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    まなこ

     短刀の歓声に毬栗の降る音が跳ねる。風が体の節に歯を立てる秋の朝である。
     洗濯当番は青い空を切るように大小の布巾を鋭く波立たせては、幾筋も張った綱に掛けた。垂らした布巾を広げ白幕に仕立てていく堀川に続き、髭切が皺を伸ばし、和泉守がピンチで端を留めていた。栗の木の方から見ると、腰から上を辺り一帯の風景ごと奪われた三対の足が、それとは気付かずにせっせと働いているかのようだった。
     布の切れ間に髭切は時々首を突っ込んだ。細い鳥の子色の髪が絡まる濡れ布巾を、気のない向こうの手が緩く引っ張って皺を伸ばす。何もせずきちんと皺を伸ばして次に行く時もある。それを五枚も十枚も繰り返すので、和泉守はとうとう黙っていられなくなった。
    「髭切さんよ、さっきから何見てんだ」
    「何も」
    「何もってことはないだろ。栗拾いか? あっちの方が良いよな、拾やぁ良いんだから」
    「兼さんだって留めるだけでしょ」
     三枚先から堀川が口を挟んだ。洗濯物の冷たさに寒椿の咲きそうな手をしている。「膝丸さんを見てるんでしょ。違う?」
    「いやあ」
    「煮え切らねえな、何だよ」
    「僕じゃなくて弟が見てるんだよ」
     和泉守は伸び上がって白幕の向こうに顔を出した。
     山伏国広が木を揺すぶっている。悲鳴を上げて逃げ惑う短刀たちからは離れたところで、山姥切国広と膝丸とが毬栗を踏みつけていた。
     ははあと意地の悪い笑みで和泉守は髭切を打った。
    「朝から酒の進みそうな話じゃねえか」
    「そうなのかい」
    「いつ見るんだよ。え?」
    「そのうちに見るよ。あれ、いつも僕を見てると思うんだけどどうかな」
     和泉守と堀川は顔を見合わせた。今や布巾のことは髭切だけが覚えていた。刺繍の施された裾の部分を裸の指が行き来する。糸に引き攣れる綿布を労うような丁寧さで、縫取り糸を機械的に圧す。
    「はじめは気のせいかと思ったんだけど、よく目が合うんだ。すぐ逸らされるけど、目が合うと何となくうれしくなってね。真似をして時々見てみると、また目が合う。今度は弟が見ているだろうって時を目掛けると、当然目が合う。分かってやってるのにやっぱりうれしくてさ。……ま、面白かったのは一時だけで僕はすぐに飽きたんだけど、まだ見てくるらしくて。あれが僕を見てるとこ、きみたち見てないかい? やっぱり僕の気のせいなのかな」
    「髭切さん、顔出してみな」
     髭切は布巾の間に首を突っ込んだ。果たして膝丸は三振りをじっと見ている。ほらねと言いかける兄に向かって膝丸は微笑んだ。そうしようとしてつくった笑みではなかった。髭切と目が合ったことで、まるで火に掛けた飴が溶け出すかのような、自然と浮かんだ温かさだった。
     その証拠に膝丸は笑みのまま栗を見た。鋭い毬から取り出した実を長いトングで摘み上げた。竹籠に実が落ちる音が、髭切にはすぐ耳元に聞こえた。
    「……ありゃ」
     山伏国広の雄叫びに、今日一番の短刀の悲鳴が重なってくる。タートルネックの下で髭切のうなじは赤くなっていた。




     兄の剥いたみかんを膝丸は勝手に三房もいで食べた。
     髭切は残された四房をまるごと頬張った。膨らんだ頬に弟の視線を受けたまま、次のみかんに手を伸ばす。
     自室で膝丸はじっと兄を見る。ちゃぶ台の足を隔てた隣に座り、兄の横顔から少しも目を逸らさなかった。外では多少のたしなみを持ち合わせる性も、二振りきりとなると一切の遠慮も無い。自身でもみかんを剥きながら兄の物を食べ、飽きもせず兄の顔を見つめた。そんなに見たいなら向かいに座ればいいのにと思いながら、髭切は砂壁の浅い濃淡にすっきりとした鼻筋を晒している。
     皮から身を剥がす時、髭切は少し慎重になる。力加減を緩めると、太すぎる筋は皮に残って勝手に剥がれていくのだった。綺麗に剥けたみかんを半分に割ると、すぐに弟の手が伸びる。半分の更に半分が持っていかれて、膝丸が剥いたみかんが同じだけ髭切の皮の上に帰ってきた。
    「何をそんなに見るの」
     不意に尋ねても膝丸は穏やかだった。「見てはいけないか」
    「今更。わけを聞いてるんだよ」
    「それこそ今更だ」
    「前から不思議だったよ。外ではちらちら見るじゃないか。何が違うの」
    「何も違わない。ただ……あなたは特別だな、と」
     髭切は弟を見た。まともに目が合うと、膝丸はいっそう真剣に兄を見た。髭切の頭に瞳の輝きが閃いた。
    「おまえの目だ」
    「あなたの目ではないか」
    「いいや、おまえの目だ。前に新撰組の打刀が言っていたよ、おまえの目は特別だから、よく見ておいた方が良いって」
    「……どれだか知らないが、俺の目ではなく兄者が特別なのだ」
    「おまえが特別の目を持っているからそう見えるんだろう」
    「兄者にとって、俺は凡庸か?」
     そこで初めて、髭切は特別ということを考えてみた。たった一振りの弟の顔を改めて見た。
     膝丸は相変わらず微笑して兄を見ている。




     五日ぶりに雨が降った。みるみるうちに凍って雪になり、庭中に積もった。
     雪かきを済ませた膝丸が部屋へ帰ると、兄はまだ床の中だった。彼は兄を起こしたが、吐息も染まる薄明に髭切の瞼はかたくなだった。
     温い毛布の内に弟の手を捕まえ胸の上に留め置きうとうとしている。肩や脇腹を摩ると甘えた声で丸くなった。手を寝返りに巻き込まれ、膝丸は自然兄の背に被さるように身を屈めた。
    「兄者。……兄者」
    「……お入りよ、寒いだろう」
     床を分け合うと髭切は膝丸に向き直った。乱れた髪の隙間に白珠のような額が覗いている。膝丸は髪に手櫛を入れながら兄に囁いた。
    「もう梅が咲いていた。一輪どころではないぞ、二分咲きといったところだが木の半分もだ。これからまだ寒さも続くだろうに、雪も降るだろうに」
     弟の囁く声に髭切は短い夢を見ていた。梅の花がくるくる降って、弟が喜んでいる。辺り一面花に覆われ甘い香りがしていた。
    「見ておやり」
    「俺ではないぞ、兄者が見るのだぞ」
    「おまえは良いものを見るんだよ。特別の目で見てやれば梅も長くもつだろう。きっと幸福になるからね……」
    「兄者、寝ぼけているな」
    「良いものをたくさん見て……」
     膝丸は兄のつむじに鼻を押し当てた。指に絡まる鳥の子色をした川の緩やかな流れを見ていた。
     そうそうと風の鳴るのに混じり、からすの声が渡ってくる。
     髭切の温い足が、膝丸の足をゆっくりと摩っている。
    暮正 Link Message Mute
    2022/09/21 11:06:55

    まなこ

    秋から冬の膝髭

    ツイッターからの再録にあたり加筆修正しています。

    #刀剣乱舞BL #源氏兄弟 #膝髭

    ##ツイッター再録

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