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    行楽日和 薄れていく眠気を追いかけるように膝丸は床の中で手足を動かした。近頃はすっかり暖かくなって、温もり恋しさに二度寝をするようなことも減ってきた。床の中で過ごす幸福は変わらないが、頭は勝手に覚醒していく。夜のうちに靴下を脱いでしまったらしく、裸の左足が気になった。
     靴下を探して身体を折ると、大きな塊を蹴飛ばした。重くて温かくて、中身が詰まっている。膝丸はぎょっとして布団を持ち上げた。
    「いたい……」
     寝ぼけた声をして、仕返しとばかりに膝丸の胴に腕を絡めてくるのは、兄だった。膝丸は昨晩のことを思い出して青くなった。
    「髭切、起きて」
    「なあに」
    「き、昨日……」
    「うん……」
     緩慢な動作で布団から這い出した兄は、見事なあくびを一つした。膝丸に微笑み、片手で髪を撫でてくる。
    「おはよう、鬼切」
    「……おはよう」
     二振りは、全く同じ顔貌をしている。おまけに髭切は、膝丸が膝丸であると知らない。初対面の時の誤解をそのままに膝丸が一振りめということになっている。
    「髪が跳ねてる」
    「きみの方がひどいよ、中で寝てたから。……というか、そう、だから、昨日……」
     口ごもる膝丸を見て、髭切はのんびりと笑った。「昨日ものすごい酔ってたねえ」
    「……覚えてる?」
    「きみが、酔うと口寂しくなること?」
     髭切はいたずらっぽく笑って、膝丸を引き倒しながら再び横になった。
     膝丸は昨晩、歓喜のあまり酒を飲んだ。目ざとい酒飲み連中が加わり、そこに髭切もやって来て、やたらと飲まされてしまった。
     多量の酒に気が緩み、膝丸は夢心地だった。髭切を「兄者」と呼ぶことはどうにか堪えたものの、傍に居る兄の輝かしさは、膝丸の喜びそのものとして目に写った。高じた思いのまま見つめていたら愛らしく微笑まれ、つい唇に吸い付いた。
     髭切は嫌がらなかった。膝丸は兄の首に齧りついて、その身体をじっと抱き締めていた。そのうちに眠ってしまい、気が付いたら今だ。
     同じ布団で眠るのは初めてなのに、髭切はまるで毎日そうしているかのようにじゃれてくる。その真意を測りかねながら、膝丸は身体に乗らないよう手をついて身体を支える。半ば組み敷くような恰好になり、むしろ逆効果だった。
    「鬼切こそ覚えてる?」
    「なに? 他にも何かした?」
    「お花見しようって話。随分寝てしまったし、お弁当、もう用意してもらってるんじゃないかな」
     そういえば言われた気もする。梅は散りかけているし桜には早いが、草野は小花が咲き乱れ、行楽にはうってつけだと言う。膝丸が寝ている間に弁当の用意まで頼むとは、余程楽しみにしているらしい。
     芸術的な寝癖を何とか手懐け、二振りは厨に顔を出した。髭切の読み通り行楽弁当が用意されている。中を確かめた髭切はぱっと明るい顔をして「このまま行こう」と、水筒や筵を手早く用意して、膝丸を引っ張って行った。
     午後の日照りで草野は輝くようだ。若草の緑の中に、名を知らない小さな花々が咲き乱れている。降り注ぐ光に花びらは揺らめき、白や紫や黄色の点がきらきら笑いかけてくる。
     筵に腰を下ろすと一面の野原の向こうに本丸の外廊下が見えた。通りかかる刀剣たちはこちらに気付かず、膝丸は髭切と二振り、ひとの目に映らない存在になったような気がした。
     弁当のメインはサンドイッチで、一口大の食べやすいおかずが見た目にも工夫を凝らして詰めてあった。肉巻きやうずらの卵など二振りの好物もあって、厨当番の手わざと気配りが有難い。厨で笑顔になっていた髭切の気持ちが分かり、またそういう兄の素直な心に膝丸は温かな気持ちになった。
    「お茶どうぞ」
    「ありがとう」
    「お酒もいるんだった? こんな陽気で飲んだら気持ちがいいだろうねえ」
    「……からかってるよね?」
    「あっはっは。鬼切はお酒が苦手なんだと思ってたよ。滅多に飲まないから」
     それに答えず、膝丸はサンドイッチに手をつけた。兄のふりをするために注意深く観察して、膝丸は多少髭切の機微を知っている。今のは暗に理由を尋ねられたのだが、どう話せばいいか分からなかった。
     昨日政府から連絡があり、三日後、膝丸は自分の肉体に移れることになった。
     突然の朗報を審神者とふたり手を取り合ってよろこんだ。膝丸は顕現した時から兄の姿をしているが、その原因も解決策も分からず、半ば諦めていたのだ。
     一振りの頃は、兄と共にある証として受け止められた。しかし髭切が来てからは、折れるまでこのままだという漠然とした感傷が膝丸の内心を占めた。いっそ姿の通り生きることこそが正しい道ではないかと思われ、髭切の誤解を解かずにきてしまった。
     兄を騙る気後れと、兄になる覚悟を迫られ続ける日々は、知らぬ間に膝丸を苛んだ。それらから解放される喜びと安心感に、膝丸は酒杯を求めたのだった。
     答えないことを、髭切は探ろうとしない。二振りは言葉少なに食事を楽しんだ。うさぎの形に切られたりんごの皮まで食べ終え、大満足で弁当箱を閉じる。
    「お花見してよかっただろ?」
    「そうだね。誘ってくれてありがとう」
     二振りの視界に春霞の野原が溶けて輝く。そよ吹く風が花の甘い香りを運び、金糸の髪を揺すっていく。眩い陽気の中で、膝丸は兄の美しい横顔に見とれていた。
     髭切は長いまつ毛を瞬かせ、目を膝丸へと転じた。夕べのことが思い出され膝丸は目を逸らしたが、髭切は気にせず、身体をそっと預ける。
     本来の姿であったらこれほど気を許してくれただろうかと、膝丸はよく思っていた。兄が慕っているのが『鬼切』なら、膝丸と知ったら離れていくに違いない。それどころか、兄を謀る膝丸は弟として受け入れてもらえるだろうか。正体を明かして、信用と信頼を失ってしまうことを膝丸は恐れていた。
     だが、もう三日後には、膝丸は膝丸になってしまう。
    「いつか、弟ともお花見したいね」
     不意に呟かれた言葉に膝丸は意識を引き戻される。髭切が弟の話をしたことはない。それは兆しかに思われ、膝丸の心は揺れた。
    「……髭切、よく聞いてほしい」
    「なあに」
    「きみに、謝らなくてはいけない」
     髭切は顔を上げた。『鬼切』としてずっと隣で見てきた顔だ。もしも姿が戻らなくても、隠しおおせることではなかったと膝丸は気づいた。夕べのように、いつかどこかで踏み外す。
    「鬼切は本当は存在しない。俺は、膝丸だ」
     肩の温もりが離れる。間近で見つめ合う二振りは、やはり同じ顔をしている。言葉の意味が伝わるのを待ちながら膝丸は目を塞ぎたくなった。
     やがて髭切は、再び膝丸の肩へ頭を寄せた。手近の草花を引き抜いて、軸を弄んでいる。
    「鬼切でないことは、知ってたよ」
    「いつから?」
    「いつだろう。決定的なことがあったわけじゃないけど、同じ刀だとはどうにも思えなくてね。でもとても近いものだとは感じていたから、言わなかったんだ。……鬼切は、僕が好きだろう」
    「……ああ」
    「だから、はじめから許してる。謝らなくていい。だけど……」
     膝丸の手に花が載せられ、その上に髭切の手が重なった。まったく同じ形の手のひらを、髭切はしげしげと眺めている。
    「きみが、弟かあ……考えてもみなかった」
    「本来あるべき姿で顕現できなかった。どうにもならないと思っていたが、政府が解決策を講じてくれた。三日後にはこの姿でなくなる」
    「三日後ね」
    「……鬼切でいる方が良いか」
    「やってごらん」
     髭切はくすくす笑って、膝丸の指に花の軸を巻いた。ちょうど人間が結婚指輪をつける位置だったので、膝丸はその手を掴んだ。
    「髭切も、僕を好いていてくれた?」
     囁きかけると髭切ははにかんで笑った。膝丸も恥ずかしくなったが、すぐ傍の鳥の子色の髪に顔を寄せ、続けた。
    「僕はずっと膝丸になりたかったよ。偽り続けるのは良いことじゃないだろう。戻れると分かってうれしかった。でも、僕ら仲良しだったからね。きみが悲しんだり、傷つくなら、鬼切のままで居る方がいいとも思う。……不安なんだ」
     ややあって髭切は、膝丸の頭を撫でて尋ねた。
    「弟は、僕が好き?」
    「好きだ」
    「なら大丈夫」
    「本当?」
    「本当」
     翌週になると、桃の花が盛りを迎えた。花見は本丸の流行になり、すべての弁当箱が貸し出され、草野は筵に覆われた。髭切と膝丸は外廊下を陣取って、遠く揺れる豊かな花枝と、戯れる仲間たちを眺めて過ごした。
     そのうち髭切は庭に降り、桃の花を二三貰ってくると、膝丸の頭に差した。細くまっすぐな毛質は花を抱えてはおけなかったが、若草色の髪に桃色が鮮やかに映えていた。
    暮正 Link Message Mute
    2022/09/21 20:36:35

    行楽日和

    2022年春コミで無料配布していました。
    膝丸さんの見た目が髭切さんになっています。


    #刀剣乱舞BL #源氏兄弟 #膝髭

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