海神と迷子? 9※※ご注意※※
・激しいキャラ崩壊(デレポセ)
・オリジナル扱いのギリシャ神様
・ちょっとだけ下ネタ
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は次ページへどうぞ
千栄理が意識を取り戻し、アスクレピオスの問診を受けて念の為、千栄理はもう一日入院することになった。ポセイドンは自宅療養でも良いのではと言ったが、まだ体力が完全に回復した訳ではないので、移動するのは少々負担がかかるというのがアスクレピオスの見解だ。無理せず過ごすように言い残して出て行くアスクレピオスを見送ると、千栄理は少し拗ねているポセイドンへ苦笑混じりに言う。
「仕方ありませんよ、ポセイドンさん。後一日過ごしたら、帰れますから」
「…………お前は余と共に居たくないのか?」
「一緒にいたいから、ちゃんと休むんですよ。どうしたんですか? ポセイドンさん、不安そうな顔してます。私はもう大丈夫ですよ」
「……余は、不安そうに見えるのか?」
千栄理から見た今のポセイドンは、普段の彼からは想像もできない、まるで迷子になった子供のような顔をしていた。寂しそうで心細い。そんな表情を他人には決して見られたくないであろうことも重々承知している彼女は「はい、少しだけ」と初めてポセイドンに嘘を吐き、彼の手を引いて自分の胸に顔を埋めるよう抱き締める。その行為に、ポセイドンは特に抵抗することも無く、ベッドに身を預け、されるがままだった。自分の手の届く範囲でベッドカーテンを閉め、千栄理は少しだけ抱き締める腕に力を込める。ふわふわとしたポセイドンの金髪を優しく撫でながら、「大丈夫ですよ」とゆっくり何度も唱えた。
とくとくと、小さな胸から温かさと共に伝う心臓の音を肌で聴き、髪を撫でる小さく柔らかな手の感触に、ポセイドンは全身で彼女が生きていることを知る。こんなに小さく細い体で彼女が生きていることに、不思議なものを感じていた。普段なら、自分より遥かにか弱い彼女の慰めなど、受け取らなかっただろうことを遠くの出来事のように感じて、今はただ頭を撫でる千栄理の手が心地良くて、ポセイドンはそっと抱き締め返しながら、彼女と共に横になった。
少し眠り、次に目覚めると、ポセイドンの中に言い様のない羞恥心が芽生えていた。屈辱にも非常に近いそれに千栄理の顔を見られないまま、ポセイドンは彼女の腕の中で静かに言った。
「千栄理」
「はい」
「先程の余は、忘れろ」
「はい。誰にも言いません」
「余があの様になったのは、貴様のせいだ」
「ごめんなさい」
「次、このような事態になれば、殺す」
「殺されるのは、嫌です」
そんな言葉は本気で言っている訳ではない。と思いたい千栄理だが、腕の中でぎらぎらと光る鮫のような獰猛な瞳に冗談ではないかもしれないと、悪寒に似たものを感じた。しかし、それもすぐに鈍くなり、ポセイドンの固く大きな手が千栄理の後頭部を優しく撫でる。
「もう……一人で行くな」
「……はい。心配させてしまってすみません」
少し無言の時が過ぎ、ふと千栄理はあることを思い出した。
「ポセイドンさん、お仕事……」
「行かぬ」
「だめですよ。ハデス様やゼウス様に怒られちゃいますよ」
「……」
むすっとした顔で抗議するポセイドンに、千栄理は幼児を叱るような調子で「だめです」と再度言う。それでもなかなか放す気配が無い彼はぽつりと呟く。
「お前の返事を聞いていない」
「お返事? ……あ、もしかしてあの時の……?」
「他に何がある。早く寄越せ」
告白の返事を要求するポセイドンに対して、千栄理は恥ずかしそうに目を逸らし、ポセイドンにしか聞こえない声で応える。
「まだ、だめです」
「おい、何だそれは」
「まだ答えられませんっ。……お返事は、あの場所で言います」
「……どこだ」
千栄理の言う『あの場所』とは、ポセイドンが一柱で千栄理の呪いを解こうとした、あの海の沖だ。場所などどうでもいい、今すぐ寄越せと言うポセイドンに、千栄理は「お返事は誠実にしたいんです」と訴えた。彼女の言い分としては、あの場所で告白を受けたからには同じ場所で返事をするのが礼儀ということらしい。神に対して礼儀を欠くようなことはしたくないと主張する千栄理に、ポセイドンはまだ少し不満そうな顔をしていたが、納得はしたようで、明日退院したら、真っ先に向かうと一方的な約束をした。
そこで出し抜けにベッドカーテンが開けられ、ロキと瞳が顔を出す。彼らの前には千栄理と同じベッドに横たわるポセイドン。ポセイドンとお互いの髪の感触を楽しんでいる千栄理という、知り合いのあまり知りたくない姿を見てしまったロキはげんなりした顔で見ていた。
「また千栄理のお守りやれって言われて来てみれば、これ? 仕事行きなよ、ポセイドンさん。じゃないと、海の最恐神が人間の女に夢中で仕事サボってるってSNSで拡散しまくるよ?」
「殺すぞ」
一瞬で槍を持って立ち上がったポセイドンにスマホを手に持ったロキは「ほらほらぁ〜、ボクが投稿する前に早く行った方が良いんじゃな〜い?」と煽る。槍を振り上げようとしたポセイドンだったが、千栄理の心配そうな視線を感じ、舌打ちをしてその場を立ち去った。
彼がいなくなると、ロキはカーテンを全て開け、ベッド近くの丸椅子に座った。
「なぁ〜んだ。てっきり、ポセイドンさんともうヤることヤったのかと思った」
「やること? ですか?」
ロキの言っていることが分からず、不思議そうな顔をする千栄理に、ロキはにまにま笑いながら、下品なハンドサインをして見せる。その意味を理解した千栄理は赤面し、「何言ってるんですかっ!」と怒り、ロキはからからと笑う。あけすけな主人に瞳は「最低ですね」と冷ややかな目を向けるも、ロキはどこ吹く風という調子だ。
「わっ、私、ポセイドンさんとそんなっ……!」
「え〜? 違うの? ポセイドンさんに告られたんでしょ?」
「えっ!? なんでご存知なんですかっ!?」
「本神から聞いたから。もう天界中知ってるし」
困惑し、恥ずかしがる千栄理に構わず、ロキは「で、返事したの?」と先を促す。千栄理がまだだと言うと、信じられないと言いたげにわざとらしく驚く真似をした。明日、海で言うのだと彼女が付け加えると、彼は依然としてふざけた調子でからかう。
「ポセイドンさん、かわいそ〜。一柱で呪い解けなかった上に、告白の返事も保留されちゃって」
「保留じゃないです。明日お返事するんですから」
「は? でも、すぐ貰えてないんだから、保留は保留じゃん。ねぇねぇ、誰にも言わないからボクだけに教えてよ」
「駄目です。一番はポセイドンさんに言うって決めてますから」
珍しくぴしゃりと言い放つ千栄理に、ロキは取り付く島も無さそうだと判断し、つまらなさそうに唇を尖らせて「ちぇ〜」と零した。そんなロキに千栄理は心配そうな顔を向ける。
「あの、ロキさん」
「なに?」
「怪我、大丈夫ですか? ポセイドンさんも怪我してましたけど、ロキさんもひどかったって……」
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。つーか、あんなんでボクもポセイドンさんも死なないし、君らみたいに脆弱な人間と違ってボクら神だしね」
ロキとしては嫌味を言ったつもりだったが、千栄理はやはり彼の予想とは違い、どこかほっとしたように微笑み、「良かったです」と零した。自分だってただでは済まなかった、それどころか一歩間違えば死んでいたというのに、無邪気に他人の心配をする千栄理の姿に、ロキはなんだか胸の中がむかむかしてくるような感覚を覚える。でも、不思議と嫌な感じではないことに知らない振りをして、彼はぷいとそっぽを向き、「やっぱ、お前キライ」と呟いた。