私のほしいもの、あなたのほしいもの いつもはバルバトスさんの手作りクッキーやマカロンが沢山並ぶお皿に置かれているのは、小さな紙の王冠がのった、パイに似た小ぶりなケーキが一つ。それと控えめに添えられた、いくつかのクッキー。
先週のお茶会で魔王城での新年パーティーで出すお菓子について話していたとき、人間界ではこんなケーキがあると説明したら興味を持ったようで、今日のお茶会には早くも件のケーキが鎮座していた。
「とりあえず二人分のサイズで作ってみました。一つだけ入れたブラッディーチェリーの砂糖漬けが入っていたら当たりです。パーティー当日は当たった方にはプレゼントの贈呈を予定しています」
「今日は?」
「試作品ですし、当たった場合のことは特に考えていなかったのですが……」
「それなら王冠に倣って王様らしく、なにか一つ命令できることにしませんか?」
「構いませんよ」
半分に切ったケーキが私の前に置かれた。確率二分の一。
「いただきます」
流石の美味しさ。次は新年まで食べられないのが残念なくらいだ。味と会話に夢中になっているうち、当たりのことはすっかり頭から抜け落ちていた。
「ごちそうさまでした」
……あれ? バルバトスさんの方を見ると、にこりと笑顔でこちらに向けた彼のお皿の上にはブラッディーチェリー。残念。
テーブルの隅に置かれていた紙の王冠を手に取って立ち上がり、バルバトスさんの隣に立つ。芝居がかった仕草で王冠を恭しく彼の頭にのせ、足元で片膝をついて跪き、頭を下げる。
「どうぞご命令を」
何か考え込むような少しの沈黙の後、
「普通に命令するのでは面白くありませんね……」
わずかに衣擦れの音がし、私の顎にぬめっとした何かが触れ、上を向かされた。その先で見たのは、悪魔姿で角に王冠をひっかけ、足を組み、頬杖をついてこちらを冷ややかな目で見下ろすバルバトスさん。
これが戯れだとわかっていても、高所から落下していくときのような本能的な恐怖を感じずにはいられない。普段何気なく話している相手は高位の悪魔なのだと実感する。これをお遊びでなく本気でやられたらその瞬間泣くと思う。そんな日が来ませんように。
それでもやっぱり悪魔だけあってその美しい姿に見惚れているうちに、こちらに伸びてきた尻尾が私を撫で始めた。首筋から耳へ、耳から頬へ。肌に触れるか触れないかくらいで撫でられているのでくすぐったい。
「あのっ、命令、は」
「考え中です」
笑いを堪えているうちに、尻尾はべったりと肌に触れて頬から口元へ、口元から唇へ。唇に触れた尻尾は程よく弾力があって、ぬめっとして、少しひんやりしていて、なんとなくキスしている時を思い出した。
目を閉じて感触を堪能していると、ふいに尻尾の先端の片方がぬるりと口の中に差し込まれた。ん! と声にならない声を上げてしまうけど、尻尾は止まることなく口の中を弄り始める。奥から手前へ、表側から裏側へ、下から上へ、時には舌に絡んで。これじゃ、まるで――。もう一方の先端は耳のあたりをずっと撫でまわしていて、聞こえる粘液のような音がどこからのものなのか、もうわからない。
とても跪いていられなくて、へたりと座り込んだ途端、唐突に尻尾は引っ込められてしまう。思わず惚けた顔でバルバトスさんを見上げる。私を見下ろす冷ややかな目に微かに嗜虐と情欲の火が灯るのを見た。
バルバトスさんはゆっくりとした動きでお皿に残っていたクッキーを手に取ると、美味しそうに食べ始めた。その間にまた尻尾が私の頬を、耳を撫で始める。一枚食べ終えると、さも、たった今私の視線に気付きましたと言わんばかりに
「美味しいですよ。あなたも召し上がりますか?」
と微笑み、のたまう。違う、今欲しいのはそれじゃなくて。
「それならば」
王様からの命令が下される。
「あなたが、今、たった今、欲しいものを教えていただけますか」
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身だしなみを整え、帰り支度を始めた私に紙袋が手渡された。
「お土産です。皆様で召し上がってください」
袋の中にはさっき食べたのと同じケーキを大きくしたもの。それと小さな袋が一つ。
「これは?」
「ケーキに入っていたのと同じブラッディーチェリーです。ケーキ自体には入っておりません」
「ありがとうございます。どうして別添えに?」
ほんの一瞬心配そうな表情をした後、引き寄せ、抱きしめられる。
「……もし、先ほどのような遊びをなさる場合、あなた以外に当たっては困ります」
隙をみて自分のお皿に置けば、身の危険はないということだ。
「わかりました。お心遣いありがとうございます。…………あの、もしかしてさっきも」
「お教えできません」
抱きしめられているので表情は見えないけど、きっと楽しげに微笑んでいるのだろうと思った。