海神と迷子 18※ご注意※
・オリジナル設定火炎放射
・キャラ崩壊
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「そういえば、ヘルメスさんの靴って私の足に合わないんじゃないですか?」
ゼウスの宮殿まで続く道を歩きながら、千栄理はふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。ヘルメスの靴の話は何となく知っていた彼女だが、そもそも成人男性の姿をしている彼とは足のサイズが違うのではと、単純に思った。しかし、ヘラクレスは快活な笑みを浮かべて「それなら、大丈夫だ!」と言う。
「ヘルメス様の靴は誰にでも合うように作られていてな。千栄理の足でも大丈夫だと思うぞ」
「へ? どういうことですか?」
よくよく訊けば、ヘルメスの靴というのは、呼称が靴というだけで、実際は普通の靴とはだいぶ異なる物のようだ。
「オレは借りたことは無いが、とても気持ちのいい物だとは聞いたことがある」
ヘラクレスも実物を見たことは無いようで、お互いにどんな物なのか想像して、話し合っているうちに、ゼウスの宮殿に着いてしまった。
ヘラクレスの肩から下ろしてもらった千栄理は、金の城門の前に立ち、じっと門を見上げる。ここから声を掛けてもきっと聞こえないだろうと思っていると、ヘラクレスが素手で普通に門を開けた。自分達よりずっと高さがある金の城門を、まるで普通の家の玄関扉かのように無造作に開けたので、千栄理は改めて彼の怪力に舌を巻いた。門を少し開けてできた隙間からヘラクレスが手招きし、千栄理はその隙間に入る。彼女が自分の後ろに回ると、ヘラクレスはもう一度、門を固く閉じた。
改めて門の中を見渡してみると、宮殿までまた随分長い道のりがあった。ただ、これまでの山道と違うのは、豪華絢爛な庭園が広がっているということ一点に尽きる。今、彼女達がいる地点はメインストリートの真ん前。両脇に規則的に生えている樫の木の通りを真っ直ぐ進むと、湖のように大きな噴水があり、薄く虹が掛かっている。メインストリートの両脇にはゼウスの紋章や彼の象徴となる鷲や牡牛の躍動感溢れる様を模した芝生が青々と配置され、神の威光を表していた。この一画だけでも最高神の権威がありありと分かるが、この奥は庭園の比ではないのだろうと、千栄理は開いた口が塞がらなかった。
「すごい、ですね……」
「ゼウス様の宮殿だからな。千栄理、ここからまた少し長いが、歩けそうか?」
「大丈夫です。ここまでヘラクレスさんが運んで下さったので、後は頑張ります!」
「偉いぞ!」と千栄理の頭を撫でて行くヘラクレスに、彼女は少し不満げな顔をして、その大きな背中にぽつりと呟いた。
「私ってそんなに子供っぽいのかな」
宮殿の玄関ホールに着く頃には、千栄理は僅かに息が上がっていた。日頃の運動不足が祟ったのもあるだろうが、それを差し引いても宮殿までの道のりは遠かった。そんな彼女の様子に、ヘラクレスが心配そうな顔を向ける。
「大丈夫か? 千栄理」
「はぁ……はぁ……はぁ…………だい、じょうぶ、です……」
「千栄理ちゃ〜ん! よぉく来てくれたのぉ」
「きゃ〜!」と擬音が付きそうな勢いでこちらへ早歩きでやって来るゼウスに、二人は深々と一礼する。彼の背後には例に漏れず、ヘルメスの姿もあった。
「すまんのぅ。千栄理ちゃんが配達に行くってのに、ヘルメスの靴のことをすっかり忘れておったわい」
「いいえ。こちらこそありがとうございます。神様でもない私に持ち物を貸してくださるなんて……」
「何言っとるんじゃ! 千栄理ちゃんだから、貸すんじゃよ! そんじょそこらの人間になんてぜ〜ったい貸さんよぉ!」
何故かムキになるゼウスに、千栄理は何だか嬉しくなって照れくさそうに笑う。ゼウスの後ろから静かに前に出たヘルメスが、千栄理にある物を差し出した。
「千栄理さん、こちらが私の靴です。足首に嵌めてください」
ヘルメスの手には二つのシンプルな足輪があり、彼はそれを靴だと言った。とてもそうは思えない千栄理は、小首を傾げる。呆けた顔で固まったままの千栄理に、ヘルメスは押し殺し切れない笑いを漏らして彼女の掌に足輪を乗せる。ますます訳が分からない上に、ちょっと不信そうな顔をする彼女に、とうとう耐え切れなくなったヘルメスが「その顔やめてください」と言いながら、体ごと横を向いて口を手で塞いだ。
「だ、だって……笑わないでくださいっ」
「千栄理さんが……面白い顔をするので……っ」
「むぅ……。とにかく、足首に嵌めるんですね」
ヘルメスの言う通りにしてみようと、千栄理は足輪の繋ぎ目を外して素直に足首に巻く。これで飛べるようになるのだろうかと思い、立ち上がるが、いつまで経ってもそれらしい効果は現れない。今度こそ「騙されたのでは?」と言いたげな顔をする千栄理に、笑いを引っ込めたヘルメスが一言で説明する。
「千栄理さん、自分が飛ぶイメージをしなければ、いつまで経ってもただの足輪ですよ?」
「へぇっ!? 早く言ってくださいよぉ!」
「え。むしろ、なんで付けたら飛べるなんて思ってたんです? そこまで使用者を甘やかす仕様ではありませんよ」
意地悪なヘルメスに、何か一言言ってやろうと、千栄理は何度かぱくぱくと口を開閉していたが、相手は神様なので、結局口を引き結び、代わりに不満げな視線を送るだけに留まった。そんな彼女を見て、ヘルメスはただ「ここで金魚のモノマネとは、千栄理さんはどうしたんでしょう」としか思っていなかった。原因は先程の自分の発言だが、敢えてそこには触れようとしないのが、この神の性格だ。
「飛ぶイメージ……」
「千栄理ちゃん、頑張るんじゃぞぉい」
「千栄理なら、きっとできるぞ!」
ゼウスとヘラクレスの応援を受けて、それに微笑みで返した千栄理は、ぐっと両手を握り拳にしてそのまま目を閉じ、集中する。いきなり遥か上空を飛ぶのは怖いけれど、飛んでいる実感は欲しいので、自分の腰くらいの高さを想定する。すると、自身の周りに微かに巻き起こる風を感じ、髪を撫でていく感覚に千栄理は目を開けた。途端に重力から解放されたような感覚に包まれた彼女は、イメージ通りに腰の高さまで飛び上がった。しかし、そのままバランスを崩し、つるっと滑って転ぶように逆さまになって床に頭部を強かにぶつけた。何とか腕で防いで顔がぶつかる事態は避けたが、じんじんとした痛みが両腕全体に染みる。
「大丈夫かっ!? 千栄理!」
「うぅ〜……! お、起こしてください〜……」
ヘラクレスの手を借りて何とか起こしてもらった千栄理だが、手を離すと今度は後ろへ倒れそうになってしまう。その様を見て、ゼウスは悩ましげに眉を顰めた。
「う〜ん……千栄理ちゃんは普通の人間の女の子じゃから、ヘルメスの靴も大分出力を抑えた筈なんじゃが……。どう思う? ヘルメス」
「…………」
「ヘルメス?」
傍らに立っている筈のヘルメスから返事が来ないことに、疑問を感じたゼウスがゆっくりそちらへ目を向ける。ヘルメスはこちらに背を向けて顔を手で覆い、具合が悪そうに縮こまっている。一瞬、体調が悪いのかと思ったゼウスだったが、すぐに認識を改めた。
「…………んっ……くっ……ふふ…………はははっ……!」
笑っている。しかも、これ以上無いくらいに爆笑している。何とか体裁の為に耐えているようだが、耐え切れてはいない。ゼウスがもう一度話しかけても、とても何か言える状態ではないようだ。ゼウスはそんな息子の背を見て、思わず声を上げる。その声は、ヘルメスを見た千栄理が恥ずかしさで顔を真っ赤にさせながら、叫ぶのと同時だった。
「お前、ひどい奴じゃな!? ヘルメス!」
「笑わないでくださいっ! ヘルメスさんっ!」