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    定期巡回「あれ、なんだかきれいになった?」
    「二〇一七年に改修したそうだ。前に来たのはそれより前の年代だった」
    「なるほど」頷きながら、兄は連絡通路へと向かっていく。
     鎌倉駅東口は相変わらず混んでいる。直接目的地に跳べば良いのに、兄は毎回駅前を選ぶ。現れる瞬間を見られやしないか心配になるが、兄の運の良さか、騒ぎになったことは無い。
    「ああ、この店はある」
     駅の西口を行き過ぎ、兄はある店の前で足を止めた。俺に断りもせず、がらすをはめ込んだ白い扉に手をかける。江ノ電駅舎の並びに建つこの喫茶店は兄の気に入りらしく、もう何度も訪れている。そろそろ店主に覚えられていそうだが、大丈夫なのだろうか。
     兄は勝手に窓際に座った。外観や内装に変化は無いが、席数が減っている気がする。やってきた老齢の店主が品書きと水を置いていく。まだモーニングをやっていたので、兄は小倉トーストにプリン、俺はたまごトーストを注文した。
     窓からは駅を出ていく江ノ電の車両が見えている。兄はおしぼりで指先を拭いながらそれを眺めた。
    「さてと。僕らはどこに行こうか」
    「また決めていないのか」
     一緒に出かけようという話になると、兄は度々鎌倉を候補に挙げた。来たがるわりに無計画だが、この頻度で挙がる土地名は他にない。巡回と俺は密かに呼んでいる。
    「前回どこに行ったっけ?」
    「この間は、衣張山から逗子に抜けただろう。その前は高徳院に行って切通しを通り……ああ、なぜかいちご狩りもしたな」
    「山続きだ」
     じゃあ今日は海に行こうかと、そんな具合である。兄の巡回に目的意識や思い入れのようなものは感じられない。観光客と変わらぬ顔をして名所を渡り歩き、この店の小倉トーストや、休憩で入った店の名物料理の方が目当てと見えるときさえある。
     腹ごしらえを済ませたら、御成通りから由比ヶ浜大通りに合流する。長谷までの道を雑貨店や観光客を眺めつつだらだら歩いて、ようやく海岸に向けて進路をとる。
     海を渡ってくる風が気持ちいいのはなぜだろう。乱れる前髪を抑えながら、大海原のまばゆさに目を細める。空と海の二種類の青は、刷毛で掃いたように滲んでいる。初夏に移りつつある二〇二⚄年現在の海は穏やかだ。
    「浜に降りようか」
     往来を渡り、舗装された歩道からやわらかい砂浜へ降りる。黒っぽい砂は細かく、歩くと少し沈む。
     二羽のからすが海鳥にちょっかいをかけている。頭上ではとびが旋回し、食べ物を探していた。浜にはいろいろなものが落ちている。兄はそれらを眺め、時々よく見たり拾ったりするために立ち止まりつつ歩いていく。ぶつかりそうになるので少し離れて歩く。
     波打ち際まで来ると、砂の感触は変化する。濡れた砂はぎしぎしと押し固められた踏み心地で、足を置いた周囲に水が滲み出た。よく見ると細かい穴があいている。手近にあった枝でほじると、小さな貝が埋まっていた。ぴたりと閉じた縁からあぶくが出ている。波が寄せた後に見てみると、穴は跡形もなくなっていた。
    「なにかあったかい」
     海辺の町の風景を背負い、兄は俺に微笑んでいる。
    「貝だ。こんな小さい。そちらは?」
    「なんにも無いよ」
    「なんにもということはないだろう」
     兄は振り返って、ああ、と声を上げた。
    「これくらいの魚が死んでた」
     以前、どこかの山に登り、町を見下ろしていた時に「ここが江戸のように栄えたら悲しいか」と聞いてみた。兄は、なぜそんなことを聞くのかと言いたげに俺を見て、「全然」と言いきった。
    「なぜだ。名残り惜しくはないのか」
    「なんで?」
    「なんでって、好きな町が変わってしまうんだぞ。こんなに何度も来ているのに」
     中天を外れ、太陽の光は薄かった。鈍く光る屋根瓦を一瞥しながら、この町を兄ほど好いてはいないと考えた。誘われるからうれしいだけだ。義経や五郎の失意と情念を、俺の刃は背負っている。兄と過ごした季節の短さも、恨めしく思われる。
     兄は、頼朝が頂天に立つまで寄り添い、彼の子どもたちが哀れにも散っていくのを間近で感じた。この地で花開き、潰えていった源氏のすべてを、兄だって目の当たりにしたわけではない。しかし俺の知り得ぬ、触れられぬ想いが、兄をこの地に招くのだと思っていた。
     けれど、町から俺へと目を転じた兄は「別に、町を好いてはいないよ」とまたも言いきった。
    「この町を好きな人がたくさんいるでしょう。住んでる人も、遊びに来る人も」
    「……ああ」
    「人に愛されている土地は、居心地がいいんだよ。それに……、まあ、これはいいか」
     兄はそれきり口をつぐんだ。兄が鎌倉を好いていないなんて、未だに信じられない。
     船着き場から歩道に上がり稲村ヶ崎を目指す。車の多さに声は届かず、兄は珍しく喉を開いて話している。
    「きれいな宿が増えたねえ」
    「そうだな。観光客が多いからだろうか」
    「宿泊申請してきても良かったね」
     思いがけずうれしい言葉にぼうっとしていると、兄はあっと声を上げて前方を指した。往来の向こう側にハンバーガーの文字が見える。
     はんばーがーで麦酒という兄の発言に、異論は一つも無い。店は二階建てで、テラス席では青空の下で食事を楽しめる。通された席は店内だったが、窓から見える景色が十分開放的な気分にさせた。
     店に着くなり兄は厠に立ってしまった。品書きを開くのと同時に、隣の席に料理が運ばれてくる。
     隣席の少年たちは供された皿を見て小さく声を漏らした。彼らの口では顎が外れてしまいそうなほどパンと肉が積み上がっている。二人は驚きつつ食べ方を模索し、一人はそのままかぶりつき、もう一人は数段ずつに分けて食べ始めた。互いの食べ方を評価し、親しげに笑い合いあっている。少年たちの顔はよく似ていた。我らのように、兄弟なのかもしれない。
    「どれがおいしそう?」
     戻ってきた兄を見れば、機嫌良く微笑んでいる。
     注文を終え、まずはビールで乾杯する。
     兄は地ビールが無いのを残念がりながら一飲みで杯をあけ、レモンビールを追加注文した。俺は半量に留め、残りはゆっくり楽しむことにする。
     心地よい潮風が店内まで吹き込んでくる。地上を走る車は見えず、どこまでも続く空と海の中空に、店が浮かんでいるかのようだった。柔らかい青の色彩は豊かで、雲も水面も輝いている。
     目の前では兄が、運ばれてきたばかりのハンバーガーに果敢に挑んでいる。犬歯が覗けるほど口を開いてかぶりつく。チリソースが滴り落ちるのもパンにめり込んだ指も気にならないらしい。そしてこの笑顔。
    「にやにやしている」
    「酒がうまくてな」
    「それは何より。冷めないうちにおまえもお上がり」
     言いながら杯を掴んで煽っている。何たる豪快さ。
     気持ちのいい景色と、なにより愛おしい兄。鎌倉を居心地良いと感じることは残念だがこの先も無い。それでも兄が行くなら必ず供をして、彼が心安くいられる時を見守りたい。そういう意味でなら俺も好きになれそうだ。
    「そういえば、鎌倉に来るもう一つの理由とは」
    「何の話?」
     形のいい眉を寄せながら、兄はこっそり、小指のたれを舐め取った。本気で覚えていない顔としばし向き合うと、兄は不意にああ〜とやたら長く声を発した。
    「なんだ、兄者までにやにやして」
    「いやいや……」
     ハンバーガーを皿に戻して、兄はビールを煽る。ゆったりとくつろいだ姿で、俺がしたように、こちらを眺めながら。
    「知りたいんだ?」
    「気になる。居心地が良いという以上の理由だろう?」
    「以上の理由、ね」
     やたらともったいぶって、兄はまた美味そうに酒を口にする。兄の意図する通りに焦らされ、俺は少し前のめりになって教えてくれと頼んだ。兄の目は海へと向けられる。
    「……居心地の良いところに好きなひとと居るのは楽しいことだよ」
    「……それは、つまり……」
    「かわいい弟とでーとするのに、ここはうってつけということ」
     ぐらぐらと、頭と胸と腹のそれぞれで何かが煮えだす。視線を感じてそちらに顔を向けると、先程の少年たちがぽかんとして我らを見ていた。兄も気がつき、彼らに向かって優雅に片目をつぶっている。
    「やっぱり今から宿泊申請に切り替えない?」
    「ちょっ……兄者っ」
     抗議しようと開いた口に大量のポテトを押し込まれ、黙らざるを得なくなる。少年の片方が控えめに口笛を吹き、もう片方が俺と同様小声で窘めた。そんな彼らに、兄はやはり機嫌良さそうな微笑みを浮かべていた。
     一杯食わされた仕返しをしなければ。端末を取り出し非常に面倒な休暇申請のページを開く。今どき申請理由を問われるのが気に食わない。何と書こうか迷って兄を見ると、兄もまた端末を取り出し、楽しそうに宿を調べている。豊かな刃生のためと、簡潔に打ち込んだ。
    暮正 Link Message Mute
    2023/05/03 19:07:24

    定期巡回

    2023年スパコミ超閃華で配布していた無配です。
    お立ち寄りくださってありがとうございました。

    休みの日に鎌倉に遊びに来ているご兄弟。

    #刀剣乱舞BL #源氏兄弟 #膝髭

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