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    Dreißig Jahre1976年 エンテベ空港ハイジャック事件
    1977年 モガディシュ事件
    1979年 ソ連アフガン侵攻
    1985年 ローマ・ウィーン空港同時テロ
    1986年 テロ襲撃の波
    1991年 湾岸戦争
    1991年 ユーゴスラビア紛争

     整然と並んだ活字に目を通して男はファイルを机に置いた。窓からの日射しに天板の飴色の艶が照り映える。-1989年 ベルリンの壁崩壊。
     他国の政情と言っても地続きの地域の場合危機は身近になる。それが欧州の日常だ。
     -何故、平和だと思っていられた。
     一族の者が依頼に応えてよこした調書は簡潔かつ几帳面にまとまっていた。もう一つ、当主の書斎の鍵のかかるキャビネットに収まっていた資料。-1972年 黒い九月事件。
    (国境警備群の設立が確か・・・訓練期間を踏まえてもおそらくは・・・)
     一般に実験結果や理論自体は客観的でも政策や作戦への適用には必ず個々のクセが出る。治安維持への提言とて例外ではない。目の当たりにした事態にどういった観点から解決策を述べるか。その結論には本人の経験と価値観が集約される。
     ブロッケン一族は名家の例に漏れず古くから要職を担う人材を輩出してきた。政官界、経済産業分野。闘いの道を選ばぬ者は修練で得た胆力と濃密なカリキュラムにより育まれた知性を各分野で生かし本家を支援した。一族を盛り立て故国に貢献するために、そして-ドイツにおける自らの有用性を誇示するために。
     人間と超人の間を行き来する自分達一族の立場は本来非常に危うい。架け橋と言えば聞こえはいいが蝙蝠と謗られることも免れ得ない。故に身の処し方には細心の注意を払った。帰属する国家には代々忠誠を誓い世俗に馴染む為に泥臭い任務も請け負った。ドイツの為の刃となれと口を酸っぱくして叩き込まれた。でなければ岩壁を穿った楔が抜け落ちると。
    「逝ったのが、ざっと30年前・・・最後まで現役だったな」
     師と呼んだ男の厳しく冷たい立ち姿を今も覚えている。国家への義務を果たし戦いに向かう顔は青白く常に氷のようで見ているだけで緊張した。有事に際して体術や劇物対処の指導を受けたという隊員達もきっとそうだったに違いない。
     何故今まで気づかなかった。
     先だって弟子を取ってから世界に色が戻った。再び掌に熱を感じた。名選手必ずしも名コーチたらず、数十年経てば業界のセオリーも変わっている。日々を文字通り子供と格闘しつつ最新のトレーニング方法や栄養学を調べるために俗世間と再び繋がりを持った。その過程で旧友や係累と連絡を持つことも多くなった。
     20年分の情報を埋め合わせようとすれば必然的に気づく。家業を畳んだ知人、消息の知れなくなった分家。
     祖国分断の象徴だった壁は確かに崩壊し自分の拳は存在意義を失った。戦力は破棄され失意に沈む戦闘集団をよそに抱き合い感涙にむせぶ人々。だがハッピーエンドで終わらないのが現実社会だ。
     異なる倫理観、相反する経営システムで回っていた共同体を取り込むならば国家本体の経済が失速する。もう自分はその頃屋敷から出歩くことも稀になっていたが、思い返せば確かに重苦しい空気が漂っていたような気もする。ただ、闘うしか能のない自分にとっては旧東独の経済課題など未知の領域だ。それこそ人間世界の重鎮達が額を寄せ合って解決すべき問題だった。
     歓喜の歌で再び結び合わされた人々は一向に薔薇色にならぬ生活に、背負った荷物に表情を曇らせ始める。分かたれていた方が良かったなどとは言えない。両手を広げて迎え入れた同胞を突き放すことなどできはしない-同胞と認めているならば。
     民主化のドミノは必ずしも自由と平等のみをもたらさない。箍が外れれば個々の衝突とて起きうる。統一から数年、東の火薬庫で、不毛の砂漠で再び炎は噴き上がった。当局や委員会は汚れ役の領袖としての見解を催促し電話を鳴り響かせた。初めは要請として、終いには懇願の体で。その全てに自分は耳も目も塞ぎ続けた。
     既に精神は荒んでいた。だがそれ以前に役立てられるような見識がなかった。

     ブロッケンJr.は父が記した文書を一度デスクに置き、窓辺に立った。窓枠やそこに続く内壁は品のいい資材を使っている。だが超人の力で握り締めればたちまち壊れるだろう。
    「・・・アンタは死ぬのが早過ぎた」
     東洋の魔術師と呼ばれた男への師事を、正義超人達との友誼を決して後悔などしていない。だがおそらく当時の情勢に意見具申できるとしたら-あるいはその姿勢なりとも内外に示せるとすれば-彼だけだった。
     超人の体格や能力は千差万別だが一般人を格段に上回る膂力を持つ以上その維持には多量のエネルギーを必要とする-平時の際には無駄飯食らいと呼ばれる類のものだ。旧東独の企業が幾つも潰れ同胞が職を失っていく中で、超人達にはどのような目が向けられていた?-統一後舵取りに難航していた社会に彼らに割ける余力はあったか?人間さえ糊口を凌げず堕ちる者がいた時期に、どれだけの超人達が生活を維持できた?
     超人とて聖人君子ではない。願望も欲求も抱く知的生物だ。しかも一度自己防衛の拳を振るえば大の男達など楽に吹っ飛ばせる。卵が先か鶏が先か、不安定な時勢に乗じて悪事を働く者もいる。巷で悪行超人と呼ばれる輩だが一般人に判別させるのは難しい。せめて集団の中で自浄作用が働けばまだしも、指揮を取り人間社会向けの交渉窓口を務めるべきドイツ超人界の盟主はこの時期完全に己の責務を放棄していた。
     馬鹿はいつの時代にもいるものだが、極端な思想が黙認されあまつさえ一定の支持を受けるには土壌となる社会情勢がある。
     -超人排斥運動が激化したのはいつからだった?
    (ジェイドから生みの親も育ての親も奪ったのは・・・)
     ギリッと音をさせて男は強く歯噛みした。エントランスのドアが開く音がして遠くに幼い気配が現れる。ぱたぱたと軽い足音が近づいてきて書斎の前で止まった。いつもの居間にいなかったからこちらだと踏んだのだろう。
    「レーラァ、ただいま学校から戻りました!」
    「よし、訓練を開始する。3分後に正面玄関だ」
    「Ja, Lehrer!」
     ブロッケンJr.は再び書類をキャビネットに戻すと背筋を伸ばして部屋を出た。
     乾いた風が軍服に触れ手にした花を揺らす。木立を抜ければ喧噪も遠く、手入れされた緑地の一画にまだ新しい墓石があった。
     訪れるのは初めてだがジェイドを養育し、就学手続きを進める際に場所は調査済みだった。流血には慣れている身でも民間人が犠牲になった事件には苦いものがこみ上げる。
    (せめて元正義超人としての体裁を維持していれば・・・)
     地元の名士程度であっても当主として表に出ていればジェイドも自分を頼りやすかったろう。住む場所も縋れる相手もなく子供の身で一年近く放浪するという最悪の事態は避けられた筈だ。
     全ては仮説だ。思い込みと自尊心で組み上げた極論に過ぎない。
     だがしかし、それこそが自分達一族を形成してきたものだ。
     ブロッケンJr.は墓石に正対し姿勢を正した。剃刀のようにプレスされた制服を纏った頑強な体躯が直立の姿勢を取り、哀惜の念を込めて跪く。
    「私がジェイドをきっと立派な正義超人に育てあげてみせます」
     背負う義務も楔に結びついた命も忘れはしない。
    「だからおふたりとも天国であの子を見守っててください」
     木立の奥で震える気配のことは気にも留めることはなかった。

    (あの燕小僧の言ったこともあながち間違いじゃなかったってことか)
     政財界からの依頼やシンクタンクからの調査報告に目を通し一族への通達書へサインする。筋は悪くない若造だった。だが、まだまだだ。
     赤い不良超人が吹くホラよりも現実は数段苛烈で残酷だ。当時の自分にそんな目端があればブロッケン一族はもっと幅を利かせていただろうしファクトリー教官職への打診も有効活用できたことだろう。
     全ては結局自分の不明によるものだ。弟子が伸び悩み自分が師として限界を迎えたのならばせめて新世代超人達が心おきなく戦える為の地ならしぐらいはやっておかねばなるまい。子供の悪戯ならば『二度としません』で済むが人生の総決算を考える時期ともなれば全てを放擲していたツケは結果を以て払うべきだろう。
    (・・・やはり補佐役が欲しいな)
     重要度ピンキリの文書を選別するのもネット回線で関係各所と連絡を取るのも正直この歳からでは堪える。一族から車を回してもらえるのは有難いが住人も減ったことだしそろそろ無駄にでかい家を手放してもいい頃かも知れない。
     となれば、整理しなければならない部屋や荷物がある訳だが。
    「・・・・・・」
     男は諸々の書類を封筒に整理し直すと角を揃えデスクの隅に置いた。立ち上がり腰から背筋と伸ばしていき肩を回して眉間を揉む。広大な邸内にはワインセラーもある。未成年がいる間は流石に控えていたが、久々に溜まっていた蔵書を消化しながらの休憩も良いだろう。
     廊下を折れ地下に降りれば年季の入った穴蔵がある。貯蔵所どころか地下道やカタコンベにも例えられるほどだがずらりと並んだ瓶とその内に湛えられた深紅の液体は壮観だった。
    「肉体を異にしようともその下に流れる血潮は一つ・・・」
     目に映った色にふと30年近く前の誓いが過ぎる。思い出したのは先程の書簡の中に超人警察上層部からの再三に渡る執拗な要請があったからだ。超人オリンピック以降どうも魔界を中心に情勢がきな臭い。国内からも進言や嘆願の声が上がっている以上後回しにもできないだろう。
    (特別機動隊は10年前に解散したそうだが・・・一向に落ち着く気配のない人だ)
     覇王の風格と威厳、そして桁違いのスケール感を持った男だった。共に戦場に立っていたときの雄々しさと爽快感といったら!あの馬鹿馬鹿しくも愛おしい連中がよく空けていた銘柄を手に取ったところで超人の聴覚が呼び鈴の音を捉えた。
    「どこの馬鹿だ」
     予約もなしにいい度胸だ。やはり他の家人は必要かも知れない。
     再度階段を上がり廊下を戻りエントランスに立つ。これで近所のガキの悪戯だったら怒るぞ。
    「・・・・・・」
    「・・・ご、ご無沙汰しております!この度HF卒業生は出身国で地球防衛の後詰めを拝命致しまして、伝説超人の皆様にも何卒ご指導ご鞭撻のほどお願いしたく、ご挨拶に伺いました・・・」
     何度も練習したであろう流麗な口上が尻すぼみになり成長期に突入したもののまだまだ頼りない背がしおっと丸まる。背負った荷物やスーツケースが出立時より膨らんで明らかに日本土産が覗いているのはアレか、一期生の入れ知恵か二期生の同情か。
     ドイツの木々と同じ愛すべき緑の目がそろそろとこちらの表情を窺う。まあ一人での食事なんてたまにだからこそ楽しめるものだ。
    「・・・まあ上がれ。長旅で疲れたろう」
     屋敷に招き入れると日に焼けた精悍な面差しがぱっと破顔した。
     ワインは夕食の煮込み用になりそうだ。
    まるぱまる Link Message Mute
    2019/05/26 16:04:42

    Dreißig Jahre

    #キン肉マン
    #キン肉マンⅡ世
    #ブロッケンJr.
    #ジェイド
    #小説

    過去作。「闘うしか能がない」一族について。祝、本編に隊長再登場!

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