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    3番と5番 予想の5倍くらい疲れた、やはり来たくなかった、とため息をつきながら店を出て振り返ると付いて来る百音の足元が怪しい。顔色は普通なのに完全に足にきてる。ととっとよろけて電柱にぶつかりそうになるのに慌てて腕を掴むと、今度はこっちにととっとよろけて胸に頭がぶつかった。日本酒何杯飲みました、と聞くと俯いたままの百音が、3杯くらいです、と小さな声で返したのをこれは過少申告だなと内心で思ってまたため息をついた。

     きっかけは鮫島選手の件で朝岡と中村が久々に東京で顔を合わせたことに遡る。二人は久しぶりにこっちで飲みましょうかと意気投合し、菅波先生も今休みなんで誘ってみますよと中村が言えば、じゃあ永浦さんも連れてきますと朝岡が安請け合いし、それではせっかくなので互いの職場の若い人たち何人か連れてきて異業種交流会にしますか、という流れになって日程調整のち参加人数10人超の飲み会が開催されることになった。
     菅波は心の底から来たくなかったが中村の誘いを断れた試しがなくやはり強制参加とあいなった。鮫島のところで会う百音に、先生も来るんですよね、と嬉しそうに言われたことも無関係とは言えなかった。

     掴まれて歩くのと掴んで歩くのどっちがいいか選ばせると掴む方を選んだので腕を掴ませて歩いている。手を繋ぐという選択肢も一瞬浮かんだがそれを口に出さないだけの理性はもちろんあった。本来ならタクシーに乗せたい足元のおぼつかなさだが大通りまで出るよりこのまま裏道を通って歩くほうが潮見湯に近い。

    「先生、王様ゲームって何だったんですか」
    「永浦さんは知らなくていい文化です」
    「あ、なんかやらしいゲームなんですね?」
    「違います」
    「じゃあ教えてくださいよー」

     じゃああとは若い人たちで、と朝岡と中村が座を辞してからも飲み会はなかなかに盛り上がっていた。おおよそ医局の人間は酒を飲むスピードが早い。あっという間に出来上がっていた後輩がやたら百音を構っているのが菅波の気に障った。挙げ句の果てに王様ゲームやりましょう!などと時代錯誤なことを言い出し、面白がってやろうやろうと悪ノリする勢、完全にドン引きして愛想笑いで距離を取る勢に部屋の中がぱっきりと別れるなか、百音が件の後輩に小首を傾げて、王様ゲームってなんですか?と聞いてるのを見て菅波は一足先に帰ることを決めたのだった。もちろん百音も連れてだ。

    「結局教えてくれないんですねー」
    「しつこいですよ」
    「子供扱いして。あ、そうか、先生、保護者ですもんね、わたしの」

     菅波先生なんでモネちゃんも連れ帰っちゃうんですか、ていうかなんなんすか菅波先生は、モネちゃんの彼氏? 保護者? 明日になったら絶対覚えてないだろう後輩の絡みに心底うんざりして肩にかけられた手を払った。モネちゃんと馴れ馴れしく呼ぶのにも苛ついて、保護者のようなものです、と適当に答えたのを百音は聞いていたんだろう。酔っ払いのくせに余計なことばかり覚えている。

    「王様と数字が書かれたくじを引くゲームです。王様を引いた人は他の人に命令することができます。例えば3番が5番にキスをする、とかですね。困るでしょう、もし僕が3番で永浦さんが5番だったら」
    「………」
    「そもそもいくら酒が入ってたとしても今時こんなゲームをやろうと言い出す非常識な人間が身近にいることに驚きました。永浦さんの会社の方にも次に会う機会があれば謝罪し」
    「おでこならいいですよ?」
    「………はい?」
     立ち止まって傍の人を見るとこちらを見上げてニコニコと笑っている。
     酔っ払いの戯言だ。
     聞き流せばいい。
     聞き流せばいいのに。
    「3番が誰であっても、ですか」
     菅波の問いを理解すると同時に百音の顔から笑みが消える。そのままゆっくりと表情が曇った。
    「それは、いやです」
     再度の衝撃に菅波は立ち止まったまま顔を逸らした。見た先にはおあつらえ向きに小さな公園があって、そこにベンチが見えると菅波は急に疲労を覚えた。
    「帰る前に水飲みませんか。永浦さん、かなり酔ってますし」

     ベンチの側にある自動販売機で水を2本買った。目の前でキャップを開けて渡すと、ありがとうございますと丁寧に礼を言ってから、こくこくと大人しく水を飲んだ。菅波も隣に座って水を飲んだ。もとより百音を送るつもりでいたので酒は控えめにしていたが少し酔っているのかもしれない。
     3番だ5番だと自分たちを例に出したのは保護者だと確認するように言われたことへの意趣返しだった。思わぬ反撃を受けて疲労してるのが自分一人なのは自業自得だろうか。
     月が綺麗ですね、明日はよく晴れそうです。呟くようにそう言った百音に倣って夜空を見上げる。東京の空にしては星もよく見えた。明日は晴れなんて気象予報士に言われなくてもわかる。そう思ったが菅波は何も言わなかった。口を開けば余計なことを言ってしまいそうな気がする。

     しばらくして右の肩に重みを感じた。さっきからうつらうつらとしていたので注意深く様子を見ていたがこっちに倒れてきてくれたなら問題はなかった。余計なことを言ったり言われたりするのは心臓に悪いので少し寝ててくれるほうがちょうどよい。冬じゃなくて良かった。少し寝かせていても風邪を引かせる心配はない。肩にもたれかかったせいで常時ではあり得ない近さにいる人の寝顔をそっと見る。伏せた目を縁取るまつ毛が長い。
     おでこならいいですよ、と言われたのにさっきはあんなに動揺したのに今はじわじわと笑いが込み上げてくる。おでこならいいのか。どういう線引きなんだ。相手が誰であろうと酒席のくだらないゲームなんかに差し出していいものじゃないと、白く綺麗な額を見て思う。
     いつもはピンできっちり止めている長い前髪がはらりと額に落ちているのを耳にかけてあげようかと指をおそるおそる伸ばして、止めた。
     都合が良すぎる。
     肝心な時に伸ばせなかった手で、触れたいから触れるのはあまりに都合が良すぎた。肝心な時はまた来るだろうか。そのときはもう躊躇なく手を伸ばせるだろうか。彼女の痛みを少しでも和らげることができたら。
     空中で止めていた手をゆっくり下ろして腕時計で時間を確認する。あと10分。彼女に肩を貸すくらいの役得で今の自分には十分だと思いながら一人で夜空を見上げた。彼女が言ったとおり、月が綺麗だった。




    翌朝。
    「あらモネちゃん、おはよう。二日酔い、大丈夫?」
    「おはようございます。二日酔いは全然ないんですけど……奈津さん、わたし昨日どうやって帰ってきたか全然覚えてなくて」
    「あらそうなの?すごく眠たそうだったけどそんなに酔ってるように見えなかったわ。菅波先生が送ってきてくださったのよ」
    「……先生、怒ってなかったですか?」
    「ううん、モネちゃんのことすごく心配そうにしてらして。どうして?」
    「あのー…外でお酒を飲む際の注意事項がすっごい長文で来てるんですけど……」
    ヒナタ Link Message Mute
    2022/06/13 19:16:56

    3番と5番

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    #sgmn

    チーム鮫島のころの二人です。両上司企画の飲み会でもねちゃんが酔っ払ってしまうお話。
    某BLドラマにインスパイアされて書きました。
    こちらイベントで出したものです。加筆修正なし。

    more...
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    2022/06/26 12:15:29
    いつか、この「すっごい長文」を推敲しまくっている先生の様子を拝見できたら嬉しいです🤣
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