あなたは私だけの兎 The Fallはいつも以上に熱狂に包まれていた。高級なデモナスがいつもよりバンバン出ていく。私が運んでいるフードも価格が高いものが圧倒的に多い。今日は次期魔王や七大君主という、普段なら必要最低限の会話以外はままならない面々が接客をしてくれる、しかも衣装はバニーときているのだから興奮しない方がおかしい。
事実、開店直後から彼らはずっと客席に呼ばれ続けていた。その分、片付けや食事のサーブといった雑事は私をはじめとした他の店員にしわ寄せが行く。もうフロアとバックヤードを何往復したかわからなくなった頃、休憩から戻ってきたと思しきマモンに声をかけられて、ようやく自分の休憩時間になったのを知った。
フロアの熱と喧騒から逃れるように急ぎ足で休憩室に向かう。いつも以上に動いているせいか、早くも疲れ切っている。足が重い。休憩室にはソファがあったはず。誰か座っていたら場所を空けるよう頼んで横にならせてもらおう、と思いながら寄りかかるようにドアを開けた。
ドアを開けた先で目に入ったのは緑色がメインに施されたウサギの耳と大きな襟にグレーのシャツ。ある意味最悪の相手だった。
「おつかれさまです」
「お疲れ様です」
「バルバトスさんも休憩ですか?」
聞くまでもないことを聞いてしまう。
「ええ。先ほど来たばかりです」
ということは今バルバトスさんが座っているソファはしばらく一人分埋まったままということだ。
疲れ切った姿は見せたくない。ましてや、横になりたいのでどいてください、なんて言えない。
「お座りにならないのですか?」
「じゃ、隣失礼しますね」
座りたいなんて思ってませんでした、という顔で腰を下ろす。やっと座れたことによる安堵のため息が出そうになるのを何とか堪える。
「お疲れではないですか?」
「そんなことないです。ここで何度か働いてるんでやることはわかってますし」
「何度か様子を拝見しましたが、いつも以上に忙しいのでは?」
「……」
そうやって私をチラチラ見るから、お客様が、よそ見しないでと言わんばかりにバルバトスさんに密着したりするんじゃないですか。私今疲れと嫉妬で機嫌が悪いからここで会いたくなかったんです。
なんて、横になりたい以上に言えるわけがない。
「そうですね。忙しいからもう戻ろうかな」
来たばかりでは? と言いたげな視線を無視して勢いよく立ち上がる。疲れが抜けていないせいか足元がふらついた。転ぶ、と思った瞬間に腕を引かれて気付いた時にはバルバトスさんの膝に座っていた。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて立ち上が――れない。バルバトスさんの腕が腰に回されてしっかりと固定されていた。
「やはりお疲れのようですね。それと」
顔を、瞳を覗き込まれる。深い緑に捕らえられる。逃げられない予感がした。
「何かございましたか?」
結局、全部白状する羽目になった。このすべてを見通したような微笑みに勝てるわけがないのだ。
洗いざらい話したのにまだ腕は解いてもらえない。それどころかさっきよりも距離が近くなっている。
誘うように、目の前でウサギの耳が揺れている。私の手がバルバトスさんの頬に導かれた。
「どうぞ。今、ここにいる間は、あなただけの兎ですから」
「……今だけなんですか?」
「これが終われば、いくらでも、いつまでも、お好きなだけ」