僕と友達になって 痛い――それが最初に浮かんだ言葉の響き。
「やあ、カントク君。お目覚めのようだね」
ぼやけた思考がぼやけた視界を作り出し、目前に立つ人の形は、黒衣に身を包む宿敵であると認識させる。
「神経回路と連動するコードをその場凌ぎで繋ぎ合わせただけだから、かなり不自由で痛むだろう? まあ、あれだけたくさん遊んだにしては、破損状態は悪くない方だけれど」
馬場の言葉が理解出来る。自分が置かれた状況も理解出来る。立ち尽くす馬場に見下ろされ、自分は背をもたれて四肢を放り出して情けなく座っている。真後ろから伝わってくる灼熱の空気。どろどろと掻き混ざり、ぐつぐつと煮え滾る音。スクラップ工事と少し似た、鉄臭さが辺りに漂う。そして何より、痛い。死ぬほど痛い。比喩ではなく、自分達は馬場に負けて死んだ。
視線を彷徨わせると、足元には青と黄の剥がれ落ちた塗装や部位が散らばっていた。既に二人の級友はロボットとしての身すら存在しないということまで理解出来た。
何故か意識を目覚めさせられた狗凱は、痛みを堪えるふりの悪足掻きをしながら、溜め息を吐く仕草をした。
「テメェ、悪趣味な野郎だよなァ……。まだ甚振り足りねえってか?」
「そんなんじゃないさ。ただ、少し君と話がしたくってね」
「胸糞悪ぃ話は聞き飽きた」
唾でも吐き捨ててやりたいところだが、ロボットの身ではそれすら叶わない。
何より、羊田の末路を聞かされた時の、体中の血液が沸騰するような、全身を氷で覆われたようなあの感覚は、もう味わいたくない。軋むばかりの鉄屑の姿で、激情のままに拳の一撃もお見舞いしてやれないのは、単純に悔しい。
それでも思い返せば、狗凱の中には満ちていくものがある。
馬場の誘いを断ったという羊田。その姿が鮮明に浮かぶ。当たり前だ。羊田が望んでいたものは、支配者側につくことで得られる権力でも保護でもない。そんなことは分かっていた。羊田の身も心も満たせる手段は自らの手で果たした。例えそれが偽りの記憶だとしても。
誰も知らない。世界の創造主だろうが、宿主を切り替えた神だろうが、自分達の間に何があったかなど誰も知るわけがない――
耽る狗凱へと馬場は緩やかに歩み寄り、微笑んだ。
「僕と取り引きしないかい?」
「あぁ?」
「僕の言うことを聞いてくれたら、カントク君を元の人間の体に戻してあげる」
くだらない。生に未練は無い。馬場が町長として謳われる、この狂った世界で過ごしたいとは思わない。だから狗凱は俯き、黙り、拒絶の姿勢を取った。
馬場は少しも微笑みを変えない。最初から分かっていた、彼が保身の為におもねるなど有り得ないと。幼い彼はスターヒーローだった。そしてヒーローは、自分の為ではなく、大切な人の為であれば動き出す。それが筋書きというものだ。
「勿論、羊田さんもだよ」
そう告げれば、やはり見違えるほどの反応があった。
馬場は、ぎこちなく顔を上げた狗凱の方へとまた近付き、慎ましい所作でしゃがみ込む。それから、忌々しいくらいの丁寧さで手の平を広げる。狗凱がちゃんと認識出来るようにと慮り、見せつける。
「このパーツが君達の元に届いていたのは幸運だった。よく無事だったね、羊田さん」
張本人のくせに心から労わるような声音。狗凱は不快で堪らず、声を荒げようとするも激痛が走り、息を詰まらせてしまう。
その隙に馬場が話を続ける。
「本体はとっくにスクラップ工事でバラバラにされたとしても、たった一つのパーツさえ残っていれば、肉体も精神も復元するなんて造作もない。それにこのパーツは特別だ。何せ彼女の命の源だから。人の体で生き返らせることも可能なんだよ」
狗凱を振り向かせる為に何度も練習した、真心のこもった台詞。
動かされた狗凱は迷い、揺らぎ、唸るように窺ってみる。
「本当にそんなことが……出来んのか」
「慈悲深い神は僕に力を貸してくれたからね。神の御業は無限大。そのことは、誰よりもカントク君が知っているんじゃないのかな」
穏やかに諭す口振りで投げかけられ、狗凱は苛立ちを覚えつつも回顧する。
確かに、そうだ。あの神は、黒い影は、羊田を長年苦しめてきた呪いは、自分の願いを叶えてくれた。
それなら、自分達のいる河川敷に混ざりたかったという幼稚な理由だけで、ディストピアを築き上げたくらいには純粋すぎる馬場が、今更になっても虚言を持ちかけることはないだろう。
羊田を生き返らせる、取り戻せる。狗凱にとって、それはあまりにも魅力的な誘惑だ。彼女が望まないとしても、縋りつきたくなる気持ちは誤魔化せない。
しかし、願いには対価が必要とされる。そのことは身を以て教え込まれた。分かっている。分かっているのに、自然と惹かれてしまう。
「条件は」
「僕と友達になって」
と、簡潔な言葉。
呆気無いので狗凱はしばらく待ったが、続いて紡がれる内容も代わり映えしない。
「僕の世界で、三人で、ずっと一緒に遊ぼう」
「それが、お前の……理想か?」
「うん。二人で映画を撮りたいならそれも構わないよ。資金も設備も人材も拍手喝采も、何もかも僕が用意してあげる。だから……友達になってくれるよね?」
静かに見上げるままの狗凱へと、馬場は手を差し伸べた。最後の期待を胸に抱いて。
「馬場……」
覚束無い、ひび割れた腕が、ギイギイと嫌な金属音を鳴らしながら持ち上げられる。モニターに表情は映らないはずなのに、不意に悪戯めいた笑みをこぼす気配がした。
(マジでこいつ、センスの欠片もありゃしねえわ。分かってねえんだよな、映画ってのが何なのか。つまんねえ。つまんねえよ。俺らが作りたかったのは……もっと……こう……なあ? お前なら、俺の言いたいこと分かってくれるだろ、メリー)
馬場と立ち向う彼女の凛然とした黒い瞳を思い描きながら、答えを示してやることにした。
「テメェとなんざ死んでもなってやらねえよ、バーカ!」
どこにそんな余力が秘められていたのだろうか。我武者羅に腰を上げた狗凱は、馬場の手の平にある羊田の心臓を奪い取った。それから躊躇せずに背中から倒れ、おぞましい赤い光の中へ――溶鉱炉の中へと、二人で落ちていった。
最後に残されたのは、馬場だけだ。溶鉱炉から吹き上がるのは煮え滾る熱風のはずなのに、心では酷く冷たいものに感じられた。
完