イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    折って重ねて一、

     朝のつめたい光を溜めて、弟の頬は丸かった。
     白い盆の上に目や鼻や唇を置いたみたいだった。盆をひっくり返したらそれらはばらばら床に落ちて、弟の存在も消えてなくなってしまいそうに思えた。
     手のひらをかざして載せてみる。天を向く鼻の角度、瞼の下の眼球の丸み、唇の柔らかさがひとりと指に触れた。雪の降りるような呼吸を受け、ゆっくり手を持ち上げると、弟の顔はばらけず、ちゃんとそこに寝ている。
     弟の拾得から七日過ぎた。人の器の暮らしを知り戦にも出て、弟は少しずつ、本丸にその存在を根付かせている。だれかが呼ぶ声、応える弟の声。それらも耳に馴染んできたけれど、僕はまだ、起きるたび、隣で眠っているのに驚く。
     外界のざわめきと弟の寝息だけに耳を傾けていると、心を空にしたくなる。
     眉やまつ毛のはり、頬や鼻の骨の出っ張り。瞬く毎に朝日は色を連れてきて、作り物じみた寝顔に確かな生の揺らぎをもたらす。じきに目を覚まして、八日目が始まったことを知るだろう。一日の始まりに弟は何を見るのか、僕は、知ろうと思わない。そんなのはどうでもよくて、だけど少し考える。
     沈んでいた日が昇るという、ただそれだけのこと。よろこびにも至らない当たり前のこと。そういう中にある、弟のこと。



    二、

     水差しの水を替えに部屋を出ると、廊下の窓から月が見えた。
     雲が、掃き掃除を逃れた綿埃みたいに遠慮がちに散っている他、空には何もなかった。月光は大きく腕を伸ばし、ただ一つの光源のように本丸の庭木に濃い影を落としている。木々も枝葉を垂れて、じっと光を受け止めている。
     僕は突然水差しを忘れて月と庭を眺めた。今夜は散歩している刀も無くて、ああこんなに立派な月なのにと、贅沢よりももったいないような気がした。
     どれくらい経ったか、廊下をこちらに向かってくる足音が聞こえたかと思うと、弟が姿を現した。
    「兄者」
     僕に気が付くと足を早め、うれしそうに隣に立つ。僕を見て、空の月を見て、また僕を見て笑っている。
    「お帰り」
    「……ああ! ただいま戻った」
     この挨拶にまだ慣れなくて、弟は噛み締めるように言葉を使った。
     急にあつくなった。並んだ弟の肩や腕から熱が発せられている。触れもしないのに、体温が膚と衣服を越えてくるのだと思うと不思議だ。きっと僕も同じように熱を発しているのに、一振りでそれは分からない。
     上衣や飾りが擦り切れている。指で摘むと、弟は一瞬目を向けたが、まるで何でもない様子でまた月を見上げた。戦にも随分慣れたらしいから、本当に何でもなく帰ってきたのだろう。砂埃と汗の混ざった、じっとりした匂いがしている。
    「帰ってくるときは夕刻だった」
     月光のすきまに沈み込むような、厚くゆったりとした声だ。
    「雲が幾重にもかかって、空との境も分からないほどだった。日が陰って辺りが薄暗くなると共に、淡藤とも撫子ともつかないなんとも良い色に染まって、それは見事だった。空全体がそうなのだ。山陰までその色の中にある。そうして見ていると、西の方角に、絹を裂いたように強い赤が滲んでいた。夕日だ。色だけがあって、形も眩さも無いがそれと分かった。本当に美しい色をしていた……昔寺にあった頃、同じような景色を見たのを思い出した。いつか兄者と見たいと思っていたことも」
     驚いて、僕は黙っていた。弟はずっと、うれしそうに笑っている。
     僕はようやく、うん、と応えた。
     弟は頷いた。
    「……兄者、それは?」
    「……ああ、水差し。替えに行こうと思って。ご飯食べた?」
    「まだだ。一緒に行こう」
     弟は踵を軸にさっと身体を返して、元来た廊下の方を向いた。柄頭に載った手の甲に、青い血管がやわらかく隆起している。それに触れてみたいと思った。



    三、

     してほしいことがあるから、来て。果樹園の方を指すと、弟は嫌な顔をした。
     午前の畑仕事を終えて、昼を食べた後だった。梅雨晴れの空は大きな雲を抱えているけれど、ちょうど流れて、日が照り始めている。休憩室として使っている広間に、縁側から四角い熱気が押し寄せてくる。扇風機の風がぬるくなった。
     部屋で休むのも良いけれど、どうせ午後にはまた出ていかなくてはいけない。だから丁度いい機会だった。指していた手を降ろすと、弟は嫌な顔をしたままやってきて、靴につま先を落とした。
     ぎらぎら。じりじり。じくじく。陽射しが膚に浸透してくる。内側からもにじむように暑くて、それをあらわす言葉を考えながら歩いた。早く日陰に入りたいけど、足を早めたら余計に汗をかきそうだ。弟はもう額に汗を浮かべてうつむき加減だった。
     果樹園は種類ごとに区画分けされている。いちじくがたくさん植わっているところで足を止め、木陰を指さした。
    「ここに寝て」
     弟はのろのろ腰を下ろし、訝りながら背を倒した。薄い草原に弟の長い身体が横たわり、木漏れ日がひらひら踊る。隣に座り、それを見た。
    「それで、してほしいこととは」
    「昼寝。……ねえ、やっぱり頭こっちに乗せて」
    「こっちって」
     弟は顔を上げた。「膝に?」
    「頭が暑い」と言いながら、弟は笑っている。弟が頭を動かすと、毛がもつれてじゃりじゃりするのを腿に感じる。言う通り、後頭部の熱が伝わって、すぐにうっすらと汗っぽくなった。
     眩しげに眇められた目が、いちじくの葉を向いている。風に揺られた木漏れ日が弟の目を照らすと、蜜に似た色に変わって、きらきらした。
     大きな葉が日を遮るから、ひなたと比べるとずいぶん涼しい。深く呼吸するごとに、青臭さの中にあるいちじくの甘い香りが、花開くように喉の辺りで広がる。僕は、これが好きで、弟にも感じてほしいといつからか思っていた。
    「……眠れない?」
     額にはまだ汗が浮いている。袖で押さえて拭ってやると、追うように挙がってきた手が、弟の顔をすっぽり隠してしまった。
     触れている身体は熱い。うちわを持ってこなかったことを悔いた。今度は、忘れない。
    「休憩時間の残りが気になって」
    「ちゃんと起こしてあげる」
    「それに……暑いから」
    「このところずっとつらそうだね」
     弟は少し首を反らした。「どうして、昼寝を?」
    「うーん……」
     指の隙間からこちらを見上げている。僕はその手を退かして、汗を搾り出すように、弟の髪に触れた。
    「ここなら、おまえも気持ちよく休めるかと思って」
    「……兄者は、こういう場所に安らぎを?」
    「うん? そうだなあ。おまえほど暑がりじゃないから、十分涼しいよ。いちじくの匂いも好き」
     弟は静かに胸郭を膨らませた。「兄者の好きな香りか……」
     弟は伏し目がちに、木の葉や、陽炎の揺れるひなたを見ている。汗をかいているのに、暑さにぐったりしているふうでもなく、明け方に見るあの穏やかな顔をして、じっと横たわっている。
     口の横と顎の先に木漏れ日が落ちて揺れている。境を指でなぞると、口角が少し持ち上がって、弟は目を瞑った。
     朝ほど穏やかな気持ちにはならない。みぞおちの辺りが無意識に力んでいる。しびれてきた足に障らないよう、ゆっくりと力を抜く。
     弟は結局起きたまま横たわっていた。
    暮正 Link Message Mute
    2022/09/23 14:41:33

    折って重ねて

    同じ二振り↓
    https://galleria.emotionflow.com/119476/638989.html

    ツイッターからの再録にあたり加筆修正しています。

    #刀剣乱舞BL #源氏兄弟 #膝髭

    ##ツイッター再録

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品