釘を刺す クラスメイトに飴を貰って食べた。
そんなことも忘れた頃、一週間くらい前から歯が痛み始めた。歯医者に行けばいいのだろうけど、人間界の歯医者ですら苦手なのに魔界の歯医者なんて到底行ける気がしない。そもそも人間が行ったところで診てもらえるのか、と自分に言い訳をして数日過ごしてみたものの痛みは日に日に増していく。じくじくずきずきとした釘を打ち込まれるような痛みがずっと続いて口がほとんど開けられない、集中できない、食べられない、寝られない、で生活に支障が出ている。
「バルバトスさん、あの……歯が痛いんですが歯医者ってどうやって行けばいいんでしょうか」
「おや、念のため一度拝見してもよろしいですか?」
この恋人にはそんなことより歯医者への行き方を教えてほしかったけど、有無を言わせぬ雰囲気を醸し出している以上仕方ない。早く済ませてほしいとさっさと適当な空き教室に入って椅子に座った。教えてもらう側なのに痛みのせいでこんな態度になってしまって罪悪感が凄い。後で謝ろう。
「失礼します」
手袋を外したひんやりとした手が頬に触れる。冷たさで痛みが少し和らいだ気がした。私の表情が緩んだのを見たのか、口に指が差し入れられる。ちらりと、この綺麗な指に触れられていない箇所なんてもうないと思っていたのにな、なんてことを思った。探るように口内の粘膜に触れ、歯肉をなぞり、歯を撫でていく。くすぐったいような心地良いような変な感じ。数日間ろくに物を口にしていないせいか、たまに舌に触れる指が甘く感じられる。痛みのせいで感覚がおかしくなっているのかもしれない。
探るような動きが何度も繰り返され、私の口が疲れてきた頃、何かを見つけたように動きが止まる。
「少々、痛むかもしれません」
との予告に手をぎゅっと握りしめた直後、奥歯に激痛が走ったのと同時に指が引き抜かれた。バルバトスさんの手には釘が。今までどこに持っていたのかと思うような長さだ。
私の疑問の表情には一切答えず、
「もう痛みはないはずです。今後は頂いたものを気軽に口になさらないでください。こちらは処分しておきます」
と言い、持っていた釘をバキッと二つに折った。どこからかクラスメイトの悲鳴が聞こえた。
==========
放課後の教室でみんなでお喋りするのは楽しい。それがいけ好かない留学生についてなら猶更。留学生の名前? 人間の名前なんて覚えてるわけない。
「お前、ミスったらしいじゃん」
「あー、これ。でも腕折れるくらいならバレたにしてはマシじゃね?」
「だから飴なんかじゃイマイチって言ったのに」
「あの留学生まだ元気に登校してるし」
「あたしならもっと上手くやる」
「次誰が行く?」
こういう計画を練るのは本当に楽しい。デビルズコーストにみんなで行く計画を立ててるときより、ずっとずっと。
「皆様、楽しそうで何よりです」
いきなり後ろから声をかけられて、みんながすごい勢いで振り向いた。
生徒会執行部、次期魔王の執事、バルバトス様。
そんなすごい悪魔がわたしたちに何の用……?
「先日、人間界からの留学生が何者かに呪いをかけられまして。私が解呪して事なきを得たのですが」
と言うとわたしたちを順に見て、一人に目を留める。次の瞬間、緑色の何かが横切ったと思ったら、骨折したあいつが教室の壁に叩きつけられてた。
「皆様もお気を付けください」
全員からヒュッと息を呑む声が聞こえた。笑顔で言ってるけど、どう考えても脅しでしょ、これ。
それだけ言うと用は済んだのかさっさと教室から出て行った。
結局、そのあとの話も盛り上がらないし、もう留学生にいたずらはできなくなったしで散々な日になった。あ、叩きつけられた奴は形保ってたし生きてた。飛び散ると片付けとかめんどくさいからそこだけは助かったな。二度とRADに来なかったけど。