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    仄か仄めく仄めかし「最近、授業の方はいかがですか」
     夕食の席でバルバトスさんが私に問う。
     執行部での作業中、今日は嘆きの館に一人だから夕飯どうしよう、と雑談がてら話したところ
    「では、今夜は魔王城にいらっしゃいませんか」
     とありがたいお誘いを頂いたので、こうして一緒に夕食をとっている。
     
     魔界での生活もそれなりの長さになった今、心配の必要はないと思うのだけど私とはクラスが異なる以上、気になるのだろう。
    「楽しくやってます。あ、この前の校外学習でまた仲いいひとが増えたんですよ。今度みんなで遊びに行こうなんて話もしてて」
    「あなたのクラスは少々癖のある種族が多いので心配していたのですが、それは何よりです」
     にこにこと笑顔で私の話を聞く様子を見て、これでちょっとは安心してもらえたのかな、と思った。
     
     二人でベッドに入ってから随分と時間が経った。その間バルバトスさんはずっと私に抱き着いたまま胸元に顔を埋めていて、時折上を向いたかと思えば、触れるだけのキスをねだられる。やけに甘えられている、ような。
    「今日はどうしたんですか? 何かありました?」
    「このような私はお嫌いですか」
    「う……好き、です」
    「それなら問題ありませんね」
     その言葉と共に重ねられた唇はさっきまでよりもずっと深くて、体の内側までバルバトスさんの香りで満たされる気がした。
     
     翌朝、教室に入り、ドアの近くにいたこの前仲良くなった男子の一人に声をかける。
    「おはよう。この前遊びに行くって言ったのどこ行くか決めた?」
    「おう! おは……おはようございます」
     陽気な返事と笑顔は途中で消えて、形式的な、何の感情も籠もっていない挨拶に変わった。おまけに私の質問は完全に無視して他の友達との輪に加わってしまった。まるで私が存在していないかのような扱い。
     
     意味がわからずに立ち尽くしていると、教室のドアが開く音がして一人の女子が入ってきた。
    この子もこの前仲良くなったうちの一人で、サキュバスらしい派手めの、一見近寄りがたい格好をしているけどいい子だ。
    「おはよー。座らないの?」
    「おはよう……」
     二人で並んだ席に着くなり私に投げかけられたのは衝撃の一言。
    「あれ? 今日は恋人の家から来たの?」
    「え? え? な、なんで?」
     そもそも恋人がいると言ったことすらないのに。
    「他のひとのにおいが付いてるんだよね、全身にべーったり」
     混乱する私とは対照的に、何をしてきたかすべてお見通しと言いたげな落ち着き払った表情で教えてくれる。
     ……朝、朝食の席に遅れるわけにはいかないと軽くしかシャワーを浴びなかったのが良くなかったのかもしれない。
    「普通は気付かないかもだけど、ウチらとか、あとは鼻のいい種族なら一発でわかるんじゃない?」
     さっきの彼の態度の意味が何となく分かった気がした。それと昨夜バルバトスさんがやたら甘えてきた――と思っていた――意味も。
     説明を終えると彼女は周囲を探るウサギのように鼻を動かす。実際はウサギなどではなく狩る側だが。
    「なんか覚えのある匂い。あ、もしかして校内にいたりする?」
     はい、たしかに校内にいらっしゃいます。校内にいるのだからどこかですれ違ったときに匂いを嗅いでいても不思議はない。
     
    「……今日はもう帰っていいかな」
    「来たばっかでしょ」
     そんな公表して歩くような真似はできないし、相手が誰か気付くひとも出てくるだろう。私が困っているのに気付いたのか慣れた様子で耳打ちしてくれる。
    「こういうとき用のボディソープ貸すからプールのシャワー使うといいよ。後で案内したげる」
     本当にいい子だ。
    「ありがとう! お礼したいんだけど何がいい?」
     私がそう言うと、彼女は本領発揮と言わんばかりに蕩かすような妖艶な笑みを浮かべて
    「なら、その恋人ちょっと味見させてくれる?」
     と言ったので、ダメ、絶対ダメ、と力強く却下した。
     
     ちなみにこのとき借りたボディソープのせいで大変なことになるのだが、それはまた別の話。
     匂いの対処方法は大まかに二種類ある、と思う。
     一つは匂いそのものを消してしまう、消臭。そしてもう一つは――。
     
     髪を拭きながらシャワールームから出る。
    「どうかな?」
     外で待っていた彼女はスンスンと私の匂いを嗅いで
    「うん。いい感じ」
     と眩しい笑顔を見せた。
    「これありがとう」
    「残り少ないからあげる。家にでも置いときなよ」
     もしかしたらまた必要になるかもと思い、お礼を言ってボディソープをカバンにしまい込んだ。
     
     戻ってきたときにはもう昼休みも終盤で、教室にはそれなりの人数がいた。その人数から一斉に声が掛けられる。
    「今日放課後あいてる?」「授業さぼって遊びに行こうぜ」「始まるまで時間いい?」
     ……何? 匂いが消えたとはいえ、みんな急にフレンドリー過ぎない?
    「えっと、今日の放課後は予定があるからまた今度ね……」
     大量の粘ついた視線を感じながら残りの授業を受け、終わると同時に逃げるように議場に駆け込んだ。
     
     誰もいないと思っていた議場ではバルバトスさんが長机に向かって作業をしていた。いくつもある紙の山から一枚ずつ取っては束ねてを繰り返している。明日の議会の準備だろうか。
     そういえば昨夜のこと、と隣に座るとバルバトスさんは何も言わず即座に反対側の隣の椅子に移ってしまった。私たちの間に椅子一つ分の距離があいた。
     なんで? 私も空いた椅子に移って距離を詰める。それなのにまた椅子一つ分の距離があく。ずれる、追う、ずれる、追う。端まで追い詰め、手首を掴む。思わず強引な手段に出てしまったことを内心反省した。
    「どうしたんですか?」
     らしくなく、目を伏せて言い辛そうに教えてくれるその横顔はよく見ると耳が少し赤くなっている。
    「その……あなたの香りが……」
     ちゃんと消えたんじゃないの?
    「非常に魅惑的で」
     
    『サキュバスが愛用している』ということをもっと真剣に考えるべきだった。
     恐らくボディソープに付与されていた効果は消臭でなく、マスキング。彼女に悪意はなかったと思う。本人にとっては誘惑が日常で優秀さの証明である以上、有利になるものを使うのは当然なのだから。
     問題はそれを私、というより人間が使ったこと。情欲を煽る香りが付加されたせいで、目を逸らし続けていた人間そのものに対する欲望まで引き出され、複数の欲を同時に煽られるのはどれ程のものだろう。
     
     今度は私が椅子一つ分の距離をあける番だった。飛び退き、事情を説明する。
    「あの、私、帰ります」
     ここにいても迷惑にしかならない。頼みのプールのシャワーはこの時間だと既に部活で使われているはずで、部外者が借りられる状況ではない。
    「お待ちください。お一人でお帰りになるのですか?」
    「そうですけど……」
    「その状態では嘆きの館まで無事に帰れる保証はありませんよ。私がお送りいたします」
    「でも、バルバトスさんは大丈夫なんですか?」
    「この程度であれば多少の距離があいていれば問題ありません」
     そう言うと紙の束を片付け
    「行きましょうか」
     と立ち上がり、いつものように手を差し出してくれた。
     
     帰ろうとした私たち二人を待っていたのは気紛れな魔界の天気だった。
     落ちてくる雨が激しい音を奏でている。地面に打ち付けられた雨粒が跳ね返って宙を舞い、体に纏わりついて制服を、髪を、重くする。水分を多量に含んだ生暖かい空気が不快に肌を嘗め回す。風のない空は遠くまで重い雲が覆いつくしていて一向に止む気配はない。
    「傘、持ってきてないです……」
     私の発言とは反対に隣から傘を開く音がした。流石だ。
     
     急な雨のせいか誰もいない通りから聞こえるのは雨音だけだった。両脇に植えられた街路樹の枝葉は小雨程度なら雨除けになってくれるものの、この強雨の前では無力らしい。
     二人で一つの傘を分け合うように寄り添い、でも密着しないように歩く。
    「本当に大丈夫ですか……?」
    「嘆きの館までであれば、何とかなりそうです」
     最低限の会話だけにして、なるべく刺激しないように。そう気を付けていたのに。
    「ひゃっ!」
     突然首の後ろに何か冷たいものが触れて、隣に飛びついた。
    「なに、何かが首に……」
    「失礼いたします……特に変わったところはありません。恐らく水滴でしょう」
    「よかった……ありがとうございます」
     そのまま見上げたバルバトスさんは雨のせいで髪が少し湿り気を帯びていて、表情はいつもと変わらないものの暑さと香りの影響か、頬にわずかに赤みが差している。そして、果実を思わせる瑞々しさを湛えたやけに艶やかに見える唇。
     ――美味しそう。私もこの雨に閉ざされた狭い空間で香りにあてられたのかもしれない。
     そのまま顔を近付ける。戸惑いこそすれ、拒む様子がないことに安堵した。
     
     唇が触れそうになる直前、頭上から響く鈍い音で我に返った。木の枝に溜まった水滴が一気に傘に落ちたらしい。さっき私に落ちてきた水はこれの前触れだろう。
    「あはは、何してるんですかね。ごめんなさい」
     冗談めかしながら体を離す。その瞬間、見てしまった。困惑の中、僅かな期待が混じる瞳を。
     そんなものを見せられたら止めることなんてできない。バルバトスさんが悪いんですよ、と心の内で呟いて、今度は自ら抱き着き、唇を重ねる。それでも迷っているようだったけど舌で唇に触れると、傘を傾かせることなく器用に片腕で抱き寄せられて、舌を絡められ、差し入れられた。触れている全てがいつもより熱くて、溶けてしまいそうな気すらした。
     
     キスと香りのせいで頭がくらくらする。
    「……この雨だし、帰っても嘆きの館のバスルームは誰か使ってるかも…………魔王城の客室、お借りしてもいいですか?」
    「喜んで」
     帰り道、水の中にいるような雨の中、時折、息継ぎをするように傘に隠れてキスをした。
     
     ***
     
     翌朝、挨拶をして教室のドアを開ける。
    「おはよー」
     返事をする彼女の隣に座りながら
    「今日はどう?」
     とお伺いを立てると私の顔や首に近付いて注意深く匂いを嗅ぐ。
    「お、今日は家から……じゃなくてやっぱり恋人の家から?」
    「ええ……なんで?」
     今朝は早起きして念入りにシャワーを浴びたから大丈夫だと思ったのに。勿論例のボディソープは使っていない。
     疑問が顔に出ていたのか、ハイハイご馳走様と言いたげに自らの鎖骨を指で指す。
     ……? 彼女の動きに倣って同じ所を手で触れたときに思い出した。昨日の――。
     ああ……もう帰りたい。今頃は次期魔王の傍に控えているであろう恋人と同じようにボタンを一番上まできっちり留め、机に突っ伏した。
    8gb_obm Link Message Mute
    2023/05/14 3:48:11

    仄か仄めく仄めかし

    バル留
    ほのめかすはなし
    ※授業やクラス周りに捏造あり

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