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    さざんか 僕を探して呼ばわる弟から離れようと、庭を歩いている。
     別に嫌なわけでも喧嘩をしているのでもない、ただのじゃれ合い、少しのたわぶれ。分かたれた長過ぎる時を埋めようとするかの如く追い求めてくる弟が可愛くないわけではないけれど、折れるまでは同じ屋根の下、互いの居所などすぐに知れてしまう箱庭で暮らす日々の密度のなか、少し意地悪したくもなる。他の刀とすれ違うその度に探しているぞと指摘されるので「追いかけっこだよ」と嘯いた。後を追う弟はきっと彼らに応援されて、不思議がっているだろう。
     兄者兄者と呼ぶ声が初冬の空に高らかに響き、僕からどれほど距離があるかをも知らしめる。あちらが根負けするのが先が、それともこちらが飽きてしまうか。否、きっと僕が捕まって終わる。本気で逃げているわけじゃなし、跡も消していないし、痺れを切らして走ってきたら間違いなく追いつかれる。それに庭ももうすぐ果てだ。隅まで行けば行き止まり。
     今歩いている、本丸から南西に位置するこの一画は樹木が生け垣状に植えられ、迷路のように入り組んでいる。葉だけのもの、枝だけのもの、実をつけたものと種類は様々あるけれど、紅葉の具合も良い塩梅に植えられている。時々枯れ葉をむしって落とし、わざと道標を残しておく。
     いくつも角を曲がると花の咲く樹ばかりの道に出た。濃い緑の葉に、目に鮮やかなつつじ色の花。といってもつつじではない。右を見ても左を見ても今が盛りと咲くこれは何だったか、短刀たちがうたっていた。さざんか、さざんか咲いたみち。樹の根元には花びらが溜まっている。椿は首ごと落ちるから、きっとこれがさざんかだ。つつじ色だけでなく、白地に桃色のすじを引いたようなのもあって可愛らしい。幾重にも重なった花びらの真中にしべが密集していて、顔を近づけると甘いにおいが強く香った。
     見事な開花ぶりを眺めて渡り歩くうちに、そういえば弟の声が聞こえなくなっていることに気がついた。来た道を引き返しても姿はなく、通らなかった道を選んでしらみ潰しに捜していくと、ようやく見つけた弟は僕と同じく白いさざんかに目を奪われ立ち尽くしていた。
     僕が現れたことすら気づかせないほど弟を魅了したそのさざんかは、花の咲かない樹々の中に植えられ一際目立っている。その樹の前だけ白い花びらが散らばっているのでなにか特別な感じがした。ああ今もひとつ、弟の靴の上にぽてりと落ちた。あそこに立ち続けたら埋まってしまう。
    「見いつけた」
    「兄者」
     驚きのあまりぎょっと仰け反る弟に寄り添って、花咲く樹木を見遣る。僕の見ていたものより葉の色が暗く見え、白い花は輝くようだ。においはこちらの方がいくらか優しく辺りに香っている。真中のしべの黄色があたたかみを添えて、花びらのやわらさかを引き立てる。そうかそうかと合点がいった。
    「おまえ、白くてふわふわしたものが好きだものね」 
    「え」
    「毛皮のついた外套だとか、はんぺんとかましまろとか、あと……何だっけ。ばあ、ばむう……」
    「バームクーヘンか」
    「それだ」
     輪の形をした焼き菓子で、外周に白い糖蜜のようなものが塗られていた。甘くてやわらかくて、僕もたいそう気に入ったけれど、弟は殊にちまちまと食べていたのを覚えている。
    「ね、好きだろう」
    「……それはだな、」
     こっそり繋いでいた指先がじりじりと微かに揺れる。言い止した弟は少し紅潮した顔でじっとこちらを見つめていて、一瞬わけが分からずにただ視線を返した。
    「……僕なの?」
    「……」
    「まさか。あはは、僕?」
     刀の付喪神である自分に存在以外でふわふわしたところがあるなんて思ってもいなかった。さらに弟は、源氏の重宝であったことや惣領の持ち刀だったことなど猛々しい来歴を普段から誇りに思って立ち居振る舞いにも気を遣っているものだから、僕にふわふわを見出して他の何かに重ねて見ているなどとは想像しようもない。青天の霹靂とも言える告白がおかしくて堪らず、弟の肩にもたれて笑っていると腕を優しく抱かれた。壊れやすいものに対するが如き力加減、その手が触れている僕の衣服の白さにまた笑いが込み上げる。好い仲であるからこそ弟は僕を白くてふわふわだなんて思うのだろうか。そしてそのために、他のものにまで心を寄せてしまうとは。なんだか胸がむずむずしてくる。
    「だが、これは自然と目に留まったのだ。この樹だけ花が咲くから、花びらが散らばるだろう。それで……」あまりに笑ったので拗ねてしまったのか、つっけんどんな弁解が始まる。
    「それで近づいて見たら白くてやわらな花だったね」
    「……たしかに可憐な花だと思ったが。兄者、葉をご覧になったか。存外しっかりとしている」
     いくらか平常に戻った弟は言いながら手近な葉を指先で摘んで僕の方に差し向けた。梅や桜のとは異なる硬質の葉はすべすべとして、半ばで折ろうとしても弾力を持って抵抗を示す。
    「ほんとうだね、気づかなかった」
    「この葉に、この白い花が咲く。強さとたわやかさが両方あって、美しい樹だと思って、」
     口を噤んだ弟が切なげな相貌でこちらを見る。「……兄者、どこを歩いていた。ずっと呼んでいたのに」
    「あっちの方まで、ずーっと。向こうにもこの樹がたくさん植わってて、つつじ色の花が咲いていたんだよ」
    「白ではないのか」
    「混じったものはあった。真っ白なのはここのこれだけ。ね、今度あっちのも見に行こう」
     こくりと頷くのを確かめて横向きに抱きつく。長い長い時のなかで、いくら密度があると言えどこうしてふたり居られるのはもう幾らも無いだろう。いつ終わるとも、あるいは折れて散るとも知れない不安定な生にあって、それでも今度などと約束を取り付けるのは、己の強さとこの子の強さを信じているからであり、そしてそれは真実だ。分かりもしない未来に心を曇らせるのは面白くない。時々は脇道に逸れて、ちいさなよろこびも余さず拾って共有しよう。いつの間にか欲張りになる心を抑える術はあるのだろうかと思いつつも、さざんかのしなやかな葉をむしって履物のおとしにしまい込み、弟の指に指を絡めた。
    暮正 Link Message Mute
    2022/08/30 20:08:17

    さざんか

    白くて強そうな花は全部兄者の花◎

    ツイッターからの再録にあたり加筆修正しています。

    #膝髭 #刀剣乱舞BL #源氏兄弟

    ##ツイッター再録

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