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    雨の日の記憶窓から覗く空は薄暗く、太陽の姿はない。
    いつの間にか、さあさあと霧の様な雨が世界を濡らしていた。



    子どもの頃から、雨が嫌いだった。
    答えは簡単だ。雨が降ると外で遊べなくなるからだ。放課後に外でボールを追いかけ回すことも出来ないし、寄り道をして冒険をすることも出来ない。俺の仕事である、レオの散歩だって億劫だった。レオは濡れるのを嫌がるし、俺はいつもの荷物に加えて傘が追加されるし、帰ってきてからもひと仕事増える。雨の日は濡れたレオの身体を拭いてから、玄関まで連れ込むのだ。でも、庭の犬小屋で暮らすようになったレオと玄関先とはいえ家の中で会えるのは、それはそれで悪くなかった。
    その頃は、雨なんて、その程度だった。体育の授業がグラウンドでやる徒競走より、体育館でやるドッジボールの方が好きだったし、大人には怒られるけど傘でチャンバラだって楽しかった。学校からの帰り道、わざと雨上がりの水たまりを通るのも好きだった気がする。


    ふと、先生が本から顔をあげた。どうかしたのだろうか、とその視線の先を俺も追う。カーテンが開けられた窓の先。外がすこし薄暗い。もうそんな時間が経ったただろうか。

    「———降り出したねぇ」
    「え?」
    「雨。深町くん、傘持ってる?」
    「あー……」

    俺にはよく見えないが雨が降り出したらしい。先生は俺よりずっと目がいい。そう言えば窓から見える雲の色が濃い気がした。
    朝、起きるとまず、TVをつけてニュース番組を流す。一人暮らしをはじめてついた習慣だった。それで時間と天気予報を確認する。確か、本日は曇り。ニュースキャスターは傘について何か口にしていただろうか? と、ふと記憶を巻き戻すが思い出せなかった。因みに俺の部屋に置時計はない。時間は携帯で確認するし、目覚まし時計も携帯が担っている。まれに充電されていなくて朝に裏切られる時もあるのだが———まぁ、そんなことはいい。今の問題はそこじゃない。

    「持ってきてないですね」

    遠出する予定もなかったので傘の事なんて考えていなかった。
    薄曇りだったので念のため洗濯は室内に干して正解だった。

    「そっか」

    閉められた窓から雨音は聞こえないし、雨粒が雨を叩く様子もない。まだ雨はまばらなのだろう。
    土曜日の午後。世間一般でいう休日だ。もれなく俺も大学は休みなのだが、今日は、と言うか俺の休日の予定は先生次第、と言った方が正しい。いつの頃からそれが当たり前になっていた。依頼人に会いに行ったり調査に行ったり、はたまたどこそこに遊びに行こうと連れて行かれたり。俺個人での予定は特にないのだから仕方ない。
    本日はというと、午前中は先生に付き添って依頼人に会いに行った。本日は話を聞くだけにとどまり、詳しくは追って、と言うことになった。話を終えたが、まだ時間は早い。お昼は先生が奢ってくれるというのでお相伴にあずかり、その代わりにと買い物で荷物持ちを仰せつかった。
    まずは本屋で予約していた新刊を受け取り———その前に二人で本屋の中をぐるりと回って俺はつい先生から勧められた本を手に取ってしまった———深町くんが居るならあれもこれも冊数が増やしていった。車じゃないことをこの人は分かっているのだろうか、と少し思いながら、此処に居ない佐々倉さんが買い出しに俺を呼び出したい理由がなんとなく分かってしまった。
    本棚を買いに行く日はぜったいに断ろう。買い物だけならいいが、組み立てとか搬入とかは遠慮したい。ついでに食品フロアで買い物をして、二人で両手いっぱいに買い物袋を提げて先生の部屋に着いたのが午後二時。
    そこで帰ろうとしたのだが「せっかくだからお茶を飲んでいきなよ」と言う言葉に、あっけなく上がり込んだ。どうせ帰ってもすることはない。それなら、と言葉に甘えて先生が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、買った本を開いてしまった。
    いつの間にかコーヒーは飲み終わっていた。
    本のページはずいぶんと進んでいた。
    読んでいたページに栞を挟んで、閉じた。先生と目が合う。

    「……帰るなら、傘、貸そうか?」

    ふと、手が伸びてきた指が前髪を攫う。
    下がった眉と、苦笑する口元。もう帰っちゃうの? と、顔に書いてあるような気がして、仕方ない人だなぁと思う。居てほしいならそう言えばいいのに。

    「……いえ、」

    指から逃げて、先生の傍に身体を預けた。
    ぼすん、とソファから気の抜けた音がする。ずっと同じ姿勢で読んでいた身体を伸ばして、不思議そうな顔をした先生を見上げる。

    「……読んでる部分が中途半端なので、キリのいいところまでいいですか」

    その言葉に大きな瞳が瞬きを数回。それから、瞳が、緩く弧を描いた。

    「それなら、おかわり淹れようか」

    そう、浮かれた声がした。

    外からは少しだけ、さあさあと雨が降る音が聞こえてきた。外の世界の音が消える。聞こえるのは雨音だけだ。まるで、世界には二人だけのようだった。





    子どもの頃から、雨が嫌いだった。
    あの夏祭りに参加した後は、もっと嫌いになった。
    ざあざあと耳障りな雨音に混じる、不協和音。理科の授業で知ったのだが、音は湿度が高いほうがよく通るらしい。自然といつもより教室内で話す声が耳に届いてしまう。
    聞きたくなくても、聞こえる。耳に入る不愉快で、奇怪で、壊れたおもちゃのような声。
    雨の音が、全部消してくれたらいいのに。
    外で降り続く雨の音はざあざあと耳障りなだけだった。
    加えて、雨の日はレオの散歩も長くはかけられなかった。常であれば夕陽が沈むまでレオと過ごす時間も雨が降るとそうはいかない。
    ひと通り散歩をして戻ると、雨の日はレオを玄関まで連れ込む。小さかった頃は部屋まで連れて行けたけれど、もうそれは出来なかった。玄関の一角にレオ専用のバスタオルを広げて餌と水を用意する。
    その後、ずっと玄関にいるわけにもいかない。
    玄関から繋がるリビングやキッチンには必ず母親や父親の気配があった。
    何かを言われたわけじゃない。
    それでも、酷く居心地が悪くて、逃げるように自分の部屋へと逃げ込んだ。
    外からは雨の音だけがざあざあと絶えず聞こえていた。







    Xyuzu_kinox Link Message Mute
    2022/06/18 21:13:57

    雨の日の記憶

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    #高深  #彰尚

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