れじらじカンメリSSまとめ その2「メリー、こっちだこっち」
特設ステージの前で密集する人混みに二人の子供は遠慮無く潜り込んでいく。少しでも気を抜けば離れ離れになりそうだからと手を繋いだまま最前列に出た。そこではヒーローショーが繰り広げられている。レッドがマフラーをなびかせながら怪人に回し蹴りをお見舞いした。
「今のスーパーカッケエーよな!?」
「うん! カッコイイ!」
今のもう一回やって、と無邪気なお強請りの声を上げようとした瞬間、次に軽く助走をつけて前蹴りを繰り出そうとしたレッドは勢いのあまりすてんと転けた。見るからに後頭部への衝撃。流れる音声と進行が違う。司会の女性がたじろぐ。
「あーあ、中の人やっちゃった。練習してなかったのか?」
頭上では大人がよく分からないことを言い、くすくす笑っている。展開の異質さにぽかんとしていた二人だが妙に腹が立つ。「頑張れー!」
「負けないでー!」
レッドはサムズアップを見せた。幼い声援は確かにヒーローの力になった。
完
靴紐を結ぶその背を、景虎はぼんやりと眺める。
確かに彼は夫だ。かつて事故死したはずなのに目の前にいる。
「ほな出かけてくるで」
夫の声に我に返りながらも、気の抜けた声で見送る。
(死んだあの人が生きてるけど、うちは嬉しいんやろか……)
記憶は朧気になりつつも、この世が普通ではないことは覚えている。
口喧嘩もするけれど何だかんだ馬が合う夫。訃報が届いた日は泣き喚いたものだ。
それが今や再び共に暮らせている。ここは人手を不要とする世界だから、仕事に熱心な姿に惚れた身としては物足りない所もあるが、遺影の中で時が止まってしまった彼よりも、温かな感触が側にある方がずっと幸せだ。
――なのに、いつもどこか胸がざわつく。(多分まだ誰かいるんや、大切な存在が。それを『あっちの世界』に置いてきてしもた……)
自分のことを「母ちゃん」と呼んで抱き着いてくるやんちゃ坊主の影を、彼女はもう忘れてしまった。
完
「鼠谷君にあげる」
そっと頭に乗せられた純白の花冠。シロツメクサを編み込む阿黒の手を見ていた鼠谷は感心し、喜んだ。
「ヤット君は器用だね。僕には作れない」
「じゃあ教えようか?」
もたついたらどうしよう、という不安があったが、彼にお返しがしたくて鼠谷は頷く。
「まずは二本を組み合わせて――」
そうして何とか作り上げた時、笑い合ったのだ。あの幼き日々から何年顔を合わせていないだろう。忙しくて通話も難しい。
整備され、昔の面影が消えた河川敷を鼠谷は歩く。片隅に僅かなシロツメクサが生えている。ぷちんと茎を切ったものの編み方が分からない。
「僕は君に教えてもらわないと間違える……」
完
「ドラマだと酸っぱいもん食いたくなって妊娠に気付いたり、前まで食えてたもんが匂いで無理になったりする悪阻とかあるよなあ」
お気楽な口調で言う狗凱は父親になった。羊田の平らな腹の中には、二人の子供がいる。
「羊田は違うの?」豊基に問われ、軽く首を傾げて思い返すも心当たりは無い。
「前と変わんねえな」
「あの羊田だぞ。心配かけない為に体調不良を隠してるかもしれない」
あれだけの怪事件を経て再会したというのに、平和ボケしているようにしか見えない狗凱に苛立つ阿黒が窘めると、当人もそれに関しては思う所があるらしく口篭る。「だってさあ……俺に何が出来るんだよ。俺、メリーに信頼されてんのか? 信頼してくれてるなら自分から言うもんだろ? 神様のことも最後の最後に打ち明けたのは、本当は俺にもヒーローにも期待してなかったからじゃねえかって……」
「だったら何故親になった?」
「……あいつが生きる為の柵になるから」
阿黒の拳は狗凱を吹っ飛ばした。
完
母子家庭育ちの貧乏人と馬鹿にされた時も、母の女手一つによる生計の立て方を馬鹿にされた時も、豊基は笑っていた。
「逸路、そんなの気にしたら負けだよ」
そう母が笑っていたから。社会的弱者という現実に抗うよりも、自分を騙す方が簡単だと諦めてしまった母の為、聡い豊基も傷だらけの笑顔に倣った。
やがて豊基は大手企業に就き、これからは母を楽にさせてやれるぞと晴れやかな気分になって一年が経つ頃、彼女の訃報は届いた。唐突な葬儀。今回こそは泣くだろうと、どこか浮かれていた豊基の涙腺が緩むことは無かった。
(俺、人でなしじゃーん。こんなだから猫山にも見限られちゃったのかなあ?)
星夜は何も応えない。
完
「『狗凱監督』」聞き慣れた声で呼ばれ、ぞくりとした。狗凱が振り返ると羊田がいる。
「いつも通り呼んでくれ」
「でも剣獅君は映画監督でしょ? こっちの方が嬉しくない?」
悪意の無い笑みに口篭る。嬉しくないわけではないけれど。
「……俺にはまだ不釣り合いな肩書きなんだよ」
だらしなくて情けない人生を送ってきた自分に、羊田から大層な肩書きで呼んでもらえる資格などあるだろうか? せめて現在制作中の作品を完成させたなら、「カントク」から一歩踏み出せる気がする。だからこそ、ヒーローの物語を彼女と生み出したい。
「そっか。やっぱり私も、『剣獅君』って呼ぶ方がしっくりくる。剣獅君」
「……ああ、落ち着く」
完
「俺達結婚した」
狗凱の唐突な告白に阿黒と豊基はぶったまげた。羊田は頬を赤くして俯いている。曰く、授かり婚とのこと。
「色々言いたいことはあるが……おめでとう」
二人の性格や境遇を考えると、父親の方の無計画さを咎めたくなる気持ちが阿黒にはあったが、今は慎む。
反して豊基は能天気に祝った。
「二人共狗凱かー、呼ぶのややこしいな。あれ? そういや羊田の下の名前って何だっけ?」
「別に入籍してねえぞ」
「あ、まだなの」
「違う。一生入れない」事実婚か。これまた二人は驚く。
「お互い自分の苗字が好きだから。私が『
メリー』になれたのも、今の苗字のおかげだしね」どこか誇らしげに羊田は言う。
完
はしゃぎ回って火照った体に吹く茜色の風は心地好い。
「もう夕方かよ! 冬じゃないのにすぐ暗くなるのって変じゃね!」
草むらの中で大の字になって口を尖らす狗凱に羊田は苦笑した。
「楽しい時間はあっという間に過ぎちゃうから仕方ないよ」
「メリーも楽しいんだな?」狗凱が目を輝かせながら起き上がる。
彼の今更のような問いに面食らった羊田だが、少し考えてからその気持ちを今まで一度も伝えた覚えが無いと気付いた。そうだ、自分達の出会いは、単なる神の導きだった。
「私……今、楽しいよ」
「そっか!」
ただそれだけの答えで良かった。これからも変わらな夕暮れを願いながら、二人は小さな手を繋いで帰路に就く。
完
「今日は河川敷行こうよー」
「分かった分かった」
能天気な豊基に抱き着かれるのは猫山にとって日常茶飯事だった。軽くいなせば離れるし、彼はクラスメイトの大半に対して距離感が近いから、特別なことだとは思わなかった。
だがある日、男子の一人が侮辱的な笑みを浮かべて言った。
「お前らってオカマ?」
猫山の心臓は跳ね上がり、急激に冷めた。
「どゆこと?」けれど抱き着いたままけろりとしている彼と自分を比べた途端、脳が沸騰した。無意識のうちに抱擁を振り払う。
「は、はは。そんなわけないだろ」
否定しただけだ。誰かを罵ったわけではない、誰も傷付いていない。そのはずだ、きっと。
(逸路だって、俺だって……)
完
人差し指をちょんと宙に向ける。すると、辺りをすいすい飛んでいたトンボが、その指先を休憩所として見なしたようだ。
「見て見て、剣獅君」
「あ? ……うわっ!」
先程から釘を打つ音が自分だけのものになり、隣の羊田は一休みでもしているのかと思っていたが、声をかけられて振り返ればその光景があった。
「な、何だよそれっ」
「体が水色だからシオカラトンボかな?」
「そーゆーことじゃねー……」
狗凱は虫が嫌いだ。平気で触る羊田に腰が引ける。
「そっか。剣獅君は好きじゃないんだね。可愛いのに」
「センスねーぜ。……早く追っ払えよ」
羊田が指先を軽く曲げてまた浮かせると、トンボは反動に乗って飛び立った。
「ほら、早く続きやるぞ! 今日中に完成させるからな」
ガラクタの街の一角に新しい家を作っている最中だ。羊田は頷いて金槌を握る。かんかんかんとリズムが続いてしばらくした後、何気なく羊田の視線が狗凱の頭に向いた。トンボがいる。癖毛の中を寝床にしている。
見なかったことにした。
完
「夏休みだしさ、なんかいつもと違うことしたいよな!」
終業式後の河川敷で狗凱は唐突に言った。
毎日ガラクタの街を作ってはヒーローごっこに耽るのも楽しいが、それは習慣化している。今のうちは無限に感じる夏休みをもっと多様に使いたくなるものだ。
「メリーは何がしたい?」
「私は……」
意思を問われて考えるも、羊田は咄嗟に答えを出せない。今までどんな夏休みを過ごしてきただろう。
すると、黙ったままの羊田に痺れを切らした狗凱が揚々と言い出した。
「じゃあ俺の家でお泊まり会してプールとお祭り行って一緒に宿題な。決定!」
強引に予定を詰め込まれた。それでも羊田は笑って頷いた。
完
豊基と猫山は公園のベンチでアイスを食べている。
ふと豊基が猫山の肩を小突いて口を開く。
「アレ見ろアレ」
「何だよ」
「トンボのアベック。いや〜ん!」
宙で繋がる二匹を指して豊基はニヤニヤしている。
猫山は呆れて溜め息を吐いた。「ただの交尾だろ」
「猫山ってそーゆーとこ冷たいよねー」
「はいはい悪かったな。だったら夏休みの宿題は他の奴に頼れ」
「ごめんってば冗談だってば猫山じゃないと駄目ー!」
豊基が好きだ。けれどデリカシーの無さが嫌いだ。この一見ちゃらんぽらんが、宿題何て本気を出せば一週間で全て片付けられるくせに、軽口で縋られると拒めない自分自身が大嫌いだ。猫山は心の中で舌打ちする。
完
サブローを撫でる二人の手は今日も傷だらけだ。
「子犬を捨てるような酷い人間はいなくなって、動物達が安心して幸せに暮らせる世界になってほしいって僕は思うんだ」
鼠谷が語る夢は美しい。どことなく幼い顔立ちでありながら、はっきりと己の思い描く未来を表明する様が、阿黒にはやけに大人びて見えた。
だが、一方で違和感もある。
「見てヤット君、ミノムシの中身! この時期にぶら下がってるってことは、メスかなあ」
乱雑に剥がされた蓑と不安げに身を縮める幼虫が小さな手の平に乗っている。
サブローを優しく撫でる手。猪岡からの暴力を庇う手。蓑を剥いだ手。どれが本当の鼠谷なのだろうと、阿黒は時に思う。
完
今日も町民の一人が発狂した。発狂した者こそが正常であると辰村は勘づいていながら、ロボットによる連行を見守るばかりだった。
神通力などまやかしだ、自分の本来の仕事は、無力でいることなのだ。
それなのに淀む心に耐えられず、言葉にしたくてペンを持つ。
(しまった、新しい手帳を買わないと)
仕事を終えた辰村は家路から逸れた雑貨屋で手帳を購入した。また「信用」を失う可能性が高まるだけだというのに。
陰鬱な気分で俯きながら歩いていたせいか、どこか別の道に迷い込んだことに気付いたのは、殺風景な街並みにしては妙に上品な造りの両開き扉の向こうから、騒がしい音が聞こえた時だった。
見慣れない建物に誘惑された辰村はそこに入った。
大きなスクリーンと並ぶ座席、映画館だ。スクリーンが映し出すものは、いかにもヒーロー然とした男が凶悪そうなロボットに挑む物語のようだった。ヒーローは容赦無く殴られ、情けなく地に伏す。
「面白いかい?」座席の真ん中に町長の馬場がいた。
「ヒーローとロボット、どっちが勝つと思う?」
「も、勿論ロボットです」反逆に値しないようにと、辰村は青ざめながらも答える。
馬場は無関心な相槌を打って立ち上がり、すれ違いざまに呟いた。
「二人ならそんなのセンス無いって言う。僕はただ、二人の世界が観たかった」
彼の言葉を辰村が理解出来る日は訪れない。
完
骨壺を抱く赤兎と兎は、月夜を見上げていた。骨壺に入っている遺骨は、兎が小学校に入学する前から飼い始めたペットのウサギのものだ。体が弱い個体だったらしく、平均寿命よりも随分早くに死んでしまった。
泣き腫らした妹に赤兎は優しく諭す。
「この子はお月様に行ったんだ。あっちには仲間がたくさんいるから寂しくないよ」
兎は頷いた。餅付きに励むペットの可愛い姿を思い浮かべると少し慰めになる。
「僕も死んだら月に行きたいなあ……」
無意識に呟く赤兎の横顔の儚さが兎の胸を締めつける。兄は病気がちだ。時折兄が月に向ける眼差しは遠く、幼い兎でさえ兄が何かを悟っている気がしてならなかった。
「私もお兄ちゃんのとこ行く」
「お前はまだ来ちゃ駄目だよ」
「行くもん」
最近の妹は妙に意固地になってきた。一度これと決めたら譲らないし、追いかけっこで負ける度に頬を膨らませる。すばしっこい彼女をかんたんには止められやしないだろう。
「……お前の為にも元気にならないとね」赤兎は苦笑してみせた。
完
河川敷に着いて早々狗凱はぎょっとした。
「うわそれ彼岸花じゃん!」
辺りでちぎったらしい彼岸花を胸元に携える羊田がいた。
「街に飾ったら綺麗だと思って」
「えー……でもそれってヤバい花だろ」
「剣獅君も迷信とか信じるんだ」
彼の意外さに羊田は小さく笑う。家に持ち帰れば火事になる、などという噂を聞いたことがあるが、己の内に宿る神の方がずっと確かな恐怖だ。小馬鹿にされたと拗ねるだろうか。
狗凱の様子を窺うと、その顔は神妙に曇っていた。
「なんか分かんねーけど……メリーが持ってんの、なんか嫌なんだよ。捨てちまえ」
そう言い、羊田の血に染まったように赤い胸元へと手を伸ばす。
完
彼岸花がガラクタの隅々に溶け込んで生えている。ドラム缶にもたれる狗凱は側の一本をちぎった。
血のように赤い花。羊田の胸元にあった石のおぞましい輝きは鮮明に覚えているのに、何故か当人の輪郭を思い出せない。それどころか、時を経て再会した彼女と自分が共に過ごせた僅かな日々で、見たはずの彼女の笑顔まで消えてしまった。
「……ちゃんと過ごしたはずだ」
己の過去を否定するのは止めた。すると羊田は笑っていなかったことになる。死を願った羊田を我欲で許さなかった罪のせいで、結局羊田は耐え切れずに死んだ。
「メリーの気持ち、何も分かってやれなかったんだよな。でもよ、同じ場所で死んだら……ちょっとは分かるかもしんねえじゃん?」
懐から取り出したリボルバーを、こめかみに宛てがう。二人だけの思い出の場所を死に場所として選んだ羊田に倣うのだ。
今年の美しい彼岸花は羊田の血を啜って咲き誇ったに違いない。狗凱は最期にそう思った。時間が巻き戻るとも知らずに。
完
作り物の河川敷に今日も孤独な救世主はいる。
「彼岸花を持ち帰ったら家が火事になる、なんて迷信が小学生の頃に流行ったね」
ビールケースに座り、辺りに咲き誇る赤い花を見下ろしながら微笑んだ。
「知っているかい? 有毒だから死を連想させる不吉な花のイメージだけど、案外花言葉はそうでもないんだよ。『悲しき思い出』とか『諦め』とか……切ないけれど怖くはないだろう? それに『情熱』なんてのもある。燃え盛る炎! 熱血ヒーロー! 君達にぴったりじゃないか!」
正面のドラム缶にもたれて動かないロボットに対し、揚々と一人語り続けていた馬場だが、不意に息を吐いた。
「でもね、実は僕、ちょっとだけ疑問だったんだ。何でいつもリーダーはレッドなんだろうって。他の色が務めても良いのにって。グリーンとか、ピンクとか……」
黒衣の袖から取り出されたのは一輪の白い彼岸花。馬場は祈りを込めてそれをロボットに供えた。
「……そうか。羊田さんもヒーローなのか。少し分かった気がする」
完
冷や汗が垂れる額に銃口を宛がっては重みに負け、息を吐いて手を下ろす。狗凱はその動作を何度も繰り返す。
一線を越えられない。だらしない。情けない。思い通りの映画を作れず、ヒーローに夢見られず、鬱屈とした惰性の日々を終わらせるには相応の凶器をせっかく手に入れたものの、未だ実行出来ない。
込み上げる恐怖は勿論ある。だが背後から何かに制されるような感覚もある。闇の中の赤い光が脳裏にちらつく。
「まだ死ぬなってか? でもじゃあ、何の為に?」
自分を引き留める手は人の形ではない気がする。せめて遠い記憶の中の、誰かの手であれば心の支えとなるというのに。結局狗凱は銃を仕舞う。
完
「全く荒唐無稽な話だ」
ロボットが通り過ぎるのを見計らって犬飼は呟く。
ここは見慣れた町並みに異物が溶け込む世界。彼らに託した事件の真相と解決を祈って署内の窓に目を向けた時、視界に入った僅かな赤い光が印象深い。刑事の勘とやらが現状とそれを結びつける。
「彼らもいるのだろうか……」
情報収集の為に数日町を歩き回ったが会えない。それに掴めた情報も少なく、情報収集自体が危ういということだけは分かった。路地裏で潜伏する日々だ。
「貴方、よくうろついてますね」
背後から呼びかけられて犬飼は反応する。仏頂面で目付きが鋭く、どこか不安定な心の持ち主と思わせる青年がいた。
「君は誰だね?」
「僕の名前なんか知る必要無いでしょう。あんたは町長を疑ってる裏切り者だ。密告します」そう告げた途端、ロボットはどこからか現れて犬飼を取り押さえた。信用はゼロ。
「待て! 君だって覚えているんだろう、『愛造町』を!」
「……何のことだか」
やがて青年は一つの地位を得た。
完
今や羊田は無惨な姿で赤い石の欠片が散らばる地面に横たわっている。動けない体で溜め息を吐くが、実際にはそれすら出来ていないのも薄々自覚していた。
やがて何者かの手に自身の心臓が触れられるのを感じながら眠りに就く。
(剣獅君……グラップル下手だったな)
ロボットだらけの世界ではしゃいでいるであろう彼を見られないのは残念だ。
完
羊田が――かつてはその名だった彼女が妊娠したらしい。祝いの言葉を投げかけられて応える仕草が、少し離れた所にいる狗凱の視界にも入る。あれは精巧な作り物の微笑だ。仮面の被り方に慣れている彼女の隣で浮き足立つ男が滑稽に見えて仕方ない。
「俺に似ないと良いな」
狗凱は鼻で笑い、その場を去った。
完
「江暦之シープねえ。ありきたりな気もするけど意外と見んかったな。よし」
羊をモチーフとしたVTuberのアバターのデザインを依頼された景虎は、貰った設定資料集を全て読み終えてPCに向かう。イラストレーターとして初めて関わる仕事内容に好奇心も疼く。
「羊か……羊と言えば寝るまで数えるやつやな。やっぱ眠そうな顔は外せへんか。メインの立ち絵は可愛くピースサイン? いやアカン、ありきたりすぎる。せや! 羊の蹄みたいにしたろ! これ可愛い! あとはどうせオタクのウケ狙いで露出多めにせんと……でも羊のもふもふ感は絶対残して……」
こうしてシープという仮面は数日の作業を経て完成した。
完
「もう暗くなっちまった。帰らねーと」
地面から立ち上がる狗凱に従って羊田は頷く。
すっかり砂だらけの服やズボンを払いながら帰路に就く。深まる秋の夕暮れは二人にとって寂しいものだった。涼しくなってヒーローごっこで暴れ回るには丁度良いが、一緒に遊べる時間が短くなってしまう。
まだ遊び足りない二人の歩みは無意識に遅く、道すがらにぐるるるぅと情けない音が同時に鳴った。
羊田は笑った。「お腹減ったね」
「今日の晩飯、ひじきの炊き込みご飯作るって母ちゃん言ってた」
「美味しそう」
「でもさー、ひじきの量ヤバいんだぜ。茶碗が真っ黒になるから、なんか、やなんだよ。不味くはねーけど……」
狗凱の膨れっ面が微笑ましく、羨ましい。彼と違って祟りを呼ぶ不気味な娘の帰りなど、自分の両親が待っていないことを羊田は理解していた。
「あ、そーだ! メリーうち来いよ」
「え?」
「晩飯食ってけ。一面のひじき見せてやる」
「でも、急にお邪魔するのって……」
「別に大丈夫だろ。んじゃ行くぞ!」
根拠も無く、狗凱は羊田を引っ張って自宅へと走り出す。
羊田は抵抗しなかった。これと決めた彼は止められないし、何より望みだった。
やがて狗凱家にて毎度帰りが遅い息子に母親が怒ろうとしたものの、ちょこんと寄り添う女の子の姿で目の色を変えた。温かい食卓。一面のひじきは本当に凄かった。
完
「ヤット君お待たせ!」
鼠谷が鉄橋の下に駆け寄ってくるのを阿黒は笑顔で迎え、サブローは甲高く鳴いて喜んだ。
「遅れてごめんね。実はさっき――」
「猪岡と会ったの!?」
虐められたのかと、細腕でも正義感の強い阿黒が真剣な目付きで問う。
鼠谷は苦笑して否定し、着込んだダッフルコートの中からアルミホイルの塊を取り出した。
「石焼き芋。来る途中で屋台を見つけたんだ。半分こしよう」
阿黒は安堵した。鼠谷が阿黒の隣に座ると、二人の間に無理矢理サブローが割り込んでくる。
「サブローも食べたいのかな」と呟く阿黒に応えるように一つ鳴く。
「お世話本によると、おやつ程度ならあげても大丈夫って」
「じゃあ火傷しないように冷ましてから」
漂う香ばしさに自然と口元が緩み、一口食べればほんのりと甘くて美味しい。
深まる秋の風。訪れる落日。元より暗い橋の下。それでも、ここは自分達の理想郷だと鼠谷は思う。石焼き芋を頬張る友の横顔を見ていたい、ただそれだけのことでさえも。
完
街路は紫と黒とオレンジ色の飾りつけがされている。
「ハロウィンっていつの間にか定着したね」羊田が不思議そうに呟く。
確かに、自分達が子供の頃は特別盛り上がっていなかったと狗凱は思い返す。今や東京の方だと仮装の大騒ぎという報道だが、ここH県P市愛造町ではそこまでの勢いは無いらしい。
「私も……自分の意思で別の姿になれたら、きっと楽しかっただろうな」
「俺達には向いてねえよ」
人殺しの仮面と逃げ道の覆面を被ってきた二人は自嘲する。ヒーローの変身には程遠い。
「でもまあ、こんな日だ、好きなだけ甘いもの食う口実には出来るんじゃね?」
羊田は明るく頷いて重い買い物袋を揺らした。
完
ばたばたと忙しなく動き回る狗凱と羊田のせいで、せっかく踊り場に集めた埃が舞う。HR近くの階段の掃除当番として宛てがわれた二人なのだが、掃除の時間が終わる頃には案の定ヒーローごっこを始めてしまった。剣のように箒を構える狗凱と、盾のように塵取りを構える羊田。どうやらヒーロー同士の異なる信念を懸けた戦いらしい。
「メリー、行くぜぇー! 俺の攻撃受け止めてみろー! スーパーハイパーミラクルスペシャルハイパーゴッドオブバーニングソード!」
「えーと……スーパー……バリア!」
プラスチックががつがつと叩かれる音が響く。掃除の時間が無駄だったように埃は散漫するが、二人にとってはどうでもいい。
息切れするまで妙な演武に耽った二人は、一旦距離を取って笑い合う。
「流石だなメリー。センスあるぜ」
「剣獅君のあれも……あの……バーニングソードもカッコイイよ」
さて再開だ、と狗凱が剣を掲げた途端、踊り場を見下ろす位置から声が聞こえた。
「ちゃんと掃除しているのか、狗凱」
担任の猿渡だった。うげ、と狗凱の眉間に皺が寄る。優しい先生だから怒られはしないが居心地が悪い。
「別にぃ……してますけど?」
「……程々にな。彼女を見習いなさい」
「えっでも――」
不満な狗凱が振り向くと、羊田はしゃがんで塵取りを使っていた。
「お、お前……」
羊田の口元は密かに緩む。
完
報告書をまとめる作業の途中、阿黒はコーヒーを飲んで一息つく。そしてもう片方の手でスマホをいじると、開いたアプリは犬の育成ゲーム。小さな尻尾を振り回す可愛らしい子犬が映り、プログラム通りに画面の向こうのユーザーへと歩み寄って来る。阿黒は寂しい目付きで子犬を軽くタップした。
かつて河川敷で友と共に隠れて飼っていた捨て犬のサブローが過る。けれどゲーム内の作り物の子犬とは動きや鳴き声、犬種さえ違う。作り物は耳をタップしても喜んで飛び跳ねるが、サブローはくすぐったいのかあまり好きではなかった。
「どんな手触りだったっけ。もう忘れてしまったな……」
一昨日インストールしたばかりのアプリを消した。またコーヒーを飲む。ファイルを開く。鼠谷に体を洗われる立派な成犬のサブローの動画。鼠谷の膝枕で眠る年老いたサブローの写真。
あの時、猫山に渡されたスマホの中に残っていたデータの一部だ。
「このデータが無かったら、手触りどころか……」
完
「猫山君、見てごらん」
馬場がモニターを指すと、この世界に招いた三人のうちの一人が画面に大きく映し出される。豊基だ。一見いつものおちゃらけた態度には僅かな焦りが潜んでいる。
馬場は隣の猫山を諭すように、穏やかに続ける。
「君の名前を何度も呼んで、君のことを捜し回っているよ」
猫山は応えない。馬場は溜め息を吐く。
幼い頃、河川敷の彼らをずっと遠くから見ていた。だから知っている。拒まれてもいないのに想いを諦め、けれど憎しみに変えてまで豊基を求める猫山が哀れで、羨ましかった。多分羊田も同じ考えだった。愛する人と一緒に過ごせるだけでも幸せだというのに――
「君は大馬鹿者だ。彼を突き放したのは君の方だ。それでも今だってイッツG君は猫山君のことしか見ていない」
猫山の冷たく硬質な四肢を破壊し、血とは異なる吹き出すものを両手で覆う。
「これは彼の愛に気付けなかった罰」
あるいは、救世主として与えられる救いとなるか。全ては最終決戦で決まるだろう。
完
自宅からの僅かな配信を終えた。シープの仮面を外した羊田は、椅子にもたれてだらりと座り、空虚なモニターを見つめる。
引き出しから煙草を取り出し、一本咥えて安物のライターで火を灯す。喉を労わらなければならない職業なのだから控えろと言われそうで、自分が喫煙者であることを事務所には一応隠していた。
(子供の頃、剣獅君と煙草の形のラムネ食べたっけ……)
コドモにとってオトナの象徴の一つが煙草だった。彼は格好つけたがりで、オトナらしいことをしたがった。ついでにちょっと怖がりなので、ちゃんと代金を払って手に入れた、単なる駄菓子なのに自分にも勧めてきた。それでも共犯者のような気分になれて楽しかった。
(結局ただの砂糖の塊だから物凄く後悔してたね)
薄らと笑って灰皿の縁を軽く叩く。
彼は甘味が得意ではないし、羊田も砂糖で粘つく口内に困った。更に箱の中にはまだ何本も残っている現実に二人して戦慄した。しかし結局捨てられず、気不味そうな彼に処理を頼まれてしまったのだが。
「……美味しくない、これ」
勿体無いほど巻紙が残る煙草を灰皿にぐしゃりと押し潰した。三日前から吸い始めた銘柄。予備知識も無く、彼に倣ってひたすらオトナの象徴らしいものを試す。幼い二人が交わした約束の甘さを消し去りたくて、羊田は無意識に強い渋味を求めている。
完
何をするでもなく、ふらふらと街を彷徨うのが狗凱の日常だった。
行き先など考えていなかったせいだろうか、普段行かない宅地の隙間に古めかしい駄菓子屋を見つけた。無性に懐かしさが込み上げる。それから言い様の無い寂しさも。逃げ出したいはずの気持ちとは相反して重い足取りがそちらへと向かう。
狗凱が恐る恐る店を覗くと、すっかり背の曲がった白髪の高齢女性が帳場で瞼を閉じていた。大概の人は目立つ背丈の気配にびくりとするので面倒だと思いつつ、反応が皆無というのもそれはそれで困る。勝手な躊躇いを抱えたまま、並ぶ駄菓子の数々を眺める。
鉛筆の形を模したチョコや一口サイズのチョコ、薄っぺらい豚カツに見えて実は魚肉のあれ、酒の肴になるスルメイカやカルパス、それから――
「……おい婆さん、金置いとくからな」
かっぱらうような仕草で小箱を取り、五十円玉を受け皿に残して店を去る。妙な背徳感だ。別に悪いことなどしていない。ちゃんと金は払った。それに、これは……もう本物の煙草を吸える大人になってしまった自分には似合わない、ただの砂糖の塊。
「クソ不味い」細長く白いラムネを咥えて呟く。
子供の頃も買って食べて後悔したことを覚えている。残りをどうしたかが曖昧で、ただ女の子の面影が脳裏に過る。今度は独りで全部食べ切らないと。不思議と酷く渋い味がする。
完
「何やってんだよイッツG……」
いつもの河川敷にて猫山は呆れ顔で溜め息を吐く。
豊基が顔だけ出して落葉や枯葉に身を包んでいる。まるで枝から切り離されて横たわる蓑虫のようだ。
「意外と暖かいのよこれ」
不衛生だと眉をひそめる猫山など気にせず、豊基は能天気に笑う。
「そんなことしてるから時々臭くなるんだろ。雨に濡れた犬みたいな……」
「ひどーい。最近ずっと晴れだしこの落葉はちゃんと乾いてるよう」
「分かったから早く出て――」言い終わる前に小さくくしゃみをした。
マフラーに隠れているはずの鼻先が冷たい。気不味そうに軽く鼻を啜る猫山に対して豊基は一層笑顔になり、突然蓑から飛び出すと、マフラーを巻き直そうとする腕を掴んで引きずり込んだ。二人分の衝撃に落葉が舞う。
「おいイッツG! 急に何なんだよ!」
「寒いんでしょー? 二人で包まろうよ」
彼のマイペースに呑まれてしまえば逃げ場は無いということを、猫山自身が一番知っている。大量の葉ががさがさと体に振りかけられていくのを諦めて受け入れ、輝く星空を見上げた。
「変な匂いだ」
冷気に晒され、枯れ果てて生命を感じさせず、ただ川からの湿気を吸っただけの土の匂い。温もりを得られるものとは思えないのに。
「別に臭くないじゃん?」
隣の存在が語りかけてくると、猫山の内側には穏やかな火が灯る。
「……まあ、落葉はな」
「何その言い方。俺の匂いは特別みたいな」
星明かりにも映されぬようにと、猫山はそっと苦笑いを浮かべた。
「そうだよ、お前は特別臭うから堪ったもんじゃない」
「ホント酷いなー猫山って。猫被りのクラスの人気者」
むくれながらも河川敷に誘ってきたのは彼の方だった。
完
「さっみぃー!」
白い息を吐く狗凱を横目に羊田は苦笑いを浮かべる。
「もう十二月だよ。分厚い上着着なきゃ」
もふもふのムートンコートで河川敷に来た羊田と違い、狗凱は長袖に半ズボン、首に巻く赤いマフラーは薄手で心許ない。ランニングシャツで平然としている同じ朗読会の一員の豊基の姿が一瞬ちらついたが、頭を軽く振って無視した。
「いっぱい着ると動き難くなるだろ。それに馬鹿は風邪引かねーんだぜ!」
「そうなんだ……」
何故か自信満々に言い切る狗凱の勢いに圧されて羊田は納得を装った。とは言え、神の采配なら、彼が自分を罰してくれるそ の日まで、五体満足、無病息災でいてくれるだろう。
――十数年後、再会した彼はとんでもなく暑苦しい格好をしていた。
「ガキの頃は風邪なんか無縁だったのになぁ……」
がさつく喉でぼやく狗凱の額は汗ばんでいる。
「剣獅君は馬鹿じゃないってことだね」
「馬鹿にしてんのか」
羊田は肯定を込めて笑い、ぺたりと容赦なく冷却シートを貼りつけた。
完
阿黒家のこたつにて阿黒と狗凱の諍いは唐突に始まった。
「おいカントク……足退けろ」阿黒が低い声で言う。
ずっと我慢していたが、向かいの狗凱の爪先が時々膝頭に当たるのだ。
蜜柑の筋を丹念に取っていた狗凱は怪訝そうに顔を上げた。
「お前図体でかいんだよ! 必然的に足も長いからって俺の膝を良い感じの爪先置き場に使うな!」
狗凱の眉間に皺が寄る。「胡座掻いて痺れたからちょっと伸ばしてただけだろうが」
「蜜柑一粒の筋取りに十八分かけてる間のどこが『ちょっと』だ!」
「細けえ……」
更に十八分もかけたところで筋が目立つままなのも阿黒的に気に食わない。薄皮が破けて汁も垂らすし。
「ここは俺の家、俺のこたつだぞ。家主が絶対だ」
「出たー旧友に対して血も涙も無いマウントー。じゃあ言わせてもらうがお前が食ってる蜜柑はメリーの貰い物で余るからお裾分けしようってことでくれてやったんだぜ」
「つまり羊田の功績ってことだろ!」
「いやでも俺らは物とかアイデアとか共有するし」
「お前モラ気質だな。嫌われるぞ」
「え……」
狗凱がSSAを発症して戦意喪失した瞬間、豊基の明るい声が玄関から聞こえた。何故か阿黒家に住み着いているので帰宅と言える。
「あれ? カントクじゃん。何でこたつから離れて死んだ目で床に転がってんの」
「そんなことより手洗いうがいしろ」
「ほーい」
そして洗面所から戻った豊基は躊躇無く蜜柑を鷲掴みしてこたつに潜り込んだ。頭と足だけを外に出し、大幅にこたつを陣取る状態である。図体と無神経さはこちらも相当だ。
「蜜柑うっまー」
(本当の敵はイッツGなんだけどな……)
分かってはいるが怒りの衝動を抑えられなかった。しかし悔いは無い。ちなみに狗凱は風邪を引いた。
完
羊田のぐずり泣きはいつも唐突に始まる。
「剣獅君は私のヒーローなのに。ずっと信じて待ってたのに。世界を救ってくれたのに、私のことは救ってくれなかった。苦しいよ」
素肌を晒して縋りついてくる羊田。慰めの為に何度彼女を抱いただろう。このやり方は正しくないと分かっていながら、狗凱の中で渦巻く欲望が羊田を拒めなかった。
先に体を差し出してきたのは彼女だから、自分は応えてやっているに過ぎないと責任転嫁をする、ただの下劣な人間。そんな人間を未だヒーロー視する羊田に哀れみと、憎しみさえ感じ始めた。幼い頃に自分達が語り合ったヒーローは、もっと崇高な存在だったはずだ。
そして、ヒーローの世界に夢見て目を輝かせる羊田も、狗凱にとって崇高な存在だった。
「頼むから、もう泣くなよ……」
あやしてやるが今日の羊田はとことん聞かず、最中涙を流してばかりいる。快楽を覚えているのか、苦痛を覚えているのかも分からず、これが本来何を意味して何を成す行為なのかさえ理解していないように思える。
(俺は、こんなことがしたかったんじゃない。ただ昔みたいに、メリーとヒーロー映画を……)
「今からでも出来るよね」
狗凱はどきりとした。泣き腫らした目がこちらを見上げている。
「私は罪の無い人達を踏み潰した怪獣……そうでしょ?」
依代の証を失った細首に、両手が導かれる。
――怪獣をやっつけた人間が、必ずしもヒーローと呼ぶに相応しいとは限らない。大人になった狗凱は知っている。哀れみと憎しみで手に力を込めると羊田は呆気無く果てた。
「とうとうやっちまった」
湧き上がる奥底に残っていた感情を愛と解釈した狗凱は、自身の手の酷い震えに笑った。
「これで俺も怪獣の仲間入りだ。よし、死んだ後くらいは俺達の好きにしてえよな。後追いならやっぱあそこか。な、メリー」
何も言わない亡骸に服を着せてやりながら語りかける。少し準備をして、一晩倉庫に寝かせておいて、明日には車に乗せて出かけよう。きっとこれで全て終わるから。
完
「俺はお前が嫌いだ」
「俺は猫山のこと好きだよ?」
見舞いにやって来る豊基を拒む為、猫山が精一杯の偽りを投げつけた途端に押し問答が始まる。
「何が好き、だ。俺は今だってお前を殺してやりたいくらい憎い」
「でも殺さないじゃん」豊基は平気な顔をする。
そういう所だ。彼のそういう所が羨ましくて、憎らしくて、愛しくて堪らない。
「お前の言葉は軽いんだよ」
枕に顔を埋めてしまう猫山の後頭部を、豊基はぼんやりと見る。
(俺もう分かっちゃってるんだけどなー)
男の猫山は男の自分を恋愛対象として見ているらしい。それは今まで他人事の存在でしかなかったし、きっと無意識のうちに侮辱的な言動もしてきた。
自分は女が好きだ。猫山の気持ちに対する応え方も断り方も分からない。それに、向けられる深くて重いものに気付いた時、正直に言うと少し怖かった。
(……だけどやっぱ、猫山に嫌いって言われるの悲しいなぁ。心にも無いこと言って余計に苦しんじゃってるのも痛々しいし)
腹を割って話し合える日は遠そうだ。
完