予想してたモノが……。
     いや……待て……。
     俺はペンライトを口に咥え、奴の左手の指の間を1つ1つ確認し……。
    「おい……公安さんよ……何で、指の間に注射痕が有る?」
     フザケんな……レ○プ魔だとは聞いてたが……それに加えて……シャブ中かよ……。
    「だ……大丈夫だ……シャブは……抜けてる……筈……」
    「最後にやったのはいつだ?」
    「……潜入の準備をやってる間……やってない……」
    「本当か?」
     使い魔の1匹が……公安崩れの頭に手を突っ込む。
     ……と言っても、物理的実体が無い霊力で構成された「死霊」がやってる事を、俺の脳が無意識の内に「視覚」に「翻訳」しているだけだが……。
     ともかく、死霊が公安崩れの脳に「恐怖」を送り込む。
    「す……すまん……3日前にやった……。でも……もう抜けてる筈」
    「あああ……阿呆かああああッッッッ⁉」
    「あのなあ……で……でも……あんたも聞いてんだろ……俺がクソメスに、オ○ニーも出来ない体にされたって事をよぉ……。俺には……もう、これしか楽しみが……」
    「何、逆ギレしてんだッ‼ 全部、てめえの自業自得……あっ……やめろ、殺すなッ‼」
     こいつにシャブをやった言い訳が有るなら……俺にも、こいつを殺しかけた言い訳が有る。
     危なかった。
     マトモな訓練をやった「魔法使い」「呪術師」は、自制心だって普通の人間より上だ。
     だが、それでも、怒り狂いかけて当然の状況だった。
     ともかく、俺は、俺の怒りに従って、公安崩れを憑り殺しかけた死霊どもを、あわてて制止した。
    (5)「ここ、本当に、大丈夫なんだろうな?」
    「刺青入れてる奴はお断りなんでな」
     広島に入って「3人目」と会う事になった場所は……よりにもよって広島県くれ市内のスーパー銭湯の食堂だった。
     四〇ぐらいの……しょぼくれた中肉中背の……まぁ、絵に描いたようなヤクザ映画で「ヤクザとつるんでる不良警官」の役で出て来てもおかしく無さそうな奴だった。
     公安は普通のサラリーマンみたいな外見になっていき、組対マル暴はヤクザと見分けが付かなくなる、と云う「伝説」が有るが……こいつは、ヤクザの更に出入り業者みたいな感じだ。
     ヤクザとつるんでる、と言っても、こいつがヤクザにペコペコしてる所しかイメージ出来ない。
    「で、これの手筈は?」
     俺は左手の親指と人差し指で丸を作り、その中に右手の中指を入れる。
     一見するとS*Xの事に見えるが……要は広島県最大かつ……下手したら数ヶ月後には広島県唯一の暴力団と化している可能性が有る神政会に潜入する手筈の話だった。
    「ルートは2つ。正採用とコネ採用」
    「何だ、そりゃ?」
    「お前らが就職したい『会社』の中にも派閥が有ってな……言わば現場叩き上げの派閥と、金儲けが巧い奴の派閥だ」
     要は……武闘派・殴り込み部隊と、フロント企業の経営なんかをやってる連中の間で対立が起きてるらしい。
    「『叩き上げ』の方が向いてるなら、どっかで連中に実力を見せた方がいい。『金儲け』の方がしょうに合ってんなら、正規の『採用試験』を受けるしかないな」
    「採用試験?『B』がか?」
     Bとは言うまでもなく「暴力団」の略だ。
    「ああ、下手したらお堅い業種の民間企業よりも過去の経歴を洗われる。それに、正規の採用ルートだと時間が無い」
     そうだ……遅くとも1年以内に結果を出せなければ「宗主国」によって広島全域が焼き払われる。
     その場合、俺に事前連絡が来るかは……ビミョ〜だ。
     つまり、早い内に結果を出さないと命が危ない。
    「あんたらの方で、俺達が就職予定の『アダルトビデオ制作会社』の『謎の凄腕監督』について何か情報は入ってないのか?」
    「判らん。あんたが説明を受けた以上の情報は入ってない」
    「じゃあ、どうするんだ?」
    「この辺りは……『撮影』によく使われてる。確実に近々『撮影』が有る筈だ。その兆候が有ったら、すぐに連絡を入れる」
    「手筈を練る間もなく、ぶっつけ本番か……。おい、ところで、あんたが『かけもちしてる』ってバレてないよな?」
    「バレてるよ。安心しろ、3重スパイって事はバレてない」
    「はぁ?」
    使
     おいおい、仲間は馬鹿2人か。
     シャブ中の馬鹿と、危い橋を渡ってるのに自分が頭が良くて現実的だと思ってる馬鹿と。
     ……冗談じゃない。多分、3人の潜入捜査官の中で、一番長生きするのは俺だが、その事は少しも喜べない。
     このままじゃ絶対にそうなる。
     大体、ずっとこっちが隠語で話してたのに、とうとう「組」の実名を出しやがった。
     待て……まさか……おい、ここまで馬鹿揃いの奴らを、わざと「投入」する理由として考え付くのは……。
    「おい……まさかと思うが……1つ訊いていいか?」
    「何だ?」
    ?」
    「はぁ?」
    「だから、俺達以外にもブッ込まれてる野郎が居るとしか思えないだろう。俺達は最もマシな場合でも『前戯』で御役御免。本当に『中出し』する予定の奴は、他に居るとしか思えねえだろ」
     そう言って俺は、もう1度「S*X」を意味してるジェスチャーをやった。
    (6) ネットカフェに泊まって、店のPCで連絡用のWEBサイトにアクセス。
     定期報告を上げるが、上からの指示は特に無し。
     今回の件には、色んな警察機構カイシャの色んな部署が絡んでいるが、ITに詳しい奴は、ほぼ関わってね〜んじゃないのか? と云う状態。
     一応、連絡用のWEBサイトとの通信は暗号化されてるが、店の中にはガラが悪そうなのが結構居て、「探る」と相手に気付かれる可能性が有るんでやってないが、魔法使い・超能力者っぽい「気」の持ち主も若干名。
     妖怪古代種族系に関しては……正直判らない。妖怪古代種族系でも、変身能力を持ったり「気」の量そのものがデカくても、「気」「霊力」「魔力」を生まれつき使えない奴や、後天的に「気」「霊力」「魔力」を操る訓練をしてない奴も多く、そう云う奴を一般人と「気」などの俺達「魔法使い」が検知出来るモノで区別するのは難しい。
    「やれやれ」
     ネットカフェのレジで安めのチューハイとツマミを買って、自分のブースに戻る途中に携帯電話ブンコPhoneに着信音。
     番号は……知らないモノ。
    「誰だ?」
    『お……俺だ……』
    「だから誰だ? 何かの詐欺でも、俺には大した金は無いぞ」
    『横須賀さん……俺だ……。広域公安の土屋孝明だ』
    「はぁ?」
     だが……口調に覚えが……。
    「おい、あんた、名前はお互い偽名しか知らない筈だろ」
    『あ……すまん……その……』
     クソ。公安は年々マヌケになっていってるが……こう云う点に関しては、未だに有能だ。
    「それに、電話で所属と本名を言うんじゃねえ」
    『すまん……こっちの居場所を送る。助けに来てくれ』
    「何が起きてる?」
    『いわゆる「親父狩り」だ。チンピラに追われてる』
     訳が判らん。何がどうなってんだ?
    「判った。そっちに向う。『道具』は要るか?」
    『連中が持ってのは……刃物とバットぐらいだが……うぎゃあ……⁉』
    「どうした?」
    『へ……変なモノが……』
    「おい、どうなってる?」
     俺は電話をしながらネットカフェを出る。
     電話の向こうからは……意味不明なタワ言。
     どうすりゃいい?
     待て……変なモノ?
     魔法系か? それとも、変身能力者か?
     一か八かだ。
     人通りの無い路地に入り、「使い魔」達を呼び出す。
     この近辺で……それらしい「気」が有る場所を探らせ……。
     居た……。
     系統は不明だが……魑魅魍魎の類が集ってる場所が……。
     それも、「気」の具合からして、自然発生した魑魅魍魎ではなく、何者かに操られている。
     ついでに、かなり弱ってるが、覚えが有る「気」。
     魑魅魍魎どもの「姿」は……中国の大昔の奇書「山海経」あたりで見た覚えが有る妖怪の姿。
     もちろん……「気」「霊力」のパターンを俺の脳内で「翻訳」したものなので、本当の姿ではない。
     だが、その「姿」から判断するに、道教系の術者に使われている「使い魔」だろう。
     術者は……待て……近くに他に人の気配が複数。
     どうやら、公安崩れが言ってた「親父狩り」をやってるチンピラらしい。
     困ったモノだ。
     最近は、しょ〜もないチンピラの中にも異能力者が結構混っている。
     とは言え、大半は普通の人間だ。
     しかも、チンピラの中に混ってる術者は……仲間が同業に攻撃される場合を想定してないらしい。
     1人だけ「防護魔法」をかけてる奴と……そうじゃないのが4人。
     俺は、その4人に「使い魔」である「死霊」を取り憑かせる。
     魑魅魍魎どもは……正確には魑魅魍魎を操っている術者は……気配からするに、狼狽うろたえて何をすれば良いか判らないようだ。
     俺の「使い魔」どもは、チンピラ(多分)4人の生気を、たちまちの内に吸い付くす。
     そして……。
    (7) 当然ながら「使い魔」は生物に取り憑かせてない状態では目も耳も無い。「使い魔」達の感覚を「魔法使い」じゃない奴でも判る言葉で表現すると「気配」だ。
     なので、生物に取り憑かせてない状態の「使い魔」が「認識している」モノから現実世界で何が起きているかを推測するには……コツが要る。
     「力の量」だけは天才的なのに、一生修行しても、この「コツ」を身に付けられない同業者魔法使いも居るらしい。
     「力の量」だけなら、一族の歴史の中で、ここ百年で最高の天才だった俺の従兄弟は、この「コツ」を中々身に付けられず……修行中に命を落した。どうやら、本人は操っていた「死霊」が現世こっちに居ると思ってたのに、実は冥界あっちに居たままで……冥界あっち剣呑ヤバい「何か」と使っていた死霊どもが接触してしまったらしい。その従兄弟が死んだ場所は、冥界あっちに繋る剣呑ヤバい心霊スポットと化した。
     だが、俺は、「力の量」に関しては一族の歴史の中では「中の下」と「中の中」の間ぐらいだが……この「コツ」は「死霊使い」の修行を始めて、1年かそこらで身に付ける事が出来た。この「コツ」に関しては、一族の歴史の中では「上の下」ぐらいだ。
     早い話が……俺は、使い魔の居場所と物理空間上の場所を対応付けるのが得意だって事だ。
     「魔法使い」以外には、大した事じゃないように思えるだろうが、真っ向勝負では俺を瞬殺出来るほどの化物級の「魔法使い」でも、これが出来ない奴は結構居る。
     その場所では……死体が5つに、死体になりかけてるのが1人。
     4人のチンピラの命を奪いパワーアップした、俺の「使い魔」達は、あっと言う間に魑魅魍魎どもも食い尽し、操っていた術者も「呪詛返し」で死んでしまった。
     正直、こいつが使っていた「魑魅魍魎」どもは……真っ向勝負すれば負けはしないが、こっちも結構なダメージを受けてただろうが……使ってる奴に経験と小ズルさが不足してたようだ。多分、同業者魔法使いと戦った事が、ほとんど無かったのだろう。
    「○×△……」
     使い魔の死霊どもが「公安崩れ」を殺したがってるようだ。
    「あのな……死んでるお前らと違って、俺には『浮世の義理』ってものが有るんだ。やるな。俺がいいと云うまで絶対にやるな」
     俺は手袋をはめて、帽子を被りながら、そう言った。
    「∴∵◎◇……?」
    「いや、だからさ……俺も、こいつ大嫌いだけど、ここで殺す訳にはいかね〜んだよ」
    「こ……殺すって何だ?」
    「機会が有ったら、後で話す。本当に殺す事は無いから、安心しろ」
     公安崩れは地面に倒れ伏していたが……意識はまだ有るようだ。
    「あたりまえ……だ……。あ……あと……そのチンピラに財布を奪われたんで……」
    「ちょっと待て……何だ、この分厚いサイフは?」
    「有り金全部、銀行からおろした」
     潜入捜査である以上、足が付く可能性が有るクレジット・カードや電子マネーは使えないし、銀行預金は、一端、全部おろしてるが……。
    「おい、この財布を、このチンピラどもに見せちまったのか……」
    「あ……あ……ああ」
     何か……嫌な予感がする。
    「どこで、チンピラどもは、この財布を見たんだ?」
     俺は死霊達に命じて、公安崩れに「恐怖」の感情を起こさせる。
    「ががががが……」
    「言え……」
    「……ま……まさか……これは……あんたが……」
     最大の恐怖……それは、自分でも、何故、恐怖しているか判らない恐怖……。そんな恐怖は、対処のやりようが無い。
    「『まさか』ね。こっちも『まさか』と言いたい事が有る。おい、シャブ中野郎、こいつら覚醒剤シャブの売人か……」
    「は……は……は……はい……」
    「馬鹿か……てめえは……」
    「で……でも……何か……変だ……変なんだ……」
    「何がだ?」
    「じ……重要な情報かも知れない……」
    「もったいぶってないで言え」
    覚醒剤シャブがバカ高価たかいんだ……」
    「へっ?」
    「何故か、東京あたりよりも……覚醒剤シャブの値段が1桁ぐらい高価たかいんだ」
    (8) クソ。
     連絡用のWEBサイトに報告を上げる際にも隠語を使わないといけない筈なのに、肝心のモノの隠語が決ってなかった。
     何で、ヤクザに潜入捜査するのに、報告書内で使う「覚醒剤シャブ」の言い換えを決めてないんだよ?
    『広島県内で、ある物品の値段が高騰している模様。情報求む』
     伝わる訳が無い。
    『広島県内で、違法な白い粉の値段が高騰している模様。情報求む』
     隠語を使ってる意味が無い。
    『針谷さんが常用してる薬の値段が広島県内で高騰している模様。情報求む』
     針谷ってのは、あのシャブ中の公安崩れの偽名だが……余計、判りにくい。そもそも、「上」は、あいつがシャブ中だって知ってるのか?
     仕方なく検索サイトで「覚醒剤」の巧い言い換えが無いかを調べていると……。
     コンコン……。
     俺が泊まってるネットカフェのブースのドアを叩く奴が居る。
    「誰だ?」
     念の為、「使い魔」どもを呼び出す。
     ドアをゆっくり開けると……。
    「これ、あんただろ?」
    「えっ?」
     そこに居たのは……身長一六〇㎝台後半の痩せた小男。
     そして……そいつの手にしている携帯電話ブンコPhoneの画面には……。
    「ど……どうなってる?」
     シャブ中の公安崩れを取り囲んでいるチンピラ5人が、苦しみ出して倒れ……そこに俺が駆け付ける映像が早送りで流れていた。
    「訳は後だ……。ウチの『会社』の『魔法使い』が現場を調べたら、残留霊力が有ったそうだ。あんたも『魔法使い』系なんだろ?」
     しまった……。その処置を忘れてた。
    「あんた、自分が何やったか判ってるのか? ここの地元のヤー公殺しちまったんだぞ」
    「へっ?」
    「あんたは……友達だか何だかを助けたつもりだろうが……結果的に、この辺りを仕切ってる『山能組』って暴力団を敵に回したんだ」
    「え……えっと……。そもそも、何で、その映像が……」
    「俺達は、広島県内ほぼ全地域の街頭防犯カメラの運用をやってるセキュリティー会社のもんだ」
    「お……おい……」
    「中々の腕みたいだが、このままじゃ、とっとと広島から出て行くか、ウチの会社に雇われるかしかしないと、あんたは殺される」
    「マトモなセキュリティ会社じゃないだろ……」
    「いや、普通のセキュリティ会社だよ。親会社が政治団体の『神政会』なだけで……」
    「へっ?」
    「あれ? 他県の奴は聞いた事が無いのか? 広島最大・最強の政治団体だ。以外は、ごくごく真っ当な保守系政治団体だよ」
    (9)「神奈川の玄武愛国塾って……右翼団体を騙ってたヤクザの下請をやってたんだが……」
    「ああ、この前、『正義の味方』どもに潰されたとこか……」
    「そ……潰れたんで、仕事が無くなって、こっちの方が景気良さそうなんで『就職活動』に来たんだ」
    「あの一緒に居た男は?」
    「神奈川に居た時に組んでた情報屋だ」
     俺が連れて来られたのは……雑居ビルの一室……と言っても下手したら百人以上の人間が働けそうなフロアだった。
     どうやら、その「セキュリティ会社」は、この6階建ての雑居ビル丸ごと借り切ってるらしい。
     俺を尋問してるのは、その「セキュリティ会社」の「特殊保安部」とやらの管理職。
     四十過ぎの……一見すると豚だが、よく見ると筋肉達磨と言った感じの体重一〇〇㎏OVERは確実そうな奴。
     顔だけは妙に温厚そうだが……良く良く観察してると、表情にほとんど変化が無い。
     一〇分経っても、二〇分経っても、仏像か何かのような温厚そうな表情が顔に貼り付いたままだ……。
     何か……嫌な気がするが……魔法で「探る」と逆に「探った」事を気付かれそうな雰囲気も有る。
    「なら、しばらくは、俺達が容易したマンションから出るな。食事や日用品は届けさせる。あと……一緒に居た男は情報屋だと言ったな」
    「あ……ああ……」
    「じゃあ、ウチに就職したいなら採用試験だ。山能組の組長をる計画を立案してみせろ」
    「予算と期日は?」
    「これぐらいだな……」
     金額は……無茶苦茶だ……。
     広島最後の神政会への「抵抗勢力」である山能組は……構成員・金ともに神政会の数十分の一。いや、百分の一未満であってもおかしくない。
    「この金額……しょぼい組1つ潰すには……」
    「わかるか? 相場より桁1つ多い。派手にやってくれ……警察デコスケや、最近流行はやりの『正義の味方』どもとの全面戦争も辞さないぐらいのな……」
    「へっ?」
    「しょぼい暴力団ヤクザの組長1人を血祭りに上げるんじゃねえ。ついでに、どでかい花火を打ち上げるんだ。警察デコスケや『正義の味方』どもへの宣戦布告の花火をな……」
    「あ……あの……神政会は他県進出の準備をしてるって噂を聞いたんですが……その大事な時に、そんな派手な真似して大丈夫なんですか?」
     仏像みたいな表情が顔に貼り付いてた筋肉達磨の顔の筋肉に……ようやく大きな変化が有った。
     つまり……爆笑した、って事だ。
    「他県進出? おいおい、警察発表やネット上の噂や『業界誌』の与太を本気にするんじゃねえよ。最終目的は……もっとデカい事だ」
    「え……?」
    「採用試験に合格するまで詳しい事は言えないがな。ああ、そうだ……お前と一緒に組むのは、お前をここに連れて来た男だ。コードネームは『幕下』。そうだな……お前のコードネームは『チビすけ』で、一緒に居た男は『アイス』でどうだ? 仕事中は、俺の事は……『阿弥陀様』とでも呼んでくれ」
    「は……はぁ……。じゃあ、『阿弥陀様』、花火を打ち上げろ、って事ですが……火薬はどんな種類のを、どれだけ用意出来るんですかね?」
    「火薬? 何の事だ?」
     「上」が言ってた通り、神政会が米軍岩国基地を襲撃して武器なんかを奪ったんなら……当然、持ってる筈だ。
    「いや……だから……標的を爆殺するってプランを立てた場合……それが可能なだけの爆薬は調達出来ますか?」
    (10) そして、山能組の組長は俺の立てたプランで見事に爆死した。
     俺達、暗殺チームは広島市内の居酒屋を借り切って打ち上げ。
     居酒屋は居酒屋だが、値段はそれなり、メニューも和洋中揃ってるが妙にお洒落系のモノが多く、割烹料理店みたいに客席から板前が調理してるところが見える。
     はっきり言って、ヤー公が来ていいようなとこじゃない「上の下」ぐらいの高級店だ。
    「おい、落としたり、パァっと使ったりするんじゃね〜ぞ」
     『阿弥陀様』からメンバー各自に分厚い封筒に入ったボーナスが手渡される。
     電子マネー全盛の時代に、銀行振り込みもせず、電子マネーでもなく、現金ゲンナマを直接手渡しってのは……要はそう云う事だ。
     現金ゲンナマが、一番、金の動きを追いにくい。
    「あ、そうだ『チビすけ』。一次会が終ったら、新人歓迎会だ。主役が酔い潰れてたらアレなんで、すまないが、一次会では、ほどほどにしてもらえるかな?」
     嫌な予感しかしないが……ここは馬鹿のフリ。
    「あ……わかりました。手荒な事は勘弁して下さいよ」
     そして、一次会が終ると……路面電車その他の公共交通機関の終電は、まだ先の筈なのに、何故か近くの駐車場に御案内。
     嫌な予感が増すが、微酔ほろよい気分のフリをして……おい……。
     車酔いか、酒のせいで、ゲロ吐きそうになったフリして車の外に出て逃げるか?
     だが、決断が遅れた。
     車は、どんどん山奥の……人通りも人家も稀な場所に入って行き……え?
     着いた場所に有ったのは……養豚場の看板。
     今時、LEDじゃなくて、白熱電球で照らされた物置まで連れてこられ……。
     あ〜あ……。
     我ながら、冷静だった。
     心のどこかで、こんなオチになる気がしてたんだよ。
     物置の中に居たのは……潜入捜査仲間のシャブ中の公安崩れと、広域組対マル暴の不良警官。
     2人とも、顔中痣だらけの傷だらけ。服は血だらけ。椅子に縛り付けられている。
    「おい、チビすけ……採用試験の最終だ」
    「へっ?」
    「この2人、殺せ」
     ええっと……馬鹿のフリ……。
    「いや……と言っても、これ……俺が使ってた情報屋と……あと、誰です、これ?」
    「ああ、ウチと山能組の両方に情報を流してた組対マル暴不良警官くされデコスケだ。二重スパイは、敵が居なくなったら不要になる事を知らなかったほどのマヌケだ。もう要らん」
    「あ……で……こいつの方は?」
    「ウチも『上』から、コンプラだかテンプラだかをうるさく言われてな……有能でもシャブ中は論外だ」
     ああ……そう云う事か……。
     だから……こいつのコードネームが「アイス」だったのか……。
     最初からシャブ中だと気付いてたので……覚醒剤シャブの別名をコードネームにしたのか?
    「お……おい……待て……」
     広域組対マル暴の不良警官が、小便を漏らしながら、たどたどしい口調で、そう言い出した。
    「ん?」
    「そ……そいつは……潜入捜査官だ……」
     ところが……えっ? マジで気付かれてなかったのか? それとも芝居か?
     その場に居たヤー公達、全員がポカ〜ン。
    「あ……あのな……あんた……」
     俺は頭を押さえながら、説明をしてやった。
    「仮に、あんたの言ってる事が本当だとしても……俺が、あんたの言ってる事が嘘だってフリをする為には、あんたを殺すしかねえ。逆に、あんたの言ってる事が嘘なら……俺はあんたを平然と殺す」
    「へっ?……うぎゃあッ⁉」
     俺が呼び出した死霊は……あっさり広域組対マル暴の不良警官の「命」を吸い尽す。
    「お……おい……待て……俺まで……」
    悪いわりい。俺の『使い魔』どもは、あんたの事嫌いみたいなんだわ」
    「えっ? おい、待て……うぎゃあ……」
     だが……「使い魔」どもの機嫌は悪そうだった。
     おい、お前らだって、この公安崩れを嫌ってたくせに、殺したら殺したで、何が「美味しくない」だ?
    「まぁ、いいや、合格だ」
     「阿弥陀様」は、本当に仏のような顔……ただし、内心は知れたモノじゃないが……で、そう俺に告げた。
    (11) 公安崩れと広域組対マル暴の不良警官と連絡が取れなくなった……そう、警察の方の上に報告してから3日経っても、先方は何も言って来ない。
     どうなってんだ……と思ってたら……どうなってんだ?
     連絡用のWEBサイトに広告が表示されていた。
    『広島でオススメのお店と言えば……』
     その後は文字化け。それと焼肉の画像。
     何で、警察が秘密裏に作ったサイトに広告が表示される?
     それも、広告が文字化け……? 待て。
     文字化けした部分をコピペ。
     警察で使われてる、いくつかの暗号で復号を試みる。
     3つ目の暗号アルゴリズムで復号に成功。
     暗号ソフトが、住所と日時と店名を表示する。
     そして、当日、その住所に行ってみる。
     市街地から結構離れた住宅街の……ん?
     駐車場なしの小さな店。
     だが……。
     店に入ると……店主らしい五〇過ぎのおっさんに……客が1人だけ……。
    「おい……何、ヤバい真似してる? 一般人は近付かねえだろうが……同業魔法使いが見たら、一瞬で『あやしい』って思うぞ、これ」
     俺は、おっさんにそう言った。
    「やっぱり、わかりますかね?」
    「当り前だ」
     店の周囲には結界が張ってあった。
     結界内に侵入した人間に「何となく嫌だ」と云う気持ちを起こさせる効果が有る結界だ。
     店には余計な一般人は入って来ないだろうから、密会の場所には最適に見えるが……欠点が1つ。同業魔法使いには、この「何となく嫌だ」が一瞬で「魔法」による効果だと見抜かれて、逆に怪しまれる。
    「まぁ、いい、オススメは何だ?」
    「モツ系と骨付きカルビです」
    「じゃ、それと、野菜を何か適当に」
     俺は、そう言いながら、たった1人の客の向いの席に座る。
     そいつは……金色に染めた髪をツインテールにして、水色のスカジャンを着ていた……太り気味で美人には程遠いが、妙に愛嬌のある顔をした二〇後半ぐらいの女だった。
    「あ、あたし、別働隊の連絡係」
    「そんな事だろうと思ったぜ。俺は御役御免か?」
    「御役御免がお望み?」
    「まぁな……」
    「残念だね。御役御免がお望みなら、マヌケのフリをすべきだった」
    「はぁ?」
    「あたしさ、精神操作までは無理だけど、他人の心をある程度読む位は出来るんだ」
     ツイテールの金髪デブは、そう言いながら、黙々と焼けた肉を食べる。
     ちくしょう……。
     別働隊が居る事を知った瞬間に、驚いたフリでもすべきだった……。もっとも、このデブ女が言ってる事が本当なら……「フリ」である事を見抜かれる可能性が有るが。
    「じゃあ、別働隊はどうしてる?」
    「おっちゃんより遥かに優秀な筈の人が何人か投入されてた……けど……」
    「けど……?」
    「おっちゃんがやった山能組の組長の爆殺だけど……爆弾詰んでた特攻カミカゼトラックの運転手、誰だったと思う……」
    「え……っ?」
     お……おい、まさか……そんな……馬鹿な……。
    「店長さん、ジンジャーエール、おねがい」
    「はい」
    「ど……どうやって……バレた?」
    「判らない。判らないから、次の潜入捜査員を投入出来ない」
     そ……そんな……。
     だが……このままでは……どうしてバレたかを突き止めない限り、潜入捜査員を投入しても、次から次へと殺される。
    「あとさ……とんでもない『都市伝説』が事実ホントだと判った。麻取にも話を通しとくべきだったかもね」
    「何の事だ?」
    「聞いた事ない? 覚醒剤の日本への輸入ルートで『在日米軍ルート』ってのが有るって」
    「お……おい……」
    「岩国基地の米兵が皆殺しにされたせいで……『在日米軍ルート』の1つが潰れて、広島で覚醒剤シャブが高騰してる」
    「ヤクザが自分の飯の種を潰したのか?」
    「それが……変なんだよ。おっちゃん、自分の就職先が、どんなとこか知ってる?」
    「だから、神政会の下部組織だ」
    「違うよ、神政会の中でも特殊部隊だ。そして、
    「はぁ?」
    「おっちゃんの『就職先』は……神政会系の他組織とは……知り合いが居ないとか、利害関係が無いとか……
    「お……おい……まさか……」
    「そして、岩国基地から武器・弾薬を強奪したのは……神政会系の他の組じゃない……おっちゃんの就職先だよ」
    「へっ?」
    「多分だけど、おっちゃんの就職先は……だ」
     冗談じゃねえ……エラい事になったな……。
    「残念だけど……おっちゃんは、当分、御役御免にはならないよ」
    便所のドア Link Message Mute
    2022/10/07 20:22:17

    第一章:In My End Is My Beginning

    そこは「この現実世界」に似ているが様々な「異能力者」が存在し、科学技術と超常の力が併存する平行世界の2010年代末の日本。
    「対異能力犯罪広域警察機構『レコンキスタ』」の中でも「異能力者」のみから構成される汚れ仕事部隊「ゾンダー・コマンド」の1人である「死霊使い」の横須賀 隆は、他の警察機構との共同捜査の為に、広島の自称・保守系政治団体(実態はヤクザ)である神政会への潜入捜査を命じられる。 その目的は、神政会の「裏ボス」である規格外の異能力者の正体を探る事。
    だが、集められたメンバーは……どう考えても「『上』が成果をあげてくれると思ってる『本命』は他に居て、自分達は殺される事前提の囮部隊」。
    果たして、ダメダメ潜入捜査官どもの運命は?
    #異能力バトル #ダークヒーロー #潜入捜査 #異能力ヤクザ

    「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。

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    魔導兇犬録:闇黒新世界
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