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    手立て 手立てはこれで良いかと問われ、髭切は、膝丸が広げた地図から顔を上げる。膝丸の顔は目前にあった。正しく目と、鼻の先だった。
     いいよ、という言葉はただ頭の中にあって、口から出てこない。
     互いに引き寄せられるように、唇が合わさった。

        *

     レジ台の向こうの人間が、一瞬外を見たことに、髭切は気がついていた。店内に他に客は無く、降り出した雨で通りの人影も失せた。辺りは薄暗くなって、代わりに、埃っぽい蛍光灯が張り切って光を放っている。
     店員の人間は、髭切の買った雑貨類を心なしかゆっくりと袋に詰めていたが、カウンターが空いてくると、手を止めないまま口を開いた。
    「お客さん、当店には傘もありますが」
    「さっき出していたね」
     雨が振り始めてすぐ、店の奥からビニール傘の入った桶を出してきたのも、髭切は見ていた。
    「迎えを頼んだから要らないよ。……ありがとう、店先をちょっと借りていくね」
     慇懃な礼に見送られ、髭切は店を出た。
     入り口の庇は深く、壁に背をつければ、雨は届かない。地を跳ねている水滴も靴を濡らしはしなかった。ずっしりと重い買物袋を二つ提げ、ビニール傘の桶に並ぶ。
     降り始めの雨脚は強かった。ばるばばるという鈍い音が、二三度したかと思うと、どっと降り始めた。そうなるともうばるばるとは聞こえなくなって、髭切と店員の耳には、ただ力強さだけが打ち付けられた。今は、耳を圧されるほどの降りっぷりではない。時折風に揺られて、さわさわ鳴る程度だ。
     しかし庇の角には、強雨の名残りで、水がひっきりなしに落ちていた。じょろじょろと流れになっているのと別に、庇の内側に少し伝って、雫になって落ちるのもある。
     流れから別れた雨水がその雫に集まり、大きく膨らんで、震えて、耐えかねたように庇を離れていく。丸くなって落ちていく水滴の一部が、庇の方に引き上げられるように残って、そこにまた雨水が溜まり、膨らみ始める。
     同じ間隔で落ちていく雨垂れを眺めながら、髭切は、迎えにくるはずの、弟のことを考えた。

        *

     唇が離れたあと、膝丸は不可思議なものを見たように眉を寄せ、それから髭切に返事を促した。髭切は、ようやく、頭の中にあった言葉が降りてきたところだった。
    「いいよ。予想されていないけれど、戦闘になったら成り行きで。任せるよ」
     膝丸は、髭切の目を真っ直ぐに見て頷くと、地図を片付けた。翌日、二振りは揃って遠征だった。
     髭切と膝丸が同じ部隊に配属されることは、少なくない。
     髭切は、顕現が数時間と違わなかったからだろうと考えているが、膝丸は、二振りが仲の良い兄弟だからだと言って憚らなかった。実際、それはどちらも正しく、二振りはほとんど毎日を共に過ごしている。出陣や遠征の前日に、額を突き合わせて、進行の確認をするのも恒例だった。
     だが、唇を合わせたのは、あの夜が初めてだった。
     髭切は、なにかおかしなことをしてしまったと思った。きっと、膝丸も同じように感じて、ああいう顔をしたんだろう。単にものの弾みであって、口をつけるくらいは、悪い心地もしなかったし、大したことではない。そう思って、翌日も変わらぬ調子で過ごした。
     膝丸は少し違った。触れ合ったことについて一切言葉にせず、振る舞いも常の通りなのは、髭切と変わらない。けれど、髭切の間合いの内側に入りそうになると、避けた。そういう状態が五日も続いている。
     それは些細だが、唇を合わせたことよりも、よほど髭切の気に障った。間合いの内に入るということが、日毎あったわけではない。だからこそ、膝丸のその態度は、あからさまだった。

        *

     予報では、にわか雨が降ると言っていたが、どうも腰を据えて降っているらしい。
     髭切は、浮世絵を数点、思い浮かべていた。雨の落ちるのを線で表していたが、なるほどそのように見える。実線で描いたものよりも、色を乗せず白抜きにしたものの方が、うまい見せ方だと思った。人通りの戻らない万屋街は、絶えず雨の白線に断たれ、妙に明るく照っている。濡れて、色に深みを増した木造家屋は陰を失い、空気の中に浮かんでいるようだった。
     その通りの先に、膝丸が現れた。
     墨をたっぷり吸わせた筆を押し当てたかのように、はっきりとした黒だった。差している傘も、すらりとした体も、雨の照り返しを吸い込んでいる。浮世離れした万屋街に、きちんと足をつけ、雨を蹴散らして向かってくる。
     足早に近付きながら、それなりの声量で髭切を呼んでいる。雨水が相変わらず落ちていたが、髭切は微笑んで、買物袋ごと片手を挙げると、往来に出た。
     落ち合うなり、雨が降るのは知っていただろうとこぼし、目を釣り上げている。今朝の天気予報は、二振りで見たのだった。
     小言を無視した髭切が歩き出すと、膝丸は追って、小間の下に兄を納めた。傘をもう一本持って来ていたが、兄の両手が荷物でふさがっているのを見て、渡すのを止めた。近い方の袋に指をかけると、それはあっさり預けられる。
     差してきたのは大太刀用の傘だが、髭切の背後から差しかけるので、大部分を兄に傾ける形になっていた。髭切は歩を緩め、空いた手で、柄の傾きを直した。大きな傘で来たのに、膝丸の髪には、細かな雨粒が無数に散っている。
     買物袋を探って飴菓子を見つけ出すと、両手の塞がっている膝丸の、唇に押し当てた。口は渋々と開かれる。
    「これは太郎太刀の傘?」
     尋ねただけなのに、膝丸は叱られたような顔をする。
    「早く迎えに行かねばと思って、借りた」
    「少し治まってからでも良かったよ。店のものも気を遣ってくれたんだ、ちゃんと待っていたよ」
    「小雨になったら、あなたは戻ってくるだろう」
    「おまえに迎えを頼んでいるのに?」
     答える代わりに、膝丸は飴を噛み砕く。髭切は傘の骨に指を絡めて、ゆっくりと歩みを再開する。膝丸は並んでついていった。
     本丸まで十分程度の道でも、窮屈な傘の下で、濡れないように行くとなると、自然と歩幅は狭まった。いくら大太刀用でも、上背のある太刀二振りには不十分だ。
     髭切は、弟の肩に、自分の肩を付けるようにして内に納まっている。時々隣に目をやるが、弟は、ちっともこちらを見ようとしない。
    「狭くて、嫌かい」
    「……」
    「おまえ、気まずいだろうね。このところ僕を避けていたから」
    「避けてはいない」
    「そうだね。今朝も一緒にてれび見た」
     零れた溜息は、飴菓子の甘い香りがしている。
     膝丸を見るのをやめて、前を向いた。雨粒は、傘の縁という縁を、小間に受ける流れのまま、音もなく落ちていく。庇の雨垂れと違って、膨らむ間もなく、きらきらと、線のように、また刻むように落ちている。
     手を伸ばして、露先を掴んだ。手袋を嵌めた掌がじんわり湿る。膝丸が、なにを、と言いかけたとき、髭切は掴んだものを強く内に引いて離していた。たわんだ骨がしなって、叩かれた雨粒が音を立てて落ちてくる。いくらかは、膝丸の肩を濡らした。
     膝丸は言葉も出ず兄の動向を見守っていた。丸い瞳がかち合う。髭切は顔を寄せ、唇を重ねた。あの夜と変わらずやわらかく、少し温かい。そして、飴菓子の分、いくらか甘い。
    「どうしたらいい?」
     何をとも言わないのに、膝丸はもう、眉をきつく寄せている。髭切は視線が逃げていくのを許さなかった。濡れた掌で、濡れた肩を掴む。
    「これをもっと、おまえとしたいけど」
    「……」
    「おまえは思うところがあるんだろう。知らないけど、とにかく嫌で僕を避けるのなら、しないでいいし、謝るよ」
    「……兄者」
    「どうしたらいい? 考えて」
     手を離すと、膝丸は少しよろめいた。
     髭切が傘の柄を持ってやると、膝丸は、空いた手で顔の下半分を覆ってしまった。低い声で、少し考えさせてくれと言うので、考えて、と言葉を重ねた。
     傘は、そのまま、髭切が差すことになった。柄を握った手首を内にひねると、露先から放射状に、雨が散っていく。放たれた水滴は茂みや水溜りに当たって、儚い音を立てた。
     道中、膝丸は相変わらず兄を見ようとしない。髭切は、弟の耳が桃色をしているのを知っていたが、弟に倣って無言を貫いた。降りてくる言葉を、幾度も幾度も、舌に乗せて飲み込んだ。
    暮正 Link Message Mute
    2022/09/06 22:27:08

    手立て

    #源氏兄弟 #刀剣乱舞BL #膝髭

    はじめてのちゅう

    ツイッターからの再録にあたり加筆修正しています。

    ##ツイッター再録

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