怠け心 ああと嘆息する声が聞こえ、膝丸はまたかと頭の中で呟いた。見れば、髭切は大判の手拭いを被ったまま両腕を投げ出し静止している。畳の目を見るように少し顎を引いて、まるで尼の坐像のようだ。曰く、濡れた髪を拭っているとだんだん飽きてくるとかで、風呂上がりには度々静物になっている。それこそよく飽きずに飽きられるものだと、膝丸は思う。
いざって傍に行くと、俯けていた頭は膝丸の方へ向けられた。機械的なその反応にいくらか気を良くし、手拭を取り去り手櫛を入れる。絡まった細い髪をゆっくり梳いて、房をつまみ上げては、手拭越しに優しく握り込む。
当たり前のような様子で髭切は黙っている。膝丸は、つい口を開いた。
「ひとにやらせることじゃない」
「そうかな」
「そうだろう」
髪の隙間に覗ける顔が笑っている。
「自分の身体くらい自分で面倒を見てくれ」
「なら拭かないよ、濡れたままでも困らない」
「駄目だ」
「ほらね。僕の扱いで満足しないのはおまえなんだから、おまえがやったら良い」
ひどい屁理屈だ——膝丸は手を止めた。
こうして手伝わなくても、髭切はそのうち髪を拭うのを再開する。五分かそこら畳を見たり足の指をいじったりして、そのうちにまた手を挙げる。膝丸がやるよりは乱暴で生乾きだが、よしと思うところまではきちんと終わらせるのだ。
それが膝丸の手前仕方なくやっているというのなら、一振りの時には、本当に濡れたままでいるのだろうか。今度、部屋に帰らず様子を見てみようかと膝丸は考えた。
「終わり?」
「あとは自分でやってくれ」
「面倒だなあ……どうだっていいのに」
「名前も身体もどうでもよくて、あなたはどうやって存在していくんだ」
「どうもこうも、おまえと一緒に在るじゃないか」
横柄な口ぶりで言い、髭切ははたくようにして髪を払った。せっかく手櫛を入れた毛はぱさぱさと音を立て、簡単に乱れてしまう。
渋々の調子で手拭を被った髭切は、形だけ取り繕うように頭を触り、すぐに弟の顔を窺った。呆れた膝丸が立ち上がろうとすると、髭切は咄嗟にその足を掴む。
「危な、」
「待って待って、分かった。言い方を変える」
「なんだ」
「おまえにしてもらうのが心地良いから、代わりに拭いてほしいな」
「はあ? 嘘をつけ」
反感を覚えたにもかかわらず、膝丸はもう一度座り込んでしまった。容易く篭絡できるなどとは思わせたくないのに、求めるようなことを言われたら嬉しいに決まっている。しかしこれでは兄のためにならない。膝丸は動けなくなって、兄を睨みつけた。
「嘘じゃないよ」
鋭い視線を更に浴びるように、髭切は自分から手拭を退けた。くすぐったそうに笑いながら、はちの小さな弟の頭に手を載せ、ゆっくりと撫でる。
風呂上がりの温かい指が髪を優しくかき分け、地肌に直接触れる。そうして頭の上から耳の裏まで辿られると確かに心地良くて、膝丸はいっそう顔をしかめた。認めて兄の言うなりになるのは面白くない。膝丸にも意地があった。
「では兄者は、俺にやらせようとして毎日ぐだぐだ手を休めているのか」
膝丸がやっとのことで口にした皮肉に、髭切の笑みはほのかに色めいた。