同じ色を探すということ「すみません、ティーコジーはありますか」
「──はい、ございますよ」
背後から声をかけられ、お客様の姿を確認するよりも早く、反射的に私は答えた。
全国展開の雑貨店、その三門市内にある店舗で働き始めて、もう数年になる。
最近はアパレルや家具にも手を出しているこの店は、私ではちょっと日常使いができないような、あるいは手が伸びても購入を躊躇うような値段の品物も取り扱っている。ティーコジーはそんな品物のうちのひとつだった。絶対に必要とは言えず、けれども紅茶を飲むなら無いと味気なく、しかし趣味で買うには想像以上に値が張る、そういったもの。
振り返った先で、ありますか、よかった、と微笑んだのは──背の高い美丈夫だった。いかにも上品な見目麗しさ。
「それと、揃いのデザインのティーセットがあれば、欲しいんですが……」
落ち着いた声には聞き覚えがある。私が直接お相手をしたわけではないが、このところ何度か来店しているお客様だ。
いままでにどんなものを買っていたか、はっきりと覚えているわけではないけれど──恐らく引っ越し直後なのだろう、生活用品を揃えているのだなとわかるような買い物をしていたはずだ。生活必需品が揃って、趣味や娯楽を充実させる段階に入ったのかもしれない。
なるほど、そう思ってみればたしかに、優雅に紅茶を嗜んでいそうな容姿だった。
「でしたら、こちらか……、こちらはいかがでしょう?」
「ああ──これがイメージに近いかもしれないですね」
そう言って彼が指差したのは、よりにもよって最も値の張るシリーズだった。ティーコジーもティースプーンも統一のデザインで揃えられているが、すべてを買い集めようとするとかなりの額になる。
「……この青が、いい。──これをいただきます。ああ、これも……」
そんな品物たちを、まるでスーパーのカゴにぽいぽいと食料を入れていくみたいに、あれもこれもと指しては買い求めてゆく。
今日の売り上げが良くなるのは結構だが、この人、値札をきちんと見ているのだろうか? レジ前で「やっぱり、よしておきます」などと言い出さないだろうか、と不安になる──ああ、シュガーポットやミルクパンまで揃えようとしている。
「では、お会計を……」
──果たして、私の心配は杞憂に過ぎなかった。レジ台の上、並べられた品々を前に差し出されたクレジットカードの種類は、彼がかなりの年収を得ていることを証明するものだったからだ。
むしろ、この店のようなどこにでもある平凡な雑貨屋で日用品を揃えていいものだろうか。これだけたくさんの物を購入しておきながら配送を指定せず持ち帰る、というところからして、よっぽど近くに居を構えているのかもしれない。
「いい買い物ができました。ありがとうございました」
「こちらこそ──お気に召していただいたなら、よかったです。ありがとうございました、またご利用ください」
結局、常備されているなかでもいちばん大きな紙袋を提げて、近年稀に見るほど気前のよいそのお客様は、店を去っていった。さまざまな物が入ってそれなりに重い袋を抱えているというのに、背の高い後ろ姿は危なげなく歩いてゆく。
見送って私はほっと息を吐いた。いい人だったが、金持ちを相手にするというのは、どことなく緊張する。
今日彼が買っていったのは、ものの見事に「優雅なひとりティータイムを楽しむための品々」だった。それだけであんな大荷物になるくらいだ、よっぽど紅茶にこだわりがあるのだろう。立ち居振る舞いにも育ちの良さを感じた。
そんな富裕層──と思われるお客様、がわざわざこの危険な三門に越してくるなんて、理由はおのずと限られる。
あれはおそらく、ボーダーで働く人間だ。
ただ、ずいぶん穏やかな人柄だったこともあり、剣を振るったり銃を撃ったりの戦闘をするところは想像がつかなかった。事務職だろうか? ──それでもきっと、危険の多い仕事だろう。
新天地に来て、ティーセット一式をまず揃えようとするような人が、どうか怪我などなしに日々を過ごせればいいな──と、他人事ながらに思った。
「すみません、このティーカップはありますか?」
どこかで聞いたような内容で話しかけられ、私は「はい?」と反射的に聞き返しながら振り返った。見やった先にはスマートフォンの画面が示されており、そこには、挿し色の青が特徴的なカップが写っていた。
「これと同じものがあれば、欲しいんですが」
「ああ──はい、ございますよ」
答えながら、ああ、あの美丈夫が買い求めたものだ、と認識する。あの人が同じように問い合わせたのはティーコジーだった。このティーカップの青を見て、ティーセット一式の購入を決めた様子だったのだ。
それから、質問してきた相手を見やる。
「ありますか? よかった」
やわらかな笑顔で微笑んだ本日のお客様は、大量の買い物をしていった彼とはまた違う趣の、美しい男性だった。昨日の彼よりもすこし背丈は小さいがそれでも充分な高身長で、優しく笑うその表情が、なんとなく昨日の人を彷彿とさせる。
商品の案内をすると、彼は、じゃあこれで、と即決した。──そういうところも彼と似通っている。念のために他の品物も示してみると、彼は顎に手をやって小首を傾げた。
「……だいじょうぶです。ちょっとこちらを探してたので」
ほんの一瞬だけその柳眉が顰められたのを、私は見逃さなかった。
そもそも、昨日だって疑問に思った通り、このティーカップはそう頻繁に売れるようなものではないのだ。
「あの──このティーカップ、昨日も買っていく方がいらっしゃったんです。なにか、話題になっているんですか……?」
わざわざこの商品を目がけてこの店を訪れるなんて、恐らく昨日の彼と何かしら関係があるのだろう。そう推測できるが、あえて知らないふりをして尋ねる。実際、何らかのコミュニティの中で商品が話題となり売れ行きがよくなる──というのは、このSNS時代においてしばしばあることなのだ。
私の質問に、すこし考えるような素振りをみせたあと、彼は口を開いた。
「昨日の……って、ぼくよりすこし背の高い男のひとじゃないですか? 前髪を、こう、真ん中分けにした……」
「ああ、そうです。もしかして、お知り合いですか?」
「はい。そのひと、──ぼくの同僚なんです。こんなの買ったんだよって見せてもらって、ぼくも同じのが欲しいなあって」
「そうなんですか、ありがとうございます」
──だとすれば、この人もボーダーなのだろうか。
昨日の人も戦闘員だとは思えない上品さだったが、この人はそれに加えて線が細く、殊更に戦闘行為には向いていなさそうだ。余裕のある態度は、地位の高さをなんとなく窺わせる。かといって各メディアの報道で見かける人々ほど年齢を重ねているようには思えない。昨日は事務員かと推測したが、三門の名士にはあえてボーダー職員を輩出することで地元での評判を高めようとする動向もあるというから、彼らもそうかもしれない。
結局、眉を顰めるような事情までをも聞き出すことはできなかったが、昨日の彼と知り合いであることには違いないらしい。
会計のためにレジ前へ移動し──その時、店舗の入口に、見覚えのある姿が現れた。
私は、あ、と出かかった声を飲み込んだ。そこに立っていたのは、昨日買い物をしていった、あの男性だった。
「王子?」
「あ……、クラウチ」
お互いに気がつくとあだ名らしいものを呼び合い、ふたりは横並びになって話し始めた。こうして見るとやはりどちらも背が高く、並んで街を歩いていたらそれだけで注目を集めそうだ。
クラウチ、と呼ばれたほうは嬉しそうに笑みを浮かべているが、王子、のほうはなんだか気まずげな様子だった。
前者はともかく、後者はあだ名にしては似合いすぎて、いっそふざけている。もしかしたら両者とも、あだ名ではなく本名かもしれない。
そんなことを考えつつ、会計のタイミングをはかって、ふたりを見やる。
「買い物か?」
「まあ、そんなところ」
「そうか……昨日は悪かった」
「……ううん。くだらないことで怒って、ぼくもごめん」
「王子はなにを買うんだ?」
私にはわからない会話のさなか、クラウチさんがレジのほうを見やったので、ここだ、とすかさず商品を王子さんの前にずいと示した。箱を開けて中身を見せる。
「すみません。こちら割れや欠けがないか、念のため確認していただけますか?」
「あっ……。……はい」
──何か、やらかしただろうか。
王子さんが、明らかに、しまった、という顔をした。だがそれは一瞬のことで、すぐに平静を取り戻した様子の彼はおとなしくティーカップの検分をし始める。
「えっ」
それを見て、今度は隣のクラウチさんが声をあげた。四角四面、という言葉を形も意味合いもそのままに擬人化したような印象の顔が、表情を崩して慌てる。おい、と王子さんの肩に手をかけた。
「それ、買うのか? 待ってくれ、なら俺が支払う──」
「ちょっと、やめてよクラウチ。ぼくもうお会計するんだから」
「いや、でも」
「せめて帰ってから話し合おう。……なんと言われようと、ぜったいに買うからね。──すみません、これでだいじょうぶです」
「わ……わかった」
なんだか言い争いに発展しそうなやり取りであったが、すぐに会話は収まった。クラウチさんはそのまますこし下がって王子さんを待つ。
クラウチさんに紹介されてこのカップを購入しに訪れた、と王子さんは言っていたが、クラウチさんの様子は商品を勧めたとは思えない反応だった。私は内心で首を傾げながら商品を包む。
それから、帰ってから、と言った。このふたり、同じ場所に住んでいるのだろうか? そういえば、ボーダーは警戒区域の中に寮を持っている、と噂を聞いたことがある。あんなに大きな建物があるのだから、その中に住居を設ければいいと思うが。名士の息子なら警戒区域の中に住まわせるわけにもいかないだろう。この近辺でシェアハウスをしているのかもしれない。
「お待たせしました」
会計が終わり、紙袋に入れた商品を手渡す──と、伸びてきた手は王子さんのそれではなく、クラウチさんのものだった。王子さん自身も当たり前のようにそれを享受している。
「ありがとうございます」
「……ありがとうございましたー」
こうして、不思議な距離感のふたりは連れ添って去っていった。
彼らの言動に、様々に疑問はあるが、すくなくともいまはそれらを解消するすべはない。これからもこの店を贔屓にしてくれるようなら、諸々の事情もいずれわかってくるかもしれないが。
だから私は推測を立てることにした。なにも考えず働くほど、忙しい職場ではないのだ。
ふたりはボーダーの職員。どちらも三門市の出身で、家はそれなりに知られた名士だ。王子さんは以前からボーダーに在籍していたが、以前から交友関係にあるクラウチさんも入社してくることになり、シェアハウスを申し出た。生まれて初めて家を出たクラウチさんは生活用品一式を揃えたが、王子さんが共に暮らしているにもかかわらず、ティーセットのカップは自分のぶんしか購入しなかった。なので怒った王子さんは自分の使うカップを買いに来た。
これでどうだろう?
といっても、答えなど用意されているわけもない。こんなものは仲間内での雑談で消費されるのが関の山の、ただの妄想だった。
「──ねえ、いま来てた人たちの、背の高いほうのお客様。最近よく来てたよね?」
だから私は、お客様のいなくなった店内にて、早速それを披露すべく同僚に声をかけた。
「あの……王子。ほんとにもう怒ってないか?」
「怒ってないよ。あんまりしつこいと、かえってまた怒るよ」
「そうか……」
「…………いまはどっちかっていうと、さみしいかな。せっかく一緒の家に住み始めたのに、きみったらまだ別々に暮らしてるつもりなの?」
「そんなつもりは、ないんだ。ただ……」
「じゃあ、ぼくにとってきみがどんな存在なのか、まだ伝え足りないみたいだ」
「王子にとっての俺、か?」
「そう。ぼくはなにもきみを所有したくて付き合ってるんじゃないし、ただ近くにいられればそれで満足ってわけでもない。なんなら物理的な近さは重要視してない。ただ肯定してもらいたいわけじゃなくて、きみと一緒にいろんなことをして、お互いの考えをたくさん話して、意見の相違を見つけたい。──」
「──喩えるなら、平行線でいるんじゃなくて、交点を持ちたい、ってこと……だな」
「そうだよ。わかってるじゃないか」
「それは、俺もそうだな」
「だろう? ぼくがどんな気持ちになったか、わかった?」
「──わかった。すまなかった、王子」
「いいよ。でも、ぼくもやつあたりしたところがあるから、それはごめん」
「八つ当たり?」
「……なんだか貢ぎ物みたいだなって思って、いやになったんだ。きみが『王子の従者』とか言われるの、面白く感じるときもあるけど、それを言う相手や言いかたによっては、好きじゃない。なんとなく思い出しちゃって」
「…………うん」
「だから、ぼくのためだけにティーセットを買ってくるなんてこと、次はしないで。するなら必ずきみのティーカップも用意して。ひとりで飲む紅茶なんて、どんなに良いものでも味気ないよ」
「ああ、そうだな。──スケジュール調整をきちんとするから、今度は一緒に買い物にいこう」
「うん。そうしよう。じゃあ」
「ん?」
「わかったなら、ぎゅってしてよ」
「……物理的な近さは要らないんじゃないのか?」
「必ずしも、ね。ティーセットだって、生活に於いて絶対に必要なものじゃないだろう」
「はは、……それもそうだな」