答え合わせはしないけど ああ、やられた、と思った。
相手を侮ったわけでもなければ、ミスをしでかしたわけでもなかった。
ただ、王子は、読み負けた——敗北したのだ。
特徴のある白髪が視界から消える。ふわりと浮かぶような錯覚がある。
ぼすん、と落ちた先は緊急脱出用ベッドだ。は、と短く息を吐くと、王子は身を起こした。狭い部屋の入口から見えるデスクの周りには、三人の人影がある。
「おつかれさま」
口を開いたのは橘高だ。
「うん、おつかれさま」
生駒隊、玉狛第二と争ったランク戦第六ラウンド、王子隊は、——最初に全員が落とされた。
オペレーターデスクのモニタを覗き込み、反省会よりも先に、まずは試合のゆくえを見守る。
王子が空閑に与えたダメージで彼が緊急脱出すれば、まだ王子隊にも勝利の可能性はある——と言いたいところだが、ここで逃げを打つような玉狛第二ではなく、生駒隊にもそれを迎え撃たない道理はないだろう。どちらにせよ、王子隊に勝利が与えられることはありえない。
雨取が鉛弾を撃ち、隠岐の動きが鈍った隙に、空閑が生駒に攻撃を——否。
「ああ、なるほど、隠岐先輩を……」
「きっとオッサムの指示だろうね。さすがだ」
関心して声をあげた樫尾に補足する。三雲くんの、と呟いた後輩の眼に闘志が灯るのを見てとって、王子は笑んだ。
そのくやしさは、きっと糧になる。——とはいえ、世の中にはそれを表情に出すべきではない立場というものもある。
たとえば、隊長、とか。
試合が終了したので、四人はソファに移動して、振り返りをすることにした。王子は中央に座って、さあ、というように三人を見上げた。
「玉狛にやられたね」
どうあっても話題はかの隊のことになる。とくに隊長である三雲の手腕には見事と言わざるを得なかった。運というものもあったかもしれない、全く同じ条件でもういちど試合をしたとして、今度は負けない、という気持ちもある。それでも、王子は敗けたのだ——ああ、いま、自分の声は常と変わらぬ軽薄さを纏っているだろうか? 口惜しさが口調に滲み出てはいないだろうか。いまはまだ、覆い隠さねばならない、この胎のうちがわが燃えているような感情は——
「俺たち三人とも、な」
すこしいたずらっぽい声の響きに、王子は内心で目をまるくした。声の出どころを見れば、彼は腕を組んで穏やかに微笑っている。
きっと内心をわかっていて——とは、思わない。そうかもしれないし、そうではないかもしれなかった。彼の意図がどうであれ、いまこのタイミングで、きっと王子にいちばん必要だったことばが、与えられたことこそが重要だった。彼だって、これが終わっても、きっと王子に問うことはしないだろう——くやしいのか、と。
——ああ、きみの、そういうところが、ほんとうに。
「……そうだね」
そう言って、王子は微笑みを返した。
「王子くん、これからどうするの?」
『うーん、そうだね、ごちゃついたところを狙うのがよさそうだ』
バッグワームを着用する姿をモニタで確認し、橘高がデータを王子の視界へ送る。
「奇襲狙いね。もう一度狙撃手の位置を送るわ」
『ありがと。イコさんの動きによっては、ワイヤー地帯に踏み込んでもいいんだけど……』
そのやり取りを見守りながら、蔵内は自分の悔しさが表情に出ないようにと努めた。
この試合、蔵内は誰よりも早く叩き斬られて、ただモニタの前で状況を見守るのみになっていた。しばらくのちに緊急脱出してきた樫尾とともに、己が隊長の立ち回りをただ見ている。
戦況が変わるまで、誰かが隙を見せるまで待機状態になった王子を補助しながら、ふと橘高が言った。
「王子くん、三雲くんの首を狙ったのは蔵内くんの敵討ちかしら」
「……違うと思いますよ、羽矢さん」
王子から返答がなかったことで、それが内部通話に乗せられていないことばだと知れた。蔵内はすこし迷ってからそう答える。
「首を狙うのはそのほうが効率がいいからでは」
そう言った樫尾に頷く。実際のところ、王子がわざわざ敵の首を刈るのは、その理由が九割九分ではないかと、たしかに思う。——そこに一分、いや一厘、仇討ちのような意図があれば嬉しくないかと、そう言われれば肯定せざるを得ないが。
王子にはそういうバランス感覚がある。効率的なこと、なにかのためになること、それを選びとって、けれども自分の意思に反することであるならば、いくら効率が良かろうとも選ばない——最善に自らの意思を上乗せする、とでも言えばいいのだろうか。その紙一重さは、だけれども、口に出して確かめた瞬間まるでうそになる、そういう硝子細工のような生きざまなのだ。
だから、蔵内にとっての「王子の意図」は、いつまでも可能性にすぎない。そうでなくてはならない。
固唾をのんで見守るモニタのなか、透きとおったナイフのようにうつくしい男が、弧月を手に物陰から飛び出した。