イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    ad astra「おわっちゃ~~!ギブギブ、もうとても無理じゃ!」
     初夏の爽やかな日差しの中とぼけた叫び声が木霊して街路樹から鳥達が飛び立った。


    「全く、年は取りたくないのう。キン肉バスターにドライバーと一試合の中で連発しとったの、気分だけは昨日のようなんじゃが」
     鶏ガラのようになった肉体でもしっかり汗をかいてキン肉星大王は慨嘆する。クールダウンを手伝うトレーナーの青年が笑みを漏らした。
    「でも、流石鍛えてる方は違いますよ。この年でこれだけ動けるなら、来週もう一度施術すればぐっと肩も腰も楽になるでしょう」
    「そうかの!?そいつは嬉しいの!やっぱり先生が良いんじゃ!」
     振り向いて息子とよく似た太陽のような笑顔になる男にブラジル出身関節技の名手もつられて笑みをこぼした。
     超人WGPが大逆転と大喝采のうちに終わった直後、決勝戦を闘った二人を含め何人もの関係者が病院送りになった。準決勝敗北後痛む身体に鞭打って札幌から東京までを走破し万太郎を激励したヒカルドとて勿論例外ではない。
     それでも道場での指導経験だとか整体師じみたノウハウのおかげですぐに他の連中の入院生活のサポートに回れたのだから資格とは取っておくものだ。特に年少ファイター達などキッドとセイウチンを除く大半がICU送りだったのだ!
     見舞いに顔を出した初代キン肉マンの知遇を得たのもその頃だ。関節技の指導を依頼された時は―とある事情で年配男性との手合わせには抵抗があった―気が進まなかったが、気づけばすっかりこの老超人の器の大きさと人柄に惚れ込んでしまった。
    「さあ、どうぞ。運動の後ですから水分補給は大事ですよ」
    「おほっ、これじゃこれ!あ~この一杯の為に大王やっとるんじゃ」
     キン肉スグルが嬉しそうに豆腐ブルーベリーシェイクに手を伸ばし口の周りをチアシードだらけにして一息つく。やはりバナナも入れると口当たりがいい。マスクまでしわしわにした笑顔にヒカルドはこれまでの老超人のトレーニング経過を思い返していた。


     キン肉スグルへの指導はまず問診と筋膜リリースから始まった。ヒカルドはファイトスタイル上柔軟性を最も重視する。関節の可動域が広ければ少ない労力で運動を後押しできる。骨格に歪みが無ければ筋肉量は同じでも作業効率は跳ね上がる。
     筋膜をはがすといえば字面は恐ろしいがつまるところは整体の一種だ。まずは肩甲骨と骨盤を然るべき位置に戻してやる。職種が違えば必要な筋肉も違うが、機能的な体格は美しい姿勢なくしては作れない。
     以前、準決勝以来母国で療養中のロシア超人の気紛れで初代キン肉マンの現役当時の映像を観たことはある。だが整体師は実際に身体を診ればそれまでの人生が分かる。歩き方、生活習慣、十代からチャンピオンとして超人格闘技の最先端をひた走り外敵の襲来に時には瀕死の重傷を負い、現役を退いてからは君主として只の一時も心の安まらぬ重責を担い続けた心労と古傷の蓄積。それら全てをヒカルドは直に触れた老超人の肉体の、幾度も繋いだ骨や酷使された筋肉・内臓に見て取った。
    (これが・・・伝説超人の中の伝説超人・・・・・・!)
     シメられる鶏のような悲鳴に大王SP達が押っ取り刀で駆けつけた。
    『ウギャ~~~~!牛丼は好きじゃが具材にされるのはゴメンじゃあ~~!!!』
     大王がスケート選手みたいなポーズにされたりどう見ても脇固めを食らったりとかしている。回数を重ねれば無痛整体も可能だが初回はどうしても強制的に骨と筋肉をはめ込む作業だ。一見残虐超人がひくレベルの惨劇である。
     それでも大王親子に厳命されたのか固唾を呑んでSP達が見守る間に大王陛下の面持ちは拷問中の囚人から温泉に浸かるニホンザルに変わっていった。
     技の粋を極めるならば武術も医術も同じ事だ。依頼者がキン肉星大王だろうが過酷な任務に疲弊しきった前線超人だろうが関係ない。それがヒカルドのプライドであり師匠から鍛え上げられた志だった。
     小一時間の施術後、夢見心地のだらしない顔でのびていたスグルが目を覚まし照れ笑いした。
    『スマン、何か食わせてもらえんかの?』
     当たり前の生理現象だ。骨と筋肉を元の位置に戻せば内臓も正常に働くようになる。疲弊しきった自律神経が今までの不調が嘘のようにバランスを取り戻すから寝落ちする患者だって珍しくないのだ。
     とはいえ全宇宙に悪行超人と喧伝された自分に食事を所望しようという強者がいるとは流石に予想外だった。SP達の許可が下りたのでキッチンカーを借りて調理にかかり常備菜の蒸し魚を藻塩で味付けし、ほうれん草と半熟卵をスパイスでさっと和えればとりあえずの格好はついた。
     できれば熱いうちに食べて欲しいが、毒味の手間を考えるとそれも難しいだろう。
     諦観と共に料理を献上したヒカルドだが、ここで予想外のことが起きた。全宇宙に冠たるキン肉星大王が、正義超人の生ける伝説が家臣達が何か口を差し挟むより早く一度は公的に悪行の烙印を押されたヒカルドの手料理を豪快にかっ食らったのである。
    『うむ、美味い!お前さん、いい嫁さんになれるぞい!』
    「今日はオムレツを用意しますよ。中身はサーモンとサツマイモ。生活習慣病対策にもなりますから」
    「おお、嬉しいのう!万太郎達も早く食べたがっとったわ!」
     中庭から病棟まで老超人と連れ立って歩きながらヒカルドは苦笑した。全くあの年下連中と来たら、未だ全身ミイラ状態のくせにスグルが関節技の手ほどきに加え美味そうな食事まで作らせていると知って大ブーイングしてきたのだ。まだ手術予定もぎっしりだったので栄養ドリンクだけ持って行ってやったが。
    「そろそろ歩行訓練も始まりますからね。オレも出国まで出来る限り協力しますよ」
    「何じゃ、帰ってしまうんかい?折角仲良くなったのにさみしいのう」
     大袈裟に眉を八の字にするスグルにヒカルドは不覚にも目頭が熱くなるのを抑えられなかった。たとえ社交辞令だとしても、だ。
    「ブラジルで師匠の法要があるんです・・・葬儀も出られなかったので」
     実はあの忌まわしい一戦の後、ヒカルドはパシャンゴの見舞いに一度も訪れていない―いや、行けなかったのだ。考えるだけで怖気がした。育ての師匠との最後の記憶は完全に殺し合いだった。その上自分が選手生命を奪った。どんな顔をして病院に行けというのだ。
     躊躇する間に南米麻薬カルテルの動きが活発化した。病床の師匠に代わりヒカルドが迎撃にあたるのは当然の義務だった―現地でパシャンゴ死亡の報を聞いた。
    「ケジメをつける良い機会ですから。せめて師匠の身内や、道場の皆に・・・許されるワケ、ありませんが」
     一度委員会から悪行認定を受けたこととパシャンゴ道場との蟠りを思えば正義超人に復帰できる可能性は髪の毛一本分程もない。一人で故国の地を踏むことを思うと、暗澹たる気分になる。喉の辺りが詰まる。だが、ヒカルドは決心した。
     二回り以上の体格差と経験値を覆して万太郎が逆転優勝を決めたあの日。降り注ぐ陽光と煌めく雨粒の中、邪気のない笑顔で少年達がヒカルドを迎え入れてくれたあの瞬間。
     思ってしまったのだ。例え仮初めの優しさだろうが、勝利の後の余裕故だろうが―もっとこの熱さを味わっていたいと。仲間として自分に向けられる笑顔を、躊躇わず抱擁し合う腕を、自分の名を呼ぶ明るい声を―その全てを、惜しいと思ってしまったのだ。
     あの日彼らが示してくれた勇気と優しさに恥じない自分で在りたかった。たとえそれがほんの一時の気紛れであっても―友人と思っているのは自分だけだとしても。
     震えを押し隠し笑うブラジル超人を、キン肉スグルは常の言動に似合わぬ思慮深い眼差しでじっと見つめていた。
     

    「大王様!万太郎様の傷の経過は良好で、ギプスを外す日程が決定致しました!」
    「何じゃと!今行く!」
     廊下で受けた報告にスグルが小躍りする。ヒカルドもほっとして一緒に病室に向かえば落書きだらけのギプスで足を吊る万太郎といつもの面々が騒いでいる。
     本当にひどい怪我だった。何度も肩を外したり入れ直したり頭から落下したり。正直、すぐに動けるようになったケビンマスクより優勝した万太郎の方が重傷だったのは間違いないし少しずつでも包帯が減っていくのは感慨深い。
     傷の回復にはしゃぐ万太郎を見てスグルがとろけるような笑みを見せた。子煩悩で有名な初代キン肉マンのことだ、快復を祝い息子をひしっと抱き締めるに違いない。ひょっとしたら今晩は母星をあげての宴会かもしれない。
     ・・・少しだけ、羨ましくないと言ったら嘘になる。
     初代キン肉マンが父親らしい包容力溢れる笑顔で万太郎に言った。
    「万太郎、一番早い便でブラジルに行く。すぐに準備しなさい」
    「分かったよ父上!」
    「フィッギュアアァァ!?」
     関節技の名手ともあろう者がキン肉親子の会話の内容を認識できなかった。いや待て、父親は笑顔だった。息子も笑顔で答えた。何だこれ、何かのジョークか?キン肉星の挨拶か?―これからも延々とリハビリの続く怪我人に今長距離移動を強いようというのが?
    「ちょっと待て、冗談だろう!?万太郎お前、自分の体の状態分かってるのか!?開腹手術は大体終わったろうが全身弱り切っててやっと粥に野菜がつくかどうかってところじゃねえか!!折角優勝したのにそんなムチャしたらリング復帰遅れちまうぞ!?」
     動転したヒカルドの言葉を行儀良く最後まで聞き届け、傷だらけのキン肉星王子は返した。
    「あのねぇヒカルド。それ説得力ないよ。キミだってマッスル・ミレニアムでぼろぼろだったのに決勝戦応援に来てくれたでしょ」
     冷たい血しか流れていない、生まれついての悪行超人が目を見開いた。大会が終わってからずっと付き添ってくれていた元対戦相手に万太郎は温かく笑いかける。
    「表彰式の時にボク宣誓したじゃん!超人No.1になったんだからその力を宇宙の平和の為に使うって!力になってくれた友達が悩んでるのにボクだけベッドで休んでろって言われるんなら、何の為に優勝したんだか分からないよ!」
     ひゅっと喉が変な音を立てる。もう駄目だった。視界が熱くぼやける。太い腕で目元を押さえるヒカルドに今度は父親が笑う。
    「そういうことじゃ。ワシも昔誓ったんじゃよ・・・たとえ他人であってもすべての超人たちを血のつながりなど関係なく家族のように愛するとな。こんな皺首でも超人WGPタイトル二つ、宇宙超人タッグトーナメントタイトル持ちじゃ。何かの足しにはなるじゃろう」
    「WGPタイトルはボクの分でもう一個でしょ、父上!」
    「おー、そうじゃったそうじゃった」
     顔面を熱く濡らすものが止まらなかった。ここまでの厚意を向けられたのだ、感謝の言葉を述べなければならないと分かっているのに漏れ出てくるのは嗚咽だけで気の利いた返しもできない。ただ何度も何度も日本式に頭を下げるとキン肉星大王がかさかさの、だが温かい手で背中を擦ってくれた。
    「泣かんでええ、泣かんでええ。・・・遅くなってしもうてすまなんだな。お師匠さんにも、何か事情があったんじゃろう。ワシも一緒に墓前で謝っちゃる。それで駄目なら、一緒に考えようじゃないか。大丈夫じゃ、ワシらがついとるからのヒカルド」
    「あり、がとう・・・ございます・・・キン肉マン。ありがとう・・・万、太郎・・・」
    「大丈夫、同じ正義超人の仲間だからね!へのつっぱりはいらんですよ!そ・れ・にー」
     目を潤ませぱちぱち瞬いていた万太郎がでれっと笑み崩れた。
    「ブラジルって言ったらサンバの本場でしょー!スタイル抜群のセクシーな褐色肌のおねーさん紹介してよね、ヒカルド♪」
    「Ⅱ世!!!あなたは、折角成長したと思ったらすぐにそれですかあ!!」
     ミートの怒声が響き病室内でいつもの攻防戦が始まる。セイウチンがティッシュを寄越してくれた辺りで呆れた様子のキッドが肩を回した。
    「さて、じゃあオレ達も準備しなきゃな。あの様子じゃ万太郎リオでバカ騒ぎしてずっこけてまた手術沙汰になるぜ」
    「ホーント、世話が焼けるよねアニキってば」
    「ちょ、ちょっと待てお前ら」
     万太郎のチームメイト達まで当然のようにパスポートやビザを確認し始めていてヒカルドは鼻声で抗議した。
    「あのな、気持ちは有難いんだけどそんなムチャさせるワケに行かねえよ。それにお前らがいなくなったら日本防衛任務は―」
    「心配には及ばねえよ。留守はオレ様達が引き受ける」
     開きっぱなしのドアから交通標識がにゅっと顔を出した。その後ろからいつの間に押し寄せたのか他の日本駐屯組が『任せろ!』だとか『行ってこい!』などと叫んでいるのが耳に入る。半透明の水棲生物がしたり顔で頷いた。
    「さる断れない筋から指令が入りましてね。まあこれでモスクワ大学に口利きして頂けるなら安いもんですキョカカカカ」
    「ヒカルド、俺も同行させてくれ!」
     同期達に助けられ松葉杖で不器用に病室に入ってきた姿にヒカルドは目を見開いた。
    「ジェイド、お前・・・」
     これまたギプスと包帯だらけのドイツ超人が白い歯を見せて笑う。
    「レーラァも良いって言ってくれたんだ。新世代には新世代の友情がある。俺が信に足る男だって思うなら友誼を結べば良いって」
    「ジェイド・・・・・・」
     漸く落ち着きかけた顔面がまたくしゃくしゃになっていく。昂る若者達を横目にキン肉スグルは惑星間通信でホットラインを繋いだ。
    「あー、兄さん。超人警察に一つポストを用意して欲しいんじゃがいけるかの?真面目でよく気の付くいい子なんじゃ。教官か栄養士あたり向いとると思うんじゃが」
    『お前の太鼓判か。丁度良かった』
     通信の向こうで涼しげな声が笑みを漏らした。
    『実は先日、打診した候補者に逆に条件を出されてな。ファクトリーにはもう通達済みだがこちらにも何人か引き抜くか検討中だったところだ』
     ヒカルドの涙は依然滂沱として止まらなかった。震える手でドイツ超人の無事な方の手を取り、立ち尽くす。
    「ジェイド・・・ゴメン、ゴメンな。本当に・・・すまなかった」
     未だ傷も治らないこんなぼろぼろの年下超人達が自分の力になってくれようとしているのだ。こうも優しく慈愛深い正義超人たちを、試合だからという理由だけで自分は殺してしまうところだったのだ。
     かつて死闘を繰り広げた男は優しくも頼もしく笑った。まさに心底求めていた言葉と共に。
    「何言ってるんだよ。友達だろ!」
     

     新旧二世代チャンピオン達の大規模な渡航は当然トップニュースとなり耳目を騒がせた。遙かユーラシア大陸の両端で二人の男がその報に接する。一人は哨戒飛行の合間に口許を緩め、今一人は決意の面持ちで次の目的地に旅立った。



    まるぱまる Link Message Mute
    2020/11/01 5:37:46

    ad astra

    #小説 #キン肉マンⅡ世 #万太郎優勝ルート #キン肉スグル #キン肉万太郎 #ヒカルド
    過去作。https://galleria.emotionflow.com/79197/556876.htmlの続きです。アニメWGP終了後のキン肉親子とヒカルドの話。相変わらず捏造満載です。
    大体の流れhttps://galleria.emotionflow.com/79197/556496.html
         https://galleria.emotionflow.com/79197/556561.html
    主にアニメベースですが色々混ざってます。

    多少繋がってる話https://galleria.emotionflow.com/79197/556491.html

    more...
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    NG
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品