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    Hand in Hand これどうしよう。
     昼休み半ばのRADの食堂はピークは過ぎたとはいえまだまだ混雑している時間で、食べ終わったなら早く退け、という視線をひしひしと感じる。
     ただ、そのためには右手に鎮座している、手のひらを半分埋めるほどのハンドクリームを何とかしないといけない。こんなことなら断ればよかった。
     
     長いテーブルの端の席でひっそりとお昼ご飯を食べ終わって立ち上がろうというタイミングでクラスメイトに「新発売のハンドクリームなんだけど、使ってみる?」と声をかけられて喜んでしまったのが間違いだった。どちらかというと人間という種族を下に見ている子たちだったから、もしかしたら仲良くなれるかもと期待して「いいの? ありがとう!」と返事をした結果がこれだ。
     どう考えても多すぎる量を盛ったクラスメイトたちは「ごめーん」と軽く謝りながらクスクス笑いあって食堂を出て行った。
     
     いくつもの食器が載ったトレイを片手で運ぶのは到底無理だし、手を拭ける紙ナプキンのようなものも置かれていない。ハンカチ一枚駄目にするか……と諦めてポケットを探っていると
    「ここ、よろしいですか」
     テーブルを挟んだ向かいの席から聞きなれた声がした。
    「バルバトスさん、こんにちは。どうぞ。今日はお一人なんですね」
    「お邪魔します。本日は早朝から仕事が立て込んでいるのですが、先に休憩を取るようにと坊ちゃまに申し付けられまして。不要と申し上げたのですが、そうしないと坊ちゃまご自身も休憩を取らないと仰るので、困ったものです」
     休憩したという事実を作ってすぐ戻るつもりなのだろう。食堂のコップしか持っていないバルバトスさんは席に着くなり私の右手に目を留めた。
    「あー……これはクラスメイトからおすそ分けで貰ったんです」
    「お一人で使うには些か量が多いのでは……?」
    「なんかいっぱい貰っちゃって」
     情けなさを隠したくて、へらっとした笑みがこぼれた。
    「私にも分けていただいてよろしいですか?」
    「え、ほしいならいいですけど……」
    「ありがとうございます」
     手袋を外していくバルバトスさんの手指は綺麗で滑らかでとてもハンドクリームが必要そうには見えない。
    「はいどうぞ」
    「左手もこちらに」
     促されるままに左手も差し出すと、バルバトスさんの両手で左手が包まれる。
    「えっと、何を……?」
    「ハンドクリームを頂くお礼です。簡単なものですが」
     私の右手からハンドクリームを半分程掬い、左手全体に馴染ませると手のひらを軽く揉み始めた。触れるのも触れられるのも慣れているはずなのに、改めて手だけを丁寧に触られることに緊張して鼓動が少し早くなる。
     そんな気持ちをよそに、バルバトスさんの手は親指の付け根に移動し、指先へ向けてゆっくりと手を滑らせ始めた。少し冷たい手が滑らかに滑って緊張した指を解きほぐして行く。端まで到達した後は、また付け根に戻って、今度は指の両側を軽く押しながら指先に。気持ちよさに手の力が抜ける。親指の次は人差し指へ。人差し指から中指へ。左手の後は右手へ。もっと、という気持ちを汲み取ったかのように右手が終わった後はまた左手。
     手のひらで持て余していた物は既に私の両手全体に塗り広げられて、人間界の春先を思い起こさせるいい香りを発していた。
     
     気付けば周りからの視線をひしひしと感じる。先程とは違って早く退けというものではなく、疑問やら好奇やら羨望やら嫌悪だのが入り混じって混沌としていた。
     おまけに
    「バルバトス様が人間に……?」
    「なになに、あれなに? そういう仲なの?」
    「汚らわしい」
    「いいなー」
     なんて声が漏れ聞こえてくる。急にここがどこで、どういう時間なのかを思い出して恥ずかしさがこみ上げてきた。
    「あ、あの」
    「何か?」
     有無を言わせぬ笑顔には色々な意味で抗えるわけがなかった。
     
     手は気持ちいいけど、心は落ち着かない。居た堪れない気持ちで手を預け続けていると、食堂の入り口からはしゃぐ声が聞こえてきた。
     さっきハンドクリームをくれたクラスメイトたちが戻ってきたらしい。生徒たちの隙間から困り顔の私を見つけて、嬉しそうに一直線にこちらに歩いてくる。性格が悪い。悪魔としては性格がいいのかもしれないけど。
     人混みを抜けてきたクラスメイトはこの状況を見て固まった。無理もない。高位の悪魔が人間に奉仕しているようにしか見えないのだから。
     私の様子に気付いたのか、バルバトスさんは視線を追うと、私やディアボロに向けるのとは違う種類の笑顔をクラスメイトに向けた。
    「このような状態で失礼いたします。私、ディアボロ殿下の執事を務めておりますバルバトスと申します」
    「は、はぁ……」
     RADの生徒で知らない者はいない人物にわざわざ名乗られて困惑するのが見て取れた。
    「こちらですか? 慣れない魔界ではお疲れになることもあろうかと、たまにマッサージなどして差し上げているのですが、いつもくすぐったいとすぐ逃げられてしまいまして。丁度このような機会を頂けたこと、感謝いたします」
     周囲がざわめく中、はぁ? マジで? と言いたげな表情で私を見るクラスメイト。目を逸らすように俯いた後、恥ずかしくて顔が上げられない。半分は本当なのだから。
    「皆様ご存じの通り、この留学制度はディアボロ殿下のお考えの基に行われているものです」
     ざわめきが落ち着くのを見計らってバルバトスさんが続ける。
    「この方に対する行いはディアボロ殿下、延いては執行部に対する扱いであることをお忘れなく」
     
     空気が凍った。誰も何も喋らないし動かない。厨房からの音すら聞こえない。思わず時間が止まったのかと錯覚するけれど、私の手の上を滑る手がそうでないことを証明している。
     この時間が永遠に続きそうに思われたとき、唐突な鐘の音が昼休みの終わりを告げた。
    「おや」
     バルバトスさんは手の動きを止め立ち上がると左手で私の右手をとり、私にも立ち上がるよう促す。反対側の手ではコップを私のトレイにのせ、片手で器用にそのトレイを持ち上げている。さっきから続く出来事で混乱しきった私は、さすがプロ、なんて言葉を頭に浮かべながらなされるがままに席を立つことしかできない。
    「行きましょうか」
    「えっ、は、はい」
     静かな空気の真ん中をエスコートされながら歩いて行く。他の生徒たちの視線だけが私たち二人を追う。もう疑問も好奇も羨望も嫌悪も籠っていない、ただ注目するだけの視線。そんな中を流れるように二人で食堂を後にする。もちろんトレイを返却するのは忘れない。
     少しの後、時間が動き出したかのように背後から悲喜こもごもの叫びが聞こえてきた。
     
     この日以降、困ったことが二つ増えた。
     一つはこの件を聞いたクラスメイトにバルバトスさんとの仲について質問されるようになったこと。もう一つはバルバトスさんのハンドマッサージの練習台にされるようになったこと。後者は私も満更ではないのだが。
    ==========
     先日の件以来、二人の間では寝る前のハンドマッサージが流行りになっている。私がすることもあれば、してもらうこともある。
     今日も二人でベッドに座り、バルバトスさんは枕を背に、私はバルバトスさんを背に、後ろから抱きかかえられ、すっかり慣れた手つきで手を揉まれている。
     おつかれさまでした、の声と共に腰に両腕が回された。今日はまだ離すつもりはないらしい。
    「寝ないんですか?」
    「もう少しこのままで」
     せがむように耳にキスされる。唇はそのまま首筋へ。わざと音を立てるように何度もキスされれば否応なしにそちらにばかり意識が向く。それが良くなかった。
     触るか触らないかくらいで脇腹を少し冷たい手が撫でた。その瞬間
    「ぅひぇぁっ!」
     雰囲気にそぐわない奇声が出て体が跳ねた。
    「くすぐったいです!」
     変な声を出してしまった恥ずかしさをごまかすように怒るふりをしながら振り向いたそこには、思っていたよりもずっと近くにバルバトスさんの顔があって、目が合ったのは一瞬。どちらからともなく唇を重ねあわせる。抱き寄せられてさっきまでよりもずっと距離が近くなる。
    「寝ないの、ですか?」
    「もう少し、このままで」
     キスしながらの問いにはキスしながらの答えを。今日もまた二人でシーツの海に沈み、お互いに溺れてゆく。
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    2023/02/06 20:30:21

    Hand in Hand

    バル留
    昼休みの食堂でのはなし

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