短いの詰めVisitor ロンドンからベルリンまでは直行便なら二時間程度で済む。年を経たとはいえ未だ堂々たる貫禄のEUチャンプは迎えの車から颯爽と降り立つと旧友宅の敷地に足を踏み入れた。待ち構えていた壮年のドイツ超人が手を差し出す。
「よく来てくれた、ロビン。長旅で疲れたろう、ゆっくりしていってくれ」
「ああ、漸く休みが取れてな。久しぶりに会えて嬉しい、ブロッケン。で、そちらが-」
男は仮面の奥の目を下に動かした。ともすればブロッケンJr.の太い膝に隠れようとする小さな影が分厚い掌に押し出される。
「Nice to meet you, Mr. Robin. How do you do?」
傍に立つ男とよく似た面差しの子供が恥ずかしそうに述べる。拙いが礼儀正しい言葉遣いに英国紳士が相好を崩した。小さな体の両脇に手を入れ軽々と抱き上げる。
「おお、何と賢そうな子だ!名前を教えてもらえるかな?」
いつも以上の高さに抱え上げられジェイドは目をまん丸にするがすぐにシャボン玉が弾けるような笑い声をあげた。
「はい、ジェイドと言います。としは七さい、ブロッケンレーラァの下で修行しています。ロビン先生の技ではタワーブリッジとロビンスペシャルが好きです!」
「そうか、ウム。ジェイドは元気がいいな、将来が楽しみだ!」
イギリスのえらい先生に挨拶し、小走りで戻った師の元でも短く誉められてジェイドがほっと緊張をほぐす。それを微笑ましく眺めロビンマスクはバッグを開けた。
「少し早いかと思ったのだが、これならば大丈夫そうだな」
大きな手で渡された包みにジェイドの顔が明るくなる。師の許可を得て開封した中身は格闘技専門誌の英国限定ロビン王朝特集号で、躾のいいシューラァがこの時ばかりは歓声を上げた。
「外国語は英語を?」
「ああ。超人レスラーとしては日本語が必須科目だが、EU内ではまずアンタの所とやり取りできた方がいい」
ブロッケンの隣にちょこんと座ったジェイドは目を輝かせロビンの土産に夢中になっている。近況報告の途中でその様に目を細めれば、弟子が途中の単語に躓いたのを見て取ったブロッケンが本棚の辞書を隣に置いた。
「そうか・・・息子がいたら-いや、生きていれば少し年上だからね。丁度色々とお兄ちゃんになってくれたと思うんだが」
仮面の下で伝説超人は少し淋しそうに笑った。
戦場よりの使者「暑いな」
ミートは周りを見渡し、声の大きさと声質を反芻して漸く頭上を見上げた。この大型殺人パイロットに世間話をする意志があったのか。
「・・・一応、もう秋です。ロシア超人のあなたには信じられないでしょうが、これでもずっとマシな方ですよ」
とはいえ、都市部では未だに30℃を越える日も珍しくない。特設コースのアスファルトからはじりじりと熱が立ち上り陽炎が揺らいでいる。正直冷凍睡眠明けに一番キツかったのはこれだった。80年代だったら夏場でも体温≒気温なんて考えられなかった!
「ロシアでも暑くなることはあるさ。爆撃による炎熱なんて上空にいても堪ったもんじゃない。建築用材によっては一般家屋の火災でもそれなりの高温になる」
頗る物騒な返答にミートは眉を顰めた。詳細を問いただそうとしたところに横殴りの潮風が叩きつける。
「ぶっ!!」
「なるべくオレの陰に入れ。風除けぐらいにはなる」
「・・・言われなくても、そうさせて貰いますよっ!!」
体重差が著しいので右足を小刻みに動かし革ベルトを引きずろうとするとイリューヒンが器用に足の角度を変えた。
(・・・ひょっとして意外に子供―小型超人の扱いに慣れていたりするのか?)
今し方ベルトを結ぶ時も体格差にも関わらず手際が良かった。昔のウォーズマンよろしくこの巨漢がファンサービスに努めている姿を思い浮かべかけてミートは慌ててその考えを振り払った。ダメだ、違和感なんてもんじゃない。
ふと立ちこめる熱気が和らいだ。同時に小さな体を保護するように落ちた長い影にミートは頭上を仰ぎ見る。
「・・・やめて下さい。競技はこれからです。本番前に余計な労力を使わせる程、足手纏いになる気はありません」
空冷機能を強化したのかイリューヒンの腕から冷気が放出されていた。ロシアの血塗れファイターは、しかし気分を害した様子もなく笑う。
「それは頼もしい」
「用意・・・スタート!」
合図と共に65組の超人と人間が一斉に走り出した。
「・・・ボクは信じてますからね」
急斜面をジグザグに駆け上がり荒い息が整い始めた段階でミートは逆光になった長身を睨め上げた。僅かな気流の違いでも察知できるのか直線道路を駆けながら機械超人がこちらを向く。
「何?」
「以前、スグル大王が仰いました。宇宙一勇気のある超人、それがⅡ世だと。ボクも信じてます。例えボク無しだって、卑劣な妨害に遭ったって必ず勝ち抜いてくる筈です」
半ばは意地だった。不本意にも協力を強いられようと抵抗できぬ非力さを嘲弄されようと、二心は抱いていない。またこの挑発で相手が激昂するならそれも良し。とても伝説超人の子弟達と肩を並べられるような器ではない。
「異論はないな。あの訓練期間・徴兵年齢未満の体力でd・M・p本隊とその残党を掃討した功績は称賛されて然るべきだ」
ミートはバイザーに覆われた色素の少ない顔をまじまじと見上げた。
「・・・先程の言葉からすると、普段は軍に?」
「それは機密だ、口外できない」
低い落ち着いた声は笑いを含んでいる。流血に動ぜぬ戦いぶり、それに相反する超人レスラーとしての公式記録の少なさにミートはやはり、と頷いた。
「良かったじゃないですか。国家間の戦争に利用される苦しみは堪え難いものでしょうが超人同士の試合ならば純粋に力をぶつけ合えますよ。何の利得も権益も絡まず死闘の末には国も陣営も関係なく互いの健闘を讃え合える。それこそ超人の本懐です」
「うん、そうだね」
ロシア超人の声は優しかった。逆上がりに難儀する小学生を見守る教師のように。
(・・・?)
先程から拭えぬ違和感にミートは首を捻った。ファイトスタイルに比してこの大男の受け答えは随分大人しい。巷では『鮮血の殺人翼』だの『The great killing story』だの剣呑な異名を奉られているというのに、だ。
「第二集団も大分追いついてきたな」
「分かるんですか?」
「ああ。第一種目で同士討ちする羽目になりかかったものだから、今回は一般人を指名した者が多かったようだが・・・さてどこまで保たせられるかな」
「・・・協調性と判断力、人間を指名した場合はそれに加えて超人と連携させる統率力に弱者と行動を共にした場合の忍耐心まで試されるということですか」
「よし、いい観点だ」
まただ。どうも調子が狂う。
「・・・言っておきますが、これでもボクはあなたより年上です。伝説超人達の戦いをずっと見てきたんですからね」
「それはすまない。出場者の中に年少の超人達もいるようだから、どうも気になってな」
抗議をさらりと流される。年少?万太郎やチェック、ジェイドがか?目覚めてから自分はずっと彼らの戦いと成長を見てきた。人間よりも格段に恵まれた体躯と膂力を持つ彼らが?
「どんな状況でも超人が全ての能力を発揮できるとは限らない。また、合同作戦では相手が自分と同格でない場合もある・・・経験を積めば自ずと分かる事ではあるんだが、少し気がかりだな」
この男が今まで何を見てきたのか、ミートは初めて気になった。その翼を赤く染めてきたのは一体誰の―否、どの陣営に属する超人の血だったのか。
(ボクが眠っている間・・・世界中でどんな闘いがあったんだろう)
もうミートの耳にも後続の足音が聞こえ始める。高い視点からならば前方の異状も見て取れるのだろう、イリューヒンが呟いた。
「おまえはオレの為に頭脳を出し惜しみしなかったな。ならばオレもそれに報いる」
青空に映える真白き機体のパイロットは、立ちはだかる障害を見据え勇猛に笑った。
Once upon a time 一般に超人は門下や出自で区別されるが必ずしも組織だった統率を受けている訳ではない。が、世間から白眼視される者同士ならいつしか寄り集まる事もある。都内の瀟洒な駅からホテルに抜けると案内された部屋には旧知の仲になりつつある男がいた。
「Herzlich willkommen, 久しぶりだなパスタマン。活躍の噂は聞いているよ」
「謝謝、老師-と言いたいところだが私の名は拉麺男だ。いい加減覚えろ」
短く毒づくと濃紺の軍服を着たドイツ超人は首を捻った。日本語は上達したのに未だにこれだ。以前発音を教えてやった時は『Rahmen・・・?』とあからさまに不審がっていた。聞けば母語では建築用語らしい。
「そうだったか?気にするな、男が廃るぞタリアテッレマン。酒は何がいい、清酒か泡盛か?紹興酒は流石に難しいだろうが・・・」
「気遣いは結構だ、ワインで良い。それより名前を覚えてくれ」
「成長したなマカロニマン」
肩を揺らしてオーダーを入れる男に天を仰ぐと豪奢なシャンデリアが目に映った。そのまま行儀悪く椅子越しにブリッジすると窓からオフィス街も見える。効率性を重視するこの男らしい選定だ。
ラーメンマンが広大な森や官庁街を見渡している内に何度か秘書や随行員が入室してドイツ語で短くやり取りして行った。続けて酒肴が調えられる。
(確か子息はまだHF在学中だったか・・・旧家の当主も気苦労が多いな)
青ざめた指がすい、とグラスを掲げた。ラーメンマンもそれに倣う。
「Vive la mort, vive la guerre, vive le sacre mercenaire.」
「赤き砂塵に誓わん-気高き戦士に死を、されこうべに栄誉を」
本戦を控えての気勢は残虐超人古豪のお気に召したようだった。血の気の失せた喉に真紅の酒を流し込むと臓腑の奥で酒精が燃える。
「減りが早いな。食事も摂らないと悪酔いするぞ」
「東洋人よりは保つさ。イメージ商売も面倒だ、三食血のようなワインと真っ赤なレアステーキだと思われている」
「満漢全席でももう少し野菜が出るぞ。次の遠征で馳走してやる」
「政情が安定したらな」
憎たらしい受け答えをする西ドイツ超人にラーメンマンは眉をしかめた。以前より頬がこけたような気がするのは錯覚ではないのか。
「・・・国許は今も大変なのか」
「雑事が多いのは昔からさ、担々麺男」
・・・それが覚えられて何故ラーメンが覚えられない。
一回り年下の東洋超人のやるせなさなど気に止める様子も見せずブロッケンマンはチーズを摘んだ。また癖の強いやつだ。
「私は古い人間だからね。願わくば息子や孫にはお前や西側の奴らと仕事抜きに飲み交わして欲しいものさ―テキサスの若いのだとか、あとは何と言ったかな。初出場の、日本のあの気の抜けるような顔の―」
「キン肉マン」
「そう、それだ。あれはでかい男になるぞ!」
目の落ち窪んだ顔が楽しそうに笑う。ラーメンマンは件の超人について思い返す・・・前回優勝者や残虐超人相手でも常に自然体、どこにいようと冷戦最前線の祖国の指令に張り詰めた面構えのこの男がついには毒気を抜かれた―成程あれは大物かもしれない。
「・・・あんただってその軍服と家名を擲てればすぐにでもしがらみから解放されるだろうに」
苦笑混じりに提言すれば男は気障な仕草でグラスを傾けた。
「自分の末路ぐらい自分で好きなように決めるよ、マウルタッシェンマン。その後の身代はジュニアも好きにすればいい」
「ひでえ親父だ」
必死にファクトリーで修行に励んでいるだろう跡継ぎに同情してラーメンマンが慨嘆するとドイツの戦鬼は声を上げて笑った。
「お前がワインを嗜む日が来るとは思わなかった。昔はこーんなに小さかったのにな」
「・・・今に見てろよ次は火を吹くような老酒を持ってきてやる」
わざわざ見送りに出て来てまで冗談を飛ばされラーメンマンは唸り声を上げた。酒が入って気分が良いのかブロッケンマンは存外に快活な笑みを見せる。
「その時を楽しみにしているよ、ラーメンマン」
男が背後を振り仰いだ時には既に年長の超人は片手をひらりと振って帰営する所だった。
Prosit! 王位争奪戦も無事終了し例の如くキン肉ハウスでは昼夜を問わず大宴会が繰り広げられている。数日も過ぎればお祭りムードとは言え仕事を抱えた者は席を外したりしているものの、主賓に祝辞と再会の約束をしていくのが常だった。
「ソルジャー隊長、あんたのファイト最高だったよ!一杯注がせてくれ!」
数十年ぶりに再会した親子の心境を慮って控えていたもののずっと落ち着かずラーメンマンに『待てだ、待て』等と窘められていたブロッケンJr.が大股で歩み寄ってくる。
キン肉アタル―またの名をキン肉マンソルジャー―は覆面から覗く目を動かした。空白の時間を埋めるように語らった両親は公務の関係とかで名残惜しそうに一度帰途についた。久しくなかった平和に未だこの身は慣れないが、今度は同志を労いたい。
「いいとも、お前こそあの戦いで散々骨を折り血を流してくれた。私の杯も貰ってくれ」
むしろこちらから申し出るべきだった。軽く酒杯を掲げてみせると年下の青年の顔がぱっと明るくなる。ネプチューンマンだのロビンマスクだのも嬉しそうにしているから今日は潰されるかな。
「俺、あんたの下で戦えて本当に光栄だったよ!何つーか、出会って数日なのに何年も一緒に戦ってた気がする!」
興奮して言い募る青年の姿にソルジャーの目許も自然和む。日本式に注がれた杯を口元に持って行って応えた。
「お前のような熱い魂の戦士が共にいたならとっくに私は全宇宙の覇者さ」
「おっと、早くも王位継承問題再燃でござるか!?」
「聞き捨てならねぇなぁソルジャー!俺じゃ役者が足りねえってかぁ!」
生きのいいのが増える。ニンジャがなだれ込み酒瓶を持ったバッファローが絡んでブロッケンが笑い声を上げる。離れた所にいたアシュラと目が合い手招きすれば病み上がりのサムソンとこちらを見比べて、背中を押されて嬉しそうにやって来た。
「何だソルジャー。独立王国でも打ち立てるつもりか?暫くなら魔界に間借りさせてやるぞ」
「本当に意気軒昂だなお前達は。羨ましくなるよ」
「え、俺と大して変わらねぇ年だろ隊長。まだ枯れる年じゃなくね?」
ワインを開けて『何なら辺境開拓団で一旗揚げようぜ!』と気炎を吐く猛牛にドイツのやんちゃ坊主が元気よく唱和する。『超人ホイホイで懲りたんではござらぬか』と呆れるニンジャの声はどうやら届かない。
「良いんじゃないのか、開拓団。どうせあんたもキン肉星に留まり続けるつもりは無いだろう」
杯を弄びアシュラが笑った。ソルジャーが目を動かす。肝臓も三つあれば三倍酒を楽しめるんだがな。
「・・・察しがいいな」
「まあな、これでも帝王学を修めた身だ。あんたみたいな指導者はカリスマ性は強いが平和な時代には不向きだ。しかもキン肉マンの即位を推したということは自覚もあるんだろう」
キン肉アタルは黙って相手に酒を注いでやった。ちょっとした遊び心で他の二面にも別の酒を促せば渋面が返ってくる。
「そう買い被るな、これでも玉座の重みに耐えかねて逃げ出した非才の身だ。無事弟に責任を押しつけられてほっとしているのさ」
「嘘つけ」
アシュラの返答は笑い混じりでキン肉アタルは苦笑した。本当にアクの強いのばかり揃ったな。だが先程ブロッケンも言った通り、何年もずっと共にいたような気がする。
「あーっ!ソルジャー隊長、それはっ!」
珍しく感慨に耽っていると当のブロッケンが大声を上げた。血盟軍の視線がこちらに集中し屯っていた他の超人達もなんだなんだとこちらに目をやる。
「フェイス・フラッシュ・・・使ってるよな?まさかそれでアルコール分、全部消してた・・・?」
マスクがフルフェイスだと当然飲食の際には下部を捲り上げる事になる。今まで誰も気に留めていなかったが僅かに照射された光は丁度杯の液面に当たっていた。
車座になった全超人達の視線にソルジャーは苦笑した。
「バレたか」
「ずりーっ!どんだけ飲んでも全く正体失わない、なんて冷静で的確な自制心なんだ!って感動してたのによお!」
「アタルさま、酒に飽いておいででしたら次は是非英国社交界に足をお運び下さい!ロビン王朝の総力を挙げた茶会をご覧に入れます!」
「偉大なるキン肉アタル、飲み飽きたなら一つ手合わせ願おう!完璧超人の体術とアンタの経験値、どちらが上かはっきりさせようぜ!」
「オラの故郷にも珍しい酒があるズラ!」
共に邪悪大神殿まで駆けた三人を筆頭にこれまで後込みしていた連中が一斉に身を乗り出してくる。助け船を求めて隣を見やればアシュラの顔には自業自得と書いてあり、ブロッケン以下三人の同志はぷるぷる震えていた。
「待て誤解だ、流石に再会祝いの杯でそんな不粋なことはしない」
「信用できるかよっ!」
「こうなりゃウイスキーも付き合ってもらうぜ隊長!」
「ん、こちらはウォッカでござるか・・・忝いウォーズマン!さあ覚悟を決めるでござるよソルジャー!」
「にに兄さん!私の即位に異議があるとは本当ですか~!?」
同志達に続いて涙目の弟まで駆け込んでくる。事態の収拾を放棄してキン肉族長兄はため息をついた。
「いや、スグル。お前こそが宇宙で最も優しく、強く気高い超人だ。私などお前の足下にも及ばん」
いつまで経っても平和に慣れるのは難しそうだ。