既成事実の報道は規制されておりません『次期魔王の執事様に熱愛発覚か!?』
私の手からフォークが滑り落ちて金属音を鳴らした。
ルシファーからの届け物を魔王城に届けて、ついでに夕食に誘われれば断れるわけがない。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「もう遅い時間です。送って行きましょう」
常闇の魔界でも時間によって暗さにグラデーションはある。夜ともなれば真っ暗で、まだ慣れていないうちはなるべく一人で出歩かないようにとルシファーに言われていたのに、美味しい食事とちょっといいなと思っているひととの食事はあまりに楽しくてうっかりしていた。
「それじゃ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
目立たないように気を遣ってくれたのか、裏口からバルバトスさんと並んで外に出た。
「ちょちょちょっと、おまえ、何これ!?」
次の日の朝、朝食を摂っているとレヴィが駆け込んできた。その勢いのまま、これ! とこちらに向けられたD.D.D.の画面に映し出されたゴシップ誌のサイトには
『次期魔王の執事様に熱愛発覚か!?』
という文字が大きく躍っていた。ちなみに『か』の文字だけ異様に小さくなっている。卑怯だ。添えられている写真は遅い時間に遠くから撮ったものらしく、暗いし背景はぼかされているけれど誰でどのような状況なのかは一目瞭然。どこかの出入り口から出てくるバルバトスさんとRADの制服を着た生徒……もとい、私。二人とも笑顔のいい写真だった。見出し以外は。
固まっている私の横からマモンやサタン、アスモが画面を覗き込む。ベールが三人のお皿に手を伸ばすのが視界の端に入った。
「ンだよこれ!」「本当なのか?」「やーん、もうそんな仲なの?」
「えーっと……『深夜の密会! なんとお相手は人間界からの留学生!?』」
「どれどれ……『昨日深夜、魔王城裏口から楽しそうに出てきた二人。仲睦まじく談笑しながら夜の街に消えていった』だそうだ」
ご丁寧にレヴィとサタンが記事を読み上げてくれる。
「いやいやいや、深夜じゃないし、夜の街も行ってない。送ってきてもらっただけなのルシファーも見たよね?」
「ゴシップ誌だからな。事実かどうかよりアクセス数稼ぎだろう」
「この書き方じゃ誰かすぐわかるし、とりあえず今日は外に出ない方がいいんじゃない? 今日は一日僕と昼寝しよ?」
「お前はRADがあるだろう」
サタンが貸してくれた本を読んで過ごしたけど、視線は同じ行を行ったり来たりするだけで内容は何も頭に入らなかった。
夕方、みんなが帰ってくるのと一緒にディアボロとバルバトスさんもやってきた。少しの後、バルバトスさんが淹れてくれた紅茶と共にリビングで対策会議が始まる。
妙な緊張感の中、まず私から提案する。
「顔を隠して生活すればなんとかならないかな……?」
「相手が人間ってバレてるからねー。顔を隠してもにおいでわかっちゃうんだよね」
「ふぁ……どうせ、しばらく姿を見せなければ飽きるんじゃない?」
ベルフェが眠そうに提案する。いつもなら昼寝している時間なのに申し訳ない。
「いつ飽きるかがわからないな。昔、マモンが記者に付き纏われたとき、飽きるまで何年かかったと思っているんだ」
その時に迷惑をかけられたのはマモンだけではないのだろう。苦々しい表情をしながらルシファーが言った。
「殿下からあれは信じないよう言ってもらうのはどうだ」
「むしろ逆にそのような注意は余計な詮索を招くかと」
「バルバトスの言う通りだ、ベール。殿下がわざわざ言うほどなら事実だと思う者も出るだろうな」
その後もぽつぽつと案が出ては駄目な理由に行き当たり、八方塞がりでみんな黙り込んでしまい、紅茶がすっかり冷えた頃、バルバトスさんが口を開いた。
「この際、本当に交際しているよう振る舞うのはいかがでしょうか」
「…………」
誰も否定も肯定も返さない。もしかしたらみんなその可能性に思い至っていたのかもしれない。
「その後、何事もなく交際が順調に続いているだけであれば、早々に大衆の興味も薄れるでしょう」
交際発覚の記事はよく見ても、その後のお付き合いも順調といった記事は滅多に見ない。他人の幸と不幸では不幸の方が儲かるのだ。
「……ンなの別にバルバトスじゃなくてもいいだろ」
「その場合、私と別れてすぐに乗り換え、留学生の奔放な行い、といった記事が出るでしょうね」
「それはちょっと……」
そういう人間だと思われることで何かのトラブルに巻き込まれそうなのが怖い。
「でも急にベタベタし始めるのも怪しくない?」
「確かにベルフェゴールの言う通りだね。どうするつもりだいバルバトス」
「今までは隠していたことにすればよいかと」
「私はしょうがないとしても、バルバトスさんはそれでいいんですか?」
「かまいません。記者に気付かなかった私にも責任はあります」
「ハァ……仕方ない、バルバトスの案でいくか。まずは一週間試してみて状況を判断する」
「バルバトスをよろしく頼むよ」
交渉成立。
「明日からよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
こうして偽りの恋人生活が始まった。
一日目。
少しいいなと思っている相手でも、いきなり公衆の面前で恋人扱いは緊張の方が勝る。そうは言ってもバルバトスさんはディアボロ優先のはずだから、常にべったり一緒にいてアピールし続けないといけない、ということはないはず。帰りに一緒に帰るくらいでよさそうだし楽勝。
そんな楽観的な考えはすぐに覆されることとなった。
昼休みが始まる鐘が鳴った途端、席を立って教室の出口に早足で向かう。クラスメイトからの質問攻めが始まる前に逃げるに限る、と勢いよく教室のドアを開けたそこにはバルバトスさんがいた。
「えっ、あ、あの、こんにちは」
「こんにちは。昼食のご予定はございますか?」
「特に決めてないですけど……」
「それでしたら、私とご一緒していただけませんか?」
「あの、ディアボロはいいんですか?」
「ルシファーに代わってもらっています。坊ちゃまからは、当面は事態の収拾を優先するようにと」
小声でこっそり聞くとこっそり答えてくれた。
「わかりました。昼食、ご一緒させてください」
「ありがとうございます」
バルバトスさんが選んだのは食堂。昼休みが始まったばかりの今、校内で一番混雑していると思われる場所だし昼食どころではないのでは、という懸念は幸いにも杞憂に終わった。よく考えたら恋人と二人でいるところに割って入るなんて普通はしない。ちらちらと寄越される視線が鬱陶しくはあるけどそれなりに落ち着いて食べられそうで助かった。
「早速ですが、お好きな物を教えていただけますか? 明日から作ってまいります」
「……そこまでしてもらうのは申し訳ないので明日も食堂でいいです」
「かしこまりました。気が向きましたらいつでもお申し付けください」
ついでに気になったことを聞いてみる。
「そういえば、いつも記者が張ってるなんて、大変じゃないですか?」
「いつも張り込んでいるわけではありません。新規の来客は珍しい上に、あなたが人間なのもあって興味を引いたのでしょう」
答えながらデザートとして添えられていた小さなシフォンケーキを私のトレイに置く。くれるらしい。優しい。
「それに、記事が出る前ならいくらでも手段はありますので」
いつも通りの表情なのが逆に怖くて、それ以上は聞けなかった。
ギリギリまで食堂で過ごした後、教室まで送ってもらって無事昼休みは終わった。せっかく貰ったデザートは何の味もしなかった。
放課後は執行部で会議。教室の外では昼と同じく、バルバトスさんが待っていた。周りからの視線を浴びながら二人並んで議場に入り、今日初めて、一息ついた。
帰りも、やっぱりというか予想通り、嘆きの館まで送ってもらうことになった。
私たちを追い抜いて校舎から出ていく生徒たちはほぼ確実にこちらをちらりと見てから出ていく。帰りましょうか、と声をかけて歩き出そうとしたとき、「失礼」と短く小さく声がかけられると同時に手を握られた。思わず体を強張らせると
「体の力を抜いてください。これくらいしないと不自然です」
器用にも、恋人に向けるような表情をしながら厳しいことを言われた。
緊張で手に汗が滲んでいるのが自分でもわかる。早くこの手を離したい。笑顔を作るのにいっぱいいっぱいで、道中の会話は何も頭に入らない。ようやく嘆きの館が見えてきたときは手を振り払って走り出そうかとさえ思った。
これでやっと落ち着ける。ありがとうございました、とお礼を述べて嘆きの館の門をくぐろうとしたとき「お待ちください」と手首が掴まれた。
今度は何? 気付いた時にはバルバトスさんの腕の中にいた。でも腕に力は籠もっていない。見せかけの抱擁。
「ここですぐに館に入っては怪しまれます。……キスしても? もちろん真似ですが」
「そんなことまでしないといけないんですか?」
いくらなんでもやりすぎでは、と小声で抗議する。
「先ほど、記者が張り込んでいるのが見えました」
「……わかりました」
意を決して上を向くと
「そんなに緊張なさらないでください」
と優しい声が降ってきた。
手袋をした両手が頬に触れ、本当にキスされる、と身構えた次の瞬間、唇の横にバルバトスさんの吐息を感じた。手と角度で傍から見たらキスしているように見えるだろう。
「この後私が手を離しても名残惜しそうにしてくださいね」
「はい……」
別れを惜しむように何度も何度も振り返り、手を振りながら館に入った。
ドアを閉めた瞬間、全身の力が抜けてへたりこみ、先に帰ってきていたマモンが「大丈夫か!?」と駆け寄ってきてくれた。
疲れ切っているのを察してか、みんなは温かい飲み物を淹れてくれたり夕飯は私の好物にしたりと労ってくれた。今はそんな余裕ないけど、いつか何かお礼をしないと。
ベッドに入り、長かった今日一日を思い出す。いつまで続くんだろう……身が持たない……。今日の緊張と明日への不安で寝苦しい一夜を過ごした。
二日目。
ゆっくりできるのは朝と夜だけ。眠い目をこすりながら当番のレヴィが作ってくれた朝食を味わっていると嘆きの館の呼び鈴が来客を告げた。朝から珍しい。
「お迎えに参りました」
唐突なバルバトスさんの登場に飲んでいたスープにむせた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です、けど、なんで? 昨日はこんなことしなかったじゃないですか」
「こちらを優先してよいと許可を頂きましたので」
そういえばそんなことを言っていた。
「少々急いだ方がよろしい時間ですね。食べさせて差し上げましょうか?」
「……ここでまで恋人の真似する必要ねーだろ」
「敵を騙すには味方から、と申しますから」
「いやいや、僕たちは事情知ってるし。騙す必要ある?」
「絶対わざとでしょ……」
落ち着くことのないRADでの時間が過ぎ、放課後、今日は予定ないけどどうしようと思いながら教室のドアを開けると、やっぱりそこにはバルバトスさんがいた。
「この後のご予定はございますか?」
「まっすぐ帰るつもりでしたけど……」
「でしたら、お付き合いいただけますか?」
「いいですよ」
もうどうにでもなれ、と引き受けた。
行き先はカフェ・ラメントで、今日から新しいメニューが始まるらしく、参考として食べてみたいとのことだった。
「少々失礼いたします」
席に着いた直後、電話でもかかってきたのかバルバトスさんはD.D.D.を取り出しながら店の外へ去っていく。頼んだケーキを横目に、遠慮のない視線にうんざりしながらストローでドリンクの氷をつついて待っていると、近くに座っているRADの制服を着た子たちの会話が聞こえてきた。というよりわざと聞こえるように言っている。
「あの子じゃない?」
「ほんとだ」
「えー、ただの人間じゃん」
「あれがバルバトス様と? どう見ても釣り合ってないし」
「留学生の立場利用してるんでしょ」
「バルバトス様かわいそう」
「迷惑かけてるとか考えないのかな?」
はぁ? 迷惑してるのはこっちですけど? 勝手にデマ書かれて、何とかするためにただでさえ慣れない魔界で神経すり減らして。なんでそんなことまで言われなきゃいけないの?
……こんな苦労したのに文句を言われるなら、もう好き放題やった方がマシ。それに偽りとはいえ、いいなと思っているひとと恋人同士なのだから遠慮せず楽しんだ方がいいに決まってる。遠慮? 誰に? 止める人なんていやしない。
「お待たせいたしました」
「バルバトスさん」
もう後戻りはできない。するつもりもない。手を握って、その緑の瞳を見て、一言ずつしっかりと告げる。
「これまで気を使わせてごめんなさい。今から私も全力で恋人に見えるようにします」
「……お手柔らかにお願いいたします」
そう返事しつつも、バルバトスさんはなんだか嬉しそうだった。相手がようやくやる気になったんだから当たり前か。
「そういえばこのケーキも気になるって言ってましたよね。はい、あーん」
フォークで一口分を差し出す。
「いただきます」
「私もバルバトスさんのケーキ一口もらっていいですか?」
「どうぞ」
私がしたのと同じように一口分差し出されたので、同じように差し出されたまま食べる。久しぶりに甘いものを食べた気がした。
私の提案の結果、カフェ・ラメントの後は腕を組んで買い物へ。昨日のみんなへのお礼を選ぶのに付き合ってもらうことにした。途中、何度か不快な言葉が耳に入った気がしたけど、もうそんなのどうでもよかった。仲良く楽しく買い物を済ませ、もちろん最後は嘆きの館の前で抱き合ってキス、のふり。
余裕の笑みで館に入り、「はい、みんなにおみやげ」とお礼とは別に買った焼き菓子セットをリビングのソファで本を読んでいたサタンに渡した。
ゆったりとした気分で入浴を済ませ、ベッドに入る。昨日とは違ってあっという間に深い眠りに落ちた。
一度そうと決めてしまえばあとは簡単で、偽りながらも楽しい日々はあっという間に過ぎていく。
六日目。
いつもより少し早起きして入念に身支度を調え、朝食をとる。バルバトスさんが迎えに来るので、いってきますと挨拶をして二人で館を出る。
そして昼休み。
中庭は食堂ほど混雑していないものの、そこかしこでお弁当を広げている生徒や遊んでいる生徒がいて食堂とは別の騒がしさがあった。
適当に空いているベンチを選んで二人並んで座る。相変わらず魔界は常闇だけど、暑くも寒くもなく、外で食事するのには悪くない天気だった。
バルバトスさんの手にはお弁当。この生活も残り少なくなってきた今、やっぱり一度くらいはお弁当も食べてみたいと思ってお願いしたら快く引き受けてくれた。
お礼を言ってお弁当を受け取り、蓋を開けるとそこには猫の形をしたおにぎりが二つ。一匹は白猫、もう一匹は茶トラ。隙間はおかずで埋められていて、卵焼きやハート形の人参、花の形に飾り切りされたウインナーなど彩りと見栄えが良くなるよう詰められていた。隅にちょこんと私の好物も添えられている。わざわざ人間界の食材を使って作ってくれたらしい。
「かわいい……! 本当にありがとうございます!」
「喜んでいただけて光栄です」
私が喜んでいることだけでなく作れたことに対する喜びも混じっているようで、散々迷ったけどお願いしてよかったなと思った。
「いただきます」
フォークを手にしたとき、こちらを見て何かを言っている生徒たちがいるのに気付いた。先日のカフェでの出来事とは違って、その様子からは悪意のようなものは感じられない。というよりも視線は私たちではなく私の手に注がれている。
お弁当箱を、これ? と軽く掲げてみると彼ら彼女らは頷き、明るい表情でこちらへ近づいてきた。
「あの、そのお弁当もしかしてバルバトス様の手作りですか?」
「そうですけど……」
「私たち料理が趣味で、もしよかったら見せてもらえませんか? あと、できれば写真も撮らせてほしくて」
見せるのは構わないけど写真は私の一存では決められない。いいですか? と隣を窺うと頷きが返された。
「いいですよ。どうぞ」
「ありがとうございます!」
写真を撮られている間、バルバトスさんが魔界の食材で作る場合の解説をしている。後学のためによく聞いておこうと思った。それに明日は私がお弁当を作る番なのだから。
昼休みの終わりには少し早いけど二人並んで教室へ向かう。時間が中途半端なせいか、廊下には生徒がほとんどいない。
「お弁当美味しかったです。ありがとうございました。あ、今日の放課後はどうします?」
「申し訳ありません。急遽、この後坊ちゃまの視察に同行することになりまして」
こちらを優先する許可を出してなお同行を頼むということはどうしてもバルバトスさんが必要なのだろう。
「そうなんですね。おつかれさまです」
「帰りのことはマモンに頼んでありますのでご安心ください」
「ありがとうございます。今日はキスできなくて残念です」
半分冗談で言ったのに、バルバトスさんの表情が真剣なものに変わる。
「まだお時間はありますか?」
「ありますけど……」
周囲を素早く見回した後、手を引かれて空き教室に連れ込まれた。ドアが閉められた直後、抱きしめられる。バルバトスさんの香りを感じたと思ったら、すぐにいつも通りの見せかけの抱擁に変わってしまった。流れるように私の頬に手が添えられ、一瞬躊躇った後いつもと同じ場所に唇が寄せられた。
「本日の分です」
昼休みの終わりを告げる鐘と共に手が離れる。
「行きましょうか」
「先行っててください……一人で大丈夫なので……」
「ですが……」
「本当に、大丈夫なので……」
「……では、失礼いたします。また明日」
一人になった教室でふにゃりと座り込む。顔が熱い。こんな状態で教室に戻れるわけがない。
七日目。
あの件から一週間後の今日、視線も質問も陰口もなくなって、私たち二人はただの風景として溶け込むことに成功した。嘆きの館と魔王城の前に張り込んでいた記者らしき悪魔も数日前から見当たらなくなり、この生活も当初の予定通り今日で終わりだと授業の合間にルシファーから連絡があった。
労いを兼ねて魔王城で夕食をご馳走になった後に送ってきてもらった嘆きの館の前は閑散としていた。通り過ぎて行くのは風だけ。本当に終わってしまうらしい。
でも、これを終わらせるには大いなる問題があって、元々ちょっといいなと思っていたくらいだったのに、この一週間で恋人としての振る舞いを見せられて〝ちょっと〟どころではなくなってしまっている。初日はあんなに早く離したいと思っていたこの手を、今は離したくない。もう嘆きの館に着いてしまう。
誰も見当たらなくても、門の前でいつものように抱き合うふりをして別れの挨拶を交わす。
「……今日も、じゃなくて今日まで、ありがとうございました」
「お疲れさまでした」
「最初はどうなるかと思ったけど、今日までずっとずっと毎日……楽しかったです。バルバトスさんはどうでした? 私、迷惑かけてませんでした?」
「迷惑などとんでもない。たとえ仮初めだとしても、夢に見るほど焦がれ、望んだ愛おしい日々でした。……このような事態なのに、このまま続けばいいとさえ思っておりました」
「……私も、ずっと続いてほしいです。偽りでも、見せかけでも、真似でも、ふりでもなくて、このまま続けたいです」
意を決して上を向き、今度は私から。
「キスしても、いいですか?」
返事はなかった。その代わり、柔らかな笑みと共に頬に両手が触れる。この一週間毎日繰り返したキスの合図。吐息と柔らかい感触が今度は唇に何度も何度も与えられた。
いつの間にか頬にあった手は私の背に移動している。いつもとは違う、力の籠もった抱擁。私もバルバトスさんの背に腕をまわして抱きしめ返す。それに応えるようにキスに熱が籠められた。
いつこの腕を離して館に入ったらいいかさっぱり見当がつかなかったけれど、離さなくても、離れなくてもいいか、とキスを続けた。
後日、例のゴシップ誌に穴埋め程度として『熱愛継続中』の小さな見出しでそっけない記事が掲載された。サイトでなく紙面なのはアクセス数を稼げる見込みがない証拠だろう。
ただし、到底言い逃れできない、七日目のあのときの写真が添えられており、私たち二人はそれを発見した嘆きの館のみんなから質問攻めにあうのだった。