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    #5 モネの祈り 日に日に緑が濃くなるのが目に鮮やかな、そして爽やかな風が吹き付ける軽やかな季節を迎えていた。
     スガナミが女性に続いてその東家のような家に入ると、一番最初に飛び込んできたのがモネの姿だったので驚いた。モネは腕に赤ん坊を抱えてポロポロと泣いている。顔を上げたモネはスガナミでなく赤ん坊の母親を見た。
    「ミセス・フンメル! 赤ちゃんまで熱が上がってきてしまって……!」
     おお、と声にならない声でミセス・フンメルもまた泣き崩れそうになったのでスガナミが赤子を受け取って小さなベッドに寝かせた。その小さすぎる体に聴診器を当てると心臓は動いていたが確かに熱が高い。奥には他に三人の子供が寝ている。スガナミは一人ずつ口内と皮膚の様子を見て、まずいな、と小さく呟いた。それは明らかに猩紅熱の症状だった。
     母親のそばにとって返し、
    「ミセス・フンメル、子供の頃に猩紅熱はかかりましたか?」
    と聞くと、彼女は赤子から目を離さず、その頬を繰り返し撫でながら、ハイと頷いた。
    「お子さんたちは猩紅熱にかかってます。お母さん一人では大変だと思うので手伝いをするものを寄越します。それまではお子さんたちのそばでお母さんも少し休んでください」
     誘導して子供たちのベッドのそばの椅子に母親を座らせ、モネの腕に手をかけて家の外に出た。
    「先生、わたしは何をすべきだったんでしょうか……?」
     モネはそう言ってまだポロポロと泣いている。
    「落ち着いてください。猩紅熱にかかった赤子には医者でもしてあげられることはほとんどありません。あなたのせいではないんです」
    「猩紅熱……?」
    「モネさん、あなたは猩紅熱にかかったことありますか?」
     モネが小さく首を振ったのを見て、スガナミは眉を寄せて小さなため息を吐いた。
    「あなたのご家族は?」
    「ミドリとリコは罹ったことがあると聞いてます。わたしとミイはまだです」
    「わかりました。いったん家に戻りましょう。歩けますか?」
     無言で頷いて歩き出したものの先程の赤子の急変のショックが大きいようで何度も足をもつれさせるのを見て、失礼、と一言だけ言って抱き上げ、すぐそこに見えるマーチ家までの道を急ぐ。ドアを開き、すみません!と奥に声をかけると奥からミドリとミイが出てきた。
    「ミイさんは離れて!」
     抱き上げられたモネを見て何事かと二人ともが駆け寄ってきそうになるのを慌てて声で制した。
    「モネさんが猩紅熱にかかった可能性があります。この家に隔離できる部屋はありますか?」
    「なんてこと……」
     青ざめたミドリが慌てて母親の部屋まで案内してモネの靴を脱がすと、スガナミはベッドにそっとモネを下ろした。
    「ミドリさんとリコさんは猩紅熱に罹ったことがあると聴きました。間違いありませんか?」
    「ええ、間違いありません」
    「わかりました。今後のことを話し合いましょう」
     そう言ってミドリを促して部屋を出ようとすると、先生、とモネに呼び止められた。
    「ミセス・フンメルのところに誰か……その、おつらいと思うので」
     スガナミは思わず言葉を失ってモネの顔を見た。その瞳には一切の嘘がなく、ただ他者の哀しみへの共感と労りの気持ちだけがあった。
    (自分もこれから生死を彷徨う可能性があるのにこの人は他人を思いやれるのか…)
     モネの枕元に戻り、
    「わかりました。フンメル家の方にも早く誰かに行ってもらいます。あとから僕も行きます。なので貴方もゆっくり休んでください」
     そう伝えると、モネはハイと小さく答えてやっと目を閉じた。


     モネとの約束通り、とりあえずはナツにフンメル家に行ってもらい、ちょうど帰ってきたリコとリョウも交えて今後についての話をした。
     最優先としてミイをどこか、子供のいない別の家に預かってもらいたい、可能であればミイ自身も数日隔離して発症しないか確認したい、とスガナミは言った。猩紅熱は感染力が強く有効な治療法もないため致死率も高い、最悪の類の流行病である。これ以上の感染者を出さないのがスガナミの急務であった。
     ミイはモネの側にいたいとしばらくごねたが、最終的には隣のローレンス家ならとしぶしぶ了承した。
     看病する人間は少ない方がいいと言うので、モネの看病はリコが、ミセス・フンメルの手伝いをナツが、マーチ家の家事全般をミドリが、そしてミイの相手はリョウがすることで話がついた。
     朝夕二度様子を見にきますとスガナミは言ってマーチ家を辞した。スガナミのその深刻な表情はミドリとリコの不安に拍車をかけた。
    「ミドリ、どうしよう。お母様のいないこんなときに……! あぁ、ミセス・フンメルの手伝いは私たちが行くべきだったのよ」
    「……うん。でも落ち着いて、私たちにやれることをきちんとやりましょう。一番辛いのはモネだし、お父様のことで忙しいお母様にもこれ以上の心配はかけたくない」
     ミドリとリコの二人は固く抱きしめあって互いの不安を慰めようとしたが、その不安が消えることはなかった。


     スガナミはその日から急患以外の往診を一旦ストップして猩紅熱の対応に追われた。
     ミセス・フンメルへの聞き取りから子どもたちと接触のあった他の子供(ミセス・フンメルが働いていた洗濯場で同じように母親に付いてきた子どもたちと遊んでいたそうだ)について調査すると、猩紅熱らしき症状のあった子はいた。ただその子は全快しており、他に一緒にいた子たちには症状がなかったため、感染経路の調査はそこまでとした。
     続いて町の子供の健康調査を始めた。いくつかある学校に事情を話し、時間をもらって子供たちを一人ずつ診た。学校に通ってない子供のいる家庭には人を遣って猩紅熱の兆候がないか確認した。
     その結果、奇跡的にも他の感染者は見つからず、そのすべてが確認できた時にスガナミから安堵のため息が漏れた。地域の医療を一人で背負っている身として流行病ほど恐ろしいものはない。何もできず、次々と死者を見送るような経験はしたくなかった。
    (それも結局は自分のためか……)
     自嘲するようにそう思ったが、感染が拡大しなかったのは良かったことには違いないので気持ちを切り替え、マーチ家に向かう準備を始めた。
     モネの発症から五日が過ぎていた。
     幸いなことにミイには発症の兆しは全くなく、隔離は解除できそうだった(もちろんマーチ家への出入りは厳禁だ)。フンメル家の子供たちも奇跡的に快方に向かっている。
     モネだけが、発症直後からの高熱が続いていて未だ回復の兆しがない。ミドリとリコの憔悴した様子にも胸が痛んだ。
     町の子供たちへの調査も無事終わったので、ここからはモネの看病に全力を注ごうと決意して自転車を漕ぎ出した。
     フンメル家の子供たちが元気になったと伝えればきっと喜ぶだろう。そういう人だから。
     マーチ家に入るとちょうどリコがモネの部屋から出てきたところだった。
    「昼過ぎからモネの様子がおかしいんです。私がいることもわかってないみたいで。先生、……」
     青ざめたリコを廊下に残し、モネの部屋に入って様子を見ると、やはり熱は高いままでうなされているように首を左右に降っている。モネさん、モネさん、と強めに肩を揺すっても目を覚まさない。しばらくしてスガナミも部屋を出た。
     階下に降りるとちょうどミドリも戻ってきていたのでリコと二人ソファに座らせた。
    「……お母様に電報を打つべきだと、僕は思います」
     抱き合って静かに涙を流す二人を見てスガナミも唇を噛み締めた。電報を打つべきと言った意味は明らかだった。そこへリョウがやってきたので同じことを話すとリョウも険しい表情で頷いた。
    「マダム・サヤカから言いつかってマーチ夫人宛にさっき電報打ってきたんだ。相談もせずにごめん。明日の朝イチには届くだろうから、もしかしたら明日中に帰ってきてくれるかもしれない」
    「あぁ、リョウ、ありがとう…!」
     三人が固く抱きしめ合うのを見てスガナミは先に病室に戻った。


     しばらくすると三人も病室に戻ってきた。
    「今意識が混濁しているので出来るだけ声をかけてあげてください」
     三人が代わる代わる、モネ、モネ、と声をかけるもやはりモネは目を覚まさず、苦しそうな息を吐いている。
     突然モネの手が布団から飛び出して空に浮いた。空に浮いたままの指が動き出したのにミドリとリコが口を抑えて涙した。その指は無言で音楽を奏でている。
    「……やはりピアノを弾いていたのはモネさんなんですね……。誰が弾いてらっしゃるのかと、一度モネさんに聞いてみたことがあるんです。姉が、と仰ってましたが……」
    「モネは恥ずかしがりですから」
    ミドリが涙を拭きながらそう答えた。
     マーチ家からはもう音楽は聞こえない。この家は静まりかえってしまった。その静寂はまるで痛みそのもののようだった。
     助かってほしい。
     スガナミは当たり前すぎることを願った。そして自分は医者なのに結局は願うしかできないという事実が腹立たしく悔しかった。


     ピッチャーに水を汲みにスガナミが下に降りると、マダム・サヤカが暗い部屋の中でソファに座ったまま目を閉じて難しい顔をしていた。寝ているのだろうかとスガナミは音を立てないよう通り過ぎ、ピッチャーに水を満たしてまた戻ろうとすると今度はギロリと目を見開いたサヤカに見据えられた。
    「……先生、どうにかなんないの。どうにかしてほしいんだけど」
     睨みつけるような表情と相反して、その声は縋るような途切れそうな声だった。
    「あんなに他人のことばかり思いやってる子が、自分のことはいっつも後回しなあの子が、先に召されるなんてそんな酷い話はないよ」
     リョウの家庭教師として時折ローレンス邸に出向くと時間帯が遅いこともあって必ず夕食にも招かれた。接待の上手いマダム・サヤカはいつも楽しい話をしたが、早くに亡くなった子や孫がいることはただの事実として会話に紛れ込むことがあったので、そのことをスガナミも知っていた。そんな酷い悲しみに人は慣れることはない。むしろ経験したからこそ余計に怖くなるということもあるんだろうとスガナミは思った。
    「……やれることはもう全部もうやってます」
     掠れた声で返し、軽く頭を下げてから階段に向かった。


     深夜になってリコとリョウが居間に降りてきた。ミドリが作ったスープを温め直し、パンをフライパンで少し焼いて夜食にした。
     二人はしばらく無言で食べていたが、やがてリョウが重い口を開いた。
    「……知ってると思うけど、うちの両親、水難事故で死んだんだ」
    「うん、サヤカさんに聞いた」
    「僕その時ドイツの寄宿学校に入ってて、その前も一年半くらい会ってなかったし、亡くなった知らせが来てもなんかピンとこなくて。遺体も上がらなかったし。ほんとは生きてるけど、ただ会うタイミングが合わなくてもう何年も経ってしまった、とか。そんな感じなんじゃないかって」
     リコはスプーンを置いて立ち上がり、リョウの側に寄ってその肩に手を置いた。
    「そんなフワフワした気持ちのまま卒業して、この町に来て、最初は寂しかったけど君たちと仲良くなってまた毎日が忙しく楽しくなった。両親のことはやっぱりまだちゃんと考えてなかった」
     唇を噛み締めたリョウの横顔が蝋燭の火に照らされる。そして次の言葉には涙が滲んでいた。
    「……でも今、あんなに苦しそうなモネを見て、初めて両親のことを考えたんだ。水難事故って溺死ってことだろう? 溺れて死ぬなんて、どんなに苦しいか、その苦しい時間はどれだけ続いたんだろうとか、最後に何を思ったんだろうとか、そんなことを考えてしまって」
     ついにポタポタと涙を流し始めたリョウをリコは後ろから両手でその肩を抱きしめた。
    「………ごめん、リコ、今はモネのことだけを考えるべきなのに、僕は、」
    「いいの。いいのよリョウ。一緒にご両親の冥福をお祈りしましょう。……もしモネが起きてあなたの話を聞いたらきっとそう言う。あの子はあなたと、あなたのご両親のために祈るわ。……そういう子だから」
     うんうんと頷きながら乱暴に涙を拭ったリョウは立ち上がって振り返り、リコを正面から抱きしめた。
    「それともう一つ、ご両親が最後に思ったのは、きっとあなたのことよ。絶対にそう」
    「……ありがとう、リコ」
     それから二人はソファに並んで座り直して祈りを捧げた。
     リョウの両親の冥福と、マーチ家の父親の回復と、——そしてモネが生きながらえることを祈って。
     モネの部屋ではうつらうつらとしていたミドリを自室で仮眠するよう促し、スガナミが一人でモネの様子を注意深く見ていた。これほど意識が混濁している以上、朝を迎えられるだろうかという切迫した危機感を抱いていた。
     何度目か、額に乗せた冷布を取り替えると、また意識が浮上したのかゆらゆらと頭を振ったモネがうっすらと開いた目でこっちの存在を捉えた、ように見えた。
    「……おとうさま……」
     うわごとのような呼びかけと共に細い手がこちらに伸びてくる。スガナミは迷いなくその手を掴んだ。
    「おとうさま」
     掠れた囁き声で、それでも確認するようにもう一度呼ばれたので、スガナミはモネの手を両手で包み込んで握りしめた。
    「モネさん」
     ほんの少しだが握り返された感触があった。うっすら開いた目はまた閉じてもう開くことはなかったので気のせいかもしれない。だが、呼吸は数時間前より確実に安定していた。どうかこのまま、と願ってスガナミはモネの手を握り続けていた。


     トントンと手にかかる感触にスガナミがゆったりと目を覚まして見ると、モネの瞳が開いてこっちを見ているのを見てハッと目覚めた。モネの手を握ったままいつしかうつらうつらとしていたようで、握られたままのモネの指がトントンとスガナミの手を軽くタッチしている。夢ではないかと、体温と脈と、自分の手で確認できるものを次々と確認し、最後はポケットに入れたままの聴診器を引っ張り出してモネの胸の音を聞いた。
    「モネさん、わかりますか? 大丈夫ですか?」
     まだ少しぼんやりとしてはいるようだが、モネはゆっくりと頷いた。
     スガナミは静かなため息を吐いた。
     峠を、越えた。
     『先生、わたし初めて空を飛びました』
     髪に花を付けた彼女が目をキラキラさせてそう言ったのはほんの数週間前だった。
     この人が、この世界から失われてほしくない。
     医者が患者に対して想う気持ちとしては逸脱している自覚はあったが嘘偽りのない本音でもあった。柄にもなく神に感謝を捧げたい気持ちでいっぱいになる。
     そしてずっと、彼女に伝えようと思っていたことを、伝えた。
    「ミセス・フンメルの子供たち、回復しましたよ」
    「あぁ…! よかった……!」
     掠れた声で喜び口角をあげたのを見て、なぜかスガナミが泣きそうになってしまって慌てて唇を噛み締めた。
     それから小一時間ほど、スガナミはモネの枕元から離れず、細々とした世話を焼いたり話しかけたりしていた。悪い夢になってしまいそうで、モネを一人にするのが怖かったからだ。
     そのうち、階下のソファで寝こけていたリコが目覚めて階段を静かに登り、モネの寝ている部屋のドアを開いた。その頃には上半身を起こしてスガナミと話していたモネとリコの目が合った。
     リコは泣きながら笑い、大声で姉の名を呼んだ。
     

     一旦自宅に戻って仮眠を取ったスガナミがマーチ家に戻った夕方、アヤコ夫人の帰還によって家は一日前の重苦しい静寂が嘘のように暖かさと活気に満ちていた。久しぶりに家に戻ることができたミイも幸せそうに笑っている。聞けばMr.マーチも回復して退院できたとのことで、マーチ家には喜びが満ちていた。
     歓待をくぐり抜けるようにして二階に上がったスガナミはモネの顔色をよく見た後、体温や脈拍、心音を確認した。
    「猩紅熱は熱が下がった後も人によっては体調が悪いままだったりします。あまり気を緩めずに、ゆっくりじっくり病後の体調に付き合っていきましょう」
    「ハイ。……あの、先生」
    ん?と続きを促して待つと、モネが恥ずかしそうに続きを言った。
    「治ったらまた、自転車乗せてくれますか」
    意外だったようでスガナミは目を丸くした。
    「怖くないんですか。あんなに派手に落ちたのに」
    「……ちょっとは怖いですけど、また乗ってみたいんです」
     スガナミは苦笑しながら、わかりました、と了承した。やった、と嬉しそうに笑いながら、モネが片手を伸ばしてきた。緩く握られた手の小指だけがピンとこちらに向かって伸びている。
     その意味することを数秒後に把握したスガナミは慌てたように開けっぱなしのドアを見た。階下からの喧騒は聞こえるが、とりあえずそこには誰もいない。
     それだけ確認したスガナミが、モネの小指にそっと自分の小指を絡ませた。モネは屈託なく嬉しそうに笑っているので、後ろめたく思う自分が間違ってるのだろうと思う。
    「約束です」
    「……はい、約束です」
     小指を絡めあったまま、その約束を確認しあった。
     次は絶対にあなたが空を飛ばないように気をつけますと言うと、モネは楽しそうに笑った。

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    2022/09/07 22:22:01

    #5 モネの祈り

    #sgmnパロ
    四姉妹の物語にokmnキャラを落とし込んだ自己満足のパロ5です。両方向に向かってすみません。許せる方だけお願いします。

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