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    間隙を綴る 寝支度を整えた後、本を借りて部屋に帰った。
     書庫や図書館、文庫と呼ばれる部屋は、発足からしばらく経つ本丸の多くにあると聞く。戦力が増えれば暇も生まれ、刀剣たちは自ずと趣味を持つようになるらしい。特に読書は手軽で長く暇を潰せるうえ、知識や情緒を育むのにも有用ということで推奨されている。
     まだ趣味を持つには至らないけど、眠る前の僅かな時を過ごす選択肢としては、読書かそれ以外の二択というほど、僕にも当たり前のものになっている。
     帰ると、弟は文机に向かっていた。襖の延長、部屋の角に置かれた文机だから、室内はまるで無人のように見える。弟は僕を認めると「おかえり」と微笑み、手元の本へ目を落とした。
     夜の弟は静かだ。時々酒を飲んだり、双六なんか借りてきて一緒にやるけど、大抵ああして本を読んでいる。その弟を見ているというのが、僕が読書に親しむ要因の一つだった。
     弟は、竹のように背中をまっすぐ伸ばし、正座した足を尻の下で慎ましく組んで、こぢんまりと座っている。そんなふうだから、部屋の中は本当にがらんとして、寂しいのだった。手暗がりになるのに文机が壁を向いているのは、それを見ないためだろうか。弟の手元にはいつも小さな灯火が揺れていた。
     布団に座って後ろ姿を見ているうちに、やはりというか、気が変わった。枕を持っていって、弟の背後に落とす。背中同士が触れ合うくらいで横になろうと思ったら、腰の辺りを思い切りぶつけてしまった。
    「ごめんごめん」
    「何だ、そんなにくっついて……」
    「どこでも好きなところに座れと言ったじゃないか」
     顕現して間もない頃、休息の取り方も覚束ず部屋で棒立ちしている僕に、弟は呆れて言ったのだった。我ら二振りの部屋だから、好きなところに座って、自由に過ごすようにと。
    「寝るなら布団だぞ」
    「本を読むんだよ」
    「ならちゃんと座ってくれ」
     渋々起き上がるとそれ以上は追求してこず、弟は向こうを向いた。僕も本を開く。
     書庫にあるのは出版物に限らない。仲間たちが記してきた資料も集積してある。それらは本丸の歩みを知り、仲間たちを知るのにもってこいだった。特に業務日誌などの、生活史とも言える雑多な記録は、読み物としてもそれなりに面白い。今日は献立表を選んできた。
     食事は日に三度、持ち回りで作って食べる。作る方はまだ数度しか経験が無いけれど、厨の熟練らしい刀が、日の終わりに何か書きつけているのは知っていた。それがおそらくこの記録だろう。厨番は誰で何を作ったとか、宴会だったとか、食材はどこで買ったとか、さして細かくもない日次記。いま見ているものは、記録帖の数字が若く、登場する刀剣の名前も少ない。僕が顕現するより前の記録だ。
     古い記録には弟の筆跡が度々あらわれる。弟は早くに顕現して、本丸が大きくなるのと共に成長してきた。かつては戦も暮らしも手探りだったことが、いくつもの記録に残っている。筆跡の巧拙の推移を見ても、その苦労を知り得ることはない。隠居同然に暮らしている弟は、戦場で駆けずり回って帰ってくる僕を常に穏やかに迎えてくれる。
     不意に何かが尻の辺りにぶつかる。いつの間にかこちらを向いた弟の、崩した脚が当たっているのだった。肩越しに本の中身を覗き込み、懐かしそうに言う。
    「こんなもの、よく見つけてきたな」
    「そっちの本はもういいの?」
    「いい。本より兄者に興味がある」
     そう言って、僕の背後にぴたりと寄り添った。腕が、昆布巻きを束ねるかんぴょうみたいに巻きついて、もっと密着させようと圧力をかけてくる。締められるまま、腹から息を吐き出した。
     身体というものには度々感心させられる。動かせる箇所もそうでないところも神経が通っていて、ものが当たったり近づいたりすると感覚がある。その精度と複雑さは、刀の頃には無かった。
     五虎退の虎に、後ろから伸し掛られたことがある。暖かくてふわふわしていたのに、僕は知らずに身構えた。耳に吹きかかる湿った吐息や喉の鳴動、肩に伸し掛かる大きな前脚に、身体は瞬時に緊張を示した。多分本能というやつで、あの牙や爪が喉を裂いたらどうなるか、知っている故の反応だろう。
     弟も虎と同じように、僕の肩に顎を乗せて献立表を覗いている。耳元ですうすうと呼吸する音が聞こえてくる。百戦錬磨のつわものの腕に捕らえられ、逃げ出すことも叶わないというのに、今はむしろ安息感があった。ぬくもりに身を預けると、腕があばらの縁に触れるほど深く沈み込む。圧迫感はむしろ好ましい。我が弟が、すぐ傍に在ることを確かに感じられる。
    「これ、食べたことがない」
     頁を指すと、弟は笑った。胸と喉がくくっと震えて、それが伝わってくる。
    「美味くないから、もう誰も作らないんだ」
    「こんなに具材が入っているんだから、美味しそうに見えるけど」
    「簡単に栄養を取ろうと思って、とにかく何でも入れた記憶がある。まだみな料理が下手だった」
    「おまえは今でも料理ができるのかい」
    「厨番でやるようなことは一通り。……兄者、俺は膝丸だぞ」
     そうだったねと返すと、弟はがっくりとうなだれた。肩と首の境のあたりに顎が刺さり、そのままぐりぐりねじ込まれる。
    「あ、それ、気持ちがいい」
     呟くとため息を吐かれる。それなのに弟は腕をほどいて、顎を埋めていた箇所を指で揉んでくれた。
     手のひらが背中を這い回り、圧したり摩ったりする。目を閉じて感覚を追っていると、本当に心地が良い。手入れをされているのとも、湯船で暖かい水に揺られている時とも違う安心感を、つぶさに観察しようとするけれど、募る眠気に気が削がれていく。
    「同じ姿勢でいると身体は疲れてしまう」と説明する弟の声は、耳を通って頭の中までほぐすかのようだった。
    「いい気持ち。上手だね」
    「上手かは、分からないが」
    「ずーっとやってもらいたい気分」
    「……うつ伏せになってくれるか」
     本を置いて言われた通りに寝転ぶ。追いかけてきた弟の手のひらが背中の骨を辿り、胛に乗った。体重を乗せられると息が詰まったが、じんわり開いていく感覚もまた快い。肩から腰までを繰り返されると、身体が柔らかくなっていくような気がする。馬の背に座りっぱなしの日に、尻や腰もこうしてもらったら楽になるだろうなと、ぼんやり思う。
    「按摩も勉強したの?」
    「していない。ただ適当に圧しているだけだ」
    「適当なら僕にもできるかなあ……あ、でも、そこ痛い」
     胛の終わり辺りを圧していた手がぴたりと止まる。重みが減った隙に寝返りを打つと、はだけた寝巻きの袷から畳の痕のついた胸が伺えた。じっと見ていた弟が決まり悪そうに「按摩の勉強もする」と言うので僕は笑った。
    「もういいから、さっきの、ぐいってやつやっておくれよ」
    「肩のところの?」
    「違う。腕に抱いて」
    「ああ」
     腕を広げて待っていると、引き起こされて、今度は正面から身体を抱かれる。胸と胸が合わさり、耳と耳が触れ合うと、また格別の感覚がする。息を吐くと、真似するみたいに弟もそうした。
     部屋の隅の文机の前で、こぢんまりくっついている。僕がくるのを見越して、弟は大きめの部屋を貰ったと言っていた。二振りでも広々、くつろいで使えるように。はじめは部屋なんか選び放題だったろうし、本丸の立役者に数えられる弟が一振りで大きな部屋にいることを責めるものはいなかっただろうけど、結局こうして固まっているのは、何だかみなに悪いような気もする。部屋の斜向かいの隅なんかは、薄暗くて寂しいままだ。
     だけど、座る場所を自由に選べるなら、いくらか互いが近い方がいい。傍に行くと弟も寄ってくるから、僕らはそういうふうにできているんだろう。
    「触れ合うのってこんなに気持ちがいいんだね」
    「ああ、あなたがくるまで知らなかった」
    「ありゃ、おまえにも知らないことがあるの?」
     尋ねると、弟の喉から、うっと詰まったような音がした。それから口早に「話には聞いていたが、よもやここまでとは思ってもいなかった、ということだ」と言った。
    「ふうん。分からないことは何でもおまえに聞こうと思ってたんだけどな。そうかあ」
    「聞いてくれ。兄者。答えるから」
     知りたいことは、いろいろある。本には記されていないこと。僕のいない間、考えていたことは何か。触れ合うことは、どうして気持ちがいいのか。
     聞かなくては分からないけれど、既に知っている気もする。ただ笑っていると、弟の腕がまた、もっと互いをくっつけようとして強く巻きついてくる。
    「抱擁の時は『ぎゅう』と言うそうだ」
     教えられるまま「ぎゅう」と言いながら弟を抱きしめた。肉の柔らかな感触の下で、互いの腕力に骨が軋んでいる。熱くて淡い吐息が弟の口から漏れるのが聞こえた。痛いし、苦しいけれど、やめないでほしい。そう思う理由も、おまえはもう知っているだろうか?
    暮正 Link Message Mute
    2022/09/23 19:01:05

    間隙を綴る

    特99×特前
    リクエストいただいて書いたものです。
    ありがとうございました。

    ツイッターからの再録にあたり加筆修正しています。

    #源氏兄弟 #膝髭 #女体化百合

    ##ツイッター再録 ##女体化百合

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