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    付き合ってない1・2

     左方から「わあ」と声がしたので俺たちは互いに顔を離した。
     見ると物吉貞宗が、戸襖に半ば隠れこちらを覗き込むような格好でいた。お取込中でしたね、すみませんと居心地悪そうに言うので、俺も兄者も首を左右に振る。
    「何かあった?」
    「いえ、午後の件で膝丸さまに……。あっお昼休み終わってからでも」
    「いや構わん、もう戻るつもりだった。兄者、また夕に」
     微笑む兄に手を振って、自室を後にする。
     物吉は執務室までの道すがら、急ぎ必要になった資料の概要とスケジュールについて話した。肯いて、わざわざ三の丸まで伝えに来てくれた礼を言うと、組み合わせた手をもじもじさせている。
    「さっきはその……お邪魔してすみません。僕、お二方がそういう関係だと知らなくて」
    「何を。きみも知っているだろう」
    「えっ……と……お聞きしましたかね」
    「常日頃から言っているはずだが」
     俺と兄者は実に仲の良い兄弟だと。物吉はぽかんと口を開き、そして閉じた。
    「僕にも兄弟がいますが……髭切さまと膝丸さまほどは、仲が良くないかもしれませんね」
    「気にすることはない、兄弟の有り様など様々だ。俺と兄者はかつて兄弟同士の主に所有されたが、二人は相争って別れた」
    「そうでしたね」
     物吉はそれ以上何も言わなかった。執務室に着いたのもある。
     南泉がデスクに伏していたが、足音に気がつくと起き直って伸びをした。近頃出陣続きだった彼はまだ眠たげに首を回している。非番でないのは気の毒だが、交代制なので仕方がない。物吉が隣を逸れて、業務の伝達をし始めた。
     昼休みは十五分ほど残っていたが、席に着いて早速仕事に取り掛かる。今夜は兄者と夕食を共にする約束をしている。
     この本丸の刀剣男士は、出陣・内番・非番の他に、本丸運営に関わる業務が割り当てられている。俺は任務関連の資料を扱う部署で内勤だが、兄者は生活全般を管理する部署にいて、ほとんど日中は不在にしている。割り振りが異なるために休みが揃うことは稀で、一日のうちに顔を合わせる時間も決して多くはない。どちらかが休みの日でさえ、俺たちにとっては貴重な日だ。
    「いま戻った」
    「お帰り」
     部屋に帰ると、兄者は押入れから這い出してきたところだった。真っ直ぐこちらに向かってくるのを手を広げて受け入れる。はりのある頬が顔に擦り寄ってきたかと思うと、もう唇が合わさった。やさしい温度を譲り受けるようにゆっくりと食む。これが心地よくて好きだが、兄者はむず痒いのかいつも離れていってしまう。今も二三度、小鳥のように唇を啄んで笑っている。
     兄者からは、押入れの籠もった匂いと寝具の匂いがしている。何をしていたのか問うと、干していた布団をしまってそのまま中で寝転び、図書室で借りた本を読んでいたという。ああ、兄者が非番を自由に過ごし、そして出迎えられる幸福よ。
    「昼間、あの脇差を驚かせてしまったね」
     俺が問うたことで自身の一日を振り返った兄者は、昼間の出来事を思い出したらしい。おかしげに笑って、その笑みが口の端から去らぬうちに、こめかみやまぶたに、鼻を押し付けるような口付けをくれる。兄者の好きな仕草だが、俺はこの方が余程むず痒く、そうだなと短く返してじっと耐える。
    「兄者、もう一度」
    「ん、」
     ねだれば素直に顔を向けてくれる。鼻先を擦り合わせ、唇を交わした。
     物吉が何を勘違いし、何を言いたかったか見当はつく。さしづめ兄弟で口を吸い合うのはおかしいということだろう。
     俺と兄者は朝晩、出かける前や帰った折、眠りつく前などに互いに触れ合う。今日は兄者が休みなので普段より回数は多いが、だからといって兄弟以上の情念は無いと断言できる。短時間しかまみえぬ生活の中で自然と生まれたやりとりだ。挨拶や確認が目的で、その行動の意味を問い直すことなど今更ない。
     口吸いは恋人とするもの。通説くらい、俺とて分かっている。しかしこの通説を兄に適用することは相応しくないと、それ以上に分かっている。
     兄弟だの恋人だのと間柄で一絡げにし、行動を制限されることを兄者はきっと望まない。俺と兄者が、したいからしている。名を忘れられるのは良い気がしないが、この点は兄のおおらかな感覚に同意する。共にする時間が少なくとも、腕に抱き唇を交わすだけで、心の底から満たされる。
    「……食堂が混み始めるな、そろそろ行こう」
    「そうだね」
     抱擁を解いた兄は後退って上から下まで俺を見た。そして小さく、しっかりと頷いた。仕草の意味は分からなかったがどこか愛らしく、つい笑みが浮かぶ。
    「兄者、俺は今日も元気だぞ」
    「そうなんだ」
    「ああ。夕食は共にできるし、夜は日干しされた布団で眠れる。そう思えば力も湧く」
     言葉に熱がこもると、兄は優しく目を細め「じゃあ今日は、風呂もゆっくり浸かろうね」と、俺の背を押して食堂へ促した。兄の非番が終わってしまうと思うと、夕刻の涼しい風が胸に吹き込むような心地がする。部屋を出る前にもう一度だけと、兄の頬に唇を寄せた。


     午後の出陣は戻りが夜更け近くなることもままある。戻った足で食堂に向かい、浴場に寄り、部屋に帰ると、その頃には日付もすっかり変わって、居室の並ぶ三の丸の廊下は静まり返っているのだった。
     足音をたてないよう気を使っても、武具と装束の飾りがぶつかる音は抑えようがなく、自身の存在を辺りに知らしめるかのようでどうにも落ち着かない。こそこそ戻ると、自室の戸襖から明かりが漏れているのが見える。廊下に伸びる光の筋を目にすると、ほっとするような急き立てられるような、まるで反対の気持ちになる。
     明かりが灯っているということは、部屋には兄がいるということだ。大抵の場合は消し忘れて眠っているが、遅く戻る俺のために残している日もある。消して構わないと再三告げていても、兄の存在を感じられるこの一筋に愛着すら湧きそうになっている。
     さて今日はと開けてみると、珍しくまだ起きていて、タブレット端末を眺めていた。並べて敷いた布団の一方にゆったりと寝そべり、夜半に相応しい穏やかな様子でおかえりと声をかけてくれる。
     すぐにでも擦り寄りたかったが、手元の荷物を片付けないことにはどうしようもない。ただいまを返し、布団を敷いてくれた礼を言いつつ手早く済ませたものの、返事は上の空だった。兄者は端末を凝視している。
     やむなく明日の支度を始めても、端末から絶えず流れる軽妙な音楽が耳についた。一日の疲労が身を蝕みだす。
    「兄者、そろそろ休まないか」
    「その前に見てほしいものが……。ええと、待ってね」怠惰な手招きが呼んでいる。
     密かに溜息したことに兄者は気づく素振りもなかった。端末につけた指先を上下に振りながら「今日一文字の刀がね」と話し始めている。布団に腰を下ろして端末を覗き込んでみるが、するすると流れゆく画面は思いのほか早く追いきれない。辛うじて、何かの映像を探しているのが分かる。
    「おまえと一緒に働いている……」
    「南泉か。かれが?」
    「僕と弟が……あった。見て」
     端末が膝の上に載せられる。画面には二匹の猫が互いを舐め合う様子が映っていた。
     身を寄せ合ってそれぞれに毛づくろいをしていたのが、まるで自身の身体の延長のように互いの顔を舐め始め、それが終わらない。兄者は「これだよねえ」と言った。これ?……『僕と弟が』?
    「南泉が……俺たちだと?」兄者がこちらを見て、直感的に違うのだと判断がついた。「すまない、話してくれ」
    「この前の昼、脇差に見られただろう。そのかれが南泉くんに話したのだって」
    「物吉が……南泉に」
    「そう。おまえが何と言ったか知らないけど、物吉くんは気にしたみたいだね」
     端末の脇に兄者の腕が乗った。折り曲げた手で頬杖をつき、目が弓なりに細まる。面白がっている。
    「で、南泉くんが、僕と弟は口吸いするのかと聞くから、そうだと答えた」
    「……南泉は何と?」
    「もう少し周りを気にしろってさ」
    「それは……すまなかった」
    「誰に? ま、いいんだけど、午後は畑で五虎退と一緒だったんだ。それでむむっときたんだよ」
     頬杖を解いて、端末を示す。動画は既に終わって、同じ猫が綿玉のような玩具にじゃれるものに変わっている。兄者はありゃと呟いたが、微笑みを浮かべしばしそれを眺めた。それから不意に「夜のが、まだだったね」と、半ば強引に寝間着の袷を手繰り寄せた。
     薄い唇が触れ合うと、体が解けるように安らいでゆく。頬のすべらかな感触を楽しみながら、夜の深さを思った。もう数時間もすれば日が昇って、俺たちはまた、それぞれ仕事に向かわねばならない。今日のように疲れて帰り、この体温を恋しく思っても、兄者が寝ている日には触れないと決めている。染み入る疲労と兄のいる幸福を感じ、敷いてもらった布団で眠るだけだ。そうして過ぎたいくつかの夜さえも、いま、慰められるような気がした。
     後頭部を抑えている兄者の手が、時々すりすりと撫でるように動くのがこそばゆい。唇を離してただ抱き締めようとしたが、叶わなかった。離れた途端にまた吸い付かれる。起きて待っていることといい、今夜は珍しいこと尽くしだ。普段なら舞い上がるほどに嬉しく思うが、疲れのせいか気分は上がらなかった。むしろ、兄者の話の流れから、何か嫌な感じがした。
     南泉は何と言ったのだろう。我らの関係を蔑んだり、推し量ったりしただろうか。この行為は、互いに対する仁愛のあらわれだ。無関係のものに口を出されるのは良い気がしない。
     と言ってみても、それはある種虚勢に過ぎない。不快感のようにちっぽけなものは、恐ろしさがすぐに塗りつぶしてしまう。誰かの言葉をきっかけに兄が考えを変えないとは限らない。触れ合うことに疑問を抱き、もうしないと言い出したら。想像するだけで、途方に暮れそうだ。本丸で再会した喜びも束の間、すれ違うばかりの日々の中でようやく互いを結びつける手段を得たのだ。一度与えられたものを奪われたくない。別離よりはましでも、兄が遠ざかることに変わりはなく、それがひどく恐ろしい。
     兄の思考を奪うことになっても、惑わすものからは遠ざけてしまいたい。焦りは渇きに似ている。
     弟の思いなど露知らず、兄者はのんびりと唇を舐め始めていた。最近よくやるのだ。頬ですら時々噛み付いてくるから、唇のように突き出た部位が餌食になるのは必至だろうと深く考えていなかったが、もしかすると兄者には元々猫の毛づくろいが念頭にあったのかもしれない。どこかつたない動きで触れる舌は、そう思ってみれば、唇を柔らかくほぐそうとしているようだった。
    「……兄者、やめてくれ」
    「ん……おまえこれ嫌がるね」
     また、からかうような顔で笑った。いつの間にか端末は消灯し、端に避けられている。その分体を寄せるようにして兄者は首を傾けた。
    「僕はおまえの、もう慣れたよ」
     そう言って唇を合わせ、じっくりと食むように動かした。俺の好きな仕方だが、兄者からされるのははじめてで面食らう。
     するのとされるのでは大違いだった。ちゅ、と微かに音がたつ度じっとしていられない気持ちになり、噛みつきたい衝動が高まっていく。すんでのところで、明日も早いからと逃れた。代わりに兄者がよくやるように、こめかみやまぶたにそっと唇を押し当てる。兄者は黙って身を横たえた。
    「兄者。……これは俺の布団だ」
    「もう寝ちゃった。どっちでも良くない?」
    「良くない。俺の布団の方が先にしまう」
    「じゃあ、明日は僕のを先にしまったらいいよ。早いんだろう、寝るよ」
     寝転んだまま大きく伸び上がって端末を手に取り「えーと……明かりを消して」と話しかけている。無論スマート家電などは無いので、消しに立ち上がる。消灯すると、兄者も端末を切った。
     この程度の距離なら利かぬ夜目でも問題はない。迷わず空いている兄の布団に横たわると、隣で影がぐにゃと形を変え、肩の辺りに重さと体温が寄り添った。細やかな吐息が聞こえる。
    「な……はあ?!」
    「夜だよ」窘められて閉口する。枕を探っているので譲った。
    「兄者……」
    「なに? あ、枕ね。ありがとう。おまえの取ってあげようか」
    「……取ってくれ……いやそうじゃなくて」
     何か言おうと思ったが、言うべき言葉は見当たらなかった。普段の兄者の様子ではない。しかし怒っているようでも、反対に機嫌が良いようでもない。やはり南泉と話して、何か思うことがあったのだろうか。
     しかしいまは、何を聞けばいいのか分からなかった。へたな触れ方はしたくないし、曖昧に尋ねても兄は答えない。
    「……やはり何でもない」
    「寝る前は考え事をしない方がいいよ」
     あなたのせいだとも、言えない。こうなると兄は頑として動かず、またしつこいのだ。
     もぞもぞと頭を動かしていたが、ちょうど良い姿勢を見つけたらしく、満足げな吐息が微かにかかった。それが猫を彷彿とさせ、つい髪を撫でたくなる。柔らかい毛に指を通していると心地よくて、次第に眠気が迫ってくる。猫や虎と寝た経験はないが、兄者と眠るのもはじめてだった。
    「兄者、我らは猫や虎ではないぞ」
    「……わかっているよ」
    「我らは刀だ。だが、あなたといられるなら、言い訳は何でも良い……俺はあなたといたい」
     手の中から頭が逃げていく。間を空けず、唇に柔らかいものが触れた。じっとしていると、兄者は枕に戻っていく。そしてまた、ふうと、吐息の音がする。
     兄者が隣で寝ていても、やはり気分は凪いだままだった。疲れと眠気が強いせいかもしれない。指が髪に触れなくなったのを物足りなく思うが、もう探すこともできなかった。
    暮正 Link Message Mute
    2022/09/06 22:31:50

    付き合ってない1・2

    付き合ってないけどものすごく口吸いあってる二振り

    ツイッターからの再録にあたり加筆修正しています。

    #膝髭 #刀剣乱舞BL #源氏兄弟

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