子どもの先生と知らない大人一目で、分かった。
ああ、先生だ、と。どうやらあの髪色は地毛だったらしい。
陽に当たると茶色に見える明るい髪色。形のいい眉。利発そうな瞳。子どもにしてはよすぎる姿勢と、崩れない笑顔。
俺の知っている先生は二十代と言ってもまかり通るような、俗にいうイケメンだ。だが、いま目の前に居るのは天使のような少年だった。
「…………先生?」
「あ、いや、ええと」
「僕、先生じゃないよ?」
きょとん、と大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた視線から俺は目を逸らした。
口が滑った。つい。と言うかこれは夢じゃないのか。全く、全然、一向に夢から覚めない。それどころか俺はどう見ても子どもの頃の高槻彰良と会話をしている。何が起こっているかさっぱり検討もつかない。俺ではなくここにいるのが先生ならやれタイムパラドックスだのパラレルワールドだの大騒ぎするに違いないが、生憎俺にそういった事例に興味はない。本当に此処が別の時間軸なら早く元の世界に返してほしい。
さっきまで、研究室に居た気がするのに。
「…………変なおにいちゃん」
ふふ、と笑った顔が俺の知っている先生の顔と似ていた。
「何処から来たの? ここ僕ん家の庭だよ?」
「えええ………」
庭、というか……庭、そうか庭か。俺が知っている庭と随分規模が違って眩暈がしそうだった。樹々の合間から見えるのは門扉だろうか。振り返った先には綺麗な家の輪郭が見える。豪邸かここは。
この人が裕福な家で育ったのは知っていたが、なんというか、こう、スケールが違った。
「————お兄ちゃんは空を飛んできたの?」
「え、」
「天狗って知ってる?」
ぽつり、とこぼした言葉に俺は直ぐに反応できなかった。
「人をね、攫うんだって。その後、歓迎会したり、観光したり……連れ回した後、ぽいって放り出すんだって」
それは、授業で聞いた話だ。人攫いの天狗の話。道端に放り出した青年の足袋は土の汚れもなかった不思議な話。天狗が人を連れ去ってすることは様々だ。歓待したり、修行をさせたり、獲物にしたり……そして用が済めば飽きたかのように放り出す。それは街中であったり、屋根の上だったり、山の中だったり様々だ。
「お兄ちゃんも何処からか連れ去られてきたの?」
こてん、と小首を傾げた言葉は少し震えていた。まるで、僕と一緒?と尋ねるようなその声に、俺の声は喉元につっかえてしまった。