8巻の感想文①ぎりぎりまで大掃除をして——それこそ普段しない場所まできちんと隅々まで掃除をして——新しい年神様をお迎えるという日本人らしい年末を過ごした。ほんとはもう出かけられるのにそれでも、ずるずると先延ばしにして、年を明けてから漸く重い腰をあげたのが今日の朝のことだった。実家から年末年始くらい顔を出しなさいと言われた。気がすすまないことこの上ないが、突っぱねることも出来なかった。実家に帰る、と言っても遠い場所ではない。
そして時間にするとほんの数時間だった。けれど。
手狭なキッチンに室内の大部分を占めるのはベッドと安物のローテーブル。部屋の隅には教材や本が詰まったカラーボックスとハンガーラック。いつもより念入りに掃除した部屋にたどりつくとホッとした。思っていたよりずっと気が張っていたらしい。そのベッドに思わず倒れ込んだ。
「—————疲れた」
ほんの数時間だった。
でも、なんか色々あった気がする。
ああ、出掛けにもらったお節を冷蔵庫にしまわないと痛んでしまうな、と頭の片隅では思うのに身体は動かない。小さな柴犬がいた。レオのような毛並みじゃなかった。少し硬い毛並みだった。何度か、ああ、知らない家みたいだと思った。子犬のために配置の変わった家具。真新しい遊び道具。まだリビングの室内に寝床があった。もう少し大きくなったらまた庭に犬小屋が置かれるのだろうかと思う。そういえばあの両親はもともと犬が好きだった。
子犬の話をすると、空気が一瞬緩んだ。よそよそしい空気がなくなる。ほんとに可愛がっているのだろう。自分の話だと分かるのかムギはキラキラとした目をしながら、くるんと回った栗色の尻尾をパタパタと左右に振っていた。
遊んでやってと言われて、数回ボール遊びをした。
散歩をしてきてと押し付けられ、リードをもった。
ちいさな揺れる尻尾がぐんぐんと行く道も知っているようで、知らない道だった。たった二年で家の中も、町も変わるらしい。
「——————————、」
ベッドの下に放りだした鞄を手繰りよせて、中に手を伸ばす。
指先に固い感触があたる。ちいさな写真立てだった。レオと俺が写った写真はもう随分と色褪せている。部屋に飾るかはまだ決めていない。レオ、と音には出さずもういない俺の親友の名前を呼ぶ。今はただ、研究室にいってコーヒーを飲みたかった。
大学が年末年始休暇から明けるまであと五日。