美波理公園狂詩曲「いや~一時はどうなるかと思ったが」
「これでまたケガが治ったら街に遊びに行けるな!」
「ナンパ、カラオケ、食べ放題!女の子達もみんな待ちわびてるだろうね~。入れ替え戦も優勝したんだ、ヨリドリミドリさ!」
「アニキ、独り占めは良くないだよ~」
「Ⅱ世!あなたたちも!そんなんじゃまたすぐ厳罰対象ですよ!」
キッドとガゼルが溌剌とした笑みを浮かべ万太郎が鼻の下を伸ばす。比較的まともなセイウチンすらでれっとしてミートの金切り声が響く。全員が真っ白いギプスや包帯に覆われていることを除けばいつもの光景だ。
(でも良かった・・・Ⅱ世がスカーフェイスを倒せなければまた悪行超人軍団に攻め込まれていたでしょうから)
光った目元は覆い隠して遊びたい盛りの四人を追いかけ回す。こんな時はキッド以上の俊足を誇る万太郎が狭い室内を逃げ回りながら抗弁した。
「でもそんなこと言ったってさあ!ケガ治るまで休ませてよ、悪行超人達だってきっと夏休みだよ!」
「Ⅱ世!またあなたはそんなことを~!この隙に新たな敵が来襲したらどうするつもりですか!」
絶叫したミートに呼応するようにキン肉ハウスのドアが吹き飛ばんばかりの勢いで開いた。出入り口を制しこちらを睨みつけるのは敗れ去った二期生の面々-ジェイド、クリオネマン、デッド・シグナル。
「嘘でしょおお!?ホントに来たあああ!!!」
「ホラご覧なさい!」
(とは言えこの状況・・・まずいな、みんな満足に闘える状態じゃない)
若干一名を除き瞬時にファイティングポーズを取る一期生にざっと視線を走らせミートは二期生のコンディションを分析する。
(ジェイドは右腕を中心に骨折多数。クリオネマンとデッド・シグナルも関節技で首や背骨に重傷を負っている筈だ・・・そこまでして復讐に来るなんて、余程深い恨みを持っているのか)
三人とも険しい顔だが万太郎達同様に全身ギプスと包帯を巻き肩で息をしている。激しい怒りによるものか脂汗さえ浮かんでいた。
(いざとなったら、ボクが闘うしか・・・!)
「なっ、何だよ!もう決着はついただろ、まだやるってのか!」
「ここならゼリーボディも威力半減だからな、ワシの実力をみせてやる!」
「・・・した」
「え?」
地を這うような声にガゼルが聞き返す。途端、轟音と共に二期生三人が床に膝をつき両手を揃えた。
「「「この度は、悪行超人スカーフェイスの潜入にも気づかず先輩達の戦力を削ぐという地球侵略行為の一端を担ってしまい誠に申し訳ございませんでした!!!」」」
「ええーっ!?」
驚愕の叫び声が美波理公園に響き渡った。
俺はガゼルマン。一期生随一のビジュアル系、不本意ながらキン肉万太郎のチームメイトだ。HFを首席で卒業した俺だが今の状況にはちょっと理解が追いつかないでいる。
「万太郎先輩、本当にすまなかった。ルールは皆が円満な社会生活を営めるようにする為の物なのに俺はそれを忘れてた。俺自身が無辜の犬を巻き込むなんて悪行を・・・!」
「うんうん、でもボクに未然に防がれたんだからノーカンだって!あ、またコレ使わせてね!【カルビ丼おごれ!】」
「グギガガガ~!」
「セイウチン先輩、事情も知らずに決めつけてしまい申し訳ありませんでした。何とお詫びしたらいいか・・・」
「なに、ワシのケガなんて大したことないさ。実際担当地区の防衛を放り出してずるずるとこっちに居座っちまってて面目ねえ。ただ、民間人に手を上げるのだけはやめてくれよな。そしたらワシらは正義超人じゃなくなっちまう」
「キョキョ~」
デッド・シグナルは万太郎のペースに巻き込まれクリオネマンはセイウチンの懐の深さに感涙に咽んでいる。一方キッドは複雑そうだ。そりゃそうだな、こいつに重傷を負わせたスカーフェイスはここにいない。
俺の所にも松葉杖を放り出したジェイドが緩慢な足取りでやってきた。他の二人同様膝をつき、ギプスで固めた腕を傾けるがそこで逡巡する。
(・・・嫌だよな。まあ無理もねえか)
こいつの生い立ちは記者会見の動画とかで知った。知らなかったとはいえ大事な徽章をブン投げられたらそりゃあキレるだろうし何たって伝説超人の秘蔵っ子だ。ここは一つ器の大きい所を見せようと近寄った瞬間異音が響いた。
バキィッッ!!
「・・・へ?」
その場にいた誰もがジェイドに注目した。粉々になったギプスから突き出た右手にゆらりと炎が纏わりつきスワローテイルで負傷した腹部に向けられている。
「に、日本にはセップクという作法があるとレーラァから伺いました。俺の首一つでどうにかなるなんて思ってませんがせめてガゼル先輩、キッド先輩の怪我の責任を・・・」
「いや待てそんな落とし前いらねーよ!!」
「やめてえええ!!ボクんちが殺人現場になっちゃう!」
「早まるな、あれはあんたの責任じゃねえ!」
「クキョキョキョキョ~!と、とりあえずわたしのゼリーボディで動きを封じて!」
「ここに海水ねえんだからそれは無理だグギガゴガガガ!ジェイド、ほら【一時停止】だ『止まれ』!」
気が動転した一期生二期生一丸となってジェイドを取り押さえにかかる。関節技に特殊能力と駆使してんのにジェイドは物凄い粘り強さで埒が明かない。俺達だって病み上がりだ、そう長くは保たない。
(い、息切れしてきた・・・治ったら持久力トレーニング追加しよう)
薄れる意識の中そう誓った所で再びドアが勢いよく開け放たれた。
「ジェイド、クリオネ、デッド!病院を抜け出して何をやっている!」
雷鳴の如き一喝に空気が震撼した。HF教官達もかくやという大音声に反射的に俺達は直立不動の姿勢を取る。
唯一人、自由になったジェイドだけは弾かれたように顔を上げた。つかつかと室内に入り射竦めるような視線で辺りを見回した伝説超人ブロッケンJr.に駆け寄り平伏する。
「ブロッケン師匠!情けない姿を晒した事、悪行超人の正体を見抜けず蛮行を許すという失態を犯した事、幾重にもお詫び致します!こんな事をお願いできた義理ではないことは重々承知しております、ですがどうか処分を下されるなら俺のみに!クリオネもデッドも今朝方ようやく意識が戻ったばかりなんです!」
「ジェイド!」
懇願する同期にぎょっとした二期生二人が足を引きずって走り寄る。
「水くさいことを言うなよ、おまえはガゼル先輩ともあいつとも正々堂々と闘っただろう!?罰されるなら二期生最強の名に慢心し民間人を手にかけようとしたこのわたしだ!」
「そうだぜジェイド。おまえが懲罰処分を受けるっていうのなら俺さま達も一緒だ。たった四人だけの二期生、日本駐屯超人に任官するのも一緒なら死ぬのも一緒だって誓ったじゃねえか!」
二人とも土下座を続けるジェイドを必死に抱き起こそうとする。だがヤツの決意は揺るがない。
「ダンケシェーン・・・クリオネ、デッド。けど俺はけじめをつけなきゃならないんだ。俺はお前達と違ってキッド先輩の試合も見てた。俺があそこで止めなきゃいけなかったんだ!しかも・・・無様に負けてスカーフェイスの決勝進出を許した。こんなんで正義超人なんて誰が名乗れるんだよ!」
「ジェイド・・・!だけどよ!」
コイツらはコイツらで結構仲が良かったのかもしれない。俺達以上の過酷な特訓、脱落率。卒業する為に必死で助け合って、苦手分野は教え合ったりもしたんだろう。俺だって仲のいい同期の一人や二人はいる。あの地獄の特訓の中で必死に連携を維持してきたなら、それはもう友情と呼んでいいんじゃないのか?
「何か・・・今更同情しちまうなー」
残留が決まった余裕と言えばそれまでだが、キッドがやるせなく呟くとセイウチンも目を潤ませてる。伝説超人ブロッケンJr.はダース単位で苦虫を噛み潰していた。
「あのケガでまたファクトリーでの地獄の特訓か・・・ぞっとしないな」
「ですがあの責任感、支え合う姿。まさに友情パワーですよ。Ⅱ世も少しは見習って-あれ?」
いつの間にか万太郎が消えた、と思ったら馴れ馴れしく伝説超人にしなだれかかってた。
「ねーぇブロッケン師匠」
「誰がレーラァだ。お前にそう呼ばれる覚えは無い」
「うっ・・・と、とにかくさぁ。他の一期生が強化特訓やるってファクトリー行っちゃったじゃない?先生達も人数少ないしレッスル星しばらく二期生まで手が回らないと思うんだよ。ぶっちゃけ今は超人委員会もスカーフェイスの事で手一杯だと思うから、この隙にブロッケンさんがみんなのこと預かっちゃえば?怪我が治ったら責任持って特訓つける、とか何とか言っちゃって」
「万太郎先輩!」
体を起こしたジェイドがぱあっと顔を輝かせた。クリオネとデッドも縋るような目つきで伝説超人を見上げる。
いかつい顔の伝説超人は俺達を見て、弟子を含む二期生を見て、万太郎を見て、それからもう一度二期生を見て-とうとう溜息をついた。
「・・・分かった。部屋数だけはあるしな。上層部には俺から伝えておこう」
「有難うございますレーラァ!万太郎先輩も!」
「恩に着るぜ先輩方!」
「有難うございます、一期生の皆様!」
直接感謝されて万太郎が照れ臭そうにする。何だかんだでこういう時中心になるのはこいつなんだよな。伝説超人が目配りした時俺達が必死に勘弁してやってくれとアピールしたのにも気づかれていたのか、二期生三人が何度も頭を下げる。伝説超人が放り出されていた松葉杖を拾い上げた。
「いやー意外にいい奴らだったね。入れ替えじゃなくてメンバー補充なら良かったのに」
何度も振り返って手を振った二期生達を見送って万太郎が笑った。
「先輩か・・・こうしてみると中々いい響きだな」
俺が感慨深く言うと万太郎がうんうんと頷いた。
「そうだね、ボク達先輩だからさ、未熟な後輩はちゃんと導いてやらないと!」
「でもジェイド不意打ちならお前倒せるぐらいの実力あるだろ」
「そうだよ。アニキが入れ替え戦前に怪我してたのあいつのせいでしょ」
「ああ゛ーっ!!」
キッドとセイウチンに続けざまにツっこまれて万太郎が茹で蛸になった。荒々しく拳を掲げると上腕二頭筋が盛り上がる。
「そーだアレあいつのせいだった!ちょっと追っかけてブン殴ってくる!」
「お、ジェイドだ」
着信音が鳴ってキッドがスマホを取り出す。雄叫びを上げる万太郎を余所にアプリを操作する。
「そういやさっき連絡先交換してたな」
「他の二期生の分も送るっつってたから、後でお前らにも教えてやるよ。・・・一期生の先輩方へってさ」
キッドが何やら笑いを堪えながらスマホを差し出す。
『一期生の皆さんへ
先輩方、今日は突然押しかけてしまってすみませんでした!大変お世話になりました、どうも有難うございます!レーラァもキン肉ハウスは久しぶりで懐かしかったそうです。今度東京行ったらよろしくお願い致しますね、ドイツ遠征も大歓迎です♪ (^-^)/ 』
【画面半分、笑顔のジェイドとピースサインのクリオネ、後ろから背伸びするようにサムズアップのデッド。一歩離れて呆れ気味のブロッケンJr.。】
「あー・・・」
「こりゃあ・・・」
「怒れないね、アニキ」
「ここまで慕われて仕返ししたら大人げないですよ、Ⅱ世」
俺達の生温かい視線を浴びて万太郎が真っ赤になってぷるぷる震えていた。おお、タコ焼き食べたくなってきた。
「ちっくしょー!!今度あいつらが日本来たら絶対ソーセージとハムオゴらせてやるーっ!!!」
「後輩にタカっちゃダメですよー」
笑い合う俺達を照らす夕陽は万太郎の顔面と同じきれいな赤だった。