喧嘩したあとで「アウグスト」
アウグストは呼びかけられる声に気が付かず、待機室でぼうっと呆(ほう)けていた。
「おい、アウグスト」
顔の横を光のナイフが通り過ぎ、かすかにアウグストの髪を切ったので、アウグストは驚いた。こんなことをする人間は、アウグストが知る限り一人しかいない。
「なぜ、俺が呼んでいることに気が付かなかった? 休憩とはいえ、仕事中だぞ」
「……すみません、ユリウス団長」
ユリウスはひどく不機嫌そうにアウグストの向かいの椅子を引き、腰掛けると頬杖をついた。
「……何か」
重い雰囲気に耐えかねてアウグストは口を開いた。
「お前がここ最近、仕事中に意識が散漫していると聞いたのだが、どうも本当らしいな」
「はあ」
つまり、仕事中ぼうっとしていたと。
そうだったか、とアウグストは自身を省みる。そんなことない気がするのだが。
「さっきも俺が呼んだのに、お前はこたえなかったな」
「それは」
「休憩中だろうが、非常時はあるだろう。お前は危機感が足りていない」
第一騎士団(アリエス)にはそれほど緊張感が要求される。それはわかっているが、ユリウスの言い方には刺があるような気がする。アウグストは眉をひそめたが、わかりました気をつけますと返事をした。
「恋人をつくろうが構わない、だがなそれを現場に持ち込まれては困る。けじめはつけろ」
そう言い残すとユリウスは立ち去っていった。ユリウスは仕事に戻るのだろうか。
アウグストはああ、そうかと自嘲気味に嘲笑って、拳を固く握りしめた。
仲直りしよう、そう思った。