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    #1 わたしたちが望むものは「貧乏ってやーねぇ…」
     明日のクリスマス会の準備をしながら、今年も自分達が望むプレゼントは得られないだろうというリコのぼやきにモネがくすりと笑った。
    「いいじゃない。お父様とお母様がいて姉妹もみんな元気なんて幸せよ」
     モネのその言葉に、リコだけでなく他の二人の姉妹も頷いた。戦争にコレラにと、死が身近なこの酷い時代に欠けてない家族でいられることの幸せはよくわかっている。
     だがたくさんのプレゼントをもらった幼い頃の記憶は消したくてもこびりついていて、いつしか望みは叶わなくなったことを嘆くのもしようがないことだと姉妹はわかっていた。
     困った人を捨て置けない両親のせいでマーチ家の財政は右肩下がりではあったが、まだ笑い合える余裕はあった。
    「ね、じゃあせめて、今自分が一番もらったら嬉しいクリスマスプレゼントでも告白しよっか。あ、お父様に帰ってきてほしいってのはなしよ。そんなの当然だし」
     空気を変えるようにそう言ったのは長女のミドリだった。四姉妹の父親は数ヶ月前から牧師として従軍しており、その不在の寂しさを口にすればとめどなく四人で泣いてしまいそうなので禁じ手にしておく。
    「じゃあ私からね。私は……うーん、ほしいものはたくさんあるけど、やっぱり一番はドレスかなぁ。ガーディナーさんのパーティーに招かれてるのに古いドレスしかないの」
     楽しげな会話のきっかけを差し出したのに結局は厳しい現実に向き合って素直に眉を顰めたミドリを見てリコが笑った。
    「じゃあ次は私ね! 私はもちろん本! 本棚いっぱいの本がほしいわ」
     本の虫のリコ姉さまは相変わらずだと思ってモネはクスリと笑う。リコの書く物語はどれも面白いので、物書きとして成功したいというリコの夢はきっと叶うだろうと姉妹は信じていた。そしてそんなモネに視線が集まる。
    「……私は、うーん、楽譜かな? どんな曲でもいいから楽譜がほしい」
    家にある楽譜は全部暗譜してしまったし…と言い訳のようにモネが付け加えていると、四女のミイがわざとらしくため息をついた。
    「モネはいっつもそう。どうせ絵空事なのだから、立派なピアノがほしいくらい言えばいいのに」
    「そんな立派なピアノ、置く場所がないわ」
     笑いながらモネは調子の外れた古ぼけたオルガンを愛しそうに見た。置く場所なんてどうとでもなります、とツンと顎を上げたミイが自身の望みを語るのに、えへんと咳払いをする。
    「わたしの望みは……自分の研究室! もちろん最新の顕微鏡付きのね!」
     同じ本の虫と言っても物語の世界に没頭しているリコとは全く違って、ミイがいつも手にしているのは父からもらった図鑑だった。読むだけでは飽き足らず、近隣の浜辺や森から植物や虫を採取して標本を作ったり図鑑を手作りしたりしている。そんなミイの頭の中がどうなってるのかは他の三姉妹にはさっぱりわからなかったが、大きな虫眼鏡を掲げて外を飛び回るミイを姉たちは心から愛していた。
     それにしたって、クリスマスのプレゼントに研究室とは大きく出たわね、と笑い合いながらイブの夜がふけていった。


     そして迎えたクリスマスの朝。
     起きた四姉妹は枕の下に置かれていたプレゼントに驚き喜んだ。それは色違いの表紙の立派な聖書で、牧師として戦地にいる父親のことを思い起こして四人は胸がいっぱいになった。
     早速母に礼を言おうとダイニングに飛び込むも、そこに母の姿はない。手伝いに来ていたナツによれば、近所の貧しい家の母親が訪ねてきたので、その家の様子を見に行ったという。ナツを手伝って四姉妹が朝食を用意していると、四姉妹の母でありマーチ家夫人であるアヤコが帰宅した。
     お母様!と寄り集まった四姉妹を制し、アヤコは眉を寄せて困った顔で気まずげに切り出した。
    「あのね、ご近所にお気の毒なお家があって……今あなたたちが準備してくれたこの美味しそうな朝食をプレゼントできたらいいなと、思ってるんだけど……」
     四姉妹は顔を見合わせて同時にプッと吹き出した。まーたお母様は、とリコが呆れたように言いながらもさっさとバスケットを取り出す。紅茶を入れるポットを取ってくるわねとモネは台所に姿を消し、すぐに食べられるようにとミドリはパンをカットしていく。ミイは手に付いたクリームをぺろりと舐めながら、このクリーム付きパンおいしいのよ、と言いながら包んでいく。アヤコがこのようなことを言い出すのはクリスマスに限った話ではないので姉妹もすっかり手慣れている。こんな時に文句の一つも言わず奉仕する娘たちを見てアヤコはホッとして笑った。


     お昼になるとクリスマス恒例、マーチ家姉妹による舞台が2階で幕を開けた。脚本はもちろんリコが書き、役者はリコとミドリだけなので二人で何役も演じることになる。芝居に合わせてオルガンで音楽を奏でるのはモネで、ミイは紙吹雪を散らしたり場面転換したりと美術を受け持つ。四姉妹のクリスマス演劇は近所の女の子たちが毎年楽しみにしていて、今年も大成功で幕を下ろした。
     お茶の時間になったので客を引き連れてダイニングに入ると、四姉妹はテーブルの上を見て目を丸くした。そこには何種類ものケーキとカラフルなアイスクリームが所狭しと並んでいる。驚きでアワアワとしている娘たちを見てアヤコが笑った。
    「お隣のローレンス様からよ。クリスマスプレゼントですって」
    「えっでもどうして? あまりお付き合いはないのに」
     リコがそう言って、姉妹は顔を見合わせて首を捻った。お隣のローレンス家は大邸宅であまり人の出入りもなく、ご挨拶をしたこともない。
    「今朝、あなたたちがあのお家に朝食をプレゼントしたでしょう。そのお話を聞いたらしくて、素晴らしいお嬢さん方に是非甘いものでもプレゼントさせてくださいって。さ、アイスクリームが溶けないうちにいただきましょう」
     わっと食卓についた少女たちが我先にと甘いものに手を伸ばし食べながらもお喋りに花が咲く。この素敵なプレゼントの送り主であるローレンス家の話題も出た。なんでもつい最近、男の子が引っ越してきて一緒に暮らしているそうだが、その姿を見た人は少ないという。ローレンスさんの息子さん夫婦が海難事故で亡くなられたんですって、そのお子さん、つまりお孫さんを引き取ったんだって話よ、と他の誰かが言った。
     いつだったか、垣根ごしにその少年と顔を合わせて軽く会釈をしたことをリコは思い出したが話題には出さなかった。
    (エキゾチックな顔立ちだった、なんて言ったらみんな大騒ぎしちゃうだろうから。それよりお隣なんだし、少し寂しそうだったから、仲良くなりたいわ)
    そう思いながらリコはスプーンいっぱいのチョコレートアイスを口に含み、その甘さが引き起こす幸せにうっとりとした。

     ガーディナー家のパーティは毎年大晦日に開かれる。今年初めてお呼ばれしたミドリとリコの準備にマーチ家は朝から大騒ぎだ。
    「あぁ、やっぱりこんなドレスじゃ恥ずかしいわ……」
    「そんなことない。ミドリによく似合うシルバーのドレスだもの。素敵よ」
     姉を慰めながらモネが器用にミドリのたっぷりした髪を結い上げていた。そうそうミドリはいつだって綺麗、と調子を合わせながらミドリの前髪をセットしていたリコがコテを外すと、そこに現れたのは綺麗にカールした前髪ではなく、チリチリに焦げてしまった前髪だったからさらなる大騒動に発展した。
     すったもんだで何とか準備を済ませた二人が最後、アヤコの前に立った。
     くすんだ銀色のドレスに真珠のブローチを付けハイヒールを履いたミドリは控えめながら美しい。モネが結い上げた黒髪に個性が光る。
     一方のリコはこちらもたっぷりした黒髪を引っ詰め、飾り気のない麻の襟付きの細身なカーキ色のドレスにブーツを合わせて平然としている。白い菊を2本、ブローチ代わりに胸元に挿しているのがなかなかセンスがいい。この子は本当に変わっている、内心でアヤコはそう思って笑った。
    「二人ともとっても可愛いわ。楽しんでらっしゃい」


     まだまだパーティは終わりそうにないが、少し外の空気がほしくなったリコは窓からするりと抜け出し外廊下に出た。
     海に近いガードナー家の庭は潮の香りが強い。すんと吸ってふうっと溜息が出た。人工的な香りに満ちた室内より安心できる馴染みの香りだった。
     ガードナー家の娘と仲が良いミドリはすっと場に馴染んでダンスなど楽しんでいるが、元より人間観察が目的だったリコはすっかり飽きてしまっている。窓を閉めれば途端に静かな外廊下から中の喧騒を覗くと、なかなかに滑稽で一人でクスリと笑った。
     と、その時、同じように外廊下にいた人物の影に気付いて驚いた。その影がゆっくりと近付いてきて月の光に照らされた時、あっと声が出た。
    「あなた、お隣の」
     一度見ただけだがエキゾチックな顔立ちは間違えようがない。
    「はい。ローレンス家のリョウといいます。あなたは、マーチ嬢、ですね」
    「うちは四姉妹なので、マーチ嬢と呼ばれたら4人振り返りますわ。私は次女のリコ。クリスマスは素敵なプレゼントをありがとう」
    「あれはマダム・サヤカが、あ、マダム・サヤカっていうのは僕の祖母なんだけど、グランマって呼ぶと怒られるんだ」
     リコがくすくすと笑うとリョウも少し緊張が解けたようで小さく笑う。
    「知り合いのいないパーティーなんて来たくなかったけど、君に挨拶できたから来てよかった」
    「あら、どうして来たくないのに来たの」
    「最近僕の家庭教師になった人が陽気な人でね。パーティが好きなんだ。引っ張ってこられたってわけ。あぁほら今、君のお姉さんと踊ってる」
     窓越しに部屋の中を見るとアップテンポな曲でくるくる回されてるミドリの困惑げな表情が見える。
    「姉の顔ご存知なの」
    「窓から時々見てるよ、あなたたちが出かけるのを。僕は兄弟がいないから、いつも楽しそうで羨ましいなって思ってた」
    「そうなの。じゃあいつでも遊びにいらして。我が家はいつでもお客様は大歓迎よ」
     音楽がポルカに変わって、それが大好きなリコはダンスする人々を見ながら指がリズムを刻んでいく。それを見たリョウが恭しく片手を差し出した。
    「踊りますか」
     リコは一瞬嬉しそうな顔をしたが表情を変えてゆっくりと首を横に振った。
    「どうして」
    「……笑わない?」
    「笑わないよ」
     リコはくるりと回って背中を見せ、ドレスの下の方を摘んで見せた。
    「わたし、暖炉の前で立って本を読むのが癖なの。それで気付いたらちょっと服が焦げちゃって……誤魔化しに繕ってもらったんだけど、明るいところだとバレちゃうから今日は踊ったりしないほうがいいってミドリが」
     くっくと笑っているリョウを見てリコは眉を上げる。
    「笑わないって言ったわ」
    「……ごめん」
     まだ口元が笑ったままのリョウが今度は片膝をついて手を差し出した。
    「ここで踊るんならいいでしょう。僕と君しかいない」
     月明かりでリコの大きな瞳がキラリと輝いた。いいわね、そう言ってリョウの手を取る。二人は踊り疲れるまで誰もいない外廊下で踊り続け、最後は座り込んでお腹が捩れるほど笑い続けた。



    「いーなーパーティ……おいしいものいっぱいあるんだろうなぁ……ミドリとリコだけずるい」
     暖炉の前で編み物をしているモネの膝に甘えるように寝転んで頭を乗せたミイがぼやいていた。編み物の手を止め、モネは慰めるようにミイの髪を撫でた。
    「ミイだって年頃になればお誘いがあるわ」
    「モネは……?モネは行きたくない?」
    「うーん……私は騒がしいの苦手だし、家でみんなが帰ってくるのを待ってる方がいいかな」
    「ふうん……」
     身体の弱いモネはいつも何かを我慢している気がしてそれがミイは不満だった。パーティなんかじゃなくてもいい。一緒に外を走り回って笑い合うだけでもいいのに。たったそれだけの願いが叶わないのがミイは受け入れられずにいる。
    「……モネと一緒に行きたいな、パーティ」
     そうなの?と優しく笑みながら髪を撫で続けてくれるのが気持ちよくて、やがてミイは眠ってしまった。ミイの寝顔を見ながらモネは、二人の姉は今ごろ楽しんでいるだろうかと想像して微笑んだ。

     新年が明けて数日後の夕方、長身だが猫背の青年の姿が駅にあった。人気のない駅前を見渡し、経済発展の活気に満ちて忙しないボストンの街と比べ、随分と長閑な土地だなというシンプルな感想が浮かんだ。
     ボストンに生まれたその青年、スガナミは当地に設立された病院付属の医学校で最新の医療を学び、M.D.の称号を得てからはその病院で働きながら研究を続けていた。だが戦争が始まり、戦地に近い病院に派遣される医師が周囲にも増えていた。打診されれば自分も行くしかないだろうと考えてはいたが、思わぬ方向から別の仕事の依頼が来た。   
     依頼してきたのはスガナミにとって師匠というべき存在であり、今は戦地の医療現場で陣頭指揮をとっているDr.ナカムラだった。ボストン時代も事故が起きたと聞けば怪我人がいないか事故現場まで出向き、頼まれてもない孤児院に出向いて健康検査や栄養指導をしたりする、とことん現場主義のナカムラには学生時代から振り回され辟易していたが、頭が上がらない相手でもあった。
     その依頼は以前ナカムラ自身が巡回していた海辺の町にしばらく行ってもらえないだろうかということだった。ナカムラはしばらく自分が来られないことを患者たちに話し、持病の薬などは多めに渡してきたがそろそろその薬が切れる頃だと言う。ならば一週間ほど滞在して薬を出せば良いのかと聞くと、せっかくだからしばらく滞在して町医者として働いてきたらどうかと提案された。地域一帯を預かる医療は都市部の医療行為とはまた違った難しさがあるので経験してくるといいと。しばらく考えてからスガナミは依頼を引き受けた。
     恐らくだが、ナカムラはスガナミが戦争を嫌っていることをよく知っていて、戦地への派遣を避ける意味合いもあってこの依頼を寄越してくれたように推測された。一人前の医者としては気遣われて情けない気もしたが、戦地に行きたくないのは本当なので有り難く提案に乗ることにしたのだった。
     ボストンから列車で数時間のこの自然豊かな町で、おおよその口約束だが三年間は働くことになっている。その三年間が自分に何をもたらすのかはわからない。だが恐らくこれまでとは全く違った生活になるのだろうと覚悟して、ボストンよりずっと澄んだ空気を吸って吐いた。ほのかに潮の香りがした。
    ヒナタ Link Message Mute
    2022/09/06 14:08:36

    #1 わたしたちが望むものは

    #sgmnパロ
    四姉妹の物語にokmnキャラを落とし込んだ自己満足のパロです。両方向に向かってすみません。

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