イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    鬼の祝言「ただいま。膝丸さん、髭切さん、おめでとう。明日祝言をあげることになったよ」
     遠征も終盤。資材の整理を終え、茶でも飲むかと湯を沸かしていた俺たちは、戻ってきたにっかり青江から不可解な言祝ぎを受けた。
    「村で婚儀がある、ということか?」
    「ううん、あなたたちの」
     青江は石切丸と、滞在していた集落へ挨拶へ行っていた。それがなぜ俺たちが婚儀を行うことに。兄者と顔を見合わせると、石切丸が覗き込んでくる。
    「村に鬼が出るそうでね。退治してほしいと頼まれて……お礼に引き受けてしまったんだ。すまないね」
     それならば仕方ない、が。
    「どうして僕たち?」
    「だって、髭切さんは鬼を斬った実績があるし」
     青江の言葉に、兄者はゆったりと胸を張ってみせる。それで決まりだった。
     鬼は婚儀の最中に出るという。今日は用意をして、祝言もとい鬼をおびき出すのは、明日の夕刻になった。
     青江たちは必要なものを借りに村へ戻った。俺と兄者は、収穫物を集めに出かけた博多と桑名の戻りを待って、村はずれの古寺へ向かう。村長が提供してくれたのだ。
     滞在中は集落の空き家を借りていたが、さすがに人家に鬼を招き入れるのは恐ろしいのだろう。俺たちの正体を知ったら彼らが何を思うか考えていると、進行方向に大小二棟の小寺が見えてきた。
    「はあ。こりゃひどか」
    「古寺というより、廃寺……」
    「村は老人と幼子ばかりだったし、無理もないね。若い人間は食われたかよそへ嫁いだんだろう」
     呆れ返る桑名たちにそう答え、兄者は大きい方の本堂へ歩み寄り、がたつく木戸を開ける。雨漏りでもしているかと思いきや、外観ほどは傷んでいない。しかし仏壇に像や仏具は無く、柱は何かしらの生き物にかじられ折れそうだ。隣の庵はもっとひどく、壁板が割れて風穴が明いている。準備に一日も要るかと思ったが、掃除には少し時間がかかりそうだ。

    「いやーめでたか! 結婚おめでとう!」
     博多の無邪気な物言いに、つい本堂の入口を振り返る。兄者は桑名と庵を片付けているため、よほどの大声で無ければ聞こえないはずだ。
    「おい、勘違いしてないか。俺と兄者はあくまで……」
    「いやいや分かっとーよ。ばってん膝丸しゃんやって、ばりうれしか〜いう顔しとーよ」
    「なっ」
     思わず頬の辺りを手で押さえるが、博多はけらけら笑うだけだった。どうやらからかわれたらしい。
     確かに嬉しくないと言えば嘘になる。こんな偶然でもなければ兄者と結婚の話にはならない。夫婦刀などと言ったりするが、あくまで持ち主たちの関係が由来だ。刀の俺たちが人のように結ばれることはない。
    「どげんしたと? 今度はくら〜い顔しとるたい」
    「何でもない」
    「ふうん……?」
     仏壇から降りてきた博多は俺から箒を取り上げ、しっしっと追い払う仕草をした。
    「あと掃くだけやけん、俺がやる」
    「博多……」
    「いーからいーから、髭切しゃんたち手伝ってき」
     小さな体に似合わない力で外まで押しやられる。有無を言わさない笑顔に逆らえず、外に出しておいた廃材を抱えて本堂を離れた。
     寺の裏手に廃材を置いて庵へ向かう。中を覗くと桑名はおらず、兄者が一振りで床を掃いている。声をかけようとすると、溜め息が聞こえてきた。
    「いやだなあ……」
     心の臓が不規則に跳ねる。聞き間違いではなく確かに兄者の声だ。いや、とは、祝言のことだろうか。
     兄者は屈み込んで床を指で掻き始めた。何かが固まっているらしい。つばを飲み、意を決して呼びかける。鳥の子色の髪がさらさらと流れ、同じ色の瞳が俺を認めた。
    「おお、良いところに。濡れ布巾その辺にある?」
     兄者は、独り言を聞かれたことに気づいていないらしい。いつもと変わらぬ様子は本心をまったくにおわせない。落ちていたぼろきれを拾って渡すと、兄者は首を傾げて俺を見た。
    「何だ?」
    「ちょっとおいで」
     手招きされるまま、そばに屈み込む。手袋を外した兄者の手が、俺の顎をそっと包み、輪郭を辿って頬を撫でる。真剣な眼差しが顔に注がれている。
    「うん、とれた」
     たまらず目を伏せかけたところで、兄者はにっこりして手を離した。先程顔を触った時に汚したのだろう。
    「掃除でやんちゃしたのかな」
    「違う……」
     笑みを含んだ目配せが、手伝ってくれるのかと尋ねている。箒を引き取れば、先程の汚れを布巾でこすり始めた。
    「兄者、……祝言のことだが」
    「ああ。久しぶりの鬼退治だから、楽しみだね」
     兄者は、顔を上げない。何も聞けなくて、ただ頷きを返した。
     日が暮れる頃青江たちが戻ってきた。綺麗になった本堂に集まり、借りてきた品々を確かめる。食器や酒は手に入ったが、嫁入り道具も祝いの品も無い。
    「ずいぶん質素だな」
    「髭切さんの言う通り、あんまり余裕無いんだろうねえ」
     手持ちの食料で何か……と呟く桑名の声に被せるように、石切丸が「あれ」と声をあげる。
    「青江さんの着物、袴かい?」
    「そうだよ。……石切丸さんが打掛借りるんじゃなかった?」
    「いや、私はてっきり……」
     どうやら揃って婿衣装を借りてきたらしい。兄者は青江の持っていたものを広げると、俺にあてがった。村にある中では良い生地のようだが、古くてあちこち綻んでいる。兄者は俺を見下ろし、にあってると唇を動かした。
    「いいんじゃない? 僕ら男だし」
    「ばってん、鬼を騙せるやろうか? こぎゃんぼろ屋で、どっちも花婿しゃんやし」
    「じゃあ……こうしようか。僕らの結婚は世間に認められない」
     俺はまたどきりとして顔を上げた。兄者は博多たちへ顔を向けている。
    「だれにも内緒で契りを交わし、夜が明けたら村を出ていく……っていう設定で」
    「鬼に通じるのかなあ」
    「ふたりの演技力次第やね」
    「その設定なら二振りでしっぽりやってもらうのが良いかもね」
    「そうだねえ、寺じゃ神職は必要ないし。髭切さんたちなら大丈夫だろうけど、何かあったらすぐ呼ぶように。膝丸さんもそれでいいかい?」
    「あ、ああ」
    「がんばろう」と微笑む兄者の顔に、刺されたように胸が痛んだ。
     段取りを組み、そのまま本堂で休むことにした。携帯食の夕飯をとりつつ、石切丸が村で聞いた鬼の話を説いてくれる。数年前、村には悲恋の末命を落とした恋人たちが居た。かれらの婚姻もまた許されず、以来集落の人間を呪い婚儀のある家に現れては人を食らうのだという。
    「さっきの設定ぴったりたい。知っとーと?」
     博多が兄者をまじまじと見るが、兄者は首を傾げるだけだった。
     翌日、庵を六振りで修繕し、何とか寝起きができるまでに整えた。鬼がどの段階でやってくるか分からないため、初夜の床まで用意する羽目になった。
     桑名は祝い膳を用意するため、食材を採りに行ったり火を起こしたりと忙しくしている。博多と青江は兄者と共に村へ戻っている。向こうで着替え、日が暮れてからここへ来る手筈だ。
    「膝丸さんもそろそろ着替えるかい」
     手持ち無沙汰に太刀を点検していると、石切丸に声をかけられる。着付けを手伝ってもらい、元の装束を預けると石切丸は破顔した。
    「いいなあ。人ならとてもめでたいことだ」
    「鬼退治だぞ。第一俺と兄者は、兄弟だ」
    「仲の良い、ね」
     石切丸と目を合わせる。彼は微笑むと、着物のしわを伸ばすように俺の両肩を撫でた。
    「私と青江さんでは、婚姻というのはやっぱりしっくりこなくて。それに私は、嘘が下手だし」
    「俺たちだって、別に……」
    「ふたりはお似合いだよ。この着物もよく似合ってる。早く髭切さんに見せたいなあ」
     ふふふと笑い声を立て、石切丸は長身を屈めて本堂を出て行く。入れ替わるように桑名が顔を出し、食事ができたとにこやかに告げた。

     ろうそくの明かりが堂内をぼんやりと照らし出す。黄昏時、とうとう作戦を決行する。
     心臓は重く脈打っていた。兄者が来るのが待ち遠しい。しかし二度発された否定の言葉を今度は直接聞くかもしれないと思うと、恐ろしかった。
     膳にたかる小虫を手で追っていると、木戸を叩く音がする。開けると、正装に身を包んだ兄者が、顔を伏せて松明に照らされていた。乱れていた髪は梳られ、ほのかに香まで薫るようだった。
     立ち尽くす兄者を、集落に伝わる作法で迎え入れる。
     兄者が腰を下ろすのを待って、俺は口を開く。ふたりきりでも婚儀であると鬼に知らせねばならない。そのために用意した科白を口にする。
    「家を捨て、俺と来てくれることに感謝する。今宵我らは契りを交わし、ふうふとなってこの村を出よう」
     兄者は黙って俯いている。しきたりに従っているだけだが、無視をされているみたいに感じて苦しい。
     差し出される盃に酒を注ぎ、今度は俺の盃に注いでもらう。これを飲み交わし、膳を食べれば祝言は終了だ。
     朱塗りの器に兄者が口をつける。唇には薄っすらと紅が引かれていた。異なる赤が交わって、淡く濁る酒に波が立ったその時、木戸がミシミシと音を立てて揺れた。
     はじめは風の音かに思えたそれは次第に大きくなり、木戸はついに木枠を外れる。舞い上がった埃の向こうに、松明に照らされた二つのぎょろ目が光った。
    「出た……!」
     隠していた太刀を取りあげる。石切丸よりも大きな鬼が、木戸を踏み倒し侵入してきていた。濁った目で俺たちを見据えながら、鬼は髪を振り乱して奇声を発する。
    「憎い憎い憎い憎い」
    「おまえたちが結ばれるのはおかしい、許されない、許さぬぞ」
     二つの声が同時に聞こえる。耳障りなそれごと断ち切ろうと鞘を抜き払うと、兄者は盃を持ったまま立ち上がった。
    「はい」
     鬼はその恐ろしい形相を眼前の盃に向ける。兄者はまっすぐ腕を伸ばして動かない。鬼は盛り上がった背を丸め、今にも飛び掛かりそうに脚に力を込めた。
    「っ兄者!」
    「見えないの。早く持って」
     丸太ほどの太い腕へ盃を押し付けながら、兄者はその背の向こうを覗き込むようにした。「もう一人は? おまえも出てきて、盃をお持ち」
    「兄者。何を……」
    「何って、祝言」
     その言葉に、鬼さえもきょとんとしている。盛り上がっていた背中がもごもごと動いて、小さな鬼が顔を覗かせた。突き出た牙の隙間からおぞましい呪詛を吐き続けるそれにも、兄者は無理矢理に盃を持たせた。
    「いい? 並んでここにお座り。弟どいて、酒瓶渡して」
     蹴り飛ばすように追い立てられ、鬼は膳の前に膝をつく。酒瓶を渡すと存外素直に受け取った。濁った丸い目に見つめられると胸がむかむかしてくるが、兄者は至って冷静に鬼たちを叱りつけている。
    「せっかく世の理を外れたのに、どうして早く契りを結ばなかったの。人なんか食って」
    「……」
    「もうだれもおまえたちの仲を咎めない。僕らも見逃してあげる。契りを交わしたら、うんと遠くへ行って、もう二度と人前に姿を現してはいけないよ」
     分かったねと念を押されると、鬼は小さな唸り声を上げて顔を伏せた。

     鬼の祝言を見届けることなく本堂から出る。空気が澄んで、暮れきった紺色の空には星が瞬いていた。兄者は道に沿って歩いていく。集落に戻る気は無いらしく、途中で逸れていった。
    「兄者……」
     呼びかけると、鳥の子色の髪が細かく揺れる。
    「笑いごとではないだろう」
    「だって、鬼の結婚を許しちゃった。鬼の仲人だよ」
     腕をつかんで引き止める。兄者はようやくこちらを向いて「鬼切丸の名前に瑕をつけてしまった」としみじみこぼした。手を引くと、大人しく胸の中に収まる。
     嗅ぎ慣れない花の香は、あまり似合っていない。祝言を上げて鬼を斬るはずだったのに。夕べと変わらない俺たちのまま、何も無かったかのように野っぱらで抱き合っている。
    「どうするのかと思った」
    「驚いた?」
    「いつから企んでいたんだ」
    「悪いことしたみたいな言い方だなあ。はじめからばかだと思っていただけだよ」
     つまり、はじめからこうするつもりだったのだ。なぜ言ってくれないのだろう。兄者は、いつも。そうしてふと気がつく。「兄者、……安心したのではないか」
    「うん?」
    「俺と結ばれずに済んで」
    「なんだって?」
    「……昨日、いやだと言っていたのを聞いてしまった」
     背中に回っていた手に着物を強く掴まれる。腕を緩めると、兄者は目を眇め、畑に顔を向けた。
     考え込んでいる横顔を見守る。この横顔が好きなことを思い出し、じっと目を注ぐ。
    「おまえは、僕と結婚したい?」
    「したい」すかさず続ける。「兄者が許してくれるなら」
    「結婚するって、どういうことだろう」
    「ふうふになること」
    「ふうふになるって?」
    「支え合って生きていく仲であると、自他に知らしめること、ではないか。……世間では妻帯して一人前と認められ、それなりの待遇も受けられる」
    「所属してもいない、人の世からのお墨付きがほしい?」
    「……意地悪だな。やはりお嫌だったのか」
     うーんと言葉を濁し、兄者は手から離れた。
     集落からどんどん遠くへ歩いていく。どこへ続くとも知れない道は開けていて、空全体が輝いているかのように明るい今夜は、前を行く兄者の姿がよく見えた。袴を捌いて歩く様子は、見慣れていないのによく馴染む。洋装であっても和装であっても、歩き方が変わらないから。
    「おまえが僕と結婚したいのはどうして?」
     知ってどうなるというのだ。また、刺されたように胸が痛む。俺の言い分で兄者が意見を変えたことなど無い。それでも尋ねられると、俺は切々と打ち明けてしまう。
    「俺はあなたにあらゆる形で関わりたい。別れることなくあるためなら、ふうふの名も欲しい」
    「形かあ」
     兄者は言葉を繰り返す。俺がいちばん心を込める肝心の部分は、いつも兄者には響かない。
    「僕たちは、僕たちだけで、僕たちらしく生きられないね」
    「俺たちらしく」
    「僕だって兄でいながら、おまえを恋うているよ。ずっとおまえだけを思ってきたし、今度の生だってずっと支えていくつもりさ。契りがなくても」
     それだのに兄者は、俺が喜ぶ言葉を返してくれるのだ。手を捕まえると、指が絡む。兄者は二つの拳を顔の高さまで掲げ、絡んだ指に力を込めた。
    「ひとは形を見て、僕らを兄弟だとか恋仲だとか判じる。そのどちらでもあるのに。だけど僕も……おまえと離れずに済むような、強い形を求めてしまう。僕たち二振りのことなのに、僕たちだけでは決められない」
    「それが、嫌?」
    「というか、癪」
     兄者らしいと伝えると、肩をすくめられる。
    「兄者の言う通り俺たちは判じられてできている。だから、永劫離れることのない形があるなら、欲しい。二振一具の兄弟も、恋人も、ふうふも」
    「強欲」
     兄者は笑って俺の頬を撫で、肩を撫でた。正装として着付けをしたが、着物は絹ではない。しかし細かな織を保ち、つややかに照り返している。
    「ほんとうに、よく似合っているよ」
     静かな声に熱が宿っている。言葉は、その意味するところより遠くから運ばれてくるようだった。
     もう一度抱き寄せて髪を擦り合わせると、ようやくいつもの匂いがする。兄者の両腕は、しっかりと俺を抱きとめた。
    「兄者と俺とで、石切丸たちを欺こう」
    「鬼のこと?」
    「俺たちのことだ。彼らは祝言をあげたと思っているが、俺たちはふうふにならなかった」
    「いいのかい。おまえはなりたいんだろう」
    「約束が欲しいんだ。どんな名でも俺といてくれ」
     兄者は首を左右に揺らした。「名前が無くなっても、ずっと」
     明け方になって寺へ戻ってみると、鬼の姿はどこにもなく、本堂と庵はひどい有り様だった。俺と兄者はずたずたになった庵の床で互いに太刀を抱いて、石切丸たちに起こされるまで、ゆっくりと眠った。
    暮正 Link Message Mute
    2023/07/02 23:28:39

    鬼の祝言

    結婚の話

    博多弁間違ってたらすみません…

    #刀剣乱舞BL #源氏兄弟 #膝髭

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品