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    その花の行き先は 意外な場所で見知った人と会うと変な感じがする。
     有楽町は交通会館前のマルシェの中で相変わらず騒がしげな佐々木、みよ子、里乃の姿を見つけて菅波は口元を緩ませた。
     こんにちは、と声をかけると三人の顔がパッと輝きもとより騒がしいのがさらに声が大きくなる。
    「やぁだ先生、本当に来でくれたの〜? 行けたら行きます、なんづってたから、川久保さんなんが、あらぜっでー来ねぇぞって言っでだのに」
     わっはっはといつもの笑い声が大きすぎて周りの顰蹙を買ってないか不安になった菅波は、もうちょっとお静かに、とやはりこちらでも注意する側だ。
     あっモネちゃん!?と里乃が大きく手を振る先を見ると確かに百音がにこやかに手を振りながらこっちに向かっていた。おつかれさまです〜!とブースの中に入って抱き合ってぴょんぴょん飛び跳ねてる。
     あっこれ、いけるんじゃない?と翔洋が顔を上げ、いけるいける!とみよ子と里乃が頷いて顔を輝かせる。三人は期待に満ちた目で菅波と百音を見つめた。


    「なぜこんなことに」
     お揃いの色違いのエプロンをつけた菅波がぼやくのにモネは笑った。
    「先生、忙しければわたし一人でも大丈夫ですよ」
    「一人じゃお手洗いにも行けないでしょう。いいですよ、今日は夜勤までは暇なんで」
     昨日も今日も早朝から働き詰めでせっかくの東京なのにどこにも行けてなくて…とわざとらしく悲壮感たっぷりに語られた後、ちょーっどだげお留守番お願いでぎないがな???と圧の強い三人に請われて断る術もなく二人は登米夢想ブースを任されていた。
    「かわいいですね、3人で銀ブラなんて」
     ニコニコしている百音を尻目に、菅波はブース内側のあれこれを確認していた。
    「僕はこういう仕事はあまり経験がないんです」
    「わたしも森林組合がお祭りとかに出店したときに売り子をやったくらいですね」
    「任されたからにはちゃんとやりましょう。僕はお会計を担当するので、永浦さんは接客と商品詰めなどをお願いします」
    「わかりました。頑張って売りましょう!」
     かくして二人の半日店子体験が始まった。


     森林組合から木製のカラトリーや調理道具、椎の実からコーヒー豆とクッキー、みよ子ら農家からは野菜や米、と登米夢想らしい雑多な品揃えだ。冷やかすだけでなく実際に買っていく客も多くてなかなかの多忙だった。とくに野菜の売れ行きが良く品出しも頻繁にやらねばならない。在庫を確認しておこうと後ろに積まれた段ボールの中身をあらためていると、お会計です、と呼ばれたので元の位置に戻った。
    「ミニカボチャ二個と空芯菜一袋、油麩も一袋です」
     このくらいなら計算機も不要なので間髪入れず、850円になります、と伝えると、
    「…………菅波先生?」
    と目の前の客に呼ばれてハッと顔を見て愕然とした。
    「師長、……なぜこんなところに」
    「なぜって、ただの買い物ですけど………」
     聞いておいたなんだがそれはそうだろう。まさか職場の人間に見つかるとは思いもしなかった菅波は眉を寄せて天を仰いだ。
    「菅波先生が、野菜を……」
     口を押さえてくっくっと笑い出した師長は笑いが止まらなくなったようで、笑いすぎて出た涙を自分で拭っている。
    「先生、写真撮っていい?」
    「絶対ダメです。口外もしないでください」
    「こんな面白いこと、黙ってられるかなぁ」
     悪戯っぽい顔で笑われて菅波は憮然とするしかない。
    「登米って、あぁそうか中村先生の」
    「そうです。ちょっと顔出したら留守番を頼まれただけです」
    「そのわりにしっかり働いてるじゃないですか」
     仕事の外だと相変わらずのひよっこ扱いに眉を顰めていると、隣で百音がこちらを面白そうに見ているのに気がついた。
    「あ、えっと、こちら同じ病院の看護師長の川島さんです。こちらは、えーっと……永浦さんです」
    「登米のかた?」
    「あ、わたしも登米で働いてたんですけど、今年の春から東京に住んでるんです」
     ニコニコと百音がそう言うと、へえそうなんですねと師長もにこやかに答える。居心地の悪い思いをしているとブースの反対側から他の客に呼ばれ、すみません、と百音がその場を離れたので内心でほっと息をついた。
    「へーえ」
    と、師長がこっちの顔を見て訳知り顔に頷いている。
    「違います」
    「何も聞いてませんけど?」
    「……850円です」
     はいはいと金銭のやり取りを済ませて師長がやっと去ってくれたのに、今度は戻ってきた百音がニヤニヤと笑っている。
    「なんですか」
    「先生、病院でどんなキャラなんですか」
    「……少なくとも休みの日にこんなエプロンつけて野菜売ってるようには思われてないんでしょうね」
     百音があんまり楽しそうに声を上げて笑うので、仏頂面を続けるのも難しくなり菅波も吹き出した。
    「先生、白衣もいいけどエプロンだって似合ってますよ」
    「それはどうも」


     あっという間に時間は過ぎる。
     まだ明るいが時計の針は四時を過ぎていた。ぼちぼち店じまいを始めたブースが視界に入る。登米夢想のブースも良く売れて商品もあまり残ってない。手洗いに行ってる百音が戻ってきたら勝手に店じまいするなり三人に連絡するなり話し合おう、そう考えていた時だった。
     あの、と声をかけられ見れば隣のブースで花屋をしていた男性がマグカップをこちらに差し出していた。
    「コーヒーです。お疲れさまです」
    「え、いいんですか? ありがとうございます」
    「このコーヒー、午前中にそちらのブースの方からいただいたもんなんですよ。なので頂き物で申し訳ないですが」
     売り物のドリップコーヒーのことだろう。鼻を寄せると馴染みの香りがした。
     何か話しかけようと、おそらく同世代であろう男性の方を向くとちょうど花屋の前に一組のカップルが来た。
     この花可愛い、と女性が指差すと、隣の男性が、じゃあこの花ください、と店主に向かって言う。その花に何を合わせるかについて二言三言言葉を交わした後、店主がさっと作ったブーケを男性は受け取ってそのまま隣の彼女に、はいどうぞ、とにっこりと笑って渡した。贈られた女性はブーケに鼻を寄せ、すっと匂いを嗅いで幸せそうに笑んだ。
     なるほど、としか言いようのない気持ちでそのカップルの後ろ姿を見送っていると花屋の店主の方から話しかけてきた。
    「都会の男性はデート中に花を渡すのもスマートですねぇ。花屋としては嬉しい限りです」
    「いや、僕も東京育ちなんですがそもそも女性に花を贈ったことがなくて。なので、人によるかと」
    「え、一度もですか?」
     そんなに驚かれるとは思ってなかったので、慌てて誤魔化すように、ええまあ、と曖昧に答える。
    「花屋だからってわけじゃないですけど、いやまあ、花屋だからかもしれないですけど。いいものですよ、花を贈るのも貰うのも」
     前向きに検討しますと、苦笑いで軽く頭を下げて見た先に、ピンクの花が目に入る。まんまるのフォルムが可愛いと思う。
    「あの、その丸い花って」
    「あぁ、ピンポンマム。菊の一種なんですよ。形が面白いでしょう」
     そう言って残った二本を店主はすっと取り上げた。
    「シンプルにこれだけでも絵になるし、他の草花との相性もいい」
     そう言いながら他の並んでいる草花と合わせて見せる。店主はにっこりと笑ってこちらを見た。
    「……もう店じまいするんで、半額にしときますよ」


     帰り道は会話が途絶えがちだった。菅波は言い訳を必死に考えていたので百音の口数が少ないのに気付いていない。
     隣の花屋の店じまいが終わる頃、やっと戻ってきた三人はごめんねごめんねと言いながら楽しかったようでご機嫌だった。三人は売れ行きに驚き、これなら初日からモネちゃん売り子にしておけばよかったと大笑いし、売れ残りの野菜を今日のバイト代、と渡してきたのには何も言えず脱力して受領した。結局荷物の積み込みと東京駅に向かう三人をタクシーに乗せ見送るまで付き合い、二人取り残された頃にはすでに空は夕暮れに染まっていた。
     二人で歩く帰り道は曲がり角に来た。菅波はそのまま大学病院に行くつもりで、潮見湯に帰る百音とは別れる角だった。
    「これ、ちょっと重いけど大丈夫ですか」
    「そのくらい全然大丈夫です。というか、先生の分のお野菜まで貰っちゃっていいんですか」
    「料理するひまがあまりなくて、腐らせたら申し訳ないですし」
    「じゃあ、頂きます」
     バイト代、と称された野菜の入ったそれなりに重い紙袋が菅波の手から百音の手に渡る。
     じゃあ、と別れを告げようとする百音を、あ、ちょっと、と菅波は不明瞭な言葉で引き止めた。百音が不思議そうな顔で待っていると、菅波は視線を彷徨わせながら話し出した。
    「……あの、隣に花屋さんいたでしょう? 永浦さんがお手洗い行ってる時に少し話して、あ、コーヒーも頂いたんです。それで、話の流れで、何も考えずに花を買ってしまいまして」
     透明のフィルムに纏められた花束はクラフト紙の紙袋に入れてくれた。その紙袋を差し出す。
    「だけどこれから仕事だし、持ち帰っても花瓶の持ち合わせがありません。なのでよかったら、これも貰ってもらえないでしょうか」
     帰り道にずっと考えていた、花束を渡す言い訳をやっと口にして言い切った。吐いた息が少し震えた。これが言い訳として成立しているのかどうか、菅波には珍しく自信がない。
    「……私が貰ってもいいんですか」
     あなたのために買ったとは言えずただ、はい、とつまらない答えを返す。
     野菜の時と違って、恐る恐る、といった風情で小さな紙袋を受け取った百音が中から小さな花を取り出した。鼻を寄せ、すっと匂いを嗅いで幸せそうに笑んだので、やっと目的が果たせた菅波は静かなため息を吐いた。やはり似合っている。花に顔を寄せた百音を視界に収めて気持ちが満ちる。贈るのも貰うのもいいものですよと花屋は言ったが、とりあえず贈ることの良さは十分に堪能できた。


     帰宅した百音は奈津に借りた花瓶に花を生けて勉強机の上に置いた。頬杖をついてぼんやりその花を見ていると、階段を上がってくる明日美の足音が聞こえる。開けっぱなしの部屋の入り口から入ってきた明日美が早速花瓶の花に目を止めた。
    「わ、可愛い! どしたのこの花。自分で買った?」
    「……いや、」
     明日美は百音の細かな変化に気付くし百音は明日美に嘘がつけない。何も言ってないのに驚愕で明日美の眉が寄った。
    「……え、うそでしょ、菅波先生?」
    「違う、違うの」
     そこで百音は今日あったことをくどくどと説明した。別れ際に菅波が言ったことまで全部。だから、そういうんじゃないから、と最後に付け加えた。
    「ふーーーーーーん。これから仕事で? 花瓶の一つも持ってないのに? 買ったんだ? 花を?……誰のためでしょうねぇ?」
     わかってるくせにと言いたげな明日美の口調に、違うから、と今度は小さな声で返すと明日美はふふっと笑って部屋を出て行った。


     誰のため、という言葉は数時間前に菅波と歩いていた時に頭の中をぐるぐると回っていた言葉だった。
     ちらと見えたので菅波が花束を持っていることを百音は知っていて、それは恐らく隣のブースの花屋で購入したことが推察された。菅波と花束の組み合わせの妙を揶揄いたいような気はしたが言葉にはならなかった。
     例えば、職場の誰かが退職するとか、結婚するとか、例えば、知り合いが偶々入院しててそのお見舞いとか、例えば、大切な人のために。そのどれにも等しく可能性はあって、そのどれでもないかもしれなかった。
     私はやっぱり先生のことを何も知らない。
     予想外に店子なんて任されて数時間一緒に働いて楽しかった気持ちは霧のようにいつしか消えた。今日会った看護師長さんとのフランクな様子は見ていて楽しかったが、菅波には自分の知らない世界があるのだという当たり前の事実を目の当たりにした。そして先生は誰かのために花束を買って、その誰かを私は知らないし知りようもないというのもまた事実だった。
     菅波が花を買った理由は百音の想像とは違ったが、貰ってほしいと差し出されたのが他の誰かではなく自分だった事実もまた事実として残る。
     花の丸いフォルムをそっと指で撫でた。    
     ピンク色の月のようだと思う。
     嬉しいという気持ちをちゃんと伝えられていたかどうかふと不安になり、スマートフォンを手に取りカメラを起動して花瓶に入った花を写した。そのままトークアプリを開いて菅波にその写真を送る。〈お花貰って嬉しかったです。〉と打ったのをしばらく考えて消す。〈とても可愛いです。ありがとうございました。〉をそのまま送信した。


     明け方に菅波はその写真を見た。菅波の見たことのない百音の部屋の机にピンクの花を入れた花瓶がある。花が枯れるまで彼女は毎日これを見るのかと思うと、自分のしたことはやはり少し何かを逸脱していたのではないかと今さら思うが本当に今さらだった。
     ふと写真の中の花瓶のうしろに並べられた本に目が行った。見切れる寸前の端っこにある本に見覚えがある気がしてズームすると、それは菅波が百音の19の誕生日に贈った理科の参考書だった。
    「まだ持ってたのか……」
     わからないときは基本に立ち返ることです、とあの頃よく口酸っぱく言っていたからかもしれない。真面目な人だから。知らない百音の部屋の机の上に自分の贈ったものが二つもあるという事実が面映い。返信はしなかった。まさか縄跳びも持ってきてないだろうなと思って菅波は一人で小さく笑った。
    ヒナタ Link Message Mute
    2022/06/13 19:25:38

    その花の行き先は

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    #sgmn

    まだ付き合ってない時期に先生からmnちゃんに花をプレゼントしてほしい!という唐突な欲望からの捏造です。

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