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    #6 先生は魔法使い モネの猩紅熱騒ぎから二ヶ月が過ぎ、海辺の町に夏が近づいていた。
     その日は朝からしとしとと静かな雨が降り続いていた。傘を差したスガナミが歩いて往診から戻ると、診療所の前に一人の少女の姿がポツリとある。近付いてそれが誰かわかったスガナミは驚いて声をかけた。
    「ミイさん、どうしたんですか、こんな雨の中に一人で」
     とりあえず中へと診療所の扉を開き、奥のソファを勧めるもミイは入り口に突っ立ったままだ。いつも屈託なく笑ってるかむくれてるか、感情の豊かなマーチ家の末娘が今日はただつまらなそうに俯いて、その横顔がいつもより大人びて見える。
    「具合でも悪いんですか」
     ミイはゆっくりと首を振る。そして俯いたままの彼女の静かな声が暗い部屋に響いた。
    「……先生、どうしてモネは治らないの」
     やっぱり彼女のことかと、突然の訪問の目的が自分の想定内であったことには少し安堵したが、それを話すには気が重く小さなため息が出た。
     モネは猩紅熱から回復してもあまり体調が良くない状態が続いている。どこが良くないというわけではないのでスガナミも何かできるわけでもなかったが、通りかかる時には様子を見に寄っては未だ衰弱した様子に胸を痛めていた。
    「猩紅熱のあとは体が弱くなる人もいます。もとよりモネさんは病気がちだったと聞きました。……回復には時間がかかると思います」
    「モネはもう大丈夫って言うけど、あれからあんまり外にも行きたがらないし、ご飯もあんまり食べないし、疲れたってすぐベッド行っちゃうし、なんだかまるでゆっくり、………」
     涙を湛えた黒目がちの瞳が暗闇からスガナミをきつく見据えた。
    「体が弱いからってモネはずっといろんなこと我慢してたのに、どうしてモネが猩紅熱なんかにかかったの? そんなのおかしいと思う。先生、モネのこと治してよ。わたしまだ働いてないから払えないけど、働けるようになったらすぐに働いて診察代いっぱい払うから。モネを元気にしてよ。先生、お医者さんなんでしょう。お医者さんは病人を治せるんでしょう」
     それは懇願というよりまるで非難のような口調であった。もちろんミイが本当にスガナミを責めたい訳ではないことはわかる。誰かに怒りをぶつけたいほどにやるせなくて、怖いのだ。
    「……今の医学では救えない病気はたくさんあります。医者は魔法使いじゃない。でも今度の土曜日、お宅に伺います。モネさんの様子をもう一度よく診て、僕にできることはないか考えてみます」
     しばらくの静寂ののち、暗がりの中の彼女は目元をゴシゴシと拭い、ありがとうございますと小さく頭を下げた。送りましょうかという申し出はやはり首を振って無言で断られた。
     傘をさして歩いていく背中を見届けながら、魔法を使えない自分に何ができるだろうとスガナミは考えていた。


     約束の土曜日は良く晴れていた。
     昼過ぎにマーチ家を訪れたスガナミは、いつものようにモネの体温と胸の音を確認したのち、いつもよりじっくりと時間をかけて問診をした。
     それから窓の外を見てこう言った。
    「モネさん、ちょっとだけ外に出ませんか。5分だけでいい。庭に椅子を運びましょうか」
     側でうろうろしていたミイが、
    「お庭用のチェアがあるの! わたし準備してくるね!」
    と喜んで庭に飛び出していった。リコとリョウも手伝って庭にあっという間にテーブルセットが組まれた。モネが座る席には念入りにクッションやブランケットが置かれて居心地が良さそうだ。ミドリが準備したお茶とお菓子が並べられると、さながらティーパーティーのようでスガナミは目を丸くして笑う。モネはゆっくりと外に出て久しぶりの太陽の光に目を細めながらもすすめられた椅子に座った。
     姉妹四人とリョウとスガナミの六人でテーブルをを囲み、お茶とお菓子を楽しんでひと段落した頃合いでスガナミが話し出した。
    「今から二千年ほど前、医学の父と呼ばれるヒポクラテスが、医師の祖先は調理師である、と述べました。人体のバランスを取るものとして『食』の重要性に着目した視点による言葉です。この説には賛否両論あるのですが、人間の身体に必要な栄養についても近年研究が進んでいるところでして、タンパク質、糖質、脂質という栄養素が体内でどのような働きをするのかと…」
     そこで初めて全員がポカンとした顔でこちらを見ていることに気付いたスガナミが話を止めて居心地悪そうに咳払いし、側の鞄から一冊のノートを取り出してモネの前に置いた。それは美しい山吹色の表紙のノートだった。
    「モネさんには、このノートに毎日、食事の内容を事細かに、あとその日の体調について記してほしいのです」
    「食事の内容?」
    「はい。メニューだけでなく可能であれば食材も細かく。それと今日のように5分から10分ほどでいいので天気の良い日は外に出てみてください。これからは暑くなるので午前中の方がいいかもしれません。それについてはここにいる皆さんにもお願いしたいのですが」
     そう言って、テーブルを囲む姉妹とリョウの顔を見回した。
    「モネさんが外に出る際はどなたか気にかけてあげてください。常に側にいる必要はありませんが、あまり長い時間にならないよう」
     モネ以外の四人が真剣な表情でこくこくと頷く。
    「モネさんの体調が回復するように、出来ることを少しずつ、やっていきましょう」
     今度は隣のモネの方を見てそう言うと、彼女は小さく頷いて、ありがとうございます、と恥ずかしそうに呟いた。


     翌週も、その翌週の土曜日も、スガナミはマーチ家を訪れた。モネの書いたノートを読み、食事の内容と量についてアドバイスし、さらなる問診をして気になる症状は自分のノートに書き留めた。外に5分出てみましょう、が翌週は、5分庭を歩き回りましょう、になり、さらに翌週は、家の周りを一周しましょう、になった。モネの身体の負担を注意深く診ながらその活動量をゆっくりと増やしていった。
     一方でスガナミはボストンから最新の論文を取り寄せてモネの体質改善に繋がりそうな研究に片っ端からあたっていた。栄養素についての研究は日々新たな知見が見つかってはいたが、具体的にどのような食事が人間にとって理想的か、という答えはまだ出ていない。ただスガナミにはナカムラに巻き込まれて孤児院などの子供たちの健康調査などをした経験から、栄養失調になっている子どもたちの食事はどういうものかという知見はあった。まだ立証はされていなくてもスガナミなりにバランスの良い食事を模索した。
     ヒポクラテスの医学は現代では否定されていることもある。だが患者の環境を整えることで自然治癒力が高まるという考え方には理があるとスガナミは考えていた。
     医者は魔法使いじゃない。魔法は使えない。
     だからできることをこつこつと積み重ねるだけだった。
     静かな夏が過ぎて美しい秋の始まる頃だった。
     モネの食事についてはほぼ安定しており、徐々に量を増やすことでひどく痩せていた春頃に比べるとずいぶん健康そうに見えた。散歩も今は片道20分まで距離を伸ばしている。ひと夏、短いながらもほぼ毎日日光に当たっていたせいで青白かった顔色も少し焼けてそれがまた健康的に見えた。
     スガナミはあれから毎週律儀にマーチ家に通ってきている。
    「いい天気ですし、今日は砂浜まで歩いてみましょうか」
     いつもの問診が終わった後、モネに向かってスガナミがそう言ってるのを横で聞いたミイが、私も行く!と張り切って準備しだすと、リョウを誘いにリコが飛び出し、あらまあとミドリは苦笑しながらお昼用に準備していたサンドイッチをバスケットに詰め始めた。
    「ねえ先生、今日は私が自転車借りていいでしょ」
     リコがいないのをこれ幸いとミイがちゃっかり自転車を借りる約束を取り付けた。スガナミがやってくるたびにその自転車はリコとミイとリョウの3人で取り合って遊んでいる。
    「いいですけど……ミイさんはいつもスピードを出しすぎです。今日は無茶しないでくださいよ」
    「あら、万が一怪我したってお医者さまがいるんだから問題ないわ」
     そういう問題ではありませんと口煩く言うスガナミの隣でモネがくすくすと笑っていると、リコがあっという間にリョウとアサオカを率いて戻ってきて出発となった。片道30分ほどの道のりである。先頭で自転車に乗るミイを、リコとリョウが走って追いかけていく。スガナミとアサオカは荷物を分け合って持ち、ミドリとモネを含めた4人は語り合いながらのんびりと歩いた。


     七人が目指した小さな浜辺は普段から人気が少ない。町の中心部への道からも大きく外れた場所にあり、そんなに遠くないにもかかわらず四姉妹も揃ってこの浜辺に来るのは子供の頃以来だった。
     後ろからゆっくり追いかけていた四人が浜辺に着くと、すでにリコたちは波打ち際できゃあきゃあと子供のように遊んでいる。ミドリも、まあ懐かしいわ!と手を合わせてそちらに向かって走り出した。アサオカもスガナミと一緒に敷物を広げて荷物を置いてからミドリの後を追っていった。薄い秋雲の浮く青空が静かな海も青く染めていた。
    「モネさんは一旦休憩してください」
     スガナミに言われるがままに座れば、ブランケットをかけられ、水筒のお茶を注いだコップを渡されと、細々と世話を焼かれるのにモネは(お母さんみたい…)とこっそりと笑ってしまう。
    「疲れてないですか」
     真面目な顔で覗き込まれたのでモネは慌てて笑みを引っ込めて、大丈夫ですと真面目な顔で答えてみせた。
     海から吹く風が懐かしく気持ち良い。
     モネは満ち足りた気持ちで、波打ち際で遊ぶ姉妹たちを見つめた。
    「先生も遊んできていいですよ」
    「いや、いいです」
     それはモネへの気遣いというより本当に嫌そうだったのでモネはまたクスリと笑った。
    「みんな楽しそう」
     見た先でリコたちがボールを投げ合ったりして楽しそうに笑っている。靴もすっかり脱いで裸足で駆け回っていた。
     モネは小さい頃からずっと我慢してたのに、とミイが怒りを含んだ声でそう言ったいつかの日をスガナミはふと思い出していた。
    「モネさんも、もうすぐあんな風に遊べると思いますよ」
     気休めでなくスガナミは本当にそう思って言ったが、モネは驚いたようにこっちを見てゆったりと笑った。
    「ああやってみんなが楽しそうにしているのを見るのも楽しいから、いいんです」
     その言葉はきっと本心なんだろう。だけど、あのときミイが吐露した怒りをスガナミはわかる気がした。諦めることに慣れすぎてしまった人に、行き場のないもどかしさを感じてしまうことを。
     ミイが子犬のように駆け寄ってきてモネの腕をとった。
    「ねえモネ、砂山つくろうよ。いいでしょう、先生!」
     もちろんと答えると腕を引っ張られたモネが立ち上がり、靴を履こうかと一瞬悩んだ後にミイに倣って裸足になった。
     今日はまだ暑いので多少濡れても風邪を引く心配はないだろう。二人が浜辺で楽しそうに砂をかき寄せているのを微笑ましく見ていると、ふとこっちを見たミイがまた駆け寄ってきた。先生も!と腕を取られて困惑しつつ立ち上がると、ミイはスガナミを見上げて小声で言った。
    「わたし、やっぱり先生は魔法使いだと思う。……モネのこと、ありがとう」
     そして照れたように笑ってまたモネの方に駆けていった。その背中があまりに嬉しそうで楽しそうで、それを見つめてスガナミも小さく笑った。
     医者は魔法使いじゃない。魔法は使えない。
     結局祈ることしかできないと泣いた夜はあったし、きっとこれからだってある。
     モネが外で遊べるほどに回復したのはただの自然快癒で、スガナミの指導やケアは無関係かもしれない。
     それでも、一人の患者の予後にじっくりと付き合った経験は医者として得るものが多かったし、猩紅熱の予後の難しさは知っているだけにモネの回復は素直に喜ばしかった。
     ここまで来たらあと少し。ボールを追って走り回っても平気なくらいまで付き合ってあげたいと思う。
     先生はやくー!と叫ぶミイの隣でモネも大きく手を振っている。
     スガナミも手を振り返し、自らも裸足になって二人の元へ笑いながらゆっくりと歩いていった。


     ボールを追いかけ回すのにさすがに疲れたリコが砂浜に座りこみ、砂山を作っている三人、とくにスガナミを見ていた。
    (それにしたってあの変わりようといったら)
     最初に会った時はもちろん、モネのためにわざわざ来てくれるようになった頃も、スガナミのモネを見る目は患者を見るそれだった。だけどあれから数ヶ月、いつしかそれは慈しむような愛おしむような視線に変化していた。モネはもちろん、スガナミ本人ですら気付いてないのかもしれないが、リコは気付いた。
    (愛、なのかもしれないわ)
     愛や恋を実感を伴って理解したことがリコにはまだないが、パーティで見かけたような浮ついた感情がスガナミの視線には希薄な気がした。だからそれは恋というより愛と呼ぶ方がしっくりくる。ただこの二人はそういうことに疎そうですぐに何かが進展するということはなさそうだった。
    (問題はこっちよ……)
     そう思いながらリコが見た先にいるのは楽しげに何か話しながら並んで歩いてる様子のミドリとアサオカである。ワシントン行きで長く一緒に時間を過ごした母アヤコがサトルさんと呼ぶほどに気に入った様子なのを見て、最初は頑なだったミドリが最近心を許している気がする。もっと言えば二人の間に浮ついた空気が漂ってる気配すらしていた。年齢的にもこの二人が心を通じ合わせたらすぐに結婚ということになりそうな気がしてリコは勝手にハラハラしていた。
    (あぁ、わたしがたくさん稼いでミドリに贅沢させてあげられたらミドリもずっと家にいてくれるかしら……)
     いつだったか、ずっとこのままでいたい、と言って母とミドリを苦笑させたことを思い出した。ずっと家族と一緒にいたい。それはそんなに無体な願いだろうか。
     そのとき、おーいリコ!と呼ぶ声がして見ると凧揚げをしているリョウがニコニコと笑ってこっちに手を振っている。
     このままでいられたらいいのに。
     もう一度、心からそう願いながら立ち上がった。スカートに付いた砂を払い、リョウに向かって歩いて行く。
    ヒナタ Link Message Mute
    2022/09/07 22:22:49

    #6 先生は魔法使い

    #sgmnパロ
    四姉妹の物語にokmnキャラを落とし込んだ自己満足のパロ6です。両方向に向かってすみません。許せる方だけお願いします。

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