犬と猫。8月中旬。お盆。夏真っ盛りだ。長野市内の飲み屋から出ると夜風が顔に当たった。
都内の夏と言えばビルとコンクリートに囲まれ、夜になっても全く冷えない生暖かい空気がとにかく不愉快なのだが、随分と違うな、と思う。
ビルの高さや緑生い茂る森が近いのが一因だろうか。
飲み屋からホテルまでは数メートル。
酒で火照った身体を冷ますのにはちょうどよかった。
目の前を歩くのは上機嫌な幼馴染と、正反対に不機嫌なその教え子が先を行く。
幼馴染の足取りは軽い。スキップでもしそうだった。お酒も料理も美味しかった。それなりに目的である情報も手に入れた。深町の従兄弟だという彼も実に好青年で楽しい飲み会だった。まぁそんなことよりコイツが上機嫌な理由は他にある。
「尚ちゃん」と彰良が隣の深町に声を掛けた。
のだが、つんと顔を背けた。かれこれこのやり取りを何回しているやら。そ
「ねぇ、尚ちゃん」
長い脚で一歩前に出る。それを深町が避けた。
「尚ちゃんってば」
ぐるん、と深町の身体が勢いよく回転した。こちらを見上げてくる目がキ゚ッと吊り上がっている。照れと困惑が入り混じって怒りになっているらしい。何となく怒った猫を連想させた。逆立った長い尻尾が見える気がする。
「————佐々倉さん」
「あ?」
「どうにかしてください、このひと」
「無理だろ」
「えっ」
「そもそも相談する相手が悪い。俺は何年けんちゃんって呼ばれていると思ってんだ」
出会ったのはまだガキの頃。そのまま定着したあだ名は、真っ黒な身なりにも強面なこの顔面にも不釣り合いだが好きにさせている。思春期に恥ずかしいいと言ったような気はするが「健ちゃんは健ちゃんだもん」と一蹴された。何よりあの頃の彰良は不安定だった。戻ってきた彰良を受け入れた環境はずいぶんと酷なものに変わっていくのを一番近くで見ていたのは俺だった。結局出来るのは『健ちゃん』でいてやれることぐらいしかなかった。
だから、
「諦めろ、尚ちゃん」
と言うしかない。
「えっ」
「ほら健ちゃんもこう言ってる事だし! ね! 尚ちゃん」がばっと後ろから彰良が圧し掛かった。犬がじゃれつくのを見ているかのようだ。哀れ深町。頑張れ深町。いいじゃないか、楽しそうで。